「下町のナポレオン」として広く親しまれている麦焼酎〈いいちこ〉。大衆の酒として愛される一方で、1984年から制作が続き、根強い人気を誇る駅貼りポスターは、2015年現在、30年間同じメンバーで広告デザインを行っているそうです。
デザイン事務所「COMPOUND」のデザイナー・小田雄太さんの立案によって先週からDOTPLACEで始まった連載「デザインの魂のゆくえ」。その第1部「経営にとってデザインとは何か。」の最初のパートとして、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』の2媒体とともに三和酒類本社のある大分県宇佐市へ飛び、いいちこの宣伝活動を長きにわたって見つめてきた西太一郎名誉会長に「経営にとって、デザインとは何か」をテーマにお話を伺いました。
●本連載「デザインの魂のゆくえ」企画者の小田雄太さんによるこの連載の序文はこちら。
●本連載の第1部(ほぼ日刊イトイ新聞+COMPOUND+Newspicks合同企画「経営にとってデザインとは何か。」)のプロローグはこちら。
【以下からの続きです】
1/5:「ポスター1枚ならなんとか、当時のうちの規模でもできるだろう、と。」(2015年11月16日更新)
2/5:「河北さんは私に向かって『危険人物は社長のあなたです!』と言うのです。」(2015年11月17日更新)
3/5:「過去のポスターを重ねると約400枚分の厚みができる。この厚みが会社の力なのです。」(2015年11月18日更新)
4/5:「車の運転を捨ててでも、飲みたいと思ってもらえるように。」(2015年11月19日更新)
後頭部にふっと残る、余韻のある酒造り
奥野:〈いいちこ〉は、なぜ売れたと思いますか?
西会長:やはり、美味しかったからではないでしょうか。
奥野:今まで出ていた他の焼酎と、商品としてもかなり違っていたんですか?
西会長:まったく違います。口に入るものは、「また飲みたい」という余韻がないといけません。余韻のある酒は、口に含むと後頭部にふっと残ります。本当は、今日みなさんと会食して、ぜひお伝えしたいところです(笑)。食べ物でもそうです。「これ美味しいな、もっと食べたいな」という余韻が残るものがある。そして人もそう。「またお会いしたい」という余韻。それが必要ですよね。〈いいちこ〉は、それができたのです。
奥野:考えられる、具体的な要素は何でしょう。味、香りなどでしょうか……。
西会長:「欠点がないこと」じゃないでしょうか。
昔、ある広島の飲み屋さんで「キープ祭り」が流行ったことがあります。〈ジョニー・ウォーカー黒〉や〈いいちこ〉の900mlのボトル、すべて1万円でキープできるというイベントです。昔は、ジョニー・ウォーカーの黒といえば1本数万円しました。〈いいちこ〉は1本1,000円です。アルコール度数が違うのです。ジョニー・ウォーカーは40度ほどあり、〈いいちこ〉は20度程度。私は「キープ祭りではジョニー・ウォーカーの方が売れるに決まっていますよ」と申し上げたのですが、お店の方は「いや、大丈夫。やります」と言って。
奥野:〈いいちこ〉は高くなっているんですね。
西会長:そうなのです。さて1ヶ月後。お店の方が「西さん、どちらが売れたと思いますか?」。私はてっきりジョニー・ウォーカーだとばかり思っていたら、売り上げはダントツで〈いいちこ〉だったのです。お客さまが求めているのは、アルコール度数じゃなかったということです。
「酔っ払いたいけれども早く覚めたい」という時代の到来を感じました。これからは、酔えるけれども覚めたいときに覚めることができる。そういうお酒造りが必要になってくるのではないかと思います。
奥野:〈いいちこ〉の中身自体も、時代によって改良しているんですね。
西会長:はい。美味しいものを造るには原酒が旨くないとダメでしょう。アルコール度数が低い=水の量が多く、美味しいものを造るには原酒の力がないとできない。そういう研究をずっと行っています。
何千人もの営業マンがいる会社とどう戦うか
小田:西さんと、〈いいちこ〉を実際に飲まれているエンドユーザーの方とは接点はあるのでしょうか?
西会長:飲食店などに出かけて行って、お店の方から聞くことがあります。弊社は、支店営業所は1つもないのです。ここ大分から営業に出かけ、また戻ってくる。
なぜ支店営業所を作らないかというと、単身赴任者を作りたくないからです。
小田:全員がここに帰ってくると思うと、社内共有もしやすいですよね。
西会長:会社の「ものづくり」のシャワーを1週間に1度は浴びていないと、やがて原点を忘れてしまうことがあると思います。また、商品は買ってくれる人・売ってくれる人、この2つの面をいつも考えないといけません。その買ってくれる人を作り、売ってくれる人を育て、「売ってやろう」という気持ちになってもらうのが、わたしたちの役割。社員だけではなく、全国の量販店に行って努力をしています。
奥野:〈いいちこ〉は有名になりましたから、もう放っておいても売れるんじゃないかと思ってしまうんですが、そんなことはないんですか?
西会長:いやいや。大手の酒造メーカーさんには、営業マンは3,000名くらいいるでしょう。一方、うちは今30名ちょっとです。それで何千人もの営業マンがいる会社との対等な戦いをどう作っていくか。けっこう大変なのですよ(笑)。
奥野:営業と流通の数では勝てないわけですもんね。
西会長:はい。一番は、求めてくれるお客さまを作ること。それが絶対の条件です。
奥野:お酒がコンビニエンスストアで売られるようになって、過渡期もあったのではないでしょうか。
西会長:それもまた運ですよね。淡々と製品を造っている間に、酒類の取り扱い店が増えてきましたので〈いいちこ〉を欲しいというお店も多くなり、増産できる体制ができました。増産できなかったら、1本に希少価値がついて何倍もの値段がついたかもしれません。しかし、焼酎は大衆のお酒です。そんな高値で取引するような代物ではないのです。大衆のお酒には適正な価格があって、その適正価格でお客さまにお届けしていかなくちゃいけません。逆に、すごく安売りをする販売店さんもありますが、私どもは売り場の方に適正価格で売っていただくようにお話しています。販売店さんにも、適正な利益を上げていただきたいのです。お客さまも大事ですし、売っていただく問屋さん、販売店さんも大事です。
日本の麹でつくられたスピリッツを、世界に広げたい
奥野:三和酒類さんは、商品のアイテム数はさほど多くないですよね。ビールに手を出したりはしていない。そこには、「大衆のためのお酒は焼酎である」という心情みたいなものがあるのでしょうか?
西会長:銘柄は少なくても、良いものを造り続けることにこだわっています。世の中から求められていないものを出せば、それはゴミになってしまう。そうではなくて、やはり求められているものを造ることを続けていきたいですね。といっても社員からの提案もどんどん出ていますので、頑固一徹でいくわけにもいきませんが。
奥野:「これは出そう」と思えるものはありますか?
西会長:新しい商品では、「WAPIRITS」というお酒があります。これは、日本の麹で作ったスピリッツ(※蒸留酒。もとの発酵液よりもアルコール度数を高くしたもの)です。
本当は、みなさんと一緒にここで飲めると良かったのですが(笑)。日本の麹で造ったお酒は、日本にしかないのですよ。昔、英国スコットランドで造られたスコッチウイスキーが海を渡り、やがて世界に広まっていったように、日本の麹で造ったお酒が世界を巡り、世界中の人に飲んでもらうようになる。そんなたいそうな夢が生まれつつあります。
奥野:三和酒類さんの新しい夢が実現することを楽しみにしています! 本日はありがとうございました!
西会長:こちらこそ、ありがとうございました。
[「経営にとってデザインとは何か。」①三和酒類篇 了]
聞き手:奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)/小田雄太(COMPOUND)/福田滉平(NewsPicks)
構成:石田童子
企画:小田雄太(COMPOUND)
(2015年9月16日、三和酒類株式会社本社にて)
本取材は、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』でもそれぞれの編集方針に沿って記事化・掲載されています。
▶ほぼ日刊イトイ新聞:「いいちこの会社」が「下戸」にも好かれている理由。
▶NewsPicks:いいちこのポスターに隠されたデザイン
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