「下町のナポレオン」として広く親しまれている麦焼酎〈いいちこ〉。大衆の酒として愛される一方で、1984年から制作が続き、根強い人気を誇る駅貼りポスターは、2015年現在、30年間同じメンバーで広告デザインを行っているそうです。
デザイン事務所「COMPOUND」のデザイナー・小田雄太さんの立案によって先週からDOTPLACEで始まった連載「デザインの魂のゆくえ」。その第1部「経営にとってデザインとは何か。」の最初のパートとして、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』の2媒体とともに三和酒類本社のある大分県宇佐市へ飛び、いいちこの宣伝活動を長きにわたって見つめてきた西太一郎名誉会長に「経営にとって、デザインとは何か」をテーマにお話を伺いました。
●本連載「デザインの魂のゆくえ」企画者の小田雄太さんによるこの連載の序文はこちら。
●本連載の第1部(ほぼ日刊イトイ新聞+COMPOUND+Newspicks合同企画「経営にとってデザインとは何か。」)のプロローグはこちら。
【以下からの続きです】
1/5:「ポスター1枚ならなんとか、当時のうちの規模でもできるだろう、と。」(2015年11月16日更新)
会社を育ててくれたポスター
奥野:河北さんに制作依頼をしたポスターの、当時の反響はいかがでしたか?
西会長:おかげさまで評判が良くて、“下町のナポレオン”という〈いいちこ〉のコピーも受けて、売り上げを順調に伸ばしていきました。
売り上げが上がれば、河北さんのお仕事もまた順調に回りだします。会社というのはソロバンを弾きますから。私は、キャッシュフロー経営(現金資金の流れを重視した経営)を大事にしています。明日のお金を稼ぐために今日をどう生きるか。これを考えていくのです。100万円の手形があれば、その手形が約束通り落とせるかを一生懸命考えます。100万円の手形があっても、99万9,999円のお金では手形は落ちないです。たった1円でも足りなければ落ちない。キャッシュフローの経営というのはとても大事なことです。それを間違わないようにしなければいけません。
小田:河北さんの「嘘を書いてはダメだ」という考え方は、三和酒造さんの中にもある考えなのでしょうか?
西会長:そうですね。このコピーはお客さまに訴えるものではありますが、会社のみんなへの教えとしても機能しています。例えば“トライを決めた者も、ガッツポーズなどとらない。それが全員の力であることを知っているからだ。”(1986年)というコピー。弊社は最初、たった4人の会社でした。4人で業務を回していましたが、仕事を続けていると外部から見たときに1人の活躍が目立ってしまう場合があるでしょう。そんなときは、戒めとしてこの文章を見せる。「仕事はみんなでやっているのだ」ということを、このコピーが教えてくれるのです。
またある年には、ただ一言“Stray Bird”(1988年)というコピーのポスターが作られました。これが作られた根底には、酒業界の「ランク付け」があります。一般的にお酒の最上級種はウィスキーで、次に日本酒。そんなランクがなんとなくあります。そして焼酎は、大衆の酒として長い間イメージが低かった。というのも、戦後よく密造された酒だからです。醸造を隠すために豚小屋や鶏小屋で造られていたり、闇で流通させるため水枕に入れて売られたり、悪いアルコールが使用されたりしていた。そんなことが重なり、長らく焼酎には悪いイメージがついてまわりました。今でこそ焼酎の悪いイメージは払拭されて〈いいちこ〉もだんだん売れるようになってきましたが。この広告は、そんな今までの焼酎業界の中で〈いいちこ〉は“はぐれ鳥”です。ちょっと違う存在ですよ、と言っているわけです。
そんな風に、会社の中にも訴える言葉として使われていた。会社がポスターに育ててもらったとも言えます。
奥野:本当に、会社と密接に関係があるんですね。
西会長:はい。このポスターは「三和酒類は業界内で少し違ったことをやっているのだ」と、会社の中にも訴えていくものでした。
奥野:文通しているみたいです!
西会長:そうなのです。
「危険人物は社長だ」!
奥野:今は「〈いいちこ〉のポスターはすごく素敵だ」と世間にも定着しましたし、僕もずっと続いてほしいと思っています。が、西さんが初めて見たときはどんな感想をお持ちになりましたか?
西会長:私の役目は会社の経営です。美味しいお酒を造って一生懸命売ることです。なので、ポスターのことを考えるのは河北さんにお任せしました。最初から「文句言うな」って言われていましたしね(笑)。ロケも1度は行きましたが、撮影現場には行くものじゃないと思いました。現場は殺気立っているし、河北さんは怒っているし(笑)。
一同:(笑)。
西会長:河北さんは、ロケ現場を教えてくれないのです。なぜ教えないかということも説明する。以前、ある会社で広告の段取りをしていたときに、ライバル会社に出し抜かれてしまったらしいのです。そこでスパイを探したところ、外部に漏らしたのはなんと社長だった! 何かのパーティで社長同士が隣席だったらしいのです。そこで、うっかり話してしまったのだそうです。なので、河北さんは私に向かって「危険人物はあなたです!」と、こう言うのです(笑)。もし「今度の〈いいちこ〉は南アフリカにロケに行くらしいよ」と同業者に話してしまって、ロケに先に行かれてしまったら、後から出した映像は陳腐なものになってしまう。「だからあなたには絶対に喋らない」って(笑)。
奥野:徹底しているんですね。
西会長:ちゃんと説明するんですよ、あの人は。
また、河北さんは「こういうポスターは、大手の広告代理店では絶対にできない」と言いました。なせなら、代理店は“見積りありき”でしょう。まず提案して、見積りを出して、OKが出たら制作に入る。でもいざ制作に入ったときに、アフリカに花が咲いているかはわからない。こういうポスターができるのは、まったく行き当たりばったりで、提案や見積りを通さずに直前でクリエイティブができるからだ、ということを説明してもらいました。「だから俺にしかできないんだ」と。ちゃんと自慢もするのです(笑)。
小田:ああ、なるほど。先日、経済誌(『東洋経済』)で河北さんがデザインについてお話されていた記事を拝見したんです。その中で「デザインとはマーケティングで作るものではなくて、暮らしや生活の延長線上にあるものだ」というようなことをおっしゃられていました。今のお話を伺って、きっと〈いいちこ〉のような方法は、マーケティングや見積りなどの計算が先にあるとできないんだろうな、と思いました。
西会長:これは、お役所などにも理解できない方法です(笑)。
奥野:なるほど(笑)。
[3/5「過去のポスターを重ねると約400枚分の厚みができる。この厚みが会社の力なのです。」に続きます]
(2015年11月18日更新)
聞き手:奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)/小田雄太(COMPOUND)/福田滉平(NewsPicks)
構成:石田童子
企画:小田雄太(COMPOUND)
(2015年9月16日、三和酒類株式会社本社にて)
本取材は、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』でもそれぞれの編集方針に沿って記事化・掲載されています。
▶ほぼ日刊イトイ新聞:「いいちこの会社」が「下戸」にも好かれている理由。
▶NewsPicks:いいちこのポスターに隠されたデザイン
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