昨年10月から12月にかけて放映されていた石原さとみ主演のドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ)が話題となり、これまでその存在を知らなかった層にも広く認知され始めた校正・校閲のお仕事。昨年11月に下北沢のB&Bで開かれたトークイベント「校正・校閲というお仕事」に現役校正者4人が集結し、自身の働き方や日ごろ感じていること、“校正あるある”話など、赤裸々に校正トークを繰り広げました。立ち見も出るほど大盛況だった当日の様子をレポートします。
●以下からの続きです。
1/4:「じっくり原稿と向き合えるのは、17時半から。」
校正者は泣いてはいけない。
大西:何年か前のブックフェアで、鴎来堂さん(ドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』を監修した校正プロダクション)がブースを出して、公開校正をやってらっしゃったんですね。1人がゲラ(校正刷り)を読んで、それをもう1人が「今、彼女は◯◯をやっています」と説明していて、すごくおもしろかったんです。
牟田:将棋の大盤解説みたいな感じで。
大西:そう。でも、ジーッと見てると、本っ当に校正の仕事ってほぼ動きがなくて、絵にならないというか(笑)。ず~っと座って、ゲラと向かい合って、動かすのは手とか、ちょっと頭を動かすくらい。たまに資料を取りに行ったりはしますけど、外から見てても何をやっているのか、頭の中はどうなってるのか、全然わからないと思うんですよね。
だから僕が今日みなさんにお聞きしたいのは、ゲラと向き合っているときにどんな気持ちか、何を考えているか、どういう心身の状態か……と、そういう感覚的なところなんです。
牟田:私もそれはすごく聞きたい!
大西:とにかくゲラと向き合って、読んで読んで、調べて調べて、理解して、「ここは何か問題があるんじゃないか」「違うんじゃないか」っていうところを挙げていく仕事ですよね。そのためにはすごくフラットに、客観的に見ないといけないし、でも突き放しても見られないし……。校正って、作品・ゲラとの間に独特の距離感があると思うんですよね。言葉との向き合い方が、編集の方や、もちろん著者・作者の方とは全然違うスタンスで。そのへんをちょっと、みなさん思いつくところから(笑)。
牟田:ドラマでは、米岡くん(和田正人)が感情移入するあまり泣きながら読んでいて、ゲラを取り上げられたシーンがありましたよね。ゲラを読んで泣いていたらダメなんですよ。
大西:そうですね。たま~にありますね(笑)。
牟田:村上春樹さんが「校正者を泣かせたら(小説家)は本物だ」(村上春樹・フジモトマサル『村上さんのところ コンプリート版』新潮社)とおっしゃっています。それくらい校正者は、どんなにいい話でも絶対に涙を流してはいけない。ゲラとの距離をとって読まなければいけない。
「同じ自分」を保つことが大切。
牟田:大西さんって、1日でどれくらいお仕事をされますか?
大西:忙しいときは、24時間のうち18時間くらいはやってますね。その間にたま~にちょこっと仮眠を入れて、ちょこっと食事を入れて。
牟田:「おはようからおやすみまで」校正になりますね。
大西:本当にカンヅメ状態。家から出ないとか、下手すると着替えをしてないとかもあります(笑)。
牟田:奥田さんはどうですか?
奥田:食事が面倒くさくなりますね。捗ってるときは、食事を摂ったことによって自分の感覚も変わってしまって、変な話、100ページまでと101ページからが別人の校正になっちゃうんじゃないかっていう恐怖感みたいなものがあります。
牟田:ペースをフラットに維持したいですよね。
奥田:そうは言っても結局1日では終わらないので(笑)、次の日、また次の日と、向き合わなきゃいけないんですけど。だから、はたして最初にやった「僕」という校正者とずっと同じでいられるかどうかっていうのが、1つのテーマですね。
大西:おもしろいですね。最初から最後まで、常にずっと同じ状態、同じ自分を保つことがめちゃめちゃ大事なので、自分の保ち方ってものすごく興味があります。この前、新潮社と朝日新聞の校閲の方とお会いしたんですけれど、新潮社の校閲の方が、「ごはんを食べると、重箱の隅をつつくような細かい指摘ができなくなる」っておっしゃってて。どうしてかというと、「おおらかな気持ちになっちゃって」と……(笑)。
牟田:満たされると優しくなってしまう(笑)。
奥田:それわかる(笑)。
大西:逆に朝日新聞の方は、新聞ですから5分、10分刻みみたいなスピードが求められる。そうするともう、すごくヒートアップすることがあって、かえって間違えちゃうそうなんです。だから、そういうときにはちゃんとごはんを食べたほうがいいんですねっていう話を3人でしたんですよね。
スイッチが入ったら、切りたくない。
牟田:ちなみに、大西さんはごはん食べる派ですか?
大西:修羅場になると食べる余裕がないというか……。でも、ある状態でずーっとそのまま行きたいっていうのは確かにあります。スイッチを入れたらパッと電気が点くみたいには始められないので、僕は最初は助走が必要です。ちょっとやったり離れたり、しばらく寝かせていたり(笑)。
牟田:エンジンが温まるまで時間がかかりますよね。この仕事を始めたときに先輩に「最初と最後は見落としが起きやすい」って言われたんですけど、読み始めはスイッチが入ってないというか、エンジンがうまく回転していない。終わりは終わりで、「あとちょっとでおしまいだ、そわそわ」みたいな感じになると、もうだめなんですよね(笑)。
奥田:そうそう(笑)。
大西:でもやっぱり読書とは違うので、そんなにスッと最初からその世界に入るってことはなかなかない。自分は本当にその作品のことをわかってるだろうか、つかめてるだろうかと探りながらやるから、例えば250ページくらいの単行本だったら最初の50ページくらいはどうしても試行錯誤しますよね。それで、その世界に入れてちゃんと距離がとれたら、やっぱりそれを壊したくないという気持ちになります。
牟田:1回ダイブしたら、しばらく浮上したくない、できるだけ息継ぎしたくない、みたいな?
大西:ですね。だから僕は、コツコツと同じペースでやるというよりもムラがあって、最初グズグズしてて最終的にガッと集中しちゃうタイプ。
牟田:私はめちゃめちゃムラっ気なんですよ。家でやってると、ゲラ読んで、ちょっとTwitter見て、またゲラ読んで、ってなっちゃう(笑)。でも、人それぞれで性格にもよりますよね。会社では同じフロアでも、「あの人はしょっちゅうお茶淹れに行くな」という人もいれば、「あの人はごはんも食べずに、一体何時間同じ姿勢なんだろう」という人もいます。寺田さんはどうですか?
寺田:私はどっぷりですねぇ。
牟田:どっぷり派が多い(笑)。
寺田:だから、どうしても期限に間に合わないっていうとき、土日に家に持ち帰ると、お昼ごろから始めて、気がついたら「もう夜の10時か……。1回も立たなかったな〜」みたいな。
牟田:すごい……。
寺田:「食べてもいないな」とか(笑)。
牟田:絶対できない……!(笑)
寺田:で、挙げ句の果てには寝るのも惜しくなってくるんですよね。やっぱりテンションのことを考えると、次の日どうなるかわからない。もしかしたら体調が悪くなってるかもしれないとかいろいろ考えると、今のテンションをそのまま持っていきたいと思いますね。あと、基本的にはいくつかを抱えるというよりは、1冊を終わらせていくっていうやり方で、特に小説をやってるときは、他の小説を読むのがちょっと面倒くさくなってくるんです。
時間は減ってるのに、やることは増えた!
大西:同時に複数の世界を持つのは難しいですよね。でも、内容、ジャンル、媒体によっても変わってきます。同時進行ができる、切り替えやすいものもある。
牟田:小説は、なるべく1冊の中で同じテンションを維持して読みたいので、どうしても長丁場になっちゃいます。エッセイ集などは1話ごとに読んでいけるので、気が楽です。雑誌は、ページ単位で進行するので、その場その場でギュッと集中してって感じになりますよね。奥田さんは雑誌のお仕事が長いそうですが、雑誌と本って違いますか?
奥田:違いますね。もう、本当にスピード勝負です。立ち止まれないというか。
牟田:(校正にかけられる時間が)2週間じゃなくて、1時間、2時間単位ですよね。そういう意味では、新聞校閲の世界と近いでしょうか。
奥田:近くなってきてますね。DTPの功罪というか、すごく速くなったので。(印刷の)前日まで手直しできますし。
寺田:書籍もすごく短くなってますよ。今までは最低でもせめて制作に4〜5か月必要だったものが、下手すると1か月半とかで作るっていう。時間はどんどんなくなってます。
奥田:とはいっても、我々の仕事のスピードは上げられないですもんね。
牟田:ドラマでは、河野さんが事実確認のために外に出かけていっちゃいますが、現実にはそうはいかないんですよね。でも事実確認って、本当に現場に行かないとわからないようなことがたくさんあるんです。それを、限られた時間の中でどれだけやるか、どこまでできるのか。今はインターネットがあるから何でも調べられてしまうので、食べ歩きエッセイの中に出てきたお店の看板をGoogleで画像検索して、拡大して、(店名は)合ってるか?みたいなこともできちゃう。そういう意味で、校閲が「できる仕事」ってすごく増えてるんですけど、「できる時間」が全然増えてない(笑)。むしろ減ってますよね。それなのにどんどんスピードアップを迫られて、私が校正の仕事を始めてからの10年に満たない間でも、1冊にかけられる時間がどんどん圧縮されてるように思います。
寺田:さらに言ってしまうと、編集者が望むことが多くなってきていますね。なんでも校正がやってくれるって思ってるんですよ。
牟田:(ドラマの編集者の)貝塚くん(青木崇高)のように丸投げ。
寺田:そうです!
牟田:原稿整理もしてないゲラをバーン!と(笑)。
一同:(笑)
「普通の校正」って何ですか!?
寺田:何が辛いかって、担当編集から「普通の校正をしてくれればいい」って言われるのが一番困るんですよ。
牟田:「普通の校正」(笑)。
大西:すごく困るし、悲しいし、ちょっと腹も立ちますね。
牟田:いいこと1つもないですね(笑)。
寺田:編集の方が最低限何を求めてるかってことを伝えてほしいですよね。例えば「ここのところは何を著者が伝えたいのか、文意が読んでいてわからないんだけど……」とか、何でもいいから原稿に印やメモがあれば、校正者が「ああ、ここは編集が悩んでるんだな」「気にしてるんだな」とわかります。表記のバラつきにしても、編集者があらかじめよく原稿整理をされた上で「多出にそろえてください」っていうならいいんですけど、何もやってないのにそう言われると、結果的に「どっちの表記も同じくらいあったんですけど……?」ってなっちゃうことがよくある。
牟田:「わかる」はひらがなで書きたいのか、「分かる」と書きたいのか、「判る」がいいのか……。多いほうにそろえてくださいって言われて、全部数えたらどれも均等にあって頭を抱える、みたいな。
大西:あははは!
牟田:(会場に向かって)笑ってますけど、本当にあるんですよ! している方ならおわかりいただけると思うんですけど。
寺田:実際にあったことなのですが、「わかる」の表記で、前半が閉じている(=漢字)、後半が開いている(=ひらがな)とき、丁寧な外校正の方が両方に鉛筆を出してくださったんですよ。それを編集者は、整理してどっちかに合わせればいいじゃないですか。でもその編集者は、全部に赤丸を付けたんですよ! ということは、前半がひらがなに、後半が漢字に、ただひっくり返っただけっていう……。だから、編集者の性格やクセがわかっている場合は「どちらかにだけチェックしてください」ときちんと伝えるようにしています。
牟田:編集者が何をどこまで求めているか、特に私たちみたいな注文を受ける側はすごく考えるし聞きたいんです。(ドラマの)茸原部長(岸谷五朗)みたいに、いちいち詳しく指示してくれればいいんですけどね。
大西:それが理想的ですよね。編集者と直接会わないことも多いので、こちらのことも、編集者のこともわかってくれている人が窓口になって、ちゃんとコーディネートや連絡をしてくれるとやりやすい。
牟田:コーディネーターが必要ですよね。
大西:寺田さんはそういうポジションだからすごく大変だとは思うんですが、フリーランスの外校のことを使い捨てにするんじゃなくて、外校には外校の生活があるということも勘案していただいて、「この人にはこの仕事がいい」とか「この条件だったらお願いできるだろうか」と采配してほしいですね。「すごく大変なのはわかってるんだけど、どうしてもあなたにこれをやってもらいたい」というようなお願いをされたら、やっぱり校正者も人間なので気持ちよく仕事ができるし、気持ちよく仕事ができるってことは多分精度も効率も上がるし。
牟田:うまく力を発揮できると、校正者も、編集者も、お互い幸せになれますよね。
校正は、「やるか・やらないか」しかない。
大西:さっきの「普通の校正」で思い出したんですけど、「時間もないし、サーッと見てくれたらいいから」みたいなこともよく言われます。
一同:(共感の頷き)
牟田:めっちゃ言われますね!
寺田:「サーッと」てなに!?(笑)
大西:校正って、やるか、やらないかどっちかなので、それはありえない。
寺田:で、そういう人に限って「落ちてたよ」(見落としがあったの意)って言うんです。
大西:そうそう!(笑) あれはちょっと割に合わないというか、話がまったく嚙み合わない。だって、この漢字が本当にこれでいいのかどうか、この一文字がそれでいいのかどうかって、全体をちゃんと理解しないとわからないことですよね?
牟田:単純な変換ミスみたいなのだったらその場で判断できますけど、さっきの「わかる」みたいに、1冊全体を見てからでないと判断できないものもありますよね。
大西:しかもそれは、著者が本当はどの表記にしたかったのかとか、あるいはこの媒体にとってはどの表記が適切なのかってことを理解して把握しないと判断できない。
牟田:やわらかいエッセイ集だったら「きっとひらがなにしたいんだろうな」とか、硬い評論だったら「これはきっと漢字にしたいんだろう」とか。
大西:やっぱり本にはメインとなる読者対象がありますから、その読者に何を届けたいのか、伝えたいのかっていうことは考えますよね。簡単でもいいので、仕事を始めるにあたって編集者から「この作品は作者にとってこういうもので、自分はこういう読者にこういうメッセージを届けたい」みたいなことや「特に見てほしいのはこのへん」と言ってくれるとすごくやりやすいですね。編集さんが海図を描いてくれないと。私たちはみんなそれをもとに仕事をする、同じ船の一員なので。
牟田:どこの港を目指せばいいんだろう、ってなっちゃいますもんね(笑)。
大西:そう。それは校正者が描くものではないですから。デザイナーさんも含めて、すべての人がそれに則って動いていく共通の土台になるわけなので、とても大事だと思います。
牟田:そういう意味では1人でやる仕事ですけど、チームワークの仕事でもありますよね。お世話になる校正の窓口の方とか、編集の方とか、さらには著者の方もデザイナーの方も、印刷所の方とかも。
大西:だから校正は、赤字の入れ方にしても、相手がちゃんとひと目でわかるように簡潔に明快に入れる。字も達筆だとかえって読めなくて、とにかく丁寧に楷書体で書くっていうのは、本当に基本の基本ですよね。別に美しい赤字が好きな校正者の自己満足とかではなくて(笑)、相手に届かないとまったく意味がないんですよ。校正の赤字がグチャグチャで、新たなミスが発生したら本当にシャレにならないですからね。
[3/4「『関わらず』は、校閲を通ってないしるし?」に続きます]
取材・構成:二ッ屋絢子
編集協力:中西日波
(2016年11月27日、本屋B&Bにて)
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