兼松佳宏×井野英隆×太刀川英輔
「空海をもっと身近にする方法」
〈前編〉
2014年4月18日 @リトルトーキョー
DOTPLACEで連載中のコラム「空海とソーシャルデザイン」。その筆者である兼松佳宏氏と同じく、空海の考え方・生き方にそれぞれ魅了され、普段の仕事にそのエッセンスを取り入れているという二人――デザインファーム「NOSIGNER」を展開する太刀川英輔氏と、高野山をはじめ日本各地の美を切り取ったムービーの制作を手がけるaugment5 Inc.の代表・井野英隆氏――が集まり、空海の魅力を語り合うイベントがリトルトーキョー(東京・虎ノ門)で行われました。
今後の連載本編を深く読み解く手がかりが散りばめられた鼎談の模様をお送りしていきます!
1200年前の話が時を超え、今の暮らしにどのように役立つのか
兼松佳宏(以下、兼松):ようこそリトルトーキョーへ。greenz.jp編集長の兼松佳宏です。今日は「DOTPLACE」で僕が連載している「空海とソーシャルデザイン」という企画に関連したトークイベントです。
今日は空海大好きクリエイターのお二人をお呼びして、自分のクリエイションや仕事に空海の考え方がどのような影響を与えているのか、そういう話をしながら、皆さんにとっても暮らしや仕事の参考になるヒントを共有できればと思います。
今日はゲストに太刀川英輔さんと井野英隆さんをお呼びしています。僕が空海や高野山のことを勉強していたら、高野山別格本山三宝院副住職、飛鷹全法さんを紹介してくれたのが太刀川くん。井野さんは、高野山や日本各地で撮影を行い、すごくきれいな映像を作られている方。お二人とも、2015年の高野山創開1200周年に向けての企画も準備されています。
早速ですが、自己紹介をお願いします。
太刀川英輔(以下、太刀川):こんばんは、太刀川英輔です。「NOSIGNER(ノザイナー)」というデザイン事務所を経営しています。デザイナーとしてはグラフィック、プロダクト、空間とか、いろんなデザインをするんですが、その中で大事にしていることがあります。それはなるべく“大きな問い”に答えるデザイン事務所であるということ。例えば、「もっといい未来を作ろう」という“問い”は、「この商品をもっと売れるようにしよう」という“問い”に比べて、“大きな問い”ですよね。そういう深い“問い”になるべく答える、それはつまり「社会にいいデザインしかしたくない」ということなんです。そういう考えでデザイン事務所をやっています。
高野山には、たまたま縁があってお知り合いになった方がいて、その方を通じて高野山に関わるようになっていきました。それと同時に、空海について学んでいったら、僕にとってもすごく大きな学びがあったんです。それから何度も高野山に足を運ぶようになって、三宝院という場所とプロジェクトを進めたり、高野山開創1200周年でも企画をやりたいと思っています。今後は高野山大学にも関わっていく予定です。
井野英隆(以下、井野):今日はよろしくお願いします、井野英隆です。僕は「augment5 Inc.」という会社を経営していて、会社では普段、政府機関の用いるデジタルツールの開発や民間企業の事業開発と平行して映像を作っています。ただ、これまでに話題になった映像は出力されている一面でしかなくて、本当は事業開発や海外に日本の文化や活動を紹介するということが目的なんです。そして僕自身は映像を撮っていません。パートナーになるディレクターを見つけて、プロジェクトごとに作り手を決めて、チームを作ってタスクを遂行していくという仕事をしています。僕の中ではそれがソーシャルデザインに近いことで、今の時代で自分が担える役割だと思っています。
高野山へは2013年の秋に初めて行きました。最初に断っておいた方がいいと思うんですが、僕は高野山や密教にはそんなに詳しくないです。たまたまあるデザイナーの方(岡本一宣さん)に招待していただいて高野山を見に行ったのが去年の秋。そこで衝撃を受けて、そのときに撮影クルーも連れて行ったので、撮影をしてもらって、その映像をまとめてトレイラー的な位置づけでネットで公開しました。
高野山は今、開創1200年に向けていろんな企画の話が進んでいるんですが、その企画の中で現代の映像も記録として残したい、という意向があるようなんです。どのように僕が関わるかはまだ決まっていないんですが、なんらかの形で映像を作ろうと思っています。そんな動きの中で兼松さんの活動を目にして、ご連絡したのが交流のきっかけです。高野山や密教についてはあまり詳しくないので、今日来ていただいた皆さんの中にあまり詳しくない人がいたら、同じ目線で語れると思います。
兼松:ありがとうございます。空海は1200年前の人物ですが、1200年の時を経ても、今の暮らしに示唆を与えてくれることがたくさんあると思っています。皆さんも自分自身の感覚で空海や高野山から感じとることがあればうれしいです。
「縁」とコンセプトメイキング
兼松:今日は「仕事をする上で空海から学んだ大切なこと」をテーマに、太刀川くん、井野さん、僕の3人で、1人3個ずつキーワードを事前に用意してきました。3人で9個。それを曼荼羅のように、9個のマスに並べました。ここにいる皆さんに1個ずつキーワードを選んでいただいて、それについて3人や会場の皆さんとお話をしたいと思います。では、早速1つ目のキーワードをお願いします。
会場:「縁を見通すコンセプト」をお願いします。
太刀川:これは僕が出したキーワードですね。昨年、瀬戸内国際芸術祭の時期に小豆島に10日間滞在して、制作をしていたんです。小豆島は空海にゆかりのある真言宗の島なんですね。小豆島内にもお遍路があって、88カ所回れるようにもなっているんですよ。その第二番礼所の碁石山に、大林慈空(おおばやし・じくう)さんという若くて才能のあるお坊さんがいるんです。彼と話をしている時に聞いたのが「縁を見通すコンセプト」という話。コンセプトメイキング、ものづくりにもつながる話だと思います。そのとき話していたのは「悟り」って何か、ということ。彼は、「悟りとは何か、ワシにもわからん」とも話していたんですが(笑)、今までの経験で一番これが「悟り」かもしれないと思ったのが「縁を見通すこと」だったそうです。どういうことかと言うと……例えば、今日は皆さんこの場所に来ています。それは何らかの告知を見たから来ている。それとここに椅子がありますが、この椅子もなぜかリトルトーキョーができるときに椅子が必要だという話になって、数とか形を検討した結果、今の状態でここにある。全部背景に理由があります。全部のものに「縁」があるわけです。その「縁」にも、“さらに先”があるわけですよね。この椅子の素材や作り手。これらの「縁」は次々とチェーン状につながっている。この「縁」を見通せるようになるってことが「悟る」ってことじゃないの、と彼は言っていたんです。だから、このキーワードは彼の受け売りです(笑)。でもこれはすごくいい話だと思ったんです。
例えば、井野さんの仕事とも近いかもしれないですが、企業の事業開発とかブランディング、経営、デザインストラテジーを作ることに関わっていく中で、もちろんクリエイティビティも必要なんだけど、一体どういう「縁」が生まれるのか、その「縁」の発端はどこにあるのか。コンセプトメイキングするということは、「これによってこんなふうに「縁」が醸成されるはずである」という仮説を立てること、未来を見通すことなんですよね。それがどのくらい奥まで想像できるようになっているか、常にその練習をしているんだと思っています。ずっと奥まで見えるようになりたいけど、やっぱりあるところから奥は見えないんですよ。もちろん、最後までは誰も見えない。それを考えていると、近視眼にならないように、狭い視野でものをつくらないようにしようという感覚とつながる。これはすごく重要な考えだな、と。
井野:今のお話を僕の仕事に当てはめると、テレビ局とか新聞、ラジオなどのメディアでも今は、より属人的に「お前は何をしたいのか」という問いに答えられないと何もできない状況になっているんだと思います。意志がある人は、本当に自分のやりたいことと、職責や部署、クライアントとやらなければいけない仕事ってどんどん乖離してきている。でもそういうときこそ「縁」なんですよね。「この人と仕事がしたい」という人が同じ部署とか上司とかクライアントとか身近にいれば、その仕事はきっと社会に接点を生み、満足できるものになる。お金だけじゃなくて、そこにやりがいを見いだせていれば、今起こっている問題ってほとんど解決するような気がするんです。さらに、誰と何をやるべきなのかを見つける前に、自分がどうしたいのか、どう生きたいかという事が前提にないと何も決められないと思います。
メディアで働いている人もその構造的な情報生産のプロセスの変化には気づいていると思うんですけど、なかなか実践するのが難しい。その「縁」の関係性に社会人になってから気づくんじゃなくて、もっと早い時期、例えば大学とか、中学校や小学校でも、「縁」という言葉を真剣に考える時間を持たせてあげられたらいいなと思います。
兼松:既にある「縁」とは何かを考えたり、この人と関わってみたいという「縁」の捉え方ということですね。「縁」ってそもそも何なんだろうと思いながら今の話を聞いていました。ちなみに太刀川くんは、今まで具体的にこんな「縁」があったという経験はありますか。
太刀川:仕事じゃないんだけど、東日本大震災があったときに「OLIVE」というプロジェクトを始めたんです。震災の40時間後くらいに簡単なWebサイトを作りました。当時はライフラインがほとんどない状態だったので、その場所に既にあるものを使って、自分でなんとか生き延びる手段や必要な物を作る術を、それを知っている人に投稿してもらうというサイト。仮設トイレの作り方とか、水の濾過の方法とか、暖をとる方法とか、そういうアイデアです。それはきっかけでしかなかったんです。Twitterなどを見ていたら、自分と同じような発言をしている人がたくさんいることに気がついた。みんな被災地の人を助けたいんだけど何もできない、という無力感を感じていて。でも何もできないって思いたくない、何か役に立ちたいという中で、見えない“流れ”みたいなものがあったんです。そこできっかけとして「OLIVE」というサイトを作った。そうしたら、すごくたくさんの人が参加してくれたんです。数日のうちに100個くらいのアイデアが集まって、その翻訳が4カ国語分もできて、情報が広がっていった。Webのない環境でも被災地にすぐに届けたいというアイデアを抜粋して、3月19日にはカラーコピー機で紙に印刷して被災地に送ることもできたんです。それも、自分の家のカラーコピー機で印刷してくれるという人が出てきてくれたからできたことで、ある会社の人は会社に内緒で3000部も刷ってくれたり……そういうことが起きたのは、みんながもともと「なりたい」、「ありたい」と思っていたところに「OLIVE」という小さなきっかけができたから。だから自発的にここまで広がっていったんだと思うんです。
そのときに僕もどこまで見通せていたかはわからないんだけど、「縁」の流れが既にあって、そこにちょっときっかけが紐づいただけで、「OLIVE」が自分一人では行けないところに行けた感覚があった。
兼松:「縁を見通す」ことが「悟り」だとすると、なかなか全部を見通すことは難しいけれど、たまに見えそうな瞬間もある。それに気づいたら委ねてみるのもいいのかもしれませんね。質問された方は今の話を聞いて、どう感じましたか。
会場:そうですね、この時間も大事な「縁」だと思いました。
兼松:本当にそうですね。まとめていただき、ありがとうございます(笑)。
美意識に対する「純度」
兼松:では2つ目のキーワードをお願いします。
会場:「美意識から世界を見る」というテーマを伺いたいです。デザイナーさんがどのように世界を見ているのか、興味があります。
兼松:これは井野さんが出したキーワードですね。この感覚は空海から学んだとおっしゃっていましたけど、どういうことなんでしょうか。
井野:最近、岡倉天心の本をよく読んでいるんです。その中にも空海の言葉が出てきたりして、「縁」を感じています。岡倉天心は著書の中で「『美』を最高の宗教として見れば、どの宗教とも対立しなくてすむ」ということを言っています。空海は1200年前の人ですが、岡倉天心は100年前、比較的近い時代にそういう感覚を持っていた。いろんな社会の問題とか、その時代をより良く生きる糧になるようなことを、日本人として英語で発表したのが、彼の大きい仕事なんじゃないかと思います。
立ち返って2014年に生きている僕も、ほとんど岡倉天心が当時言っていたことと、自分が今感じていることが同じなんじゃないかと思う出来事がいっぱいあるんです。それは空海も同じで、空海や岡倉天心の言葉や行動の中に、現代に通じることがたくさんある。その事実を僕が今まで知らなかったことに危機感すら感じています。「美意識」という軸で、日本人の立場から何かを世界に発信したいと思ったときに、むしろ日本人の方が知らないことが多いんじゃないか。例えば高野山の「奥之院」。実際に行くとわかるんですが、ツアーでいらしゃっている高齢の日本人観光客以外はほとんど外国人しかいないんですよ。彼らはすごく高野山や密教のことを勉強して、文化的・歴史的な敬意や興味を持って日本に来ている。日本人が高野山について、平均的にどのくらいの知識があるかわからないですが、空海や奥之院、高野山に対しての知識をちゃんと持っている人はすごく少ないと思うんです。今はもう、インターネット上では高野山についての考察は日本語より英語の方が最新のものや時代に合ったものが多いんじゃないかな。それを日本人が知らないという事実にすごく危機感があります。「美意識から世界を見る」と書きましたが、同時に日本人にもそういう危機感を投げかけたいという想いです。僕らの会社のWebに掲載している映像の大半はそういう問いかけの結果と言ってもいいかもしれません。それで受け手がどう感じてくれるかということを、言語に依存せずに、インターネットというインフラを使って今の時代で実験しているようなものです。かなり注意をしないと、普通の教育制度とか社会の中ではなかなか気づけないので、そういうきっかけに自分から飛び込んでいく覚悟が必要なのかなと思っています。
augment5 Inc.が制作した映像「KOYASAN SHINGON BUDDHISM」
兼松:井野さんの映像はすごくきれいですけど、1日で撮ることもあるそうですね。どういう風にこんな映像を切り取れるんでしょうか。
井野:僕はよく、「純度」と言っています。美意識に対する「純度」。テレビとか広告で見るものはほとんどフェイク、作られたものなんですね。僕らが撮っている映像はほとんど加工せず、撮ったまま切り出しているんです。あとはインターネットの動画は90秒を超えると継続視聴率が落ちてくるというデータもあるので、90秒の構成の中でどういう展開だったら見やすいか、携帯電話でも見やすいかとか、マーケティング的な視点やテクニカルな部分で最低限の加工はするんですが、その程度です。そして現場では基本的には僕がカメラを持って撮っているわけじゃないので、自分で見たり人から聞いたりして単純に良さそうな雰囲気の場所にディレクターを連れて行きます。そこでどう撮ってもらうかはディレクターの感性に任せる。そうするとやっぱり、それぞれが自分の感性を信じて撮りたいものを出してくるんですよね。それが面白い。僕はそれを会社としてまとめただけ。感性もすぐれ信頼できる人に任せれば、いつも期待値を超えたものが出てきます。だから仕事は楽しいですよ。
兼松:きっとその依頼の仕方に、秘密があるような気がするんですけど。
井野:「やるべき人に巡り合ったら、任せる」ということじゃないでしょうか。例えば、いろんな企業とか政府の担当者で、権限やお金を持っている人はだいたい表現者としては素人だと思います。表現者としての適性に欠ける人の元でデザイナーや下請けの業者が素人のやりたいまま作っていくと当然ダメなものになる。映像だけじゃなく建築や文学とか、何でもそうだと思うんですが、会った瞬間の印象がそういうものには大切で、やるべき人とやる。その「純度」を削ぎ落とすような行為を僕はしたくない。特にネットは、個人でもそうやって作ったものが世界に発信できる場所だと思っています。そんな社会的な意義を伴ってより美しい表現を続けることができる組織がつくれたらいいな、と。その領域は日本人が世界で活躍する最大の場だと思っているんです。
太刀川:「美意識から世界を見る」というキーワードについて、いつも僕が考えているのは「直感の方が遥かに早い」ということですね。美について話すときによく言うんですが、美しいってすごく複雑な概念だけど、例えば「花」は美しいですよね。花って美しいオブジェクトだし、みんなも花がきれいだということはシェアされているんだけど、花って人間のために美しく咲いているわけじゃないんですよ。何のためかって言うと、ハエとかハチのためなんです。ハエやハチも花を美しいと感じていて、飛んでいく。だから花を美しいと感じるときだけは、ハエやハチと僕らは直感的に極めて等しいわけです。そういう回路をみんな持っているんです。その回路の方がおそらく見抜く力が強くて早い。他にも、初めて見る野菜でもどっちの方が新鮮かわかるってすごいことだと思いませんか。初めて見るんですよ。だけどこっちが新鮮で、こっちはちょっと痛んでいるってわかる。それは僕らが生きているからそういう回路を持っていて、より新鮮な方を美しいと感じるようになっているんです。不思議なことなんだけど、たぶん美しいってそういうことだと思うんです。だから、「すごい! これはいいコンセプトだ」と感じるときも、最初は感覚的なはずです。理由はあとからついてくる、あとで気づく。そういうものの方がうまくいくような気がしていて。「直感」の方がどうにも「論理」より早い。世紀の発見って、「なんとなくこうかもしれない」というところからしか生まれないんじゃないかな。
兼松:直感を磨くことは、自分を磨くことにもつながるのかもしれませんね。逆に情報が多すぎると、美しいものも美しく感じられなくなるのかもしれない。都会の中にも美しいものはたくさんあるけれど、それを“どうでもいい”と思ってしまうとそれまで。自分の心をどこまでオープンにしていられるか、メガネについてしまった余計な塵を払いきった先に本物が見えてくると思います。
太刀川:井野さんがおっしゃった「純度」という話はすごくおもしろいと思いました。違和感に敏感になる。嫌なものは嫌だとすぐ言えるようになることは大事なんじゃないかな。ある意味での素直さ、率直さ。そういう感覚が必要になってくるときがあると思っていたので、すごく納得しました。実際、井野さんの映像はすごくきれいだから、そういう直感が働いているところがあるのかな。
会場:ハエも人間と同じように「美」を感じるという話を聞いて、生きていくのに必要な物は、ハエも人間も美しいと感じるんだろうなと思いました。それは理屈ではないところで感じる、知ることができる感覚なんだと思います。
[後編へ続きます]
構成:松井祐輔
(2014年4月18日、リトルトーキョーにて)
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