INTERVIEW

デザインの魂のゆくえ

デザインの魂のゆくえ:第1部「経営にとってデザインとは何か。」①三和酒類篇
「ポスター1枚ならなんとか、当時のうちの規模でもできるだろう、と。」

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「下町のナポレオン」として広く親しまれている麦焼酎〈いいちこ〉。大衆の酒として愛される一方で、1984年から制作が続き、根強い人気を誇る駅貼りポスターは、2015年現在、30年間同じメンバーで広告デザインを行っているそうです。
 デザイン事務所「COMPOUND」のデザイナー・小田雄太さんの立案によって先週からDOTPLACEで始まった連載「デザインの魂のゆくえ」。その第1部「経営にとってデザインとは何か。」の最初のパートとして、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』の2媒体とともに三和酒類本社のある大分県宇佐市へ飛び、いいちこの宣伝活動を長きにわたって見つめてきた西太一郎名誉会長に「経営にとって、デザインとは何か」をテーマにお話を伺いました。
 
●本連載「デザインの魂のゆくえ」企画者の小田雄太さんによるこの連載の序文はこちら
●本連載の第1部(ほぼ日刊イトイ新聞+COMPOUND+Newspicks合同企画「経営にとってデザインとは何か。」)のプロローグはこちら

私どもからの依頼は、“困ったこと”だったらしいんです。

ほぼ日刊イトイ新聞・奥野武範(以下、奥野):僕の妻は、下戸なのに〈いいちこ〉のポスターをすごく好きなんです。新しいものが駅に貼られるといつも写真を撮っていて。あるとき、好きが高じて三和酒類さんに電話をしてしまったことがあったらしいのですが、対応してくれた方がすごく親切で、丁寧な手紙を添えてポスター集の本を送ってくれたそうで、とても感激していたんです。そんなわけで、三和酒類さんはいつか取材してみたいなあとずっと思っていたところ、この「経営にとってデザインとは何か」の企画が持ち上がりました。

 〈いいちこ〉といえば、アートディレクター河北秀也さんのポスターのイメージがあります。経営者さんが、デザインやビジュアルに気を遣ってらっしゃるような印象なので、このテーマとの関連性があるのではないかと思いました。

三和酒類・西会長(以下、西会長):弊社に河北さんのお姉さんが勤めていたのです。〈いいちこ〉は、地方の小さい酒造メーカーの単なるいち焼酎として誕生しました。でもなんとかこれを東京で売りたいと考えて、お姉さんのツテで河北さんにお願いをしに、東京に行きました。

三和酒類株式会社・西太一郎名誉会長

三和酒類株式会社・西太一郎名誉会長

奥野:西さんが自ら行かれたんですか?

西会長:はい。そうです。

奥野:そのときはどういうお願いをしたんでしょうか。

西会長:なんとかしてうちの焼酎を売り出す方法を考えてくれないだろうか、と。当時「地下鉄のマナー広告キャンペーン」というシリーズが評判になり、河北さんはすごく有名になっていました。そんなときに私どもからの依頼は、河北さんとしては困ったことだったらしいのです。というのも、河北さんは1業態1社しかやらないポリシーを持っていたので、この仕事を受けてしまうと、将来大手酒造メーカーの広告制作の依頼が来たとしても断らないといけないからです。当時、三和酒類は年商3億円。大手メーカーさんに比べたら豆粒みたいな会社です。「困ったものだ」と思ったらしいのですが、お姉さんが勤めている事情もあり、しょうがなく引き受けてくれました。私はそんなことは少しも気づかず、後で知らされて「なるほど、それは申し訳なかった」と思ったものです(笑)。

「クライアントとデザイナーは対等」の約束から始まった

COMPOUND・小田雄太(以下、小田):〈いいちこ〉を売り出すにあたって、数ある広告媒体の中から、なぜポスターを選ばれたのでしょうか。

西会長:予算がなかったからです。なにしろ、1982年当時は3億円くらいしか売り上げがない会社です。TVCMだとべらぼうな予算が必要でしょう。雑誌や新聞など他の媒体を考えても、なかなか折り合いがつかない。それでポスター1枚ならなんとか、うちの規模でもできるだろうと考えて、制作を始めました。
 最初に河北さんにお会いしたときに、「西さん、クライアントとわれわれデザイナーの関係は、イコールなんですよ」と言われました。「まったく対等なんだ。そのことをまず自覚してくれ」と。
 そして「この会社には宣伝部を作ってはいけない」と言われたのです。

奥野:それはなぜでしょうか?

西会長:宣伝部があるとまずそこの部長が来て「〈いいちこ〉のボトルが(ポスターの中で)小さい」とか言いだす。そこでボトルを大きくしていると社長が来て「ロゴが小さい。もっと大きくしろ」と言いだす(笑)。いろいろな部署の人が来てはその人の立場で意見を言いはじめる。そうなると、なんともダメなポスターになってしまう。という風に説明をされました。

奥野:なるほど、確かに(笑)。よくある話です。

西会長:河北さんは、とても説得力のある話をする人なのですよ。聞くと、「なるほど、なるほど」と思うのです。「クライアントとデザイナーは対等なのだから、俺の言うことを絶対に聞け」と言うのですよ(笑)。それが約束だということで、こちらも了承して、ポスター制作が始まったのです。

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「広告のストーリーは嘘であってはいけない」。

西会長:河北さんが言うには、「広告に書いてあるストーリーは、絶対に本当でなければいけない。嘘であってはいけない」のだそうです。下町のなんとか、という酒。”(1985年)というポスターの文章は、ロケに行った北海道・富良野のホテルのバーで偶然耳にした、お客さんが実際に交わしていた会話だそうです。

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奥野:このコピーも、河北さんが書かれたんですか?

西会長:書いたのは、コピーライターの野口武さんです。
 河北さんは、すべて真実でないといけないと言って。驚いたのがこの雑誌広告(1991年)。髷を結った昔の人物が釣りをしているシーンがあります。この昔の釣り糸はスタッフの人に探してきてもらったのです。私から見れば、釣り糸なんてほとんど見えないし別に何でもいいのに……と思いましたが、一生懸命探してきてくれて。「すべて真実でないといけない」とは、ここまでこだわるのだな……と、驚きました。

1991年の雑誌広告のシリーズ

1991年の雑誌広告のシリーズ

奥野:人物のいる広告もあったんですね。知りませんでした。

西会長:これは駅貼りポスターではなく、雑誌広告なので。モデルは弊社の社員です。

小田:社員さんの中からモデルを選んだのは、やはり「すべて真実でないといけない」という考えからですか?

西会長:いやこれはですね、河北さんが「なるべく広告に人物を使わない」と言っていたのです。モデルさんや俳優さんは、使っている時期はいい。でも万一外さなければならなくなったときに、メーカーにとってイメージの良くないことを言われてしまう可能性があるから、と。しかし、社員ならいつ外してもいいですから、起用しました。
 河北さんは〈いいちこ〉のポスターに、私たちに、すごく手をかけてくれました。例えば、初期のポスター“広告の世の中だけど/噂で飲まれる酒がある/ミスマッチストーリィ”(1984年)。この中の品物は大変高価なものばかりらしいのですが、私たちはそういうセンスを持ち合わせていなくてまったくわからない。それを河北さんが一から説明してくれました。

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2/5「河北さんは私に向かって『危険人物は社長のあなたです!』と言うのです。」に続きます
(2015年11月17日更新)

聞き手:奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)/小田雄太(COMPOUND)/福田滉平(NewsPicks)
構成:石田童子
企画:小田雄太(COMPOUND)
(2015年9月16日、三和酒類株式会社本社にて)

本取材は、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』でもそれぞれの編集方針に沿って記事化・掲載されています。
▶ほぼ日刊イトイ新聞:「いいちこの会社」が「下戸」にも好かれている理由。
▶NewsPicks:いいちこのポスターに隠されたデザイン


PROFILEプロフィール (50音順)

西太一郎(にし・たいちろう)

三和酒類株式会社名誉会長。大分県宇佐市出身、1938年生まれ。東京農業大学醸造学科卒業後、三和酒類株式会社に入社。1972年代表取締役、1989年社長就任。1999年より現職に。社是は「おかげさまで」「美しい言葉」「謙虚な心」「丹念に一念に」。 http://www.iichiko.co.jp/


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河北 秀也 (著)
単行本: 119ページ
出版社: ビジネス社
発売日: 1995/12