豊かな自然に囲まれ、美しい水と空気に恵まれた新潟県南魚沼市に昨年オープンして以来、そこで過ごす時間の豊かさがしばしば人から人へ語られる旅館「里山十帖(さとやまじゅうじょう)」。ここで提供する体験一つひとつがメディアだと説くオーナー兼クリエイティブディレクターの岩佐十良(いわさ・とおる)さんは、もともとは空間デザインをキャリアの出発点としています。その後情報誌の編集部を経て、2000年に旅と食の雑誌『自遊人』を創刊し、やがて記事から派生する形で食品の販売も開始。情報やメディアの在り方に対するジレンマを、常に次の形に昇華させ続けてきた岩佐さんの考える「デザインと経営」観とは。
●本連載「デザインの魂のゆくえ」企画者の小田雄太さんによるこの連載の序文はこちら。
●本連載の第1部(ほぼ日刊イトイ新聞+COMPOUND+Newspicks合同企画「経営にとってデザインとは何か。」)の企画の経緯についてはこちら。
【以下からの続きです】
1/6:ここを実際に訪れたお客様が、その魅力を外に伝えるときのパワー。」
2/6:「これまでの10分の1の人にフィットすればいい、と割り切ったのが『自遊人』だった。」
3/6:「旅館づくりも『編集』的な行為だけれど、『デザイン』と呼ぶ方が今は伝わる。」
4/6:「僕にとって『ちゃんとつくってあるかどうか』は重要なんです。」
5/6:「あらゆる地域で、あらゆる『編集』を模索してみたい。」
利益とブランドの中間地点
小田:最後に「経営とデザイン」というこの連載全体のテーマについて改めてお聞きしたいです。
岩佐:「経営とデザイン」については難しいですね。超難しいですけど、やっぱりこの二つをミックスすることが大事なんじゃないですか。やっぱり「経営」だけでは無理だと思う。
さっき「10年10拠点」というお話をしたじゃないですか。僕は去年、里山十帖を始めたことでわかったんですが、「10年10拠点」をやるためには正直、投資家からお金を預からないと、何だかんだ言ってダメなんですよ。自己資金では到底できない。投資家からお金を集めるには大きな壁があって、やりたいことを理解してくれる投資家の理解を得る必要もあるし、本当はある程度のバランスが必要だと思うんです。
たとえば投資効率、つまりリターンが何%ほしいのかって尋ねたときに、「社会的意義があるものであれば、最大5%で全然いい」という投資家がいてくれたら僕の中のバランスとしてはすごくいい。だけど、やっぱり今の投資家には、どうしてもそれ以上のリターンを求める人が多いんだというのを感じていて。
ある意味、自己資金じゃない限りは、どこかに株主へのリターンを含めて考えなければならない現実があり、でも一方で、社会的意義があることをしたい、とも考えるんですけど。でも悲しいかな、現状ではみんな、どちらかに極端になりすぎている感じがするんですね、僕は。
世の中の企業を見て、「壮大な社訓やお題目に対して、つくっている製品がこれかあ……」って思うことがすごく多い。「やめればいいじゃん、こんなの」って言っても、「やめられないですよ。この製品が一番利益を出してますから」というような話がすごく多いんです。かたや、 “世の中のために”というようなイメージ戦略やブランディング上での活動は、赤字を出しながらもやっていて。やっぱりこれからの時代は、そういう矛盾を統合していかなければいけないし、間をとっていかないといけないと思うんですね。「本当はやめた方がいいんだけど……」みたいな商品で利益を出しつつ、それらの商品をもう一方の意義のある活動のイメージで覆い隠すみたいなブランディングって歪んでるよね、と思うし、企業が本当はやめたくても「やめられません」って言うことが、僕にはおかしいような気がしていて。
片方が「ブランド」であり、もう一方が「経営」って話であれば、本来ではその中間地点が、自分たちの会社をどう動かしていかなければならないかっていう、デザイン的な到達地点のお手本のようなものじゃないですか。「将来的には、すべての商品が社会的に意義のあるものでありたいね」って言っているんだけど、(現状のやり方では)絶対にならないと思うので、その部分をもう少ししっかりと考えたら、僕はいける気がするんですよね。
佐々木:できないのは、なぜなんでしょうか。たとえばソーシャル好きの人はソーシャルのことばかりを考えて、利益に疎かったりする。それぞれの業界というか、それぞれのコンセプトを持った極端な人たち同士が交わり合う場所がない、ということなんですかね。価値観を分かち合う場所がないというか。
岩佐:それもあると思います。まず、そもそもその人たちが「できない」と思っているから、というのはあると思います。
佐々木:最初から諦めてしまっている、と。
地方に拠点を移すのは “一大決心”なんかじゃなかった
小田:先ほど、岩佐さんが東京から新潟に来たときに、ある種の「足るを知る」じゃないですけど、人間として、何が幸せなのかが完全にわかったとおっしゃってましたね。もし会社にも一つの人格があるとしたら、会社として「足るを知る」みたいなことが起きない限りは、結局いらないものをどんどん流通させていって、もう片方のブランディングで取り繕うみたいなことにしかならないかもしれませんね。会社自体がどこかで人格を築かなければいけない。でも難しいですよね。
僕も他の会社のブランディングやPRに携わらせてもらうとき、そこに対して発言すると必ず反発があったりします。だけど、ちょっとずつちょっとずつ、軸を変更していかなければならない。それってものすごく時間と根気がいる作業じゃないですか。それこそ3年や5年。でも、10年や20年も投資できないよ、っていう、なかなか変わらない現実があるんじゃないかなって気がしているんですけど。
岩佐:僕はいつも、なんで日本の大企業って固定概念から離れられないんだろうかって気がしていて。
楽天っていう会社は、日本の中でももっとも柔軟な会社の一つだと思われているじゃないですか。売上規模もデカイし。楽天がこの前、二子玉川に本社を移したじゃないですか。僕はあれに超がっかりしていて(笑)。二子玉川って悪い場所じゃないけれども、再開発して綺麗につくられた街ですよね。確かに二子玉川を「ワークライフバランスが取れた街」であると言われたらそんな気もしますけど。でも、楽天が本拠地を二子玉川じゃなくて、自社の球団がある仙台に移したとしたら、どれだけ日本中の人たちが「これからの世の中、地方が意外といいんだ」って意識になるかを考えると……。
うちは東京から最初に移った人間はたかだか4人しかいませんでしたが、4人が「地方は意外といいよ」と言っている。楽天の社員がたとえば1000人でも移ったとして、その1000人が「仙台って意外といいんだよ」と言った瞬間に、日本の価値観がガラッと変わると思うんですよ。
意外とそういう、根本の部分をガラッと変えることをする会社は少ないと思っていて。確かに社員が地方について来ない、みたいな問題は出るかもしれないんですけど、楽天に関しては、それほど重大な問題は起きないんじゃないかと思うんですよね。
たとえば、アメリカに本社を移すとかであれば実際にやりそうなのに、なんで仙台には移せないのか。それってやっぱり違うんじゃないの?って気がしていて。そういうところで、日本の企業って既成概念が強いよな、って感じますよね。
僕は人から「よく新潟に移りましたね、よく決意しましたね」って言われるんですよ。でも新潟に移転したことに関しては全然そんなことなくって。新幹線で東京からは1時間半もかからないし、そういう意味では西八王子(東京)や上野原(山梨)とかに住むのと同じと言っていいんですよね。
小田:僕は事務所が代々木上原にあるんですが、そこからお台場に出るまでにも1時間半ぐらいかかります。
岩佐:そうなんですよ。その感覚と全然変わらない。厚生年金もあるし、社会保険もあるし、日本語も通じるし、テレビも全部観られるし、車も運転できるし、病院だって日本の病院だし。何も不自由がないじゃないですか。最初、八王子や厚木に移転しようっていう話も実はあったんですが、「それだったら八王子と新潟ってほとんど変わらないよね」という話になって、今ここに移転しているという経緯があって。
奥野:見ている方は、そっちの方が「振り切ってる」感がありますね。
岩佐:でも、そんなこと全然ないんですよ。ここに来たスタッフもそこまで一大決心をしたわけではなく、「ダメであれば戻ればいい」ぐらいの気持ちなんですよね。東京にも事務所を残したのでそっちに戻るのかって話で。そこまで “人生の一大決心”みたいなのは全然ないんですよ。
奥野:やっちゃえばできちゃう、みたいなことなんですかね。
岩佐:僕、何でもやっちゃえばできちゃうと思うんですよね。
佐々木:岩佐さん、今日はありがとうございました。
[「経営にとってデザインとは何か。」③里山十帖篇 了]
聞き手:佐々木紀彦(NewsPicks)/奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)/小田雄太(COMPOUND)
取材・構成:小原和也
企画:小田雄太(COMPOUND)
(2015年10月29日、里山十帖にて)
本取材は、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』でもそれぞれの編集方針に沿って記事化・掲載されています。
▶ほぼ日刊イトイ新聞:デザインだけでは潰れるし、数字ばかりは、つまらない。
▶NewsPicks:雑誌、コメ、旅館を使って、地域をデザインする男
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