INTERVIEW

デザインの魂のゆくえ

デザインの魂のゆくえ:第1部「経営にとってデザインとは何か。」③里山十帖篇
「これまでの10分の1の人にフィットすればいい、と割り切ったのが『自遊人』だった。」

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豊かな自然に囲まれ、美しい水と空気に恵まれた新潟県南魚沼市に昨年オープンして以来、そこで過ごす時間の豊かさがしばしば人から人へ語られる旅館「里山十帖(さとやまじゅうじょう)」。ここで提供する体験一つひとつがメディアだと説くオーナー兼クリエイティブディレクターの岩佐十良(いわさ・とおる)さんは、もともとは空間デザインをキャリアの出発点としています。その後情報誌の編集部を経て、2000年に旅と食の雑誌『自遊人』を創刊し、やがて記事から派生する形で食品の販売も開始。情報やメディアの在り方に対するジレンマを、常に次の形に昇華させ続けてきた岩佐さんの考える「デザインと経営」観とは。
 
●本連載「デザインの魂のゆくえ」企画者の小田雄太さんによるこの連載の序文はこちら
●本連載の第1部(ほぼ日刊イトイ新聞+COMPOUND+Newspicks合同企画「経営にとってデザインとは何か。」)の企画の経緯についてはこちら

【以下からの続きです】
1/6:ここを実際に訪れたお客様が、その魅力を外に伝えるときのパワー。」

読者を絞り込むという発想

奥野:「2000年に『自遊人』を創刊して……」とサラッとおっしゃいましたけど、これほどメディアのある時代に、編集プロダクションがいきなり雑誌を一冊つくりあげるってすごく大変なことだと思うんですよ。そのときに一番苦労したことは、何ですか。

岩佐:本当に大変でしたね。まず直面したのは、そもそも新たな出版社としての認可が降りなかったことです。さらには雑誌の(流通用の)コードもありません。書籍を出すのならまだしも、いきなり雑誌を、しかも全国誌を出すっていうのは普通じゃありえなくて。雑誌コードを持っている出版社を買収しない限りは、新たに雑誌を世の中に出すことは不可能、というようなことが囁かれていた時代です。そんな時代に、弱小の編集プロダクションにも関わらず全国誌をいきなり創刊したので、それなりに大変でした。
 当時はいろんな人から「雑誌は6億円くらいキャッシュを持っていなければ、売れないし広告も入らないし、出し続けられないよ」と言われました。そんな大金持ってるわけないじゃん、みたいな(笑)。版元や取次さんからもよく「雑誌はそういう世界だし、火傷するから手を出さない方がいいよ」と言われていました。特に全国誌を出して失敗したときの火傷は半端じゃないから、新しい出版社にいきなり雑誌コードを発行することは、その当時ほとんどなかったと思うんですよ。

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奥野:『自遊人』は1号目からいきなり売れたんですか。

岩佐:いきなり売れましたね。僕らは情報誌ををずっと売ってきた経験もあったので、ある程度売れる自信はあったんですよ。今まで作ってきた情報誌より、もっと芯のある提案をしようよという話をしていましたし。当時の「芯のある提案」というと、お金を出したら美味しいものが食べられます、みたいなちょっとバブリーな傾向も少なからずありましたが、その代わりに情報はしっかり厳選して、一本軸の通った僕らの価値観の中で提案をしようと考えていました。「売れたのはなんで?」って聞かれてもうまく答えられないんですが、正直に言うと、自信があったんですよ。

奥野:『自遊人』はどういう層をターゲットにしていましたか。

岩佐:当時からターゲットはかなり絞っていました。最初から実売で10万部売れれば御の字だと思っていたので……今では10万部って大変な数字ですけどね。当時『東京ウォーカー』で43万部程度でした。『千葉ウォーカー』も20万部を越していたし、『横浜ウォーカー』も50万部近かったんじゃないですかね。僕は東京・千葉・横浜の編集にプロダクションとして携わっていて、ピーク時には横浜と千葉は1か月に1回、東京は2週間に1回、特集をつくっていたんですね。つまり、月間4本、1週間に1本という体制で、ものすごい数をつくっていたんですよ。しかも50万部という売り上げを狙うわけじゃないですか。
 それに比べれば『自遊人』は5分の1、さらにウォーカーのようなエリア誌に比べて、全国で10万部売れればいいので、これまでの10分の1の人にフィットすればいいと思って割り切っていました。なので、内容を思いっきり絞り込んでいきましたね。思いきり絞り込んで、その中の何人かが強烈に反応してくれれば……という感覚がありました。そして、少しずつリニューアルを繰り返しながら、自分のやりたい方向性に軌道修正していった、という感じです。

雑誌『自遊人』バックナンバーの一部(スクリーンショット)

雑誌『自遊人』バックナンバーの一部(スクリーンショット)

3/6「旅館づくりも『編集』的な行為だけれど、『デザイン』と呼ぶ方が今は伝わる。」に続きます

聞き手:佐々木紀彦(NewsPicks)/奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)/小田雄太(COMPOUND)
取材・構成:小原和也
企画:小田雄太(COMPOUND)
(2015年10月29日、里山十帖にて)

本取材は、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』でもそれぞれの編集方針に沿って記事化・掲載されています。
▶ほぼ日刊イトイ新聞:デザインだけでは潰れるし、数字ばかりは、つまらない。
▶NewsPicks:雑誌、コメ、旅館を使って、地域をデザインする男


PROFILEプロフィール (50音順)

岩佐十良(いわさ・とおる)

クリエイティブ・ディレクター/自遊人代表取締役。1967年、東京生まれ。武蔵野美術大学在学中に現・株式会社自遊人を創業。2000年、雑誌『自遊人』を創刊。2004年、新潟県南魚沼に事業の本拠地を移す。2014年5月に、『里山十帖』(新潟大沢山温泉)をオープン。持続可能な民家保存というコンセプトと斬新な手法が評価され、「グッドデザイン賞」のBEST100に選出、中小企業庁長官賞も受賞した。著書に、『里山を創生する「デザイン的思考」』(KADOKAWA)など。 http://www.satoyama-jujo.com/


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里山を創生する「デザイン的思考」

岩佐 十良 (著)
単行本: 222ページ
出版社: KADOKAWA/メディアファクトリー
発売日: 2015/5/22