INTERVIEW

デザインの魂のゆくえ

デザインの魂のゆくえ:第1部「経営にとってデザインとは何か。」③里山十帖篇
「旅館づくりも『編集』的な行為だけれど、『デザイン』と呼ぶ方が今は伝わる。」

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豊かな自然に囲まれ、美しい水と空気に恵まれた新潟県南魚沼市に昨年オープンして以来、そこで過ごす時間の豊かさがしばしば人から人へ語られる旅館「里山十帖(さとやまじゅうじょう)」。ここで提供する体験一つひとつがメディアだと説くオーナー兼クリエイティブディレクターの岩佐十良(いわさ・とおる)さんは、もともとは空間デザインをキャリアの出発点としています。その後情報誌の編集部を経て、2000年に旅と食の雑誌『自遊人』を創刊し、やがて記事から派生する形で食品の販売も開始。情報やメディアの在り方に対するジレンマを、常に次の形に昇華させ続けてきた岩佐さんの考える「デザインと経営」観とは。
 
●本連載「デザインの魂のゆくえ」企画者の小田雄太さんによるこの連載の序文はこちら
●本連載の第1部(ほぼ日刊イトイ新聞+COMPOUND+Newspicks合同企画「経営にとってデザインとは何か。」)の企画の経緯についてはこちら

【以下からの続きです】
1/6:ここを実際に訪れたお客様が、その魅力を外に伝えるときのパワー。」
2/6:「これまでの10分の1の人にフィットすればいい、と割り切ったのが『自遊人』だった。」

デザインと編集のあいだ

小田:僕からは、デザイナーとして質問させてください。岩佐さんは編集の仕事に携わる前、美術大学在学中にデザイン会社を設立されていたそうですね。すごく早い段階に、今の人たちがこぞってやり始めているようなことを、25年前からやられていたんだというところにまずは驚いています。そして、そのデザインの会社を編集の会社に変えて、今また「デザイン」ということばを使われています。普通であれば、いろいろなものを「編集」ということばに言い換えたりした方が、編集者であった岩佐さんのことばとしては便利だったと思うのですが、岩佐さんは対照的な立場というか。デザインの会社の運営を経験されてから編集の会社を立ち上げるに至った理由はどういうところにあるんだろう、と思いまして。

岩佐:当時は、確かに僕くらいしか同じ大学内で在学中に独立する人はいませんでしたね。実は僕は何を狙っていたかというと、「先行逃げ切り」を狙っていたんですよ(笑)。たまたま学生時代から、いくつかの会社にグラフィックや空間デザインの仕事をもらって、ちょっとだけ関わっていたということもあるんですが。なんで「先行逃げ切り」をしようと思ったかというと、僕が通っていた武蔵野美術大学には在校生が4000人くらいますけど、やっぱりどの学年にも2、3人飛び抜けてすごい人がいるんです。こいつの頭の中って一体どうなっているの、みたいなヤツっているじゃないですか。そういう連中の才能をまざまざと見せつけられて、劣等感というか屈辱感というか、何と表現すればいいのかわかりませんが、いかんともしがたい感情を持ったのを記憶しています。彼らに勝つためには何をすればいいんだろうかってことを考えた結果が、「先行逃げ切り」だったんですよ。
 でも、独立したはいいけど「これは長続きしないな」って率直に思いました。そのきっかけが、銀座のリクルートのG8ビルに当時あった亀倉雄策さんの事務所を訪れたときなんですけど、案内してくれたリクルートの社員の方に「君は亀倉雄策のようになるつもりはあるのか」と言われたのを今でも覚えています。「これだけの数のスタッフを抱えて、いいものをつくり続けないと、デザイナーとして人生をまっとうすることができないんだぞ」と。「そして君は編集者に向いてそうだから、編集者になれ」って言われたんです。言った本人は覚えていないみたいなんですが(笑)。そんなことを言われたのと同時に、当時リクルートから出そうとしていた学生向けの雑誌の仕事をやらないか、ただしデザイナーは別で、ということを言われました。そこから僕は一気に編集者になっていったんです。

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 こうして編集者になったのに、なんでまた最近「デザイン」っていうことばを使いだしたかということなんですが、一般の方たちが感じる「編集」ということばの意味がどんどん狭くなっているように感じていることが理由です。僕がやっていることは確かに「編集」的な行為でもあるんですけど、「編集」よりも「デザイン」と呼んだ方が今の世の中には伝わりやすいと考えています。
 しかも、僕自身『東京ウォーカー』や『自遊人』の編集をずっとやってきたという経歴もあって、そことうまく噛み合うように今の仕事の説明をすることが難しくなってきているんですね。「なんで雑誌の編集者が食品を売っているんですか」とか「なんで雑誌の編集者が宿やっているんですか」という話になってしまって。「編集=文章の編集」みたいな話になってしまうことが多く、話が厄介なので、できるだけ使わないようにしているのが、今僕が置かれている境遇というか。

いつまでも現場で手を動かす

小田:なるほど。岩佐さんは実際に里山十帖の空間を設計をされたりとデザイナーとしての役割を今でも担っていたり、ご自身でも直に接客をされたりしますよね。今の岩佐さんの立場だと、プロデューサー的な立場に回ることだって可能だと思うんです。それなのにデザイナーとして、フィニッシュ的な作業を他の誰かに預けようとしないということにこだわられている気がします。それにはどんな理由があるんですか。

岩佐:単純に言うと、現場が好きだからです。現場の肌感覚みたいなものは、いつも重要視しています。やった人間にしかわからない肌感覚って、ものをつくるときにすごく重要だと思っていて。特に僕は雑誌の編集をずっとやっていたので、雑誌ならプロデューサーとして関わることができると思います。でも、旅館をつくったり食品をつくるとなると、これまでに自分でやったことがないので、まずは自分でやってみないとわからないという感覚があるのは確かです。で、実際に自分で手を動かしていく中で「こんな感じかな」という具体的なイメージが湧いてくるんです。

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小田:デザイナー的に実際に触って手を動かすことで、逆にそれがプロデュースに生きてくることはあるんですか。

岩佐:それはもちろんありますね。いつもこっちに行ったりあっちに行ったりしています。会社でもよく「右脳と左脳をスイッチする」ということを言っています。右脳で考えていることと左脳で考えていることのバランスを取りながら、最終的な落としどころを発見する努力をしています。

4/6「僕にとって『ちゃんとつくってあるかどうか』は重要なんです。」に続きます

聞き手:佐々木紀彦(NewsPicks)/奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)/小田雄太(COMPOUND)
取材・構成:小原和也
企画:小田雄太(COMPOUND)
(2015年10月29日、里山十帖にて)

本取材は、『ほぼ日刊イトイ新聞』『NewsPicks』でもそれぞれの編集方針に沿って記事化・掲載されています。
▶ほぼ日刊イトイ新聞:デザインだけでは潰れるし、数字ばかりは、つまらない。
▶NewsPicks:雑誌、コメ、旅館を使って、地域をデザインする男


PROFILEプロフィール (50音順)

岩佐十良(いわさ・とおる)

クリエイティブ・ディレクター/自遊人代表取締役。1967年、東京生まれ。武蔵野美術大学在学中に現・株式会社自遊人を創業。2000年、雑誌『自遊人』を創刊。2004年、新潟県南魚沼に事業の本拠地を移す。2014年5月に、『里山十帖』(新潟大沢山温泉)をオープン。持続可能な民家保存というコンセプトと斬新な手法が評価され、「グッドデザイン賞」のBEST100に選出、中小企業庁長官賞も受賞した。著書に、『里山を創生する「デザイン的思考」』(KADOKAWA)など。 http://www.satoyama-jujo.com/


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里山を創生する「デザイン的思考」

岩佐 十良 (著)
単行本: 222ページ
出版社: KADOKAWA/メディアファクトリー
発売日: 2015/5/22