マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の三人目のゲストは、株式会社コルクの代表取締役、佐渡島庸平さん。
最終回の今回は、これからのマンガのマネタイズの形について。
この内容の再編集版をDOTPLACE LABELの電子本『コルクを抜く』で読むことができます。
これまでDOTPLACEやマガジン航が取材してきた
佐渡島庸平さんのインタビュー・イベントレポートが一度に読める一冊です。
【以下からの続きです】
1/3「みんなが、自分の『経験』を選んで買う世界。」
2/3「これからは、読者個人の力でもヒット作が生み出せる。」
最初から電子書籍を意識して描く作品も増えてきました。
山内:曽田正人先生の『テンプリズム』。あの作品は『ビックコミックスピリッツ』での連載と同時に、フルカラー版を電子コミックアプリの「マンガボックス」にも掲載しています。僕はカラー版が掲載できることが電子書籍の大きな価値だと思っています。たとえば、すでに持っているマンガでも電子版のきれいなカラー画像ならばもう一度買いたい、そういう需要は潜在的にかなり眠っていると思います。やはり、カラーでの体験価値とモノクロでの体験価値は違う。以前お話しした作家さんが仰っていたのですが、もともとの原画のクオリティを考えると、雑誌の再生紙でマンガを読むこと自体が、もしかしたら作品に対して失礼だったのかもしれない。モニタ上で、精微な画質で見る方が本来の原画に近い可能性もある、と。もちろん、マンガを冊子の形で見ること、「本」としてのページ数やサイズ、ページ送りを計算したコマ割の演出などにも大きな意味がありますが、マンガの書き手自身が若くなっていって、最初から電子での閲覧を意識して描くようにもなってきている。ここ5年くらいで、最初から電子を意識している作品がどんどん出て来ていると思います。
佐渡島:「大きな流れ」は変えられないですからね。
——以前の竹熊健太郎さんと山内さんの対談(※竹熊健太郎×山内康裕 2/3「編集者の顔が、もっと見えてきていいはずなんです。」)でも同じような話題になりました。
山内:電子コミックサイトやアプリで、DeNAが運営する「マンガボックス」と、NAVERが運営する「COMICO」を対比して話をしました。「マンガボックス」は従来の単行本販売でマネタイズするモデルですが、非常にクオリティの高い連載が多く、「記事をシェアして次号分を先読みできる」システムを導入するなど、見せ方を工夫している。逆に「COMICO」は、オリジナル作品が多いものの、更新頻度が高く、単行本ではなくドラマやゲーム原作を作ってマネタイズするモデルだと思います。どうなっていくかはまだわからないですが、両方とも新しいモデルを業界に投入していると感じています。
その一方で、こういった取り組みを作家がどのように感じているのかも気になります。作家本人が今までの出版社で描くのか、DeNAの「マンガボックス」のように異分野から参入した媒体で描くのか、「COMICO」のように電子コミックだけでの発表を想定しているところで描くのか。もちろん、運営会社や連載の仕組みが違えば、作家との契約体系も変わってくる。契約は作家にとって難しい部分でもある。そういう中で、「コルク」がエージェントとして果たす役割も大きくなってくると思います。
——プラットフォームに応じて表現の形態が変わっていくということに対して、佐渡島さんはどのように考えていますか。
佐渡島:紙の本って、現在の見開きの形になるまで、1000年以上の時間がかかっていて、その間に様々な形態の変遷があったわけですよね。だけど現代では変化のスピードがどんどん早くなっていて、昔は数百年かかった変化が数十年で起きるようになってきた。その中での現在は、まだ最終系ではないと思います。本以外にも、例えば電話だってそうですよね。家庭に固定電話機が普及してから50年も経たないうちに携帯電話が出てきて、今では携帯電話もスマホに変わった。50年前に、みんなが板に向かって電話しているなんて想像できた人はいませんよ。それにまだ、電子コミックのマネタイズがうまくいっていない。マンガでゲーム化や映像化できるものって全作品の中の1%にも満たない。始めから1%に満たない需要を当てにしてビジネスをするということは、すごく危険だと思っています。現段階では少なくとも、単行本などでの何らかのマネタイズ手段があった方がいい。その上で、電子版にもチャレンジしていくという形になると思います。
単行本も「紙の本」というグッズです。
——今のところは、紙の本の市場が大きいので、基本的な市場を抑えつつ、他の可能性も探っていくということですね。竹熊さんとは、単行本の販売モデル自体が縮小して、その構造も危なくなってくるという話もしました。つぎのマネタイズの形はどうなると思いますか。
佐渡島:やはり中心は物販じゃないでしょうか。
山内:「モノ」に落とし込まれた方が買いやすいという部分はあると思います。例えば、萌え系の商品はマネタイズがわかりやすいですよね。深夜アニメを中心に、DVDなどのパッケージ化や関連商品の販売でマネタイズする。ただその方法はマーケットの大きさに比べて、プレイヤーの数が少ない。少ない人数が大きなお金を出しているからマーケットが成立している。同じような方法で海外展開を考えると、プレイヤー数も、一人一人が払うお金も日本よりも制限があるので、マーケットが広がらない。反面、佐渡島さんがコルクで手がけられている作品は、作品のマーケットにいるプレイヤーの人数がすごく多いと思います。そういう広いマーケットの中で、どうすれば体験価値にお金を払ってもらえるか。それが今のマンガ業界の課題だと思います。
佐渡島:仮にほとんどの作品が無料に近い形で読めるようになったとしても、作品を読んで感動したという「証し」は必要だと思います。それは萌え系のグッズでしかできないとは思いません。ミュージシャンのライブグッズも、一般的な市場では無価値でも、アーティストのファンにとっては価値がある。それ自体がライブに行ったという「証し」でもあるからです。みんなが「もの」に記憶を込めたがっているんだと思います。『宇宙兄弟』という作品や、安野モヨコという作家との体験の記憶を宿せる「もの」が必要とされているんだと思います。その中ではもちろん単行本もグッズの一つです。「紙の本」というグッズですね。
山内:今ある単行本もグッズだし、さらにそれ以外の商品の可能性があるということですね。僕もそう思います。そこでは「豪華本」、「限定本」を買うということから、「体験価値」としてライブや、作中に登場するリアルな場所にも、大きな価値があると思います。
佐渡島:そうですね。売り方の工夫も同じです。本は「再販制度」によって値引き販売ができません。業界ではそれによって自分たちが守られていると思っている人が多い。価格競争がないから、たくさん売れるわけではない学術的な本でも出版できる、とか。でもファッション業界では、残った商品は全部セールで売り切ってしまって、シーズンごとに新しいものを作るというやり方を続けている。あくまで仮定の話ですが、作家自身が物販を担うことを考えた場合は、ファッション業界のやり方の方が効果的かもしれない。毎年異なる商品を販売できるわけですから。そう考えると、組織の形態も変わってくる。今の出版社は営業担当者よりも編集担当者の方が多い。例えば講談社であれば5〜6割が編集者で、残りの4〜5割が営業ですが、書店との直接販売が中心のディズカバー・トゥエンティワンでは、逆に7割が営業担当です。自分たちが何に注力しているのか、どこにエネルギーを注いでいるのかを理解すると、自ずと方法も変わってきますね。
山内:大きな組織では、作り手側の作家と編集者に対して、売り手側の営業との間に溝があるという話もよく聞きます。佐渡島さんがコルクを設立されたのは、一人の作家さんに対して編集から販売まで、全てコーディネートできる人間がいた方が作品価値が高くなるという考えからなんですね。
★この対談に新たなトピックを加えた再編集版は、
DOTPLACEの書籍レーベル「DOTPLACE LABEL」から発売された
『コルクを抜く』からお読み頂けます。
2012年に講談社から独立し、作家のためのエージェント「株式会社コルク」を立ち上げた佐渡島庸平さん。ウェブサイト「DOTPLACE」と「マガジン航」がこれまで掲載してきた佐渡島さんとコルク周辺の対談・インタビューを計3本と、新人マンガ家の羽賀翔一さんによるコルクの日常を描いた1ページマンガ「今日のコルク」のよりぬき版を一冊に収録。
出版業界のこれからについて考えたい人、必読の内容です。
[マンガは拡張する[対話編]03:佐渡島庸平 了]
構成:松井祐輔
(2014年6月17日、株式会社コルクにて)
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