INTERVIEW

池澤夏樹電子出版プロジェクト 記者発表レポート

池澤夏樹電子出版プロジェクト 記者発表レポート
1/2「新しいメディアは新しい文化を引き出し、次の文明に何かを加える。」

池澤夏樹記者発表バナー

作家・池澤夏樹氏がこの7月から、自身の作品の電子出版をとうとうスタートさせました。これまでほとんどデジタル化には応じてこなかったという彼の作品群。これらを、元の出版社にも利益が生まれる新たな体制を整え、長期的にリリースしていくこのプロジェクトのパートナーは、池澤氏ともこれまでに何度か〈デジタル×出版〉の試行錯誤を共にしてきた株式会社ボイジャー。
池澤氏の作品はボイジャーの開発した電子出版ツール「Romancer(ロマンサー)」を介してデジタル化され、入手しづらくなっていた過去の作品も電子版としてよみがえります(リリース第1弾として『クジラが見る夢』と『静かな大地』が発売中)。
プロジェクトの皮切りに国際文化会館で開催された記者発表の、池澤夏樹氏の講演の模様をほぼノーカットでお届けします。

メディア“こそが”メッセージである

池澤夏樹氏

池澤夏樹氏


 50年ほど前にある預言者が、「メディアはメッセージである」と言いました。その預言者とはマーシャル・マクルーハン。その時は多分あまりに新しすぎて、どういう意味かわからない人が多かった。僕もよくわかっていなかった。今になって振り返ってみると、「メディアはメッセージである」ではなくて、「メディア“が”メッセージである」「メディア“こそが”メッセージである」と、そのくらい強い意味であったと思います。そしてその彼が言ったことは次々に具体化し証明され、まさに我々はその真っ只中にいて、今や誰も気が付かない。それくらいメディアという存在は当たり前になってしまった。
 まず、「メディア」という言葉を人々が日本だけでなく世界中で使うようになったのは、彼のこの予言だったと思います。それまでは、メディア(media)あるいはミディアム(medium)は、たとえば霊媒——何かと何かをつなぐ役割——といった、オリジナルの意味しか持っていなかった。それが新聞・テレビ・映画、もちろん出版、その他すべてを含めた意味で使われるようになって、それに関わる人たちが「自分たちはメディア人である」と自覚するきっかけになったのがマクルーハンだったと思います。
 彼が言ったことは実はもっと範囲が広かった。「身体の延長はそもそもメディアである」と。ですから、家というのは皮膚という体の一部を延長させてメディアとしたものである、ということまで言っているんです。振り返ってみれば、僕らのその言い方でいうとインターネットもそうですし、その後から出てきたその他すべてのものが、あの頃のマクルーハンの予言よりもずっとずっと豊かに増えて力を持って、まさに我々がメディアの中にいるということを実感できるようになりました。

 彼がそれらの言葉を書いた時に、世間の人々が気にしたのはテレビのことでしたね。テレビというものが出てきて、ずいぶん世の中の様相が変わった。それと重ね合わせてメディアという概念が広まった。その後に今に至るわけですけれども、「メディアはメッセージである」とはどういうことかと言えば、メディアを選ぶこと、それ自体がその人が発するメッセージであると、そういう意味まで深く受け入れられると僕は思います。一番、今分かりやすいのはSNSだと思うんですけれども、SNSという方法で自分を表現しようとする/あるいはまったくそれらを使わない、その選択そのものが既にして、その人の一つの意見の表明であり、あるいはそれを通じて人と付き合おうとすることが、その人の性格の表明であると、そういう風に我々はメディア論を深く広く受け入れなければならないのではないか。この話の大本は、実はずいぶん古いんです。
 
 

移りゆく「本」というメディア

 僕は一方で『日本文学全集』(2014年11月以降、河出書房新社より発売)というものを編集しておりまして、自分で古事記の現代語訳をやってみまして、ちょうど一昨日ようやくそれが終わったところなんです。へとへとです。だけどそれを通じて感じていたのが、太安万侶がいかにして、口承文芸の声のメディアから漢字を使った日本語表現というメディアに移したか、そのシステムをいかに苦心して作ったかということが翻訳してみると実によく分かる。
 マクルーハンも、アルファベットというものが導入されたことで、ヨーロッパの文明はある性格を帯びたと言います。アルファベット、そして文字でものを書くということは、視覚的であり、直線的であり、論理的である。それに比べてそれまでの口承文芸は、同時的であり、全方向的であった。
 口承文芸というのは必ず目の前に聴衆がいる。一方的に読むだけではなくて反応がある。反応を見ながら次々に内容を変えていくことができる。今回、電子本で発売する僕の作品の一つが『静かな大地』ですが、あの中で僕は、アイヌのおばあさんが子供たちを集めて民話を語るという場面を作りました。これは一方通行ではなくて双方向的で、夜遅くまで話が続いて子供が眠くなったら、いきなり大きな声で怖い話をして目を覚まさせることができる。しかしそれが本になって、活字になってしまうとそういうことができない。読み手は受け取るだけです。僕は作家として個室で一人寂しく書いて、買った人は個室で一人寂しく読む。それが本というメディアの一つの性格です。
 そうしてメディアが変わるごとに、人間は新しい面を切り拓いて、新しい文化を作り、それに合わせて文化を積み上げ、文明を作りました。この流れはどこでも止まることなく現在まで続いています。そしてテクノロジーのおかげで次々に新しいメディアが出てきた。そのたびに我々は戸惑いました。「そんなものは……」と言って受け付けない人もいるし、すぐに飛びついて試してみて「駄目だこりゃ」と言う人もいる。

 ちなみにマクルーハンの一番大きな著作は『グーテンベルクの銀河系』という美しいタイトルなんですけれども、グーテンベルクが活字印刷をヨーロッパで発明して、まず何が変わったかというと、それまで手書きだった聖書ですね。素材はパーチメント――羊皮紙で、ものすごく大きくて重いのですが、それが教会に安置してあって、神父がそれを読み上げ、みんなが覚えている部分を唱和する「連祷」という方式で使われた。修道院の図書館にもずいぶんたくさん本がありましたけれども、それは全部、持ち出されないように鎖で繋ぎ止めてあった。当時、本は非常に貴重なものだったから。ところが印刷が可能になって、人々の手に1冊ずつでも渡るようになった。だからプロテスタントは信者が自分で聖書を読むようになったんです。カトリックの世界では、聖書は自分で読むものではなかったんですけれどね。
 その時代から、メディアは大幅に世界を変えてきた。さらに言えば、グーテンベルクの発明によって「音読の文化」から「黙読の文化」になった。それまで神父様の手元にのみあって、集団で大きな声で読むしかなかった本が、印刷されるようになると一人一人が自分の部屋で声を出さずに目で読まれるようになる。これは大きな変化でした。
 そういう変化の果てに、現在は電子的な方法で1冊の本の中身を読者に届けることが可能になった。さっきの鎌田さん(※編集部注:株式会社ボイジャー代表、鎌田純子)のお話にもあったように、20年ほど前から新しいメディアとしての本の姿が具体的になってきた。新しいメディアというのは、まだ欠陥もあるし不十分なところもあるけれども、ともかく今までなかった機能を備えていると「では試してみよう」という人々が出てくる。作り手の側も読み手の側も、最初はそれぞれに好奇心の強い人、新しいものが好きな人が手を出して、その中で試行錯誤を重ねるうちにだんだんと後に続く人が増えていく。人々はそれぞれの段階で様々な印象や感想を持ち、反応し、それを表現していく。そんな時代がずっと続いてきたと思います。

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新しいメディアが登場するたびに

 4、5年前でしたか、僕が編集という形で岩波新書から『本は、これから』(2010年、岩波書店)という論集を出しました。業界内では「本これ」と呼ばれています。「本ころ」とは違います。「本ころ」は『だれが「本」を殺すのか』(佐野眞一著、2001年、プレジデント社)で、あれはまた別の話です。「本これ」の方は、もちろん岩波書店と僕がいろいろ相談しながら作ったんですけれども、書き手のセレクションが少し高年齢に寄っていて、物書きとしてすでに名を成した方が多く、僕がはじめに予想していたよりも保守的な内容になりました。つまり、「紙の本が大事」「いかに紙の本に自分が愛着を覚えているか」という論調のものが比較的多かった。僕自身は「(紙も電子も)両方面白い」という言い方をしていたんですけれども。
 なぜ「本これ」の時は保守的だったかというと、一つはオブジェクトとしての、あるいはフェティッシュとしての本への愛情が執筆者の間で根強かったことですね。それと同時に、電子出版が盛んになったらそれが失われてしまうかもしれないという未来への恐怖感や、過去へのノスタルジー。これらは新しいメディアやテクノロジーが出てきた時、必ず起こる現象です。
 例えば、イギリスで産業革命で機械が導入された時、人々はそれに反発して工場に押しかけて機械を壊しました。ラッダイトという人々の運動ですね。あるいは、僕が高校生くらいの頃『少年ジャンプ』と『少年マガジン』が刊行されました。コミックというものが手塚治虫の仕事の先で市民権を持ち始めてきて、高校生が読み、彼らが大学生になっても読み、大人になってもまだ読んでいることが普通になった。僕はコミックの流れに乗れなかったものですから、「大人がマンガをねえ……」という目で見ていました。そしたら、メディアの変化に僕が対応できなくなって、その後世間でゲームが盛んになった時にも僕は乗れませんでした。
 マクルーハンが「メディアはメッセージである」と言った時に人々が気にしていたのは「テレビが出てきて映画はなくなるんじゃないか」ということでした。さらに前の時代で言えば、トーキーが盛んになったことで弁士たちが困り、一方では声があまりにひどいので生き残れなかった映画俳優たちもいた。
 そういう風に、新しいメディアが出てきた時、人々の中には様々な応答があり、様々な変化が起こります。確かにテレビは盛んになりましたけど、映画は消えなかった。映画の側での努力は大きかったと思います。シネマスコープ(ワイドスクリーン)にして、色を綺麗にして、とにかく映画館に人を呼び寄せようとした。その果てがシネコンです。だから、いかにテレビで映画を再放送しても映画館に行く人は減らない。いや、全体として減っているのかもしれません。ですが、映画が消えることはなかった。

 この間、DVDにして家でテレビ画面、あるいはディスプレイで観るということを拒否しているような映画に出会いました。『大いなる沈黙へ』というフランスの修道院のドキュメンタリーで、もうすぐ公開になる映画です。この映画は、修道院の側が撮影に入る前に非常に厳しい撮影条件を付けたんですが、それは何かというと「ナレーションなし、BGMなし、中に入っていいのは映画監督1人とカメラ1台だけ」といったような厳しさです。監督が1年間通って撮った修道院の生活の記録ですが、上映時間は3時間近く、途中眠くなります。修道院の中ではほとんど会話も行われないんですけれども、暗い映画館の中に座って、途中で席を立つことなく早回しすることなくちょっとお茶を飲んだりすることもなく、その静けさと時間の緩やかさを体験する。じっとスクリーンと対峙しなくては受け取れない体験です。「映画にはまだこんな力があるのか」と思いました。このようにして、古いメディアはまだ必ずしも消えるわけではない。形を変えてその力を発揮していけば残るし、まだ栄えるんです。
 
 

電子出版の可能性

 とはいえ、新しいメディアの全部がそのまま普及するわけではなく、未熟の果てに消えてしまうものも少なくない。しかし僕は今、電子出版はこの先多分伸びるだろうと思っています。では、これから先、紙の本はなくなっていくのか? そういった『本は、これから』の時と同じ問いが今後も出てくるだろうし、人々はそれぞれに、そのことについて考えるでしょう。最近の例で言うと、写真はデジタルが出てきてから、銀塩のフィルムで撮る写真はほとんど消えました。なぜかと言うと、写真というのは1点ずつ独立しているからです。写真集を眺める時に、次々とページを繰っていきますよね。1枚ページを繰ったら眼はそのページの写真に止まり、充分鑑賞したら次の写真に進むとして、次の写真は前の写真とは違う写真です。選集としてそこにシークエンスを作って、ある流れを用意することはできます。しかしあくまでも1枚は1枚。
 加えて、紙で見るよりもディスプレイで見る方が綺麗なんです。僕の『クジラが見る夢』という本は、写真をたくさん使った大きなものでした(1994年、テレコムスタッフより大型本として刊行)。本のためにスチールとムービーを撮りに行って、写真家は超一流、特にスチールは水上と地上とで垂見健吾と高砂淳二の2人を連れて行ったんですけれども、素晴らしいクオリティの写真です。しかし、印刷ではそれをいま一つ出し切れなかった。今回の電子版で見るほうが綺麗だと思います。


『クジラが見る夢』の写真を使用した、この電子出版プロジェクトのプロモーション映像

 だから、写真というメディアの場合は「フィルムで撮って印画紙に焼いて1枚1枚見る」、が「デジタルで撮ってディスプレイで見る」に変わった。今でも僕は、プリントして人に配ったりするのに印画紙を使うことはあります。しかしメインは今もうディスプレイでしょう。
 それでもまだ、言葉としては「スライドショー」というような言い方をする。これまで、デジタルの世界はすべて実際にあるものの置き換えで用語を作ってきましたね。だからいまだに「デスクトップ」のような言い方がされる。しかし実態は違っていたためにフィルム写真は消えてしまった。そしてどうしてもフィルムで撮りたいプロは、冷蔵庫一杯フィルムを買って「これを使い切るまで……」と言いながら写真を撮っています。
 
 

時間の流れと本

 フィルム写真の他にもう一つ消えたものがあります。百科事典です。紙の百科事典は、まだあると言えばありますけれども、もう今は誰も使わない。写真の場合と同じで、これについても、一つの項目が紙1枚に当たるんですね。本来ならカードであるものを、バラバラでは順序がなくなって見つけようがなくなるから、せいぜいコンパクトにと本の形にまとめたのが百科事典です。昔、僕も平凡社の百科事典の編集をやっていましたから、その作り方はよく分かります。実際の編集の内部も本当にカード的で、1項目ずつそれぞれの内容を作り上げ、最終的に組版でまとめるだけで、そこにあいうえお順以外のシークエンスはない。
 カート・ヴォネガットの小説に、「ティミッドとティンブクツーのあいだ」(Between Timid and Timbuktu)という小説があります。「ティミッド」は臆病という意味ですね。「ティンブクツー」はアフリカのマリ(共和国)の、サハラ砂漠の真ん中の地名。“ティミッドとティンブクツーのあいだ”とは何なのかというと、百科事典でいう「Time」という単語のことなんです。カート・ヴォネガットが言いたかったのはそこ。そのくらい、百科事典というものは項目がバラバラに並んでいて、その結果、連続性がないから百科は紙では作らなくなった。Wikipediaの名を挙げるまでもなく、百科事典がデジタル向きなのはみなさんよくご存知でしょう。
 しかし、本というものはつながっているんです。一応ページはめくりますけれども、頭の中でストーリーは全部つながっている。それは小説じゃなくてもです。どんな論文でも、エッセイでもそう。遥か昔、まだ今のような本の形ができる前——パーチメントやパピルスの時代には、紙に書いたものをどうしたかというと、長くつなげました。1枚で収まらなかったら、紙と紙をつなげてぐるぐる巻いた。これはスクロール、あるいは巻子本と言いますね。本というのは『死海文書』の頃からずっとそういう形だったんです。しかしそのうち、あれは不便だ/読みたいところに至るのが容易でない……という声が出てくる。そしてやがて誰かが、紙を切って重ねて束ねるということを思いついたんです。そしてそれがコデックス(Codex)、冊子本と言われます。その形になって、ノンブルやチャプタータイトルなんかがついて、非常に読みやすくなった。冊子本の何がありがたいかというと、流して読んでいけると同時に戻ることができるんです。「あそこはどうだっただろう」「一番好きだったところをもう一度読みたい」と思った時に、スクロールよりもずっと戻りやすい。これは本にとって大事なことです。

 ちょっと余談です。ずっと僕は不思議でならないのですが、Wordで縦書きの文章を作っていると、次のページに進む時に縦方向にスクロールしますよね。あれはなぜですか? そのページの最後の行は画面の左側にあって、次の行にすぐに渡りたいのに、どうして横にスクロールできないんでしょうか? 今まで、この疑問に答えてくれた人がいない。この間、『古事記』の翻訳をしていて本当に面倒だったんだけれども、前のページの最後の3行から次のページの2行目までを選択したいと思った時、そのまま横にスクロールできればすぐでしょう。でも画面の左端から下に行って、また右までマウスを動かさなくてはいけないんです。マウスを動かすサイズが大きくて、そのせいで僕は腱鞘炎になりまして(笑)。これはスクロールに関する小さな疑問ですけれども、“元々はつながっている”というのはそういうことでもありますね。

 ちなみに先ほどのマクルーハンの名著である『グーテンベルクの銀河系』、あれは彼はカードで作ったそうです。だから非常に短い章があって面白い。この本の中にはメディアというものに関するエピソードがたくさん書かれているんですが、そのうちの一つに、初めて映画を観たアフリカの奥地の人が出てきます。そこでの映画というのは、衛生思想の普及のために飲み水の正しい扱いを一つ一つ説明したものでした。ところがそれを観たアフリカの人たちは、作り手側が伝えたかった内容には何の関心も持たず、映画の途中でたまたまニワトリが後ろを走ったというシーンしか覚えていなかったんです。誰に聞いても「うん、ニワトリが映っていた」と言う。つまり、映画というメディアに慣れていなくてはメッセージの受け取りようがない。そういう風にしてメディアは変わっていくし、人々の間で普及していく。このような別々のエピソードが何百かまとまっているのが『グーテンベルクの銀河系』だったわけですが、あれは本の形で出版されました。というのは、時間的な流れの中にその本があるからです。
 
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電子出版の機は熟した

 これからが本題なのですが、ここで僕たちがやろうとしているのは、一つのビジネスモデルの提案です。
 僕は作家ですから、書いたものが本になって出版されることが嬉しい。芥川賞をもらって何が嬉しかったって、自分の書いたものが間違いなく活字になるという保証を得られたことです。
 電子出版というものが出てきた時に、紙で読む時とは違う読み方もできるのかもしれない、それも面白いな、と思った。みなさんご存知だと思いますが、紙と電子で何が一番違うかというと、読者との距離が縮まります。買いやすくなるし持ち運びやすくなるし、場所を取らない。先ほどから様々な例を取り上げてきたように、新しいメディアは新しい文化を引き出し、次の文明に何かを加えます。今回、ちょっとその実験をしてみたいと思ったんです。
 「新世紀へようこそ」という9.11の後の僕の発行したメールマガジンがありますが、あれはもう紙では間に合わなかったから、メールマガジンにしたんです。毎日毎日状況が変わり、NHKのニュースも他の雑誌もニュースも嘘ばかり書いていて、日々自分の言いたいことが増えるので、月刊誌の締め切りを待っていたんじゃ間に合わない。この場合は、状況が僕にメディアを選ばせたんです。
 出版の場合はそれほど緊急ではありません。ただ、僕としては、この電子出版というメディアがいつになったらどれくらい成熟するのか、横目でずっと見ていたような気がします。電子出版がというより、インターネットのシステムや速度、コンピューターの性能、その他全部含めて、どれくらいの期間でどれくらい使いやすくなるのだろうかと。その途中、何度かボイジャーあるいは他の会社と、いくつかの試みをしてきました。そしてちょうど最近になって、僕の側もボイジャーの側も本格的に何かやってもいいんじゃないか、これから広く展開してもいいんじゃないか、と思うようになってプロジェクトを始めたんです。
 僕の場合、書いたものはだいたい本になります。あんまり細かいものは集めるのが大変だから本にしていないんですけれども、しかし本にしようと思えばどこかが出してくれる。だけどこれからは、作家あるいはいずれ作家になる人、自分が書いたものをみんなに読んでほしいと思っている人たちを含めて、すべての人に対してオープンなシステムができたらそれがいいのではないかと思うようになりました。今までボーナスをはたいて自費出版されてきたようなものに対しての敷居が低くなり、発信する人が増え、それを受け取る側も増える。それは広い意味での出版文化の拡大ではないかと思います。それは大事なことです。電子出版は今、各出版社が様々に手掛けています。僕も、本を出す時に「この電子版もうちで出して頂けませんか?」という声をいつも出版社の方に掛けて頂くのですが、これまではほぼお断りしてきました。これまではまだ、電子出版というものがシステムとして熟していないという気がしていたからです。

後編に続きます(2014/07/25更新)

構成:後藤知佳 / 編集協力:隅田由貴子 / 撮影:祝田久(ボイジャー)
(2014年7月1日、国際文化会館にて)

 
 
 

池澤夏樹・電子本シリーズ新刊
『新世紀へようこそ+』/『続・新世紀へようこそ+』
9月11日同時発売。

 
2001年9月11日、米同時多発テロ。世界が震撼したあの日から、世界は一歩でも平和に近づいているでしょうか。9・11を機に作家・池澤夏樹がリアルタイムで発信し続けたメールマガジン「新世紀へようこそ」を、13年後の今日ふたたび、電子本としてお届けします。あの日から始まり今日まで続く世界の原理が、どんなものであるかを知るために。そして私たちがたどるべき道を知るために。

◎ボイジャーの公式ストア「BinB Store」ほか、各種電子書籍ストアにて販売中。
◎池澤夏樹の電子本「impala e-books」
特集ページはこちらからどうぞ
(全13タイトル配信中、今後も続々刊行予定)


PROFILEプロフィール (50音順)

池澤夏樹

作家。1945年北海道帯広市に生まれる。小学校から後は東京育ち。以後、多くの旅を重ね、3年をギリシャで、10年を沖縄で、5年をフランスで過ごして、今は札幌在住。 1987年に『スティル・ライフ』で芥川賞を受賞。その後の作品に『マシアス・ギリの失脚』、『花を運ぶ妹』、『静かな大地』、『キップをなくして』、『カデナ』など。東北大震災に関わる著作に長篇エッセー『春を恨んだりはしない』と小説『双頭の船』がある。最新作は小説『アトミック・ボックス』。2011年に完結した『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』に続いて、この年末から『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』を刊行の予定。 http://www.impala.jp/