マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]。11人目のゲストは、マンガを心から愛し、数々のマンガ作品をイメージしたお菓子のレシピ本『まんがキッチン』がロングセラーとなっているお菓子研究家、福田里香さん。「料理」という切り口でマンガの楽しみ方の新しい道を拓いた福田さんの視点から、マンガと料理の関係について語り倒します。
お菓子作りはマンガの抽象表現
山内康裕(以下、山内):福田さんとは去年、雑誌『ブレーン』(宣伝会議)での鼎談を行ったとき以来ですね。今日はよろしくお願いいたします。
福田里香(以下、福田):よろしくお願いします。前のときは盛り上がってしまって、時間をかなりオーバーしてしまったんですよね。
山内:そうでしたね(笑)。そのときのテーマは「世代・国境を越えるマンガのコミュニケーション力」みたいなことだったのですが、今回は「料理と食」をテーマに進めたいと思います。福田さんならではの視点を楽しみにしています。
福田:よろしくお願いします(笑)。
山内:そもそも、食からマンガを読み解く、という福田さんのアプローチはどういうところで思いついたのですか?
福田:もともと小学生の頃からマンガが好きで、将来はマンガ家になりたかったんです。でも、コマも切れないしお話も思いつかない。当時の少女マンガ家ってデビューが早くて、中学生で担当さんがついて高校生から20歳くらいまでにはデビューしているものだったんです。それで、私はダメだなと適性に見切りをつけて、他に好きでできる範囲で何かないかな、と思って美大に入学しました。そこで、食べ物が面白いな、と思いついたんですね。
山内:そこで、食べ物の道へ進んだと。
福田:はい。卒業後は新宿高野(果物専門店)に勤めて、30歳頃に退職しました。
ところで、小林深雪さんという少女小説家がいるのですが、実は彼女と私は大学の同級生なんです。ちょうど退職した頃、小林さんに「少女小説に出てきたお菓子にすごくファンから反応がある。それのレシピ本を作ったら需要があるんじゃないかと思う」と言われて、じゃあ私が企画書を作るわ、と3時間くらいで作って小林さんにFAXしたところ、彼女が編集部にそのまま送ったらしいんです。
そうしたら、1週間後に「決まったから」って言われました。そして出してみたら、60万部くらい売れたんです。「これは適性があるな!」と思いました(笑)。
山内:ああ、それは思っちゃいますよねぇ(笑)。
福田:それで第2弾を作りました。そうしたらソニー・マガジンズさんからオファーが来たんです。コンセプトを出してくださいって言われたのですが、1案じゃ不安だから……と2案作って出したら、「1冊じゃ寂しいから2冊とも出しましょう!」って言ってくださって(『お菓子の手帖』、『果物の手帖』ソニー・マガジンズ、1994年)。それがそのまま続いている感じです。
お菓子を作ってみて初めてわかったんですけど、絵画で抽象画ってあるじゃないですか。
山内:はい。静物や人物のような、具象画ではないものですね。
福田:マンガに憧れてマンガを描くというのは、私にとっては具象表現、写実表現だという感覚なんです。そして、具象は描けないけども、お菓子を作ることでたぶんマンガを抽象化しているんですね、自分の中で。子どもの頃にまったく切れなかったコマが、抽象化している限りは切れるというか。何を言っているかわからないかと思うんですが(笑)。
山内:いやいや、わかりますよ。
福田:絵画に抽象表現がある意味がわかったんです。体感として。
山内:うんうん。
福田:こういう風にしたら、自分の「絵」が描けるってことに気づいた感じです。
山内:なるほど。『まんがキッチン』のシリーズを拝見すると、妄想力がすごいですもんね。
福田:はい(笑)。
「これ美味しそう」の、次の体験を開拓した
福田:そんなとき、またもや小林深雪さんが、講談社漫画賞のパーティ(1996年)に誘ってくれたんです。そこには、受賞者のくらもちふさこ先生、お祝いに駆けつけた一条ゆかり先生など、今まで読んできた先生方がいらっしゃるわけですよ。でもね、話しかけられなくて。話しかけても「くらもち先生大好きです!! 『天然コケッコー』読んでます!!!」って言ったとしたら、つまみ出されるじゃないですか(笑)。
山内:もろにファントークですもんね。「ファンが一人紛れ込んでいるぞ!」みたいな(笑)。
福田:何か話をお聞きするきっかけが欲しいな、と考えていた時期に、雑誌の『装苑』(文化出版局)からフードコラムの依頼が来たんです。それじゃあと、本当に食べたいケーキ店は二次元にこそ存在すると担当編集さんを説得して、当時「西洋骨董洋菓子店」(新書館)を連載中のマンガ家のよしながふみさんに取材に行きました。それが2001年。
本当は、雑誌としては新オープンのお菓子のお店などに取材に行ってほしいと思っていたはずですが。でもよしながさんのインタビューを載せたら、「西洋〜」が第26回(2002年度)の講談社漫画賞を獲って、月9のドラマになったので、今後も年1なら取材していいよ、と許された。
次に「ハチミツとクローバー」(集英社)の羽海野チカ先生に取材(2002年)に行ったら、ハチクロも賞を獲りドラマになって、編集からもOKが出て、次が「のだめカンタービレ」(二ノ宮知子/講談社)。
山内:どれも漫画賞を獲ってますし、実写化してますね。
福田:そうなんです。超偶然なんですが、必ず『装苑』に掲載した次の年に。そうこうしているうちに、このままマンガに関わる人生と関わらない人生があるとして、どっちに転んでもどうせ最後は死ぬんだから、じゃあ関わる人生の方がいいな、と腹をくくった感じです。そのタイミングでアスペクトさんから『まんがキッチン』を出したんです。
山内:でも、こういうニーズは潜在的にあった気がします。
福田:そうでしょうか。針の穴を通した感じですよ。歴代の担当編集さんが全員おもしろくって、カルチャーに理解が深いかたで……しょうがないな〜となし崩しにわざと騙されてくれたっていう言い方が正しいかもしれない(笑)。
山内:最初は騙したかもしれませんが(笑)、けっこうみんな、マンガを読んでいて「これ美味しそうだな」って思っていても、その次に進めなかったじゃないですか。
福田:そうですね。
山内:それが開拓された感じがします。
福田:お題を与えられてお菓子を作るのも好きなんですよ。春先にイチゴのお菓子を10種類とか。それはそれでおもしろくて、求められることも自分でやりたいことも、常に両方あるほうがバランスがいいと思う。
[2/5「『マンガ×食』のモチベーションとなるのは、食欲ではなくコンプリート欲。」に続きます]
(2015年8月25日更新)
構成:石田童子
(2015年6月30日、マンガナイト事務所にて)
「引っ越したKitで、秋のいちじく祭り」
福田里香 (軽食と菓子)+n100 +辻 和美(ガラス器)
タロー屋(パン)+田中美穂植物店(苗)+藤井果樹園(果実)
■日時:2015年9月11日(金)〜13日(日)
①12:00~13:30/②15:00~16:30
■場所:Kit 1F-2F(京都市上京区)
■料金:2300円(tasting figs plate + drink/電話かメールにて要予約)
◯詳細はこちら:http://kit-s.info/events/2608
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