マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく第2部「マンガは拡張する[対話編]」、しりあがり寿先生に続いて二人目のゲストは、近年オンライン・コミック・マガジン「電脳マヴォ」の運営に精力的に取り組む、編集家の竹熊健太郎さんです。
【以下からの続きです】
竹熊健太郎×山内康裕 1/3「マンガ家は、“食えない商売”になりつつある。」
日本と韓国、それぞれのマンガ業界の強み/弱み
――日本ではマンガ家と編集者で協力して作品を作り上げていく慣習がありますね。日本以外のアジアの国でマンガの企画が弱いというのは、マンガ家と編集者がそういった付き合い方をしないからでしょうか。
竹熊:日本のマンガの強みの一つが“編集”なんです。編集者が手取り足取りマンガ家と付き合って、個人的な悩みも聞いて、企画を共に考え、資料を集めてストーリーの相談にも乗るわけです。この編集者とマンガ家との密接な関係が日本の商業マンガの特色になっている。
韓国人のマンガ家が日本の雑誌で連載することがあるでしょ。そうすると全員一様に感激するわけ。「日本の編集者ってここまでやってくれるんだ!」と。韓国だけでなく、海外の編集者は原則、作家にお任せですから。それで韓国のマンガ家志望者は日本で本を出すことが一つの目標になっている。日本で本を出すとなったら、彼らも縦書きで書くわけです。そこは日本が誇れる部分なんですよね。
でもそれが今おかしなことになっていて。最近、マンガ家と出版社側とのトラブルが多いですよね。それは作品に関しての諍いだったり、人間関係の問題もあるんですが、私に言わせると原稿料の問題なんですよ。マンガは激務です。それは編集サポートが整っている日本においてもそう。仕事量に比べて原稿料が足りないんです。昔からそうで、なので編集サポートは「必要」だったと言えます。
でもトラブルを聞くようになったのは本当に近年の話で。10数年前は考えられなかった。日本の出版業界、マンガ業界の売上は1996年がピークでして、それからどんどん縮小しています。結局“貧すれば鈍する”なんです。編集者も、昔だったらできた企画が予算が限られているから通せなくなって、結果として作家の負担がどんどん増えてきてます。マンガ家との関係もギクシャクしてくる。実は話は全部つながっているんです。
山内:その中でマンガ雑誌のモデルや編集者のスタイルも変容しています。でも、ある意味そんな状況だから新しいやり方も出てきますよね。「電脳マヴォ」もそうですし、「マンガボックス」を運営しているDeNAなど、新しいモデルも出てきている。
竹熊:新しい取り組みだと最近では「COMICO」があります。あれは親会社が韓国の検索サイト大手「NAVER」で、編集に関しても韓国式を持ち込もうとしている。僕は、あの方法をそのまま日本でやるのは難しいと思う。
山内:ショートコミックを短期間連載で毎日、毎週配信するモデルですね。あれは、Webでどんどん配信していくモデルが中心で、そもそも“ページ”という概念がない。表示の仕方もWeb用に特化しているので、そのままでは単行本に載せられません。
竹熊:そもそも韓国ではマンガを単行本にしないからね。とりわけマンガに関して、もともと韓国では紙出版の伝統が浅かった。韓国で90年代末に経済危機があって、その時に出版社や雑誌がたくさんなくなっているんです。その時期はちょうど韓国が「雑誌でマンガを連載して単行本で売る」という日本式販売モデルを導入し始めた時期だったんだけど、その矢先に業界がダメになってしまったんですね。
山内:それからマンガをコンテンツとして割り切るようになったんですね。
竹熊:そうです。マンガ家も紙の出版が発達していないので、ネットに活路を求めている。そういう背景もあって、今や韓国のWebマンガは世界一ですよ。
山内:実際、韓国のWebマンガは読みやすいです。レイアウトも工夫されています。
竹熊:今度はそのやり方を親会社であるNAVERが日本に持ち込もうとしているんです。たださっきも言いましたが、日本で同じモデルを持ち込むのは難しいと思います。2年前に同じようなビジネスモデルで「NAVER Webtoon App」というiPhoneアプリを出したんですが、まったく流行っていない。掲載されているマンガも元々横書きだったものを日本用に縦書きに直しているにも関わらずです。Webなら縦横変換は簡単かもしれないけど、そのまま紙の本にはできないですよね。ページ概念がないから、紙の本のために再編集しなきゃいけない。日本のマンガは単行本で売上を上げるモデルが基本ですから、単行本にできないWebマンガを定着させるのは極めて難しい。
山内:単行本にしないマンガのモデルでは、日本の読者には広く読まれないということですね。
竹熊:韓国マンガは編集者の関与も少ない。更新スピードと量が重要なモデルなので、マンガ家にどんどん自由に描かせてそのかわり売れなかったらどんどん切っていく。編集コストという面では日本の10分の1以下です。ものすごく効率がいい。
山内:とは言えどちらも残る可能性はありますよね。ヒット作が生まれる可能性はある。
竹熊:韓国のWebマンガモデルは単行本にしない分、アクセス数に応じた一定の原稿料がマンガ家に入りまる。決められた最低原稿料ではたぶん生活できませんが、韓国の「Webtoon」ではこの方式で1ヶ月に100万円以上も稼いでいる人がいる。やはり定期的な原稿料収入があるということはマンガ家にとって大きい。日本でやってみたいマンガ家もいるでしょう。
結局、日本の出版社の問題は「最終的に紙の本を売りたい」ということにこだわっているという点なんです。今は紙の本が売れなくなってきている。それで「Jコミ」のようなビジネスモデルが出てきました。絶版本を無料配信して、作家が広告収入を得るというモデル。「Jコミ」は作家からの登録制で、キュレーションはないみたいですが。いずれ重要になってくると思いますがね。
コンテンツは“信頼のできる誰か”から勧められたい。
竹熊:「Webtoon」、そして「COMICO」もそうですが、Webコミックサービスのベースには投稿サイトがあります。投稿作品を中心にして、ひたすら数を集めて掲載していく。「電脳マヴォ」が投稿サイトと違うのはコンテンツを厳選しているかどうかですね。通常のインターネット的発想だと、まずコンテンツの数を集めてランキングで表示します。ランキング上位の作品に見る価値があるということになっている。そこには編集者がいないんですよ。システムが編集に取って代わっている。ここに「電脳マヴォ」が入り込む余地があると考えているわけです。
山内:僕も同じ考えです。キュレーターが1人、入ればいいんですよね。
竹熊:その人のセンスで作品を集めるだけで、サイトが変わってくる。
山内:マンガがすごく好きで時間に構わず読み続けられる人もいますが、大抵の人はそうじゃない。そういう人は多すぎる作品から自分に合うものを「選んでほしい」んですよね。そして選んでほしいのは「ランキング」ではなく、信頼できる「誰か」なんです。「誰か」が入るだけで波及力が大きくなると思いますね。
竹熊:今のネットサービスの考え方って、とにかく数を集めることを優先する。「これだけ豊富にコンテンツがありますよ」と言ってから「さあご自分で選んでください」と。そもそもITの基本的発想は「検索」ですよね。前提に膨大なデータがあって、そこから有益なデータを「検索」して選び出す。より多くの人が検索したデータが、即ち有益なデータであるというのが検索エンジンの基本思想でしょ? これを含めて、「よいデータは自分で探せ」というのがネットサービスの基本だと思うんですよ。
山内:「検索してください」(笑)。
竹熊:YouTubeやニコニコ動画でも、いきなりトップ画面を出されても何を検索すればいいのかわからないでしょ(笑)。だいたい入り口はジャンル別のランキング、つまり「みんなが見ている作品」。
山内:ネットになると全てがデータベース化できてしまうので、開発者視点だと「たくさん集めたから皆さん選んでください」という発想になりがちですよね。でも読者にとってそれは不親切なんです。例えば漫画喫茶に行って「端から全部読んでください」と言っているようなものですよね。そんな時に読む本を選んでくれる「キュレーター」が求められてくると思います。それは竹熊さんほど業界に精通した人物でなくても、できる人はいると思います。しかも今はSNSが発達しているから個人でも発信しやすい時代です。「電脳マヴォ」や他のサイトから「キュレ―ター」が出てくれば環境も変わってくると思います。
竹熊:その通りですね。どうやって検索したらいいのかわからない人というのが一般的だと思うんですよ。それでランキングが参考になるんだけど、それって要するに「みんなが見てるから、無難だ」というだけの話なんですよね。平均して面白い作品がそこにあるだけで、自分にとって一番面白いかどうか保証されているわけではない。そこでキュレーションができる人の需要が出てくるわけです。
山内:「キュレーター」もいろんな人が増えていって、その人ごとに特徴のあるランキングがあってもいいと思うんですよ。
竹熊:私もネットメディアは顔が見えないとダメだと思っています。例えば「電脳マヴォ」の参考になったサイトに「ほぼ日刊イトイ新聞」があります。あのサイトは糸井重里さんという顔が見えます。そこに読者も安心感があるんです。マンガ関連のサイトだと今は「マンガボックス」。マンガ編集者・原作者の樹林伸さんに編集長になってもらって、積極的に名前を出している。
山内:「自分が責任を持ってやります。だから見てください」と。
竹熊:その発想は正しいです。「編集者、キュレーターの顔が見えるネットメディア」って本当に少ないですね。
山内:少ないです。そもそもマンガ家さんは顔を出さない、ペンネーム(匿名)の文化ですよね。最近はその認識に変化が起きている気がしますね。編集者も同様で、今までは裏方だったけれど名前を出すようになっている。編集者は優れた「キュレーター」としてもっと名前を出しても良かったんですが、今までは出してこなかった。
竹熊:「編集者は黒子たれ!」と、出版社の社員教育で教えられてるんです。「商品」である作品や作家より編集が目立ってはならない、という意識からだと思うんですね。それは確かにそうだと思いますが、もう一つの理由は編集者はサラリーマンだから。出版社としては、会社より社員の名前が前に出るとまずいわけですよ。私は最初からフリーランスだったので、むしろ個人の名前を出さないと仕事にならない立場でしたから、初めからサラリーマン編集者とは考え方が違いましたね。ただ、私が知る範囲でも、編集者の顔が見える雑誌の方が面白かった。萩原朔実さんの『ビックリハウス』(パルコ出版)や長井勝一さんの『ガロ』(青林堂)とか。
山内:今は作り手の顔が見える方が読者も共感しやすいんですよ。昔は読者がマンガ家とつながる方法は読者アンケートくらいしかなかったですが、今はSNSが発達していて簡単に顔が見える時代です。そうなると読者はマンガ家だけでなく編集者や作品を選んでいる人の顔も見たくなります。この書店員さんは趣味が合うからオススメしているマンガを読んでみよう、とか。好きなマンガの編集者さんが他に担当していたり、オススメしているマンガを読んでみよう、とか。その点「電脳マヴォ」の取り組みはいかがでしょうか。
竹熊:いずれコンテンツとSNSの組み合わせに持っていきたいという気持ちはあります。例えばYouTubeのようなマイページがあって、同じマンガをコレクションしている人を別の人が検索できて、メッセージを送りあったりできるようなSNSができれば面白いと思うんですよ。
山内:そうした機能を活用するときに、どのマンガをコレクションしようか迷いますよね。そこで竹熊さんや他の方が参考に選んでいるコレクションがあると面白いですね。気に入ったコレクションがあるとそれを選んでいる人のライフスタイルも気になると思うんです。好きなマンガだけではなく趣味や思考。そこまで提供できるようになるともっと面白くなるかなと思います。
竹熊:展開はいろいろあると思いますが、基本的にはSNS+ネット雑誌ですね。「電脳マヴォ」は雑誌であってアーカイブでもあるわけだよね。
山内:そうしてアーカイブされると、「顔の見える雑誌」になりますね。
[後編に続きます](3週連続更新予定)
構成:松井祐輔
(2014年3月1日、3331 Arts Chiyoda会議室にて)
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