INTERVIEW

マンガは拡張する[対話編]

マンガは拡張する[対話編]
佐渡島庸平×山内康裕 2/3「これからは、読者個人の力でもヒット作が生み出せる。」

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マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の三人目のゲストは、株式会社コルクの代表取締役、佐渡島庸平さん。
今回は、読者個人が作品のヒットにもたらす影響力の変化や、マンガ家・マンガ雑誌のブランディングについて。


この内容の再編集版をDOTPLACE LABELの電子本『コルクを抜く』で読むことができます。
これまでDOTPLACEやマガジン航が取材してきた
佐渡島庸平さんのインタビュー・イベントレポートが一度に読める一冊です。

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【以下からの続きです】
1/3「みんなが、自分の『経験』を選んで買う世界。」

「信用」がビジネスになってきている。

——新企画、非常に腑に落ちるお話です。山内康裕さんは、DOTPLACEの連載(「マンガは拡張する」)の中で、マンガと読者の出会いの場や属人的キュレーションの重要性について書かれています。コルクで作家のマネジメントに関わる佐渡島さんは、マンガが読者と出会うことについてはどのようにお考えでしょうか。

佐渡島庸平(以下、佐渡島):僕も、堀江貴文さんが代表、僕が編集長という形で、「マンガHONZ」というサイトを運営しています。山内さんが活動されている「マンガナイト」と同じように、誰がレビューしたかがわかるような形で本のレビューを掲載しています。そこでレビューが蓄積されてくると、誰のレビューが面白いのか、という信頼が生まれてくるんです。そうするとその人のキュレーションをきっかけにマンガを買う、という導線ができる。それはリアルな本屋で「平積み」(※編集部注:棚に差すのではなく、複数冊積んで表紙を見せることで、他の本より目立つように陳列する方法)されることと同じような効果があって、それが個人の力でできるようになってきた。今までは作家が一人でマンガを描いても、それがヒットするためには、たくさんの人が関わる必要がありました。それはある種感動的なことであると同時に、個人の努力だけではどうにもならない、ということでもあった。でもこれからは、自分の努力だけでヒットをつくることができる時代がやってきているのかな、と思います

山内康裕(以下、山内):それはやはり、FacebookやTwitterによって個人がメディアでの影響力を持ち始めていることが大きいと思います。さらに、キュレーションという観点から見ると、従来の作家や雑誌レーベルというブランド力とは異なる形で、新しいブランド力が付加されるようになってきているんじゃないでしょうか。「コルク」、あるいは「佐渡島庸平」というブランドに影響されてコルクが関与している作品を読み始める人もいるでしょう。それはファッション業界における「ダブルネーム」と同じで、お互いのファンを取り込む効果がある。
 これまでの電子書籍販売では、販売サイト自体をキュレーションする、ブランディングすることがほとんどありませんでした。そんな中でサイト同士の競争が進んで、今では「BookLive!」でマンガ家の田中圭一さんがインタビュー連載を持ったり、「マンガボックス」でマンガ編集者・原作者の樹林伸さんが編集長に就任したりと、販売サイトごとにブランディングを模索している。単に雑誌、サイトというレーベルだけでなく、そこに新しいレーベルが付加される時代になってきていると思います。佐渡島さんがやられている「マンガHONZ」もそうですし、株式会社コルク自体も、「コルク」というブランドと「佐渡島庸平」というブランドの二重レーベルになっている。どちらかのブランドが読者にさされば、そのマンガを読む人が増える。それは、今まであと一歩踏み出せなかった、潜在的な読者の背中を押すようなものだと思っています。僕もそれを意識して「マンガナイト」という活動をしています。以前は「ランキング」を中心に、「みんなが良いと思う作品」が評価されて読まれていたのに対して、今は「好きな人」、「信頼できるレーベル」が評価する作品を読む時代になってきていると思います。

マンガナイト代表・山内康裕

マンガナイト代表・山内康裕さん


佐渡島:個人の評価というものが、「食べログ」のレストラン評価やAmazonの評価など、簡単に消えない、消せないものになってきています。また、その評価をした個人がどんな趣味嗜好を持っているのかも、TwitterやFacebookでどこまでもさかのぼれる時代になっている。この人の言うことが信頼できるかどうか、誰でも確認できる時代になっているんですよね。岡田斗司夫さんが提唱している「評価経済社会」(岡田斗司夫著『評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』ダイヤモンド社、2011年)などもそうですが、どれだけ評価がたまっているかという「信用」がビジネスになる。今までは「お金」が「信用」の代わりだったんですよね。その人がお金やお金に換えられるものをどれだけ持っているかが社会的信用だったんです。土地などを担保に銀行からお金を借りることができるのは、まさに「お金」が「信用」になっているからですよね。これまでは、そういう中で、評価的「信用」が高くても、うまく換金できないということがたくさん発生していたんですよ。それがこれからは、インターネットによって、「信用」のある人が確実に収入を得ることができるようになってくる。個人が誠実であり続けると生活できるようになってくる社会。効率化の中で人間が機械化されていく、非人間的になっていく、と言われているけれど、その中でも誠実に、人間的に振る舞う人が「信用」を集めて、それが結果的に収入になる。より人間的であることが求められていて、そうする方がむしろ生活も楽になる、という時代が来ていると思います。

山内:変革や、新しいチャレンジを求める人が、やりやすい社会になっていると思います。僕がやっている「マンガナイト」のように、マンガ業界の周辺から他の業界をつないで、新しいつながりを作っていくという活動は、5〜10年前だったらうまく行かなかったと思います。今僕が出版社や作家さんとつながりを持って活動できているのも、僕の今までの活動を見てくれる人がいて、SNSなどで拡散、応援してくれる人がいたからこそ。だから、SNSを中心としたネットの力が変革の時代にはすごく重要だと思います。意味のある活動であれば、みんながその人を応援しやすくなっている。
 
 

リアルな場での体験価値

——マンガナイトの活動も、「リアルな場でマンガを勧める」という「信用」に基づいた体験を一番重視していらっしゃいますね。

山内:そうですね。体験価値を最も重要視しています。そもそもの「マンガナイト」の始まりは、ネット上の不特定多数のリコメンドだけでなく、自分がいいと思うマンガを対面で語り合うことも、マンガを知るきっかけとして価値があると考えたからです。お互いに笑顔で好きなマンガを語り合う。コミュニケーションツールとしてもマンガの存在は大きいと思っていて、リアルな場所で体験価値を感じる方法をいろんな形で実施しています。佐渡島さんも、『宇宙兄弟』(小山宙哉、講談社)でトリビュートアート展や、宇宙兄弟展をリアルな場で開催されています。
 体験価値と同様に、僕の問題意識として、マンガと他の業界を結びつけたいという思いがあります。『宇宙兄弟』でいうと、アートの文脈からマンガを紹介して、アート業界の人にマンガを知ってもらうようなこと。これまでの経験からも、異なる業界の人を開拓するのは楽しいし、意味があることだと思います。そういう視点で見ると、先ほどの「宇宙兄弟展」はファンとその家族、友人と一緒に見に行くような企画で、反対に「トリビュートアート展」は、違う業界とマンガを結びつけてファンを獲得している。本格的なファンへの展開と、その家族や友人、他の業界の人へ広めていくためのバランス感覚がすごくうまい。異なるファン同士が行き来できる「場」を作っていると思います。その辺りのことで、意識していることはありますか。

佐渡島:既存の出版社では、すぐにお金になる、メジャーな展開をやりがちです。でも、長い目で見てブランドを作ることを考えたときには、別の方法が必要だと思います。例えば朝日新聞とコラボレーションした広告特集の掲載も、短期的な効果や予算だけを考えるとできなかったかもしれない。でも、長期的に見ればそれは必要なことでした。「長期的なブランド」という視点は、すごく意識しています。だからすぐには利益にならなくても、『宇宙兄弟』の5年後を考えたときに価値があるような企画であれば、積極的にすすめるようにしています。
 
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意識して作ったものでなければ人はコントロールできない

山内:長期的なブランディングを考えると、今までの出版社の雑誌レーベルのあり方は、“もったいない”と感じます。最近は伝統のある雑誌でも休刊することが多いですが、そうすると雑誌レーベル自体の良さ、雑誌自体が持っているブランドも同時になくなってしまう。雑誌レーベル自体が、目に見えないけれど、読者の間で「共通言語」のような役割をはたしていると思うんです。

佐渡島:やはりそれは意識して作ったものかどうかが重要だと思います。意識して作ったものでなければ人はコントロールできない。既存雑誌のブランドって、雑誌出版社や編集者が意図的に作ったものではないことが多い。何がブランドになっているか、中の人間でも把握できていない。わからないものはコントロールできないですからね。だから活用できないんだと思います。特に原因と結果って、渦中にいる時は見誤るものです。僕は、9割方は自分が考えていることは見誤っていると想像した方がいいと思っているんですよ。
 例えば今、テレビ朝日の視聴率が伸びていて、その理由は子どもと高齢者から支持されているからだとされている。ビジネス上の評価だとそういうことになっているけれど、実際はどうなのか。テレビ朝日のチャンネル番号はデジタル化に伴って、10番から5番になりましたよね。テレビを見る以上は誰もがチャンネルボタンを押していて、大人は目的のチャンネルを選択できるけれど、子どもや高齢者のテレビ視聴の仕方を考えると、1番から順番にチャンネル移動しているかもしれない。そうすると5番のテレビ朝日が先に映って、8番のフジテレビは最後ですよね。テレビ朝日が好調でフジテレビが苦戦しているのは、「フジテレビは8チャンネル」というアナログ時代の言葉にこだわったせいかもしれない。たまたま壊れていたストップウォッチのタイムを信じて、フォームを改造したらおかしくなってしまったスポーツ選手のようなもので、番組自体は悪くないのに、悪いと思って改変した結果、もっと悪くなってしまった可能性もある。これはあくまで仮説ですが、それくらい渦中の人間には原因がわかりにくい、ということなんです。
 今の出版業界も自分たちの売っているものがなぜ売れているのか。コンテンツの力なのか、広告宣伝力なのか、あるいは流通力がお金に換わっていたのか。収入が結果だとすると、その原因は何なのか。それは一歩「引いて」見ないとわからないでしょうね。悪くなっている業界は、そこで「引いて」見ることができなくなっているんだと思います。自分が溺れていると、一歩引いてみる余裕なんてない。それと同じ状況だと思っています。

3/3に続きます

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構成:松井祐輔
(2014年6月17日、株式会社コルクにて)


PROFILEプロフィール (50音順)

佐渡島庸平

株式会社コルク代表取締役社長 2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。

山内康裕(やまうち・やすひろ)

マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。 1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)、『コルクを抜く』(ボイジャー)がある。http://manganight.net/


PRODUCT関連商品

コルクを抜く [Kindle版]

佐渡島庸平 (著), 大原ケイ (著), 今村友紀 (著), 山内康裕 (著), 羽賀翔一 (イラスト)
フォーマット: Kindle版
ファイルサイズ: 15336 KB
紙の本の長さ: 102 ページ
同時に利用できる端末数: 無制限
出版社: 株式会社ボイジャー; 1.1版 (2014/7/16)

2012年、作家のためのエージェントを目指して株式会社コルクを立ち上げた佐渡島庸平が、これまで温めてきた企画を進めている。いよいよコルクの栓が抜かれる、その話題を緊急インタビュー! 編集を目指す人のためのWebマガジン「DOTPLACE」編集長の内沼晋太郎が、佐渡島庸平と対談する「これからの編集者」では、これまでの編集者の役割を捉え直し、インディーズや若手の”これからの編集者”に向けて熱く語っています。好評トークイベントの、佐渡島庸平×大原ケイ、佐渡島庸平×今村友紀のレポートに加えて、マンガ「今日のコルク」を収録。コルク編集部のユーモラスな日々が描かれています。

Index
(1)佐渡島庸平インタビュー
緊急インタビュー「コルクがいよいよ栓を抜く」
「これからの編集者」
(2)イベントレポート
大原ケイ×佐渡島庸平「著者の磨き方」
今村友紀×佐渡島庸平「今村さん、僕と打ち合わせやりましょうよ!」
(3)「今日のコルク」よりぬき版