マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
今回のテーマは「二次創作とライセンス」。講談社『モーニング』の副編集長と国際ライツ事業部副部長を兼務し、「チーズスイートホーム」や「チェーザレ 〜破壊の創造者〜」など国境を超えて愛される担当作を持つ北本かおりさんと、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなどを通して新時代の創作活動について思考し続ける情報学研究者のドミニク・チェンさんのお二人とともに、熱いトークを繰り広げます。
●連載「マンガは拡張する[対話編]」バックナンバー(全11回)はこちら。
[前編]
クリエイティブ・コモンズは「自由度の設計」。
山内康裕(以下、山内):今日はお二人ともよろしくお願いします。まず『モーニング』編集部副編集長兼国際ライツ事業部副部長の北本さんです。
北本かおり(以下、北本):よろしくお願いします。
山内:そして情報学研究者でもあり起業家でもある、ドミニク・チェンさんです。
ドミニク・チェン(以下、ドミニク):こんにちは。研究と会社経営の他にも、NPO法人コモンスフィア(旧名:クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)という団体の理事を務めています。
山内:お二人には、自己紹介がてら「マンガとライセンス」について語っていただきたいと思います。では、まずドミニクさんから。
ドミニク:私は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを、さまざまな日本の企業やクリエイターに使ってもらおうと2004年から働きかけてきました。
クリエイティブ・コモンズは、ごく簡単に言うと、創作物の「自由度の設計」のことです。左側の赤い部分が現行の著作権の法律で管轄している部分です。
山内:一番右に「PD」と書いてありますね。
ドミニク:これは「パブリック・ドメイン」の略です。日本語でいうと「公有」、つまり「公(おおやけ)で有する」と翻訳される場合もあります。そしてこれは著作権が失効している状態です。これは国によって「作者の死後50〜70年」などの条件が違いますが、条件を満たすと著作権利者の権利が失効し、社会の誰しもがその作品を自由に二次利用したりコピーをしたりして新しい創作のために使うことができるというものです。
そして、C(著作権/「私有」の領域)とPDの間に小さくマークが見えると思いますが、クリエイティブ・コモンズ(CC)は、著作権においてこの6つの自由度のグラデーションを提唱しています。
山内:クリエイティブ・コモンズ・ライセンスにも種類があるんですね。
ドミニク:はい。よくある誤解なのですが、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは1種類だけではありません。かなり現行の著作権寄りのきつい条件をつけているものは「クレジットをつけ、改変せず、かつ営業目的に使わなければ複製はしてもよい」(CC BY-ND-NC)というもの。つまり「ツイッターなどでシェアするだけならOK」というライセンスです。
山内:逆にパブリック・ドメインに近いものは?
ドミニク:「クレジット表記さえすれば営利目的での使用もOK、改変してもいいし、改変したものを公開してもOK」(CC BY)というものになります。さらにPDの下に「CC0(ゼロ/いかなる権利も保有しない)」というライセンスがあります。アメリカで生まれた制度なので、パブリック・ドメインという公的概念は実は日本の著作権には厳密には存在しないんです(注:著作者人格権があるため)。が、「CC0」という形で今年のはじめに日本でも始まり、自分の作品を事実上のパブリックドメイン状態におくことを宣言することができます。
もう1点、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスでは、国際協調を行っています。これは、世界中の国の著作権法に合わせてクリエイティブ・コモンズ・ライセンスをカスタマイズして、国と国の著作権法の違いを吸収するように復元、翻訳をしていく作業のことです。なので、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを日本語に翻訳しているのは文章の内容だけじゃないんです。日本の著作権法の解釈・制約を踏まえてクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを使ってもらえるようにすることで、日本国内だけに向けてクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを使うのではなくて、全世界のファンに向けて同じ条件で二次利用をしてもらうことができる。それがクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの一番の活用法です。
“Freedom to Tinker(「いじくり倒す自由」)”
山内:クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを活用しているわかりやすい例はなんでしょうか?
ドミニク:一番有名なのはウィキペディアですね。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスにより、すべての記事の改変や再配布ができます。その他にもたくさんあって列挙しきれないのですが、一つ個人的な事例を出すと、2012年に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社)という本を書きました。クリエイティブ・コモンズとはどういう考えで生まれ、これから先どう進化していくのかを読み取る事例集のような本です。そして、この本そのものにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを付与してPDF化し、出版社から無期限公開しています。なのでウェブ上から無料で読めますし、無償ダウンロードも可能です。日本の出版社でクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを付与して無期限公開は、おそらく他に例がないのではないでしょうか。期限付きはありますけどね。自分がいつも言っていることを、有言実行しなくちゃいけないと思って行いましたが、おかげさまで無償公開にもかかわらず話題性を呼び、重版にもなりました。
山内:現状では、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのついた作品はどのくらいあるのでしょう?
ドミニク:これは2014年末のネット上の統計ですが、2006年は5000万個程度だったのが、2014年には8億8200万個くらい。これはグーグルやYahoo!のバックリンク検索を使って検索しているので、最低でもこのくらいという予想ですね。画像、音楽、写真、あらゆるコンテンツから検索しています。
クリエイティブ・コモンズの創立者のローレンス・レッシグはちょうど今年アメリカの大統領選に出馬しました。著作権の既得権益の問題に飽き足らず、「政治が腐敗してるのが根本原因なので政治を直さなくちゃダメだ!」と考えて実際に出馬しました(笑)。僕は彼をとても尊敬しているのですが、彼が口癖のように言っているのが、“Freedom to Tinker”、日本語で言うと「いじくり倒す自由」が大事なんだと。ある創作物があったとき、ただそれを眺めるだけじゃなくて、それを自分で変えてみたりいじってみたりして、自由に使えることによって文化が成長すると主張しています。
自由で風通しのいい世の中をつくる
山内:マンガでのクリエイティブ・コモンズ・ライセンス適用事例はありますか?
ドミニク:はい。実は日本のマンガの事例っていうのはいくつかあります。「聖☆おにいさん」(中村光)の第1話の4ページがクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開されています。
あとは、まさに今日隣に座っている北本さんが担当されている、チェーザレ・ボルジアの副読本『チェーザレ・ボルジアを知っていますか?』(2013年)ですね。
北本:はい。今は終了していますが、2014年8月末まで、購入者の方は1冊まるごとPDFを無償でダウンロードできました。
ドミニク:めちゃめちゃゴージャスですよね!
クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの他に、マンガ家の赤松健先生発案の「同人マーク」という独自のライセンスもあります。私たちの提唱しているクリエイティブ・コモンズは、デットコピー(複製)を許可しています。それはマンガ家さんに不利なんじゃないかという意見があったので、もう少しマンガ家さんに寄り添ったライセンスが「同人マーク」です。「ただのコピーは禁止ですが、二次創作と同人誌の販売は許可する」というライセンスです。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは、いちばんきついものでもデッドコピーはOKです。つまり、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスだと、営利目的ではなく、クレジットマークをつけ、改変をしていなければ、コピーをそのままネット上でみんなに配布することが可能です。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは、あくまでも「インターネット上に流通する」ことがすべての前提になっているんです。一方、同人マークの場合、改変は許可するけれども、紙に印刷したものの発表に限っています。
これは、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉の知財部門として、アメリカの著作権ルールをもとにした「著作権の非親告罪化」が適応される可能性があることから生まれました。権利者が(著作権侵害を)訴えてもいないのに、検察が「それは違法だ」と認めれば違法になってしまう、今までのルールを覆す法律ができてしまう。すると、みんな「いつか訴えられるかもしれない」とビクビクしながら同人活動を行うようになる。そんなことはおかしいんじゃないかということで、先手を打って2013年の夏から始まった日本独自のライセンスです。
このようなライセンスを普及させうる目的は、自由で風通しのいい文化的状況をまず作りたいということです。TPPの話もそうなんですが、権利を持っている側の人・組織は、うっかりすると「素人は手を出すな」というような暗黙のメッセージを世の中に発信してしまうことがあります。そうすると萎縮効果が生まれてしまうので、そこに風穴を開けて、個人がいろいろな創作活動に親しめるようにしていきたいと考えています。
学術とエンターテイメントの融合
山内:ありがとうございました。では、それを踏まえて北本さん、自己紹介をお願いします。
北本:はい。ただいまご紹介に預かりました北本と申します。講談社という出版社でマンガの編集をやっております。2003年に入社してすぐに雑誌『モーニング』編集部に配属されまして、以来12年くらいマンガの編集に携わっています。新連載として立ち上げた主な作品は「チーズスイートホーム」(こなみかなた、2004年6号〜2015年29号まで連載)と「チェーザレ 〜破壊の創造者〜」(惣領冬実、2005年17号より不定期連載中)。この2つが柱です。
山内:少し作品の紹介を。
北本:はい。「チーズスイートホーム」というのは、チーという小さい猫が主人公のマンガです。この小さい子猫が迷子になるんですが、拾われた先の山田家で大事にされて、そのうちにもともと一緒に住んでいたママ猫と再会して、じゃあどっちがチーのスイートホームなの?ということがテーマの話です。
入社した2003年の7月に『モーニング』に配属されて、8月に著者のこなみかなたさんの担当になりまして、そこから新連載の準備を始めて、年明けた2004年の1月から連載を開始しました。ついこの間2015年6月に連載が終了したのですが、年に1冊くらいのペースで単行本が出ていました。この作品の単行本はフルカラーです。著者のこなみかなたさんの色彩が絵本タッチで可愛かったのも相まって、世界中で家族に愛読していただいている作品になっています。アニメ化もしました。
山内:シークレットマンガもありましたよね。
北本:はい。最終回の前に『モーニング』誌の表紙に10週連続でチーが登場して、一文字ずつつぶやいていたんです。その10文字をつなげた言葉がパスコードになり、それをモーニングのサイトで入力すると最終回のその後のエピソードをウェブ上で無料で読むことができるという仕組みをつくりました。パスコードをここでこっそりお知らせすると、「よむとチーズになる!」。これを打ち込めば今も読むことができます。ぜひ読んでください(笑)。
山内:(笑)。それと「チェーザレ」ですね。
北本:はい。先ほどご紹介いただいた「チェーザレ」は現在11巻まで刊行しています。レオナルド・ダ・ヴィンチやニッコロ・マキャベリのパトロンだった実在の人物チェーザレ・ボルジアを描いた物語です。チェーザレは、史実的には極悪非道な男として有名なんですけど、別の視点からのアプローチをしつつ、ものすごく歴史に立脚してきちんと描こうとしています。一次文献にあたる当時の手紙を調べたり、定評のある伝記(イタリア語や英語、ドイツ語で書かれたもの)などの資料を学者の方に翻訳いただき、詳しく調べていただく。それらをベースにマンガというエンターテイメントに仕上げていくという、学術とエンターテイメントの融合みたいなことを目指しています。その結果、物語の舞台であるイタリアやフランスをはじめ海外でも出版され、高い評価をいただいています。
山内:「チェーザレ」の副読本『チェーザレ・ボルジアを知っていますか?』は、どういうクリエイティブ・コモンズ・ライセンスがついているのですか?
北本:ライセンスは、先ほどのドミニクさんの例で言うと「一番きついやつ」をつけました。コピーするときには(C)を入れてください、非営利としてください、改変しないでください、という条件を出して。それはなぜかと言うと……この本は歴史の説明をしています。フォトエージェンシーさんからパルテノン神殿の写真やバチカンの写真を使わせてもらっています。そういうものに全部クリエイティブ・コモンズ・ライセンスをつけて、無償ダウンロードでやりたいという希望を含めて許可取りをし、その分の使用料も払ってオープンにしたのです。なので、条件がきつくなっています(※編集部注:2014年8月末日をもって無償ダウンロードは終了)。
[中編「非親告罪化には、著者の『許可したいです』という意思を発露する手段が奪われていく感じがします。」に続きます]
取材・構成・写真:石田童子
編集:後藤知佳(numabooks)
(2015年9月8日、マンガサロン『トリガー』にて)
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