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ドミニク・チェン 読むことは書くこと Reading is Writing

ドミニク・チェン 読むことは書くこと Reading is Writing
第7回「オープン出版の拡張③」

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第7回「オープン出版の拡張③」

第5回第6回からの続きです

 オープン出版の理念は「読むことは書くこと」という状況が実現されることにあると、これまで述べてきました。それは書籍 *1がただ読まれるのではなく、読む人間によって書籍が拡張されたり、またはその内容を継承して別の書籍が書かれる、という創作の連鎖をイメージしています。ある「本」が別の本の資源となることを最大化することはどのように実現できるのでしょうか

 この状況の一側面はすでにソーシャルリーディングと呼ばれる形で少しずつ実現されつつあるといえるでしょう。電子書籍のなかでハイライトを行うとソーシャルな形で共有される機能はKindleに実装されていますし *2、Amazonのレビュー以外にもブクログや読書メーターといったサービスはユーザーによる採点や書評を集積しています。それにTwitterやFacebook等のソーシャルメディア上での言及も加えられるでしょう。
 こうした現在すでにある書評やコメントは、本の潜在的購入者にとっての参考になっていると言えます。著者や出版社からすれば、良いコメントがソーシャルメディア上にたくさん登場すれば、当然バイラルで広がることによる売上アップが期待されます。こうしたマーケティング的側面は、確かにPDFやHTMLの形での全文公開のようなオープン出版の方法論でも期待される効果ではあります。しかし、この連載で考えたいのは購入の後の、読まれることと書くことの接続です。

 例えば書評とは、バイラルの宣伝である以前に、著者に対して修正や追記を促すフィードバックとして捉えられるでしょう。「ここは良かったが、ここは意味が分からなかった」というコメントを読めば、著者は改稿を行ったり、もしくは別の文章や新しい書籍で追加の説明を試みようとしたり、その後に行う執筆の参考にするでしょう。このような読者から送って貰うフィードバックは著者にとって、書き続けるための資源であると言えます。その意味では、読者もすでに、薄い形ではありますが、著者の執筆活動に参加していると言えるでしょう
 もちろん、ネット上を検索するだけで誰でも自身の表現に関するフィードバックが探し出せるようになったということ自体、ネットが普及する以前の社会と比較すれば大きな前進だといえるでしょう。しかし、そうしたフィードバックの質や種類を著者が自ら集積してフィルターしたり分析するコストはいまだに高く、それを下げることによってより多くの潜在的著者がもっと効率的に学習しながら表現に取り組めると私は考えています。
 というのも、コメントや書評といった形で顕在化するフィードバックは、メディアリテラシーが高く、ソーシャルメディア上でも「声の大きい」ユーザーによるものの方が多いのが現状だと思うからです。手元に精確なデータはありませんが、インターネット上のROM専(Read-Only Member、自分では全く/あまり投稿せず、他のアクティブなメンバーの投稿を読むことの方が多いユーザー)率は依然高いと推測しています。これは完全な仮説ですし、コミュニティやサービスによって大きく異なると思われますが、おそらくネット全体で90%〜95%ほどがROM専ユーザーによって占められているのではないかと考えます *3。こうした「声は小さい」、もしくは「声を発してない」が、圧倒的多数の人たちが脳内で何を感じ、思ったかという潜在的なフィードバックを著者に効率的な方法で返すことができたなら、非常に面白い情報になるのではないかと一著者としても想像するわけです。

 このような読書体験のログを詳細に取る発想は、ウェブサービスやスマートフォン用アプリの開発の現場から着想を得ています。たとえばウェブサービスにおいては、アクセスしたユーザーの何%が運営者の設定したゴール(課金や会員登録)まで達したかを詳細に観察し、どこで最も脱落しているかという原因特定を行い、遷移の改善を行うという、コンバージョン(達成)率を測る手法が一般的です。また、スマートフォン用アプリにおいては、タップログ、つまりユーザーたちが画面のどこを一番タップしているか、そしてどこが一番タップされていないかを計測し、UIの改善に役立てていたりします。
 書籍をひとつのサービスとして捉えた場合、読者がどこで一番脱落しているかをデータとして見て分析したり、 逆に、どの箇所がもっともハイライトされたか、もっとも読まれたかを知ることができれば、著者としては次の版もしくは次の書籍でその反省を踏まえた書き方を行えるでしょう。コンテンツの受容を分析する方法の発展と、それを誰しもが活用できる状況が生まれることによって、潜在的な著者たちが顕在化するきっかけになるとは考えられないでしょうか
 たとえばAmazonが開発中である次世代スマートフォンでは、フロントカメラ(背面ではなく、ユーザーの方を向いているカメラ)を使ってユーザーの視線を追跡する機能が実装されると噂されています *4。リーク元の記事ではこの機能がUIの3D表現のために使われるとありますが、私は違う想像をしました。この機能が仮にスマートフォン以外にもKindleのような電子書籍に特化したリーダーに実装されるとすれば、ユーザーが従来のように数タップを用いてハイライトを行っていた作業が更に短縮され、より無意識的に(例えばまばたきを用いて文章を選択するUI等を介して)行えるようになる可能性がありますし、さらには実際に読まれた(もしくは読まれなかった)文字数や位置などをより精確に計測したり、一冊を通しての読書スピードの増減の推移を記録したりすることによって、「どのように読まれているか」ということの質的評価を深化させることができるでしょう。

 しかし、当然ですが、アプリと書籍という異なるものが、それぞれ利用者に与える体験は別物なので、機能目的が合理的に設定できるデータドリブン型のソフトウェア開発と、必ずしも合目的的に書かれない書籍(たとえばフィクションなど)の執筆を同次元で比較することには限界があるでしょう。さらにいえば、ここまで述べてきたことは本の著者にとってのメリットですが、読者のメリットも同時に提示できなくてはなりません。アプリやサービスは第一に機能を満たすものであるので、それが日々アップデートされ改善されることはユーザーも慣れているし歓迎されることですが、ひとまとまりとして完結している書籍が頻繁に更新されれば読者は混乱してしまうでしょう。ソフトウェアと異なり、本が「永遠のベータ」として受容されるためには読書体験そのものを更新する提案を行わないといけません。それは書籍が著者一人(共著の場合はチームとしての共著者たち)によって完結するという一般通念を変えることであり、いかに読者の執筆プロセスへの参加をスムーズにデザインするかということにかかっていると言えるでしょう。
 情報サービスやアプリでは、一定のマスとしてのユーザー群が使用することによって(明示的に不具合報告や意見を送信する以前のレベルで)パフォーマンスチューニングやデバッグ、そして更なる機能実装といったユーザーにとってのメリットが生まれる循環の構造が認められます。同じ様に、書籍や文章が読まれるプロセスが執筆者にも共有されることで、どのような追加のメリットを読者に還元できるのかについて幾つかアイデアを考えることができそうです。
 しかし、ちょっと想像しただけでも、そもそもそうした生々しい読書ログが著者に分かることが読者に忌避される可能性もありますし、読者のメリットがよほどはっきりと明示化されない限り、受け入れられるのも困難かも知れません。次回では、ネットを活用して読者によるフィードバックと共に更新され続ける本の先行事例を見ながら、読者にとってのメリットについての考察を行ってみましょう。

[読むことは書くこと Reading is Writing:第7回 了]


*1│書籍
もはや書籍という言葉によってイメージされる文字ボリュームは人によってバラバラだと思いますが、ひとまとまりのコンテンツという程の意味で、便宜上「書籍」を使うことにします。

*2│Kindleにおける、電子書籍の中にハイライトを行うとソーシャルな形で共有される機能
Amazon Kindle: Your Highlights
URL: https://kindle.amazon.com/your_highlights

*3│90%〜95%ほどがROM専ユーザーなのではないか
実際にテキストベースのコミュニティサイトを運営したり、他の掲示板等をリサーチした経験知に基づいた推測です。

*4│Amazonが開発中の次世代スマートフォン
TechCrunch Japan: “Amazonのスマートフォンの詳細がリーク: 視線追跡型3Dモデルと廉価版の二機種” (2013/10/03)
URL: http://jp.techcrunch.com/2013/10/03/20131002amazons-smartphones-detailed-project-smith-3d-flagship-model-and-a-value-handset-with-fireos/

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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PROFILEプロフィール (50音順)

ドミニク・チェン(Dominick Chen)

1981年、東京生まれ。フランス国籍。博士(東京大学、学際情報学)。NPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者。主な著書に『電脳のレリギオ』(NTT出版、2015年)、『インターネットを生命化する〜プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013年)、『オープン化する創造の時代〜著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論』(カドカワ・ミニッツブック、2013年)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック〜クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社、2012年)。 [写真:新津保建秀]


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