第6回「オープン出版の拡張②」
※第5回「オープン出版の拡張①」はこちら
前回では、オープン出版とはインターネットの本来的な志向性を書籍という一つのメディウムに当てはめるものではないかという話をしました。結論を先取りすると、それは読まれることと書くことを限りなく同じレイヤーに置いて、創作行為をコミュニケーションの連鎖として捉えることに繋がります。
昨年のTEDxKids@Chiyodaというイベントで私は創作物のオープン化と子供たちの未来の関係性について講演を行いました。そこでの主張は至ってシンプルで、創作物というのは一方通行的に鑑賞したり受容したりするものではなく、受け取る側が次の創作を行うための資源(Resource)であるということです。いまこうして書き連ねている言葉というものは本来、誰にも囲い込まれることなく、文化的な生態系の歴史のなかで誰でも自由に再利用することで変化し、成長してきたものであり、文章を書いて表現を行う人間にとっては枯渇することのない資源です。
私は言葉に限らず、あらゆる創作物(音楽であれ、映画であれ、ソフトウェアであれ)は同様に資源であると考えています。このことはラディカルに捉えなければなりません。そして、知的財産という観点の過剰な保護は、この文化的な本質の理解を衰退させるものである点において忌避されるべきだと考えます。追って説明していきましょう。
創作物が資源であるためには満たさなければならない要件があります。例えば、ある創作物が資源として有効であるかどうかという価値判断を下すためには、その創作物を基点として新しい創作物が生まれたかどうかという結果を見ることができるでしょう。しかし結果を見る以前に、ある創作物が新しい創作物を生むことを意図するようにデザインすることが可能であり、それが資源としての要件の定義につながります。このことは多くの論者が異なる文脈で語ってきたことです。
オープンコンテントという言葉を90年代末に最初に提唱した教育学者のデヴィッド・ワイリーはその後、オープンな教育素材(OER, Open Educational Resource)の要件を以下の4つの「R」としてまとめました *1 。
・Reusable:再利用可能
・Revisable:改変可能
・Remixable:混合可能
・Redistributable:再配布可能
ここでいう教育素材とは、大学のシラバスであったり高校の教科書であったり、それを元に個人が学習を行ったり、教師が授業を行ったりするために使われるもの全般を指しています。ちなみに近年のアメリカでは大学教育費用の高騰が社会問題になっており、オープン化によって教育素材市場に価格競争を起こして、その廉価化とオープンソース的な廉価化が期待されているという状況があります。OERは一つの学問体系としても議論されている領域であり、様々なウェブサービスやコミュニティが活発化しています。
クリエイティブ・コモンズの文脈の中でも、資源としての創作物という観点は議論されてきました。主要な創立者の一人である憲法学者のローレンス・レッシグは、なぜ著作権を柔軟化するべきかという話のなかで“Freedom to Tinker” =「いじくる自由」という表現を良く用いています。レッシグはコンピュータオタクでもあり、オープンソース運動にも多大に影響されていることから、このTinkerという言葉はソフトウェアにおけるHackという概念にも通底していると思います。ソフトウェアのソースコードは新しいソフトウェアを作り出すための資源であり、そのためにプログラムを書く人間は他者の書いた優れたソースコードを読み、再利用します。Hackとはソースコードを壊したり、再構築したりしながら新たなコードを作る行為であり、優れたプログラマーがハッカーと呼ばれることは周知の通りです。その意味ではソフトウェアにおいては書くことと読むことが同レベルにあるといっても過言ではないでしょう。
ソースコードを共有資源として広めることの社会的意義については、今日Linux OSの世界的な普及や社会インフラ化している数多くの情報サービスがオープンソースソフトウェアに支えられていることからも実証されているといっていいでしょう。クリエイティブ・コモンズに代表されるオープン・コンテンツの運動とは、ソフトウェアにおけるオープンソースの効能をソフトウェア以外の創作物の世界に拡張して生じさせようとするものだと言えます。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは法律によって創作物が自動的に権利の壁に囲い込まれることに対して、作者自らがその壁の高さを自ら下げることを可能にするツールであり、著作権とパブリックドメインのあいだに中間層的なグラデーションを作るために6つのライセンスを提供しています。そのうち、創作物を資源として活用できるように改変を許可するものもあれば、そうではないものもあります。さらに、ある作品に対して改変を許可するだけでは活用可能な資源としての要件を満たしているとはいえないのです。
クリエイティブ・コモンズの活動家がスピンオフして作成した「フリーカルチャーライセンスの定義」 *2 というWikiページがあります。ここでいうフリーカルチャーとは、オープンソース運動の先祖ともいえるフリーソフトウェア運動を意識した言葉であり、作品を利用する人にとって自由(Free)といえるかどうかという点を重視しています。この定義によれば、真に自由を与えるといえるクリエイティブ・コモンズ・ライセンスはCC:表示とCC:表示-継承の2種類だけであり、更には作品が満たすべき要件を下記のようにまとめています。
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ソースデータの公開:
作品の完成版が一つのもしくは複数のソースファイルの編纂もしくは情報処理の結果として得られる場合、すべての関連するソースデータが作品と同様の条件で公開されるべきです。これは楽曲の楽譜、 画像のモデル・ファイル、科学論文のデータで、ソフトウェアのソースコード、その他の該当する情報を含みます。
自由なファイル形式の使用:
デジタル・ファイルの場合、作品が提供されているファイル形式は、世界中で無制限にかつ取消不可能な形で無償での利用が許可されている場合を除き、特許で保護されているべきではありません。作品が自由であると見なされるためには、自由ではないファイル形式が利便性のために使用される場合でも、それに追加して自由なファイル形式が提供される必要があります。
技術的な制限の禁止:
技術的な処置によって、作品に関する上述の基本的な自由が制限されてはなりません。
追加の制限やその他の制約の禁止:
作品の基本的な自由が法的な制限(特許や契約など)やその他の制約(プライバシー権など)によって阻害されてはなりません。作品は既存の著作権の例外(著 作権の付与されている作品を引用する事など)に頼ることはできますが、間違いなく自由である要素のみによって自由な作品は構成されます。
この定義で最も特筆すべきは、創作物のソースデータの提供を促していることです。なぜならば、ソフトウェアにおけるソースデータは厳密に定義し共通了解を取りうるものですが、多種多様な創作物のソースデータは何かということはまだ曖昧なものがほとんどだからです。ここには議論やイノベーションの余地が多く残されているでしょう。
DOTPLACEの関心領域に立ち返ってみれば、書籍のソースデータとは何でしょうか。冒頭に述べたより広い観点から考えれば、書籍が新しい書籍を生むための資源として成立するために必要な要件とは何でしょうか。
ここまで、オープン教育素材とオープンコンテンツ(CCライセンス)、オープンソースの例を通して、創作物を新しい創作物のための資源として定義する議論を紹介してきました。これらの点については、拙著『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』でより詳しく言及しているので、興味のある読者は参照してください。オープンライセンスによって、固過ぎる権利の壁を柔らかくすることは、創作物の資源化のための必要な条件ではありますが、それだけでは十分ではありません。具体的にはソースデータを提供することと同時に、ソースデータを利用者が操作できるツールの必要性、そしてソースデータを提供することが著者や出版社にどのような経済的、社会資本的な対価を生めるのかといったことを考える必要があるでしょう。
次回以降では、書籍が読まれることが、新しい書籍が書かれることに限りなく漸近するために満たされるべき必要かつ十分な条件についての技術的な考察、そしてラディカルに創作物を資源として見なすためのシステム論的な考察を行っていきます。
[読むことは書くこと Reading is Writing:第6回 了]
(次回に続きます)
注
*1│教育学者デヴィッド・ワイリーによるオープンな教育素材(OER, Open Educational Resource)の要件:
http://www.slideshare.net/opencontent/opened10-concrete-pedagogical-benefits-of-open-educational-resources
*2│フリーカルチャーライセンスの定義(Definition of Free Cultural Works):
http://freedomdefined.org/Definition/Ja
※執筆者一覧:http://freedomdefined.org/index.php?title=Definition/Ja&action=history[CC:BY]
読むことは書くこと Reading is Writing:第6回「オープン出版の拡張②」 by ドミニク・チェン is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.
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