第5回「オープン出版の拡張①」
これまでのオープン出版は、書籍のPDFやHTMLテキストといったデータにCCライセンスのような柔軟な著作権定義を付して公開することによって、いわば無期限のフリーミアム・モデルを実現して、より多くの潜在的な読者層にリーチするということが出版社も合意できるインセンティブとして考えられてきました。
まず、ここでいう「オープン」という概念を解像度を高くして考えなければなりません。著作権の観点から見た場合、CCライセンスのようなオープンライセンスを著作権者である著者と、出版契約を結んだ出版社が自ら付して、読者による本の利用形態をフルコピーライトの状態よりもオープンにする、という意味があります。この著作権の点がよく議論されるわけですが、それと同時に、より本質的な点としては、デジタル化するということ自体が孕むオープン性も議論する必要があると思います。
これはインターネットで公開するあらゆるコンテンツに関連することです。例えば改めてブログ記事というものを見てみると、権利がどのような状態にあろうと、本文テキストをコピーしたり、またはHTMLのソースコードを表示して、それをコピーすることができます。それは著作権を無視すれば、著作権違反のサンクションを負うリスクはありますが、技術的には無償で行うことが可能となっています。コピーのできない、いわばDRM(デジタル権利管理システム)のかかったブログ記事というのは滅多に遭遇しないでしょう(楽曲の歌詞を閲覧するサイト等で、コピーができないように設定されているサイト等はありますが)。
ティム・オライリーが昨年のオープンソース・カンファレンスの基調講演で主張していたことですが、インターネット産業を支える無数のコンテンツの大半は無償で制作され、再利用されているものであり、ISP(インターネットサービスプロバイダ)や検索エンジン等は、そうしたコンテンツのアクセス権を売っているに過ぎない。つまり、インターネットという場そのものを巨大なオープン出版モデルの実例として捉えることができるのではないか。
例えばブログという領域にフォーカスして、そこで何が行われているのか考えてみましょう。記事が書かれると、それを引用して別の記事が書かれたり、ブックマークされると同時にコメントが集積される。ツイートはリツイートされ、まとめサイトで編集される。この流れは何かというと、コミュニケーションの連鎖として捉えることができるでしょう。繰り返しになりますが、権利の問題を一旦捨象した上で、簡単に引用したり抜き書きできるという技術的な条件が存在するがゆえに、この連鎖は活性化しています。
これはコンテンツに限った話ではなく、HTMLやCSS、または記事を生成・管理しているバックエンドのCMSや、サーバーを構成するソフトウェアに至るまで、同様にオープンになっています。あるサイトのデザインやUXが人気を博せば、ソースコードを見て模倣することができる。あるサービスのレスポンスが速くて快適であれば、そのサービスが使っているサーバーソフトウェアを使ってみる。今日、大半のサーバーがオープンソース・ソフトウェアで構成されており、そうしたソフトウェアの大半がソースコードと共に公開され、日々改善されていっています。
私がここで言いたいのは、オープン出版という言葉を、従来の出版の世界をインターネットの自然に漸近させるための概念として捉えなおすことができるのではないか、ということです。インターネットの世界では当たり前のように行われて、インターネットそのものを成長させてきたダイナミクスを、物理的な書籍というものに対してどのように適用できるのか、そしてそのことがインターネットではコモディティとなっているブログ記事やツイートとどのように差別化できるのか、ということが焦点ではないでしょうか。このような考えなので、現時点では、印刷版を伴わない電子書籍は、無償のブログ記事や有料メルマガと本質を同じにするものではないかと思っています。
次回ではこの問題意識を念頭に、「読むことと書くこと」の更なる革新の可能性について考えてみます。
[読むことは書くこと Reading is Writing:第5回 了]
(次回へ続きます)
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