COLUMN

ドミニク・チェン 読むことは書くこと Reading is Writing

ドミニク・チェン 読むことは書くこと Reading is Writing
第19回「神はDiff(差分)に宿る」

ドミニクコラムロゴ_20140130

第19回 「神はDiff(差分)に宿る」

“git-difftool in action” Photo by heipei[CC BY-SA 2.0]

“git-difftool in action” Photo by heipeiCC BY-SA 2.0


 前回に続き、文章の書き手の視点から、Git的リアリティを更に追究していきましょう。
 前回の記事をPenflipに上げたところ、担当編集の後藤さんとの校正のやり取りがすごく楽だったことと、筆者の知人から誤字と表現の指摘を受けることができました。ただ、今回のような単純な文字校正のみであれば、Google DriveのDocsを使った方がユーザー登録のステップや新しいインタフェースを覚えるコストもかからずに早かったかも知れない、とも思いました。
 筆者は実際にGoogle Driveを使って、社内の企画書やサービス内で使用する文言、それに顧問弁護士との契約書や利用規約などをコライティング(Co-Writing、共同執筆)しています。メールにWordやPages(OSXのワープロソフト)のドキュメントを添付するというのは面倒くさ過ぎますし、Dropboxで非同期に同じファイルに編集を入れていくとバージョン衝突が起こって大変なことになります。最近、AppleのiCloud.comが進化していて、Google Drive的な同期編集が可能になりましたが、いかんせんコメント機能が付いていないので、お互いが勝手に編集して終わってしまうという感じで、仕事では使えません(ただし、Keynoteでスライドを作る場合には、iCloudで共同編集するとiPadやiPhoneでも再生したりできるので、かなり使えます)。

 それではリアルタイムに同期編集もできて、Wordのように「解決」することもできるコメントが非同期で付けられ、しかも変更履歴のバージョンを行き来することもできるGoogle Docs一択なのかというと、そうでもありません。Google Docsの問題点は、本文の変更を誰が最終的に決定するのかが分からないという曖昧さを抱えている点にあります。明確に書き手(意思決定者)とアドバイザー(コメントする人)が分かれていれば、前者が後者のコメントを受けて本文に追記したり削除すれば良いのですが、多くの場合において両方の立場が混在します。
 もっというと、どのようにも使えるDocsの自由度が、逆に混乱や曖昧さを生む原因にもなっているのかと思います。よくあるのが、一つの最終目標をメンバーでコライティングしようという時に、同じDocs内にお互いの複数のバージョンが散らかり、フォントの色やサイズのスタイリングも混在して、結果的によくわからない状態に陥るという場合です。百歩譲って、頑張って書き散らさないようにDocsを使いこなし、一つの文章ブロックを精錬させていったとしても、もう一つ重要な欠点がありました。それはDocsの変更履歴の表示機能がイマイチなことです。
 まず、Docsではあるバージョンから別のバージョンに移る度にローディング表示が入ってページが更新されるため、どこがどう変わったのかが直感的に追いづらいことが挙げられますが、より重要なこととして、各バージョンの意味が、単純にひとまとまりの編集が自動保存されたタイミングでしかない、ということです。そこには意味のある差分も、無意味なものも、等価に扱われるので、それぞれのバージョンの「メッセージ」が見えづらいのです。実際、Docsの変更履歴は上手に使えた試しがありません。
 まさにこれらの点こそがGitが「バージョン管理」と呼ばれる所以が発揮されるところです。Gitではいくら変更を加えても、意図的にコミット(差分を新しいバージョンとして登録)しない限り、新しいバージョンは発生しません。そして各コミットにはメッセージを付けることが推奨されており、他者だけではなく自分自身のためにも各バージョンの意味を自ら記述する慣習が身に付くと、後からコードを見返す時に可読性が高まるようになります。他者の書いたプログラムのコミットログを追いかける行為には、その人の思考のプロセスを見ているような感覚が付随するように感じます。そして、その人のプログラムがどのように構築されていったかということを順序立てて観察できることは、読み手にとっても高い学習効果を生みます。

 そして、Gitではコミット毎の差分はDiffと呼ばれ、追加された行と削除された行の一覧として表現されます。よく見られるのは赤色が削除された箇所で、緑色が追加された箇所を指します。更にカスタマイズを施すと、同じ行の中での差分が更に見やすく表示されるようになります。GitベースのGithubでももちろん、同様の表現を踏襲しており、ブラウザ上でブロック毎に整形してくれるため、CUI(Character User Interface、キーボード入力と画面の文字表示のみでコンピュータを操作する方法)よりも一般的に見やすい表示になっています。Gitは、技術的にも差分情報のみを保存していくために旧来のバージョン管理システムよりも軽量という優位性がありましたが、使う側としても差分にのみすぐに注目できる表示形式なため、バージョンを見返す時に求めている情報に集中することができます。

CUI

CUI

Github

Github

 ところでGitベースであるPenflipでもコミット毎の前後のDiffをGit的なカラーリングで見せてくれるので、Gitに慣れている目からすると差分がスッと目に入ってくるのですが、GitやGithubとは異なり、そしてGoogle Docsと同じように、全文の中に差分が表示されるため、パッと見て全体の変更履歴が把握しづらいと感じました(実際に、知人からのプルリクエストには2点の変更が提案されていたのですが、上部ページのものに目をとられて下部ページのものに気付けませんでした)。この点はPenflip上のディスカッションに意見を提出しておきましたが、長文になればなるほど細かいDiffを一覧する機能が欲しくなる気がしています。

Penflip

Penflip

 もう一点、Gitに基づく作業がGoogle Docsより優れていると言える点は、意思決定者とコメンターの立場の違いが明確になっていることです。DocsやWikiでの、誰しもがいつでも編集できてバージョンを区切れてしまうがゆえに生じる混乱がGitでは構造上起こりません。この点は、複数人で一つのゴールに向けて複数のバージョンを提出しあうコライティングの場合にはどのように作用するでしょうか。次回はこの「各々が書き手になり、相互に読み手となる」というコライティングの可能性について考察したいと思います。

[読むことは書くこと Reading is Writing:第19回 了]
 
 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
読むことは書くこと Reading is Writing:第19回「神はDiff(差分)に宿る」 by ドミニク・チェン is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.


PROFILEプロフィール (50音順)

ドミニク・チェン(Dominick Chen)

1981年、東京生まれ。フランス国籍。博士(東京大学、学際情報学)。NPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者。主な著書に『電脳のレリギオ』(NTT出版、2015年)、『インターネットを生命化する〜プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013年)、『オープン化する創造の時代〜著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論』(カドカワ・ミニッツブック、2013年)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック〜クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社、2012年)。 [写真:新津保建秀]


PRODUCT関連商品

『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』

ドミニク・チェン(著)
312ページ
出版社: フィルムアート社
発売日: 2012/5/25