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ドミニク・チェン 読むことは書くこと Reading is Writing

ドミニク・チェン 読むことは書くこと Reading is Writing
第22回「2種類の『反省』」

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第22回 「2種類の『反省』」

“DTI-sagittal-fibers” Photo by Thomas Schultz[CC BY-SA 3.0]

DTI-sagittal-fibers” Photo by Thomas Schultz[CC BY-SA 3.0


 言葉は、それが話された会話であろうと書かれた文章であろうと、常に思考の後に、ある遅延をもって表出されます。話し言葉の方が遅延が少なく、話者自身へのフィードバックも速くなるという意味で思考の流動性が反映されやすいといえます。対照的に、書き言葉はある時点での思考のスナップショットを固定化したものである、というイメージが一般的かと思われますが、実はそうではありません。
 書くことは、いま書いたものを自ら読んで、そこから次に書くものを準備するという行為の蓄積として捉えることができます。いわば、一瞬過去の自分との対話を行っているようなものです。この対話は、客体化された主観を省みる、つまり「ふりかえってよく考える」ことの反復としての「反省」の連続であり、その相手が過去の自分の思考の断片である、ということです。
 
 反省とは英語でReflectionと言います。ドナルド・ショーンという研究者が1980年代に、2種類の反省を区別しました。それはReflection-on-action、つまり行為後の反省、そしてReflection-in-action、行為中の反省の二つです。一般的には反省というと、ある行為が完了した後に事後的におこなうことだというイメージがあるかと思いますが、ショーンが提起した行為中の反省とは、行為と反省がお互いにフィードバックしあい、次の行為をつくっていく連関を意味しています。行為後の反省と行為中の反省は排他的なものではなく、相補的なものとして捉えられるでしょう。
 たとえばキーボードを叩いて文章を書く場合、指でキーを叩いて画面上に文字が表示されるのを見た瞬間に次の打つべき言葉が触発されます。しかし、また別の時にはキーを叩き終わって文章が確定してから思考が澱んだり、数秒から数分の空白が生まれる場合もあります。前者においては行為中の反省が作動しており、後者においては行為後の反省が作動しているとみなすことができます。
 ショーンの慧眼は、決して行為後の反省の役割を過小評価したことではなく、それまでは見落とされてきた、よりミクロなレベルにおいて創造性の発動に影響を与える「行為中の反省」の役割を発見したことにあります。このことは対話的思考が作動する条件を考える上で大きなヒントを与えてくれます。
 極端な例でいうと、インクが出にくいペンで書くことや、CPU負荷がかかって作動が遅くなっているパソコンでキータイプすることが思考の展開を妨げることは想像しやすいでしょう。これはReflection-in-actionが発現するための思考と表現物(文字)の反映の速度が足りていないからだと考えることができます。これは最も低レベルでの行為中の反省が阻害される例ですが、それは書きやすいペンや高性能なパソコンを使えば解決することに過ぎません。より重要なことは、行為中の反省が対話の対象や環境、ツールなどの諸条件によってどのように変化するかという質的な問いでしょう。
 ここでまず、思考が澱むことなくスラスラと流れるように書けることが果たして最善なのか、という疑問について考えることができます。ここでいう最善とは、結果的に書かれた文章の質が高いか低いかということを指していますが、澱むことなく書いた結果として良い文章が生まれることもあれば、その反対もあるでしょう。逆に、非常に時間をかけた文章も、結果的な良し悪しは場合によって変わるとしかいいようがないかと思います。つまり、執筆にかかった時間の長短ではなく、その時間のなかで得られる書き手にとっての質に依る、と考えることができるでしょう。
 この質とは何かと考えると、執筆行為の最中に行われる2種類の反省と相関するものなのではないかと思います。いま筆者はこの文章を書きながらこの2種類のフィードバックの質的な違いを考え、それを文字としてキータイプしているわけですが、行為中の反省は思考の流れを後押しする効果があり、行為後の反省は一瞬過去の思考に対して反論や検証を行う効能があるという仮説が浮かんでいます。 
 この仮説は科学的な検証を俟たなければならない直感に過ぎませんが、この点こそが表現の複雑さであり、面白さではないでしょうか。つまり、自分の思考を具体的な表現として固定化していく道筋は、あたかも空中に橋を架けながら歩くように、自らが書き出した言葉の集積によって定められていく。そのプロセスには二つの時間軸が絡み合うように流れていて、書き手自身による、書き手自身に対するフィードバックを生み続けている。
 当然、このプロセスにはもう一つ、記憶というさらにマクロな時間軸が関係しています。これまで読んできた作品の文体や表現、感銘を受けてきた概念の数々、誰かと話した会話の切れ端、そして忘れてしまった膨大な物事の数々、もしくは過去に書いた文章の断片。記憶という大量の情報の総体が行為中/行為後の反省のプロセスと相まって、現在何気なく書き出している言葉の発出に影響しているでしょう。そうして行為中/行為後の反省をかたちづくるのが記憶だとしたら、長期的な記憶がかたちづくられるプロセスそのものを「行為前の反省」と呼んでも過言ではないかもしれません。
 
[読むことは書くこと Reading is Writing:第22回 了]
 
 
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PROFILEプロフィール (50音順)

ドミニク・チェン(Dominick Chen)

1981年、東京生まれ。フランス国籍。博士(東京大学、学際情報学)。NPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者。主な著書に『電脳のレリギオ』(NTT出版、2015年)、『インターネットを生命化する〜プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013年)、『オープン化する創造の時代〜著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論』(カドカワ・ミニッツブック、2013年)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック〜クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社、2012年)。 [写真:新津保建秀]


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