「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第6回は、長年『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)編集長を務めた後、株式会社上ノ空を立ち上げられた、横里隆さんです。
※下記からの続きです。
第6回:横里隆(上ノ空) 1/5
第6回:横里隆(上ノ空) 2/5
第6回:横里隆(上ノ空) 3/5
日本は世界一のコンテンツ力
――あるコンテンツがあって、どういうふうにしたらそのパワーを、つまり情報拡散したがる力を上げられるのかを考えるのが、編集者の仕事なのかもしれませんね。
横里:日本はものすごく力のあるコンテンツに溢れていると思っています。それらは、もっと自ら拡散していく本能とか生命力に満ち溢れていると。だからちょっとそれを刺激し、うまい方向に持っていくと、想像以上の勢いで広がっていくと思うんです。海外向け情報発信サイトをつくりたいというのも、それですよね。これだけ質の高いコンテンツが数多くうごめいている国は、ほかにないんじゃないかなって。小説あり、漫画あり、アニメあり、もちろん映像もありで、ミックスされたものもたくさんあって、その数がこれだけつくられて、マーケットもこれだけ形成されている、っていうのは世界で一番だと思っています。小さな日本の中だけで、こんなにたくさんのコンテンツがうごめいていて、その中で生き残っていく、勝ち残っていくコンテンツの生命力は非常に強いに違いないと。今まではいくつか弊害があって、外に出ていかずに檻の中に閉じ込められていたのですが、外に出ていって暴れまわる力があるはずなので、それをなんとか解き放ちたいんです。
横里隆さん
――その弊害というのは、ひとつは海に囲まれた島国で外への流通にコストがかかることと、もうひとつは言語の壁だったわけですよね。それがインターネットの普及によって状況が変わってきている。日本語のコンテンツを英訳するだけで、少なくともインターネット上では、そのパワーが10倍になるというか。
横里:まさに、その通りです。今お付き合いのある大手広告代理店のプロジェクトチームが、日本の活字コンテンツをハリウッドに売り込むっていうことを、ここ何年かやられていて。プロットやキャラクター設定、世界観を英訳してプレゼンテーション資料をつくる。何作品かを持って、ハリウッドの映画関係者をまわるそうです。そうすると、ものすごく反応がいいらしいんです。ハリウッドは常に面白いコンテンツを求めているので、「もっと持って来い」と言うそうなんですよ。今までそれを誰もやってこなかったのは、英訳という壁があったからですよね。パワーもコストもかかるし、面倒くさい。そこまでやらなくても日本の国内で売れているから出版社はちゃんと儲かっているし、作家たちは十分な収入もあって、それなりのポジションも得ている。そこまで苦労することないじゃないっていうのが今までだったと思います。でもそういう動きをやると、ちゃんと反応がある。それはコンテンツ力が優れている証、現れだと思いますね。
――日本だけではやっていけなくなっても、世界に向けて発信すればやっていけるようになるのではないか、ということでしょうか。
横里:みんなが食べていけるようになればいいし、それだけではなくていろんなものがフィードバックされて帰ってくるので、作家が書く作品に面白い変化が起こったりするかもしれません。そういう仕組みができると、閉じていた世界が、開いている世界になる。まずは世界に開くっていうのが一番単純でわかりやすいし、それでちゃんと作家やクリエイターの収入が安定すれば本当にいいですよね。
ボランティアで手伝ってもいいよっていう人がいたら、ぜひ来てほしい
――今はどういう段階ですか。
横里:さまざまな人に声をかけて、賛同していただき緩やかなチームを作ってやっていこうという段階です。まずはサイトとFacebookページを立ち上げて、そこで徐々に海外にネットワークを広げていこうという。Facebookページは恐らく7月中にはオープンしたいですね。サイトはそこから数か月後。ただそこに流す情報の準備は、まだまだこれからです(笑)。ようやく情報を翻訳してくれる人が決まって打ち合わせをしている段階ですね。
――翻訳は結構コストがかかると思いますが、どうやっていくつもりですか。ボランティアを募ったりとか、ユーザー投稿型にしたりといったことも考えられていますか。
横里:それができれば理想です。最初はアルバイト的に翻訳してくれる人に手伝ってもらって、それがだんだん広まっていくなかで「面白そうだから手伝ってもいいよ」っていう人が集まり、という流れができていけばいいなと思っています。でも最初はあくまで、自分たちでやらないといけない。このインタビューを読んでくれた人の中で、日本のコンテンツ情報や小説を海外に翻訳して発信していくのをボランティアで手伝ってもいいよっていう人がいたら、ぜひ来てほしいです。もしいたらよろしくお願いします。
――残念ながらぼくは英語が全然できないので、何のお役にも立てなさそうなのですが、ちなみに横里さん自身は、英語は堪能でいらっしゃるのですか。
横里:あ、僕も全くできないです(笑)。今後も勉強はしないつもりです。必ずしないって誓っているくらいです。今から英語を勉強するパワーがあるのだったら、もっと違う勉強をした方がいい。それは諦めていて、得意な人と一緒にやろうと。
先日、アメリカに住んでいらっしゃるある女性の作家が、たまたま日本に戻ってきているときにお会いしたんですね。なぜ向こうにいるかというと、アメリカで新作を出したいということなんです。新作をはじめから英語で出す準備をしていると。「そんなに英語得意なのですか?ネイティブみたいに書けるのですか?」と聞いたら、できることはできるがすべて英語で執筆できるわけではないと。だから翻訳に関しては手伝ってもらうと言っていました。あと、現地にいてプロモーションにも力を入れていくと。アメリカでは講演やサイン会を積極的にやり、イベントで人を説得しないと、本が売れない。作家の顔が見えないと読者に買ってもらえないそうなんです。彼女のこの試みが成功したら、初めてですよね。日本を軸足にして表現していた日本人作家が、日本で刊行された小説を海外向けに翻訳するのではなく、海外の言語で新刊を出して、海外でプロモーションをやって、売れたらそれを日本に持ってくるという。とても野心的で新しい試みです。
――ひょっとしたら、そういうことを日本の小説の編集者も考えてやらないといけないのかもしれないですね。
横里:そうですね。これが一つの成功事例になれば、なんでもありになってくると思います。編集者なりエージェントなり、どんどんそういう企画をたてて、作家に提案したり、仕掛けたりとかする人が出てくると面白いですよね。
――「上ノ空」には社員さんや、他にメンバーは?
横里:いないです。僕一人です。個人事務所みたいなものですね。身軽なので、「上ノ空」は潰れないと思います(笑)。でもその海外向け情報発信のプロジェクトをやっていくために4人で作った会社は、もちろんわからない。みんなで話し合って、少ないですけど資本金を出し合って、この資本金はすぐになくなるし、この後も決してうまくいくとは限らない。これは冒険だから、って全員から了解を得てやっています。4人とも別の仕事を持っていて、だからやれるっていうのはありますね。最近はこういう考えでないと、なかなかベンチャーは始められない。その仕事にすがって、もしうまくいかなかったら生活が破綻しますといことになると、とっても重い雰囲気になってしまう。冒険するためにも、こういうやり方がいいと思いました。
――どこかの出版社に所属して編集者をしながらも、これからどうなっていくのだろうって思っているような人たちは、何人か募って、別の会社や新しいことを始めてみるのもいいかもしれませんね。
横里:それはすごくいいと思います。たとえば会社の中で海外情報発信プロジェクトを立ちあげようとしても、必ずいくつかの壁がありますよね。何年で収支プラスになるのかなど、いろいろと突き詰めていくと、会社を説得できるだけの企画書を作るのは、僕だって自信ありません(笑)。いくら自分は納得していても、会社からは「もしうまくいけばいいけど、でも冒険すぎるよね、目処は立たないよね」って言われて消えていく話だと思います。説得力のある企画書をつくることに時間を費やすくらいなら、自分たちでやったほうがいい。同じように、会社にいながら別のプロジェクトを何人かで集まってやっていくのもいい。会社が1円でも設立できるようになって、共同で責任を持ち合うことなど、昔はできなかった会社運営の形態が今では柔軟にとれるようになっています。佐渡島さんの成功というのは一つの明るい材料ですが、出版系の新しいベンチャーでも、もっと成功事例が増えていくと面白いと思いますね。
「第6回:横里隆(上ノ空) 5/5」 に続く(2013/07/05公開)
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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 名久井梨香
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