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英国出版事情(1/3) 本の未来を先取りするロンドン

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読書家が多いイギリスは、電子書籍やネット書店の普及も早く、近年、大小の本屋さんが次々と消えていきました。ところが最近になって、ユニークな本屋さんが各地で新たに誕生し、人気を呼んでいます。その結果、紙の本の売り上げも上昇中。「やっぱり本と本屋さんが好き」なあなたなら見逃せないイギリスの最新状況を探ります。

 

[英国出版事情(1/3)開始]

2/3「『本のショーウインドー』と化した書店の危機」

3/3「大手広告代理店がバックアップ、『本屋で本を買おう』キャンペーン」

 

本の未来を先取りするロンドン

 

 1797年創業、英国王室御用達の書店ハチャーズ(Hatchards)は、ロンドンに現存するもっとも古い書店。ここでお得意様、エリザベス女王の注文を担当しているのは、1972年からハチャーズに勤める熟練店員のスティーブン・シンプソンさんです。

 「女王は毎週たくさんの本をお買い上げになります」と言った後、こう付け加えました。「読書家のイギリス国民の長にふさわしいですな」

 

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ロンドンで最も古い書店、ハチャーズ。王室御用達のエンブレムとユニオンジャックを掲げる

 

 本を取り巻く状況やその形態は激変していますが、それでもやはりイギリス人は読書好きのようです。平日朝の通勤時間帯にロンドン地下鉄に乗ると、スマホを操作する人以上に、KindleやiPadで、あるいは分厚いペーパーバックで、読書にふける人たちの姿が目立ちます。

 そして、本の世界で未来を先取りしているのが、イギリスです。この国の電子書籍普及は世界的にも早く、この動きはセルフパブリッシングの促進にもつながりました。世界的な大ヒットとなって映画化もされた『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、もとはイギリス人の中年主婦がファンサイトに投稿した小説です。2015年には続編『グレイ』が、イギリスの年間ベストセラー1位になりました。

 また2016年には、EU離脱を決めた国民投票の直後、電子書籍のSF短編『パウンデッド・バイ・ザ・パウンド』(Pounded by the Pound:ポンドに犯されて)が話題に上りました。離脱後の近未来のイギリスが舞台で、バッキンガム宮殿の前を衛兵の代わりに怪物が飛び回り、不況対策でロンドンの街に導入された四階建てバスが次々横転し、テムズ川には赤々と燃える溶岩が流れる中、ポンド硬貨形の不思議な登場人物と出会った主人公がゲイになる――という「エロティックSF」。

 

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Pounded By The Pound / Chuck Tingle

 

 J.K.ローリングが6月26日(国民投票の3日後)ツイッターで「ひどい状況の中でようやく笑えるきっかけを作ってくれた」と書くと読者が急増。謎に包まれた著者のチャック・ティングル(Chuck Tingle)は、2016年7月1日付ガーディアン(Guardian)紙のメールインタビューで「(準備期間を別にすれば)7、8時間で書き上げた」と語っています。電子書籍ならではのスピード感で世に出たこの本は、自虐的ユーモアで危機を乗り越えたいと願うイギリス人たちに支持を集めたようで、こちらもさっそく続編が出ています。

 イギリスの本の消費動向は、紙の本も含めて堅調です。2015年の本全体(紙の書籍、電子書籍、オーディオブックすべて)の販売部数は、前年比で4%増(2015年は3億5300万部)、売上総額は5%増(同22億4400万ポンド)を記録しました。電子書籍は販売部数が4%増、売上総額は3%増と、2桁成長を続けていた近年に比べてかなり頭打ちになっています。しかも、電子書籍の内訳では、教育関連や英語学習の伸びが著しく、一般書籍ではむしろ減少しています(1)。この傾向は続いていて、2016年上半期には、イギリス人は前年上半期に比べて400万冊増の7800万冊あまりの本を購入。売上額では9%あまり増加し、過去10年で最高を記録しました(2)

 一方、アマゾンで売られるセルフパブリッシングの電子書籍の成長が目立ち、アマゾンの電子書籍全体に占めるシェアは、2015年には22%に達しました。これは、2012年の14%、2014年の16%に比べて大幅な伸びです。セルフパブリッシングの書籍は相場が半額ほどなので、電子書籍全体の平均価格が1%低下する結果にもつながりました(3)

 今も専用の端末で読む人が半数を占めるものの、タブレットやスマートフォンで本を読む人が急速に増えています。キンドルをはじめとする電子書籍専用の端末で読まれる電子書籍の数は、2012年の75%から2015年は50%に減り、タブレットで読まれる数は14%から38%へと増加(4)

 イギリスでは、スーパーマーケットや電器店、デパートの店頭などでもキンドルが幅広く売られています。しかし、大手チェーン書店ウォーターストーンズ(Waterstones)が2015年、ほとんどの支店からキンドル売り場を「ほとんど売れないから」という理由で撤去しました(5)

 イギリスで本を買うことがある人のうち、毎週1冊電子書籍を読む人が31%(紙の本を1冊読む人は59%)に達します(6)。電子書籍は普及が停滞しているというより、むしろ、身近な存在として定着したと言った方が正しいでしょう。

 一方の紙の書籍は2015年の総販売部数が3%増、売上総額が4%増で、過去2年の減少に歯止めがかかりました。平均の販売価格は2%上昇。大人の塗り絵本の大ブームがひとつの要因ですが、長期的にも紙の書籍は回復傾向にあると業界は楽観的です。また、オーディオブックは好調で、部数で26%増(2015年は1100万部)、売上総額で30%増(同9100万ポンド)を記録しています(7)

 イギリスでは本の売り上げの3割あまりを児童書が占め、種類別では「ハリー・ポッター」シリーズをはじめ特定のキャラクターが登場するキャラクター・ブック(character book)と呼ばれるシリーズ物が2015年には前年比13%増。絵本も10%増の伸びを記録しました(8)

 プレゼント用に本を買う人は近年減少しつづけていて、プレゼント用の本の売上総額は2012年から2015年で9%減少。一方で、自分のための本の売り上げは3年間で7%増加しています。プレゼント用の本の売り上げが減っているのは、電子書籍の普及が主な原因と分析され、とくに、誕生日プレゼントや、特別の理由のないプレゼントに使われることが減っているそうです。

 それでも、クリスマスプレゼント用の本の売り上げは堅調です(9)

 クリスマス前の数週間は、どこの本屋さんも美しいクリスマスの飾りつけをして、プレゼントにお勧めの本をウインドーに飾ったり、店内にコーナーを設けたりして気分を盛り上げます。2015年には、11月最後の週末にイギリス全国の書店が共同で、「クリスマスショッピングは本屋で」と呼びかけるイベント「シヴィライズド・サタデー」(Civilized Saturday)を初めて実施し、全国紙やBBCでも報道されて盛り上がりを見せました。このイベントは2016年も、11月最後の土曜日、26日に全国で100店舗あまりが参加して行われました(http://www.booksaremybag.com/)。こうした試みについては今後の回で詳しく取り上げます。

 

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ロンドンの書店は11月になるとクリスマスツリーなどのデコレーションで気分を盛り上げる

 

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ウインドーではプレゼントにお勧めの本をディスプレー

 

イギリス経済で重要な位置を占める出版

 世界的にみた場合、テレビ、新聞、雑誌、映画、ビデオゲーム、音楽といったクリエイティブな業界は全体で1兆ドルの市場を形成しています。そのうち出版は15%を占め、テレビ、新聞に次いで第3の重要な位置にあります(10)

 ユネスコによると、1979年~2015年の間に世界で出版されている翻訳書のうち、原語別では英語から訳される本が、2位のフランス語(22万5966点)を大きく引き離して最も多く、126万5728点に達します(日本語は8位で2万9246点)。一方、翻訳書の言語別ではドイツ語、フランス語、スペイン語に続いて英語は4位で16万4504点にとどまります(日本語が5位で13万649点)(11)

 一方、英語から訳される本の多さに比べ、英語圏で出版される翻訳書は全体の2~3%にすぎません。欧米でこれを文化の不均衡として問題視する知識人たちの間では「2%問題」とか「3%問題」と言われています(12)

 そして、イギリスはアメリカなどを抑え、世界一の本の輸出大国になっています。国内で本を出版していないアラブやアフリカの諸国も、主にイギリスから本を輸入しています。2012年のデータで、イギリスでは年間の小売価格の売上総額で見た市場価値は39億7500万ユーロ(日本は78億7800万ユーロ)ですが、人口100万人当たりの新刊(新版も含む)の出版数は2459点にとどまります(日本は617点)(13)

 アメリカやヨーロッパ大陸の国の出版社が資本となっている出版社も多く、イギリスは英語の強みを生かし、出版の国際市場で中心的な役割を果たしているのです。2013年にはペンギン・ブックス(Penguin Books)がランダムハウス(Random House)と合併。ペンギン・ランダムハウス(Penguin Random House)となり、一般向け書籍の出版社としては世界最大になりました。グループ全体で英米の3割ほどのシェアを誇ります(14)

 

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Frankfurt Book Fair 2016でのPenguin Random Houseのブース

 

 このように合併や統合による出版社の大型化が世界的な傾向ですが、一方でイギリスでは、大規模な出版社がカバーできないニッチな分野で成功している中小の出版社が少なくありません。他の業種と比べて、出版社は立ち上げに特別な資格や大きな資本は不要。デジタル出版やデジタル印刷の普及でさらに開業が容易になり、新しい出版社が設立される例も相次いでいます(ただし黒字に転じるには4年かかるといわれています)。たとえばイギリスの実業家アンソニー・チータム(Anthony Cheetham)は1981年から2012年の間に計4社の出版社(現在はペンギン・ランダムハウス傘下になったセンチュリー(Century)のほか、オリオン(Orion)、クエルカス(Quercus) 、ヘッド・オブ・ゼウス(Head of Zeus)を創業。これらの出版社は柔軟な経営方針によっていずれも急成長しました。

 デジタル技術を利用することで、電子書籍のセルフパブリッシングをはじめ、迅速な出版が可能になりました。かつては初版で1万部を印刷していた出版社も、今はとりあえず1500部ほどを用意して売れ行きを見てからフォーマットごとの部数を決める傾向にあります(15)。また、著者から読者へと本が届くまでの経路に伝統的にかかわってきたブックエージェント、印刷業者、仲介業者、書店、そして出版社の介入も省いた本の流通が、すでに行われるようになっています。エージェントやオンライン書店が出版社の代わりを務めたり、印刷業者が直接本の印刷を受注したり、図書館司書が大学出版社の役割を果たすといったことが、イギリスでは現実になっているのです。

 出版社は、生き残りのためには本の消費者である読者との直接的なコンタクトを増やすことが急務と考え、著者や書店、政府、学校などと協力しながらイベントや新たな読者層の拡大に努めています。

 とくに、本と読者をつなぐ場所として、改めてクローズアップされるようになったのが、街の本屋さんです。

 次回は、近年アマゾンや電子書籍に押されてイギリスの書店業界に訪れた厳しい冬の時代と、それを乗り越えてリバイバルを迎えつつある最新の本屋さん事情を探ります。

 

[英国出版事情(1/3)了]


1)「Nielsen Book Research in Review 2015

2)「『ガーディアン紙』2016年7月16日付

3)同上

4)同上および『テレグラフ紙』2014年10月7日付

5)『ガーディアン紙』2015年10月7日付

6)「Nielsen Book Research in Review 2015」

7)同上

8)同上

9)同上

10)Inside Book Publishing, Giles Clark, Angus Philips, 5th Edition, Routledge, 2014

11)「UNESCO Index Translationum」

12)「BBCニュースサイト」2014年9月9日付記事

13)Inside Book Publishing, Giles Clark, Angus Philips, 5th Edition, Routledge, 2014

14)同上

15)同上


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

ジャーナリスト。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。ロンドンとパリを拠点に、執筆、翻訳、映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2』『世界の夢の本屋さん3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』(いずれもエクスナレッジ)などがある。