「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第6回は、長年『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)編集長を務めた後、株式会社上ノ空を立ち上げられた、横里隆さんです。
※下記からの続きです
第6回:横里隆(上ノ空) 1/5
日本は色とりどりで、さまざまな魅力的なコンテンツがある不思議な国です
――具体的に伺うと、どんなサイトになるのでしょうか。
横里:サイトの名前は仮称ですが「カルチャー・イン・ワンダーランド」です。ワンダーランド=日本を意味しています。日本はこんなにも、色とりどりで、さまざまな魅力的なコンテンツがある不思議な国です、と。その不思議な国のカルチャーを紹介するサイトです。
将来的には、日本のコンテンツのプロットだったり、あらすじだったり、作家のインタビューだったりをコンパクトに英訳、もしくは各国語に訳してサイトに掲載したいと思っています。それに対して、面白そうだというファンの人たちのレスポンスをもらいます。何百人何千人の人たちが、読みたい!となったときに、出版社に掛け合って、もしくは作家に掛け合って、翻訳のアクションを呼び起こすという。その点は「復刊ドットコム」的なサイトですね。もしくはクラウドファンディングのような。
横里隆さん
出版社にとっても翻訳のリスクはすごく大きくて。少なくとも一冊あたり100〜150万円の翻訳費用がかかるので、それだけかけて翻訳して海外で販売しても、現地エージェントや現地出版社がマージンを抜いていって、じゃ日本にどれだけの利益が戻せるかというと、微々たるものですよね。特に東南アジアですと、元々の本の売値が安いですから。そうすると腰が引けてしまうわけです。日本で売れたとしても1万部で重版がかかったぐらいの小説を、わざわざお金をかけて翻訳してアメリカでもヨーロッパでも中国でもいいですけど、出そうとするのは相当難しいことなんです。
ところが「カルチャー・イン・ワンダーランド」を通して、海外のある国のユーザーたちが特定の本の情報で盛り上がり、「これは絶対に読みたい!」という何千人もの投票が集まった、ということになったらニーズの存在が明確になりますよね。出版社にとってはビジネスチャンスを生み出すマーケティングができて、かつリスクヘッジになるようなものがそのサイトから得られると。そうなれば、コストをかけても翻訳しようっていうことになるかもしれない。たとえば出版社がやらないと言えば、直接作家に声をかけてみるというのもありでしょうし。
基本的には電子書籍で、日本から発信していく形式をイメージしています。電子書籍で刊行すれば、現地のエージェントを頼んで、紙で印刷して、現地の流通に乗せて販売、という複雑で困難な調整が不要になります。ビジネス的にもマイナスにならないのであれば、クラウドファンディングで翻訳と電子化の資金を集めてもいい。理想を言えば、そんなことができるサイトを目指して準備中なのです。
――なるほど。ちなみに現時点で、既に競合しそうなサイトというのはないのでしょうか。
横里:部分的にはいろいろあると思います。たとえば、日本のサブカルコンテンツを発信していくという意味では、「Tokyo Otaku Mode」もそうですよね。あそこまでのファンを集めるのはすごいことなので、心からリスペクトします。でも「Tokyo Otaku Mode」と「カルチャー・イン・ワンダーランド」とは目的が違うし。全く同じことを目指しているところというのはないと思いますね。
――出版社や作家に対して交渉をしていくとおっしゃっていましたが、その過程で、海外向けのエージェントサービスを行っていくということでしょうか。
横里:そうですね。そういうところでエージェント的な役割ができるのではないかと思っています。いわゆる海外のエージェントと違うのは、日本にいながらにして海外展開をやっていくための仕組みを作るのが仕事であるということ。結果として、作家の日本語で書かれた作品が、海外に広がっていくことをサポートできればいいと思っています。それも広義ではエージェント的なことなのかなと。
――対象はなんですか。小説と漫画ですか?
横里:小説と漫画が中心で、あとはその周辺の表現物ですね。ただ漫画は、基本的にある程度ヒットしたものに関しては、各出版社が既に海外展開しています。各社、現地法人を作ったりしているところもありますし、エージェントも数多くありますから。なので漫画に関しては、我々は情報の発信はしても、そこまで具体的に海外展開のお手伝いをするようなことはないと思います。そうなると活字、つまり小説ですね。漫画の根底には活字があること、魅力的なコンテンツがあるということを積極的に伝えていきたい。まずは、ミステリー、SF、エンタメ小説、ライトノベル、このあたりでしょうか。純文学もノンフィクションももちろん、広がっていく過程の中ではあると思います。でも最初はポップカルチャーに絞ります。ずっとダ・ヴィンチでやってきたことでもありますし、やっぱりそこが好きですから。ジャンルを増やすのは、それが定直した後かな。
でもやっぱり北米とヨーロッパもしっかりやっていきたい
――国としては、ここが狙えるのではないかっていうのは考えられていますか。具体的にこの国を狙っていく、というようなことはあるのでしょうか。
横里:今出版各社がアプローチしているのはどうしてもアジアが中心で、そこが一番将来性もある。北米は、日本のコミックもアニメもそうですが、マーケットは惨憺たる状況になっていて、みんなアジアに目が向いているそうなんです。そういう意味ではもちろんアジアは大事ですけど、でも僕は、やっぱり北米とヨーロッパもしっかりやっていきたいと考えています。
――なるほど。小説そのもののマーケット、という意味ではどうですか。そもそも世界的に、いま小説の読者というのはどうなっているのでしょうか。
横里:やはりアメリカのマーケットはすごく大きいですよね。北米とヨーロッパは電子書籍も浸透していて、マーケット的に確立していますから。そこに向けて活字コンテンツを発信していく可能性は充分ありますよね。海外では、Kindleにしてもkoboにしても活字が中心ですから。日本の電子書籍マーケットはコミックが牽引していますが、海外に向けてアプローチするときには、小説が大きな武器になると思います。ただあまりにも翻訳がされていないという問題が大きい。さっき言った翻訳のコストがネックになっています。日本のコンテンツの場合、たとえばアメリカの出版社が日本の作家の英訳本を出そうとしたとき、翻訳コストは日本の出版社が持ちます。また、アメリカの作品を日本で出版するとき、その日本語訳のコストはやはり日本の出版社が持つんです。英語がグローバルスタンダードなので、英語で書かれていないものは基本的に見向きもされない。そういう意味で、日本語で書かれたコンテンツは生まれながらに弱い立場にあります。漫画が強いのは、やはり絵があることと、アニメとの連動があることです。アニメーションが輸出されて、それが先にブレイクして、その後漫画もヒットする。そういう構造になっているのですが、そこには小説は乗っかることができない。「そんなに面白い小説が日本にたくさんあるなんて知らなかったよ」というのが海外の人の正直な意見。村上春樹、大江健三郎、よしもとばななは知られているけれど、もっともっと面白い作品があるよ、ということをどうやって知らしめていくのか。そこをなんとかしたいと思っているんです。
まずは影響力を持たないと、なんのマネタイズもできない
――まず「上ノ空」でやっていくのは、今おっしゃったサイトを運営することっていうのがメインでしょうか。ちなみにどこで利益をとっていくのでしょうか。
横里:マネタイズはもちろんすごく重要ですが、そこに捉われずにまずは始めるというのがひとつの方法だと思うんです。影響力の高いサイト、Facebookとかもそうですよね。最初は広告を入れずに活用してくれる人の利便性を第一にやっていこうという。さきほどの「Tokyo Otaku Mode」も、影響力が高まったところで、さてこれからどうやってマネタイズしていこうか、というのが今の状況だと思います。
「上ノ空」は、広告モデルなのか、エージェントモデルなのか、出版社に海外ユーザーたちの嗜好や傾向などのマーケティングコンサルタントをパッケージ商品として売っていくのか、いくつかマネタイズのやり方はあると思いますが、そのどれにするかはまだ決めていないです。まずは日本では誰にも知られないままサイトをスタートすると思うので、それを一生懸命広めていって、よし行ける!となったときに初めて、どういう形でマネタイズしていくのかを決めようと思います。影響力を持たないと、なんのマネタイズもできない。じゃ、その間何をして食べていくのかっていう問題はありますけどね(笑)。
――サイトを作るにも、回していくのにも、お金はかかりますよね。
横里:ですので、実はこのプロジェクトを運営するために「上ノ空」とは別で、4人で集まって別の会社を作ったんです。僕が言いだしっぺではありますが、スタート段階で人件費を負担してまでやっていくのは非常に厳しいので、リクルートのOBを中心とした友人たちと、4人が全員代表取締役という形で登記しました。そっちの会社が実際に、このサービスを運営していく形にしています。4人とも、それぞれ別の仕事をしていますから、やっていける。4人集まれば、1人でやるよりはやれることが増えますから。でも「上ノ空」でやっていくことと繋がっていけるように、「上ノ空」で引き受けた仕事がサイト運営にうまく循環するようにしていこうと考えています。
「第6回:横里隆(上ノ空) 3/5」 に続く(2013/07/03公開)
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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 名久井梨香
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