「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第5回は、「cakes」を運営している、株式会社ピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕さんです。
※下記からの続きです。
第5回:加藤貞顕(cakes) 1/5
第5回:加藤貞顕(cakes) 2/5
第5回:加藤貞顕(cakes) 3/5
第5回:加藤貞顕(cakes) 4/5
これからの編集者に必要な能力
――今のお話をお伺いしていると、はっきり言って加藤さんは天才なんじゃないかと思うんです。やはりそれは、普通の人にはできないことなのではないかと。加藤さんは、どんな人が編集者に向いていると思いますか。
加藤:僕はほんとに、普通にやるべきことを積み上げてるだけなんですよね。編集者にもいろんなタイプがあり得ると思うんですよね。僕がいっしょに仕事をしてうれしい人は、企画がいくらでも出てくる人ですかね。なんかない?って聞くと、悩んでしまうような人は、あんまり向いてないかもしれませんね。できる編集者は、大体みんないくらでも企画が出てくるんですよ。柿内さんとかとちょっと話していると、立て続けに5個とか10個とかでてくるんですよ。こんなのやりたいです、あれもやりたいですって。そういう人はすごく向いてますよね。
加藤貞顕さん
――それは、元々どういう人なんですかね。編集者という職業に就いたから、常に本の企画が10個あるわけですよね。その編集者になる前は、どういう人だったんでしょうか。常に世の中をいろいろ見ている人、ということですかね。
加藤:そうですね。好奇心とか疑問をたくさん持ってる人でしょうか。柿内さんは「ツッコミ」って言ってましたけどね。さおだけ屋が自宅の近所に来たときに「なんだあれは。そういえばどうやって稼いでるんだろう」みたいに(編集部注:山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』。星海社・柿内氏が、光文社時代に編集を担当してベストセラーになった一冊)。ぼくが『英語耳』を作ったのは、自分が英語の勉強をしまくってるときに、本当に良いリスニングの本が1冊もなかったんですよ。僕の探した限りでは、「聞いていればそのうち慣れますよ」みたいなのしかない。それって当たり前と言うか、本に書く内容ではないと思うんです。『英語耳』には、ストラテジーがあるわけですよ。発音を40個くらい練習すると聞き取れるようになりますというもので、しかもその期間は1か月くらいでガラッと変わりますというものなんですね。
つまり、今まで言われていたやり方に納得がいかなかった。既存の考え方ややり方に簡単に納得しないで「おかしいな?」と思う人は、編集に向いてるかもしれません。これって、普通にそのへんにいたら、ちょっとめんどうな人ですけど(笑)。
――なるほど。そうした企画力以外には、何かありますか?
加藤:文芸とかマンガの編集だったら、著者に寄り添える人が向いてるんですよね。僕はあんまりそういうタイプじゃないんですけど、佐渡島さんはそういうタイプですね。彼がすごいのは、寄り添うこともできるし、アイデアにもあふれているところです。そこが両方できるひとって、珍しいんじゃないかな。
――佐渡島さんは「他人のためを思って生活する癖があれば、どんな会社にだって入れる」とおっしゃっていました。
加藤:一番大きな話をするとそうですよね。仕事って基本的に、他人のために役立つことじゃないですか。だから、他人のためになにができるかを考えられる人は、編集者に向いていますよ。それは本当にそうだと思います。たとえば表紙のデザインひとつとってみてもそうで、『もしドラ』の表紙を見たらドラッカーが読みたくなるように、って考える。これは他人のためになる方法を考えた結果ですよね。あの本の文字の大きさは確か13.5Qなんですが、これも、想定したユーザー層が一番読みやすい大きさを選んでるんですよ。
――なるほど。想定したユーザー層は20代から30代くらいですか?
加藤:そこから広げていってるんですけど、一番最初のメインのユーザー層はそこですね。ほんとに、いろんな人がいていいんじゃないでしょうか。粘り強く著者さんと一緒に作るっていうのも能力だし、あとは働くのが好きな人なんでしょうね。編集ってはっきり言って、かなり地道で面倒な仕事だと思うんですよ。なので、それを楽しんでできる人が向いていますよね。
他のどんな仕事でも一緒だと思うのですが、素晴らしい成果というのは結局、適性がある人が長時間働いた結果なことが多いですよね。ちょろっとだけ仕事して素晴らしい成果を出している人って、実際はあまり見たことないです。
――たしかに、あんまりいないですね。
加藤:ほんとに身も蓋もない話なんですけどね。紙の本でも、ちょっとデザインがズレたり誤字脱字があったりしたまま平気で売ってる本とかあるじゃないですか。
――ありますね。けれど、それは売り上げに直接は関係しないですよね。
加藤:1個だったらしないんですけど、たいてい1個じゃ済まないんですよ。1個ズレてるのが気付かない人は、他にもいろんなことがおかしくなっていて、そうすると全体のクオリティーが落ちるんですよね。たとえばこのiPhoneというプロダクトは素晴らしいですが、これを見ていると、スティーブ・ジョブズってめちゃくちゃ細かい人だったんだろうなって思うんです。ものづくりにおいて何をするにも大切なのは、少なくとも専門分野においてはめちゃくちゃ細かいことですね。
――その細かさとか、さきほどの企画力とかって、トレーニングによって後天的に伸ばすことができるものなんですかね。
加藤:僕も今、社員を教育する立場になって、そこについては検証中です(笑)。でも考えてみると、僕も新入社員のときは、ゆるいことをたくさんして怒られてましたね。そういえば、その編集長がすごい細かかったんです。
――じゃあ、そこで鍛えられたという側面もあるということですか?
加藤:かなりありますね。僕の作る本ではっきりしているのは、わかりにくいのが本当に嫌だということ。これも読者への思いやりだと思うんです。どんな原稿でも、最初はわかりにくいんですよね。かなりよくできている原稿でも、わかりにくいところは絶対にある。それを全部つぶします。僕が読んでちょっとでも詰まったりしたところは、そのままにしないですね。それは、あのときの経験が大きいかなと思います。
――たしかに、わかりにくいことが良いことであるわけはないですよね。
加藤:アートとかだとあるのかもしれないですけど、基本はほとんどないですよね。あるいはあえて謎を仕掛けて、あとで解決するっていうのがエンターテインメントになることもありますが、例外的ですよね。
そして、わかりやすさの重要性は、デジタルになってなおさら増していると思います。言い換えると、人々のコンテンツに対するわかりにくさの許容度が下がっているんですよ。なぜなら、デジタルは他へのスイッチングが簡単にできるから。ちょっとわかりにくくておもしろくなかったら、すぐFacebookとかに飛んでしまいますからね。すると短さも重要になってきます。デジタルは、短くてわかりやすくておもしろくなければいけないんです。より作り手の力が問われるようになると思います。
何でも自分でできるようになることで可能性が広がる
――なるほど。さきほど加藤さんは、これから編集をやろうという人はHTML5とCSS3はやっておいたほうが良い、というお話をされていましたが、そういう意味でこれからの編集者が、もっとこういうこともできないといけない、というようなことは、他になにかありますか。
加藤:やっぱりソーシャル力は必要ですよね。ソーシャルでちゃんと自分で発信できる力は大事だと思います。
――それって、本人のTwitterのフォロワーが多いみたいなことですか?
加藤:わかりやすく言えば、それもそうです。著者だけでなく、編集者もプレイヤーとして、ソーシャルでマーケティングすることは意識せざる得ません。だから、そこで必要なものは何か、っていうことをわかっている必要はありますね。佐渡島さんはもともと宇宙兄弟のアカウントをやっていて、フォロワーを何万人にも増やしましたよね。だから彼はそういう感覚をよくわかっているわけです。
あとは、そういう新しいことをどんどん試して身につけていくようなフットワークが一番大事だと思うんですよね。HTMLもCSSも書けるほうがいいし、写真も撮れるほうが良い。7年くらい前に僕も一眼レフを買って写真を撮れるように特訓しましたが、特に専業ライターだったら全員一眼レフ買ったほうがいいと思いますけどね。
――それはコストを下げるためですか?
加藤:それもありますよね。誤解を恐れずに言えば、写真なんて自分で撮れば良いじゃないですか。コストもそうですけど、機動性ですよね。目の前にやりたいことがあるのに、まずカメラマンさんを手配してから、とかやっていられないですよね。練習さえすれば、結構ちゃんと撮れますから。少なくともこれからやる若者は、みんな撮れたほうがいいですよ。もちろん、すごくパフォーマンスが発揮できる他のなにかがあるなら、撮らなくてもいいかもしれませんよ。でも、これからやるなら、撮ってもいいじゃないですか。
――HTMLが書けたほうがいい、写真が撮れたほうがいい。他になにかありますか。
加藤:そうなると必然的にPhotoshop、InDesignもできたほうがいいですよね。『もしドラ』はInDesignでDTPをしてるんですが、僕が自分でやっているんですよ。
――えっ、そうなんですか?!
加藤:はい。これ、すごいコスト削減してるんですよ。
――外側にはコストをかけたけど、内側は自分でやったんですね。
加藤:もちろん売れない可能性もあるわけだから、下げられるコストは下げようと思って。赤字を直したりとかも僕が全部やりました。このときちょうど村上春樹さんの『1Q84』が出てたんで、ノンブルの部分は『1Q84』と同じフォントにしたり、なかなか楽しかったですよ。レイアウトが凝ったものは難しいですが、これは小説なので簡単ですから。とりあえず自分でできることは、全部自分でやってみるってことじゃないですかね。
――全部できると、編集者としての可能性が広がるってことですかね?
加藤:そうなんですよ。たとえば「こういう写真が欲しいんだけど、コストがかかってできないな」って思っても、自分でやればいいじゃないですか。ここにこういう説明図が欲しいんだけど、発注する時間がない、お金がない、そこで自分で描ければいいじゃないですか。
――そうですよね。HTMLやCSSが書けたほうがいいのも、そういうことですか。
加藤:むちゃくちゃくわしくてバリバリ書く、みたいなレベルにはならなくてもいいんですけど、「これのおかげでこうなってる」とか、仕組みをわかっている必要がある。テクノロジーの理解と見せ方っていうのは表裏一体なんですよね。HTML5とCSS3についてわかると、ウェブ上でどういうことができるかがわかる。すると、企画が立てられる。できることとできないことを理解するって、表現する一番最初のスタートラインだと思います。
アイデアの重要性
――加藤さんの週刊アスキーPLUSの連載『想いをつなぐ編集力』も、途中からアイデアについての話がメインになるんです。これまでのお話でもそうですが、やはり加藤さんは編集といえば企画力、アイデア力を重視されているのではないかと感じます。
加藤:アイデアって一番コストパフォーマンスがいいんですよ。元手はタダなのに、おもしろければ売れたり、人が集まったりしますよね。おもしろいってことが一番重要なんだろうなって思ってます。たとえば今度、ダイエットの企画をするんですけど、それもすごいおもしろくて。で、おもしろいと「俺もやるよ」って、すごくいいメンバーが集まってきてくれるんです。これはケイクスで連載してあとから本にするっていうものに加えて、ダイエットのウェブサービスをくっつけようと思ってるんです。
――本を出すのに、ウェブサーピスを作るんですか? それは大掛かりですね。
加藤:そう思うでしょ。でも、企画がおもしろければ「じゃあ俺やるよ」って人が、集まってきてくれるんですよ。聞くと驚くくらいのトップクリエイターたちなんですけど。なんでこんなことになるかというと、おもしろいからに尽きるんですよね。そういう人たちって、仕事が選べる立場の人たちだから、おもしろいことしかしないんです。
――なるほど、だから企画が重要なんですね。
サービスをつくる編集者に必要なこと
――「これからの編集者」と言うときに、少し大きくとらえると、加藤さんがcakesを「ないから作ろう」と作ってしまったのも、編集だと思うんですよね。そのときに、さらにもっとできたほうがいいことって、あるんですかね。
加藤:こういうシステムを作ろうとなると、エンジニアリングの知識もいるし、人脈も必要になりますよね。僕は今はプログラムを書いたりしないんですが、昔書いていたことがあるので、ある程度の仕組みはわかるわけです。そうするとこれはこれくらい大変そうだ、これはそんなに大変じゃないとかわかります。どういうデータ構造でデータが格納されているのか、サーバーサイドの知識とかウェブというシステムで何ができるかっていう全体図がわかること、これは必要ですね。よく、大きな会社の人が技術会社にでかいシステムをよくわかんないからと丸投げで発注して、悲惨なものができ上がるっていう事例が山ほどありますよね。あれは、よくわからないからそうなっちゃうんですよね。
――発注者に知識がないからそうなる、と。
加藤:そうです。やっぱり、技術の理解が大事ですよね。知らないと、ぼったくられたりもするし、いいものもできないということになる。ちゃんとわかってやりとりすれば、費用も押さえられるし、いいものができるわけです。
――つまりいいパートナーを見つけたらいいっていうのだけじゃダメで、自分もわからないといけないってことですね。
加藤:作るならね。作らないなら関係ないけど、作ろうと思うなら大切ですよね。だからみんなが作る必要もないと思いますよ。そのためにぼくらみたいな会社があって、サービスを使ってもらおうとしているわけですから。
――加藤さんのような技術とコンテンツの両方がわかっている人って、増えてるなって思いますか? それともあんまりいないなって思いますか?
加藤:それはよくわからないですね。若い人にはいるのかな? 出版社にはそんなにいないのかもしれないですね。僕はもともとコンピューターオタクで、アスキーに入って、それからビジネス書を作ってっていう変わった経歴なので。
――しかも最初、研究者になろうとしてたんですよね。細かさみたいなのも、そういうところがあるかもしれないですね。
加藤:それはどうでしょうかね。もともと細かい人ではあるんですけどね。大学院時代は全然ダメな大学院生だったんですけど、メカニズムデザインという分野をやってたんです。メカニズムデザインというのは、きれいな制度を作るための学問なんですよね。そこで鍵を握るのはインセンティブ(動機付け)で、個人のプレーヤーにインセンティブがどう作用するのかということなんですよ。たとえば、共有地の悲劇っていう例があるんですけども、村の外れに共有地を作って牧草を取って良いよってすると、結果的にだいたいそこは荒れ地になるんですよね。これは世界中で見られている現象で、みんながちょっとずつ余分に取るからなんです。だから制御する仕組みが必要で、何月だけ取るとか、1人これだけ、とかってルール化が必要なんですね。だから、制度とインセンティブ設計って重要なんですよ。cakesでクリエイターがつぶやいたらお金がもうかるって仕組みは、結構メカニズムデザイン的な発想なんです。個々のプレーヤーのインセンティブと組織全体のゴールが同じ方向を向いているかが極めて重要で、そういう意識とかっていうのは、勉強してきたことと関係してるのかなとは思いますね。
cakesをめぐる市場とこれから
――ほんとうにそうですね。競合サービスみたいなのは出てきているんですか?
加藤:新しいコンテンツの市場を作っているので、どことも競合はしてないと思いますよ。もっと言えば、本とも競合してないですし。
――そうですよね。佐渡島さんも「ぼくら一社だけではエージェント業界全体は盛り上がっていかないので、そういう方が相談にいらっしゃったときには、僕の知識をすべてお教えするようにしています」とお話されていましたが、たとえば有料課金モデルでプラットフォームみたいな場所を作ろうとする、cakesみたいな事業者がたくさん出て来たらいいな、という思いはありますか?
加藤:ありますね。みんなやったらいいと思いますよ。
――一瞬パッと見た目は、割と誰でも真似できそうじゃないですか。なのに誰も真似しないのはなんでなんですかね。これから出てくるんですかね。
加藤:最大の理由は、今は紙のほうがもうかるからなんですよ。ウェブにいく必要がないからです。だから、これから出てくると思いますよ。だって、アダルトコンテンツはほぼ完全にネットに移行したでしょ。なんでそうなったかというと、一瞬にしてHな本がインターネットに負けたからなんですよ。まだ紙で食えているから今までなかったですけど、いずれ絶対ネットもやるしかなくなるんで、これからじゃないですかね。
――それはやっぱり出版社から出てくるんですかね。それともネットの会社とか若い人とかでしょうか。
加藤:わからないです。僕らは出版社が個別にやるのはすごい大変だろうと思っていて、だから「一緒にやりませんか」って話をしていているんですよ。出版社から出ることもあるかもしれないですけど、他がやったほうがうまくいくのかなって気もします。出版社はそれを使えばいい。
――そういえば、2ちゃんまとめが強力なライバルだっておっしゃってましたね。
加藤:そうですね、2ちゃんまとめは本当に強力なライバルだと思います。めちゃくちゃおもしろいじゃないですか。
――おもしろいですね。しかも普通の子が見てますもんね。
加藤:そうなんですよ。なんであれだけがネットの有力なコンテンツになっちゃってるのかっていうと、ネットにプロが作ったコンテンツがまだないからというのもあるんですよ。だからcakesはそこをやろうと思っている。出版社には、そこを一緒にやりましょうというのが、いまの我々のスタンスですね。
――最後に、cakesにこれから必要なのはどんな人材ですか? こんな人がいたら欲しいとか、ぜひ来てくれっていうような。
加藤:いまはjavascriptがめちゃくちゃ得意なフロントエンドエンジニアが欲しいですね。
――やっぱり、そういう話になりますね。編集者ではないんですね。
加藤:編集者は6月1日に文芸系に強い人を1人採用したので、増えたんですよ。なので、今はやっぱりエンジニアとデザイナーがもうちょっと欲しいですね。結局、我々が作るコンテンツの比率っていうのは下がるほうがいいと思うので。みんながコンテンツをもっと簡単に出したりとか、簡単に売ったりできる仕組みを作ることのほうが、今は重要かなって思っていますね。
――ありがとうございました。
加藤:ありがとうございました。
(了)
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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 橋本亜弓
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