INTERVIEW

これからの編集者

これからの編集者
第5回:加藤貞顕(cakes)4/5|インタビュー連載「これからの編集者」(cakes)

「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第5回は、「cakes」を運営している、株式会社ピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕さんです。

※下記からの続きです。
第5回:加藤貞顕(cakes) 1/5
第5回:加藤貞顕(cakes) 2/5
第5回:加藤貞顕(cakes) 3/5

使っていることに気がつかないくらいがベスト

――まず使いやすいインターフェース、効果的なデザインとエンジニアリング、そして統計学的な裏付けなど、ベースが整っていないと、いくら良いコンテンツを載せてもダメ、という思いがあるということでしょうか。

加藤:そうですね。あと、そもそもウェブ上に「いいコンテンツを載せる場所がない」という問題意識からスタートしているというのもあります。たとえば今、cakesで平野啓一郎さんの記事を載せさせていただいていますが、この小説が載っているページの横にランキングがあったりとか、アフィリエイトリンクの広告があったりっていうのは、考えにくいじゃないですか。そういう、質の高いコンテンツが載せられる場所をつくりたかったのです。

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加藤貞顕さん

――今、cakesは黄色を基調としたデザインになっていて、たとえばケーキの形のロゴマークが入っていたりするじゃないですか。これは僕の勝手な想像なんですが、そうした色合いも、いずれどんどん消していこうと考えられているのではないですか。

加藤:cakesって名前自体を透明にするかはわからないんですが、コンテンツの邪魔になりたくないという思いはありますね。cakesという名前を考えたときから、個性はあるんだけど無個性のような名前を考えて付けてあるんですよ。デジタルの時代になって、ひとつひとつのコンテンツは短くならざるを得ないので、それらがたくさん集まって全部で上手いことソーティングしたりとか、いろんなマッチングを駆使してみたりとかするだろう、という意味合いでcakesにしました。あえて、ゴツい印象の名前を避けているんです。

――たしかに、そうですね。

加藤:電子書籍リーダーを作ってるときも、電子書籍リーダーは使っていることに気がつかないくらいがベストっていうのが考え方としてありました。それまでのものは、どこかしら使いにくい箇所があるから、意識せざるを得なかったんですよね。そこはデザインを見るときにも気をつけているところです。たとえば、ぼくは文中で倍角ダッシュが離れてるのがすごく嫌で、くっつけてあるんです。

――本当ですね。

加藤:墨付き括弧【】も、前後に変に空白が空いてしまうのが気持ち悪くて、そこだけ字詰めしたり。いくつかの「これはちゃんとしないとダメでしょ」ってものに関しては、結構いろんなことを考えてあるんですよ。

――本当だ! 墨付き括弧が頭に来るときは字詰めされるってことになってるんですか。

加藤:そうです。条件分岐して、そういうときはずらしているんです。こういう、微妙にかっこ悪いものがあると、耐えられないんです。技術的にできるのに、誰もやっていない。そういうの、イヤなんですよ。

――そうですよね。やればそんなに難しいことじゃないですもんね。

加藤:そうなんですよ。

エージェント的な役割を果たすための仕組みづくり

――津田大介さんと速水健郎さんとの3人対談の中で、速水さんが「僕が期待しているのはケイクスのエージェント機能。先ほど、ケイクスからヒットが出ることが著者のインセンティブになると言いましたが、加藤さんといっしょに売れる本をつくりたいというのが、僕のモチベーションなんです」とおっしゃってました。そのとき丁度、コルクが立ち上がったタイミングもあったかもしれませんが、いわゆるエージェント的に著者の人を支援していくようなことは、今の構想の中にありますか。

加藤:『統計学が最強の学問である』は完全にダイヤモンド社の企画なんですけど、ほかにもcakesに連載してるものを本にしようって話も結構あります。現状として今、一番もうかる場所が紙の本であるということを無視してしまうと、著者さんにとってはうれしくない。そこを解決できないかなっていう意味で、今回の「堀江貴文ミリオンセラープロジェクト」をきっかけに、ダイヤモンド社と話をして枠組みを作ったんです。

企画があって、著者がいて、編集者がいて、その企画をcakesで連載してマーケティングしながらものづくりをして、マネタイズもして、さらにダイヤモンド社で本にして。という流れですね。ダイヤモンドってすごく営業力が強いので、あの営業のパワーと、柿内さんとか佐渡島さんのような強力な編集者のパワーをうまく結びつけられたら、という話を普段からしていて。「その企画、やれるんじゃないの?」みたいなのが、いっぱい出てくるんですよ。ただ、cakesもコルクも出版社ではないですから、そういう枠組みとして作って、みんなが利益を享受できる仕組みにしたんです。堀江さんの本だけじゃなく、もう1冊別の本と一緒にまずは2冊で始めるんですよ。

――それはダイヤモンド社とcakesで作った仕組みということですか?

加藤:はい、そうです。くわしくはまだ言えないのですが、本が売れた際の収益もかなり大胆に配分する仕組みになります。

――なるほど。おもしろいですね。

加藤:出版社の編集をやってると、選択肢が「フルタイムで死ぬほど働く」一択しかないじゃないですか。それで辞めると、かなり下請け的な仕事ばかりになる。たとえば女の人で、すごく編集できる人でも、子どもができたりしたら、現状、その人の能力を生かす選択肢がないんです。でも、この仕組みなら死ぬほど働かなくても、すごく売れる本を年に2、3冊作るだけでいい。そういう枠組みがなかったので、ダイヤモンド社といっしょに作ったんですね。基本的に、10万部以上を目指す本でしかできないですけどね。

10万部という数字

――なるほど。加藤さんがよく語られるキーワードのひとつに「10万部」があります。「10冊の本をつくるとしたら、そのうち7冊は10万部を超えるものにしたい」とよくおっしゃってますよね。それから「1%の法則」も。それで10万部いくには家族、青春、恋愛、健康、お金の5つのテーマしかないと。

加藤:その5つのテーマは、100万部をねらうためのテーマですね。10万部だともっと小さくても大丈夫です。10万部いくには、1千万人が興味あることであればいいというのが「1%の法則」です。ターゲットが1000万人いるテーマなら、うまくやれば1%の10万部売れるという話です。家族、青春、恋愛、健康、お金の5つのテーマだと、1億人ターゲットがいるので、100万部がねらえるという理論ですね。

――あ、そうでしたね。

加藤:1千万人でよければ、テーマは結構なんでもいけるんです。たとえばそうですね、椅子についての本だと……、これは1千万人いかないかな。おしゃれな椅子について興味がある人って、感覚でいいますけど、100万から200万人くらいじゃないでしょうか。

一方、なんでみんな作らないんだろうと僕が今思ってるものを挙げると、デジタル一眼レフやミラーレス一眼で、すごく簡単にきれいな写真が撮れるというような本ですね。

すごく乱暴なことを言うと、一眼レフカメラって基本的に「絞り優先モード」で写真を撮るものですよね。まず、そこから知られてない。そういうことをすごくやさしく解説して、誰でもきれいな写真が撮れるっていう本だったら、1千万人くらいは需要があると思うんです。どういう著者や作り方にするかにもよりますけど、これくらいの企画だったら全然、10万いく可能性はありますね。

――テーマとしてはすでにそういう本を出している出版社もあると思うのですが、それは狙えていないということでしょうか。

加藤:なんかとりあえずミラーレス一眼の本作ろうか、みたいな感じで作った本はもちろん10万部なんていかないですね。1千万人を意識して作らないとダメです。
たとえばその本だと、1千万人の全体を意識したときに、コアなユーザーは若い女性にするのがよさそうです。僕らみたいな層だと、おそらく10万人いかないんですよ (笑)。

――そうですね。いかないですね(笑)。

加藤:でも、彼女たちにしたら10万部いくかもしれないですよね。……持ってるよね? ミラーレスのpen。

cakes女性スタッフ:はい。

加藤:今、こういう子がpenを持っているんですよ。で、多分オートモードのままで写真を撮ってる。絞り優先モードで写真を撮ったことはおそらくないんですよ。どこが絞り固定モードか覚えてないでしょ? AなのかSなのか。

cakes女性スタッフ:一応、教えてもらったんですけど、覚えてないです。

加藤:正解はAなんですけど、たとえばこういう会話からタイトルやターゲットを決めて作ると、10万部が狙えるはずです。

――なるほど。しかしそうは言っても、今このインタビューを読んでいる、これから編集をはじめようという人からすると、10万部とか100万部とかって狙えるものなのだろうか、というのは疑問だと思うんです。たとえば今回の堀江さんのプロジェクトは名前が「ミリオンセラープロジェクト」じゃないですか。これだけの豪華チームで、コケたら結構恥ずかしいですよね。

加藤:それは恥ずかしいですよ(笑)。

――それってかなりの覚悟がいると思うのですが、それもミリオンを狙えるという自信を持ってやられているということですか。

加藤:100万部を狙うのは、けっこう大変ですけど、狙わないと絶対にいかないですからね。あと、この企画にかぎらず、10万部は普通に狙える部数だと思いますよ。10万部に絶対いかない企画というのはわかるので、そうしないようにするだけでも十分に可能性はありますよね。

――「これは10万部いかない」っていうのがわかる。

加藤:それはわかりますね。あと、僕は目標設定するときには、最低ラインを見てるんですよ。ミニマムでも5万部、うまくいけば10万部、すごくうまくいけば20万部、という三段階くらいは必ず設定しています。そうするとミニマムの5万部に合わせて、コスト計算できるじゃないですか。

――なるほど。そうすると赤字にはならないということですか。

加藤:ごくたまにはありますけど、赤字を出したことはほとんどないですね。『もしドラ』は、本当に超最低のときでも5万部は売るぞって思ってたんです。10万部くらいはいけるだろう20万部はいけるだろう、5%くらいの確率で100万部もあり得るだろう、というくらいで考えていました。だからあの本は最初から、普通よりかなりお金かけてますしね。

――そうなんですか。

加藤:表紙に一番コストがかかってますからね。

――ゆきうさぎさんのイラストですか?

加藤:ゆきうさぎさんと、背景は違う人が描いてるんですよ。「攻殻機動隊」の背景を描いた人に描いてもらっているんです。パクリ本がいっぱい出たけど、こんなきれいな背景のパクリ本はないですよ。普通の本の予算では、絶対真似できないと思います。

――確かに、よく見ると異常にハイクオリティですね。もうこの時点である程度部数が行くという確信があって、お金をかけているんですね。

加藤:そうですね。狙える形を作るっていうのはすごく重要で、そこは意識していかないといけないですね。

――加藤さんも、いきなり狙えたわけではないと思うんです。それは編集者としての長年の経験としか言いようがないのでしょうか。

加藤:でもこれ、わりとロジックの積み重ねですよ。まず単純に、母数を意識することは重要ですよね。さっきの話だと、椅子の本は僕は作らないわけです。ぼくは年に本を10冊つくるとすると、7冊は10万を狙う、2冊くらいは2〜5万部くらいを狙う、これはちょっと知的な人たちが読むための本ですね。あと1冊は実験する、というふうに決めてました。だから、椅子の企画だったら、うまく1千万人に達する方法を思いつくまで、やらないですね。そういうふうにやっていると、増刷しないで終わる本とかは、あんまり出ないと思いますよ。

――でも、今世にいる編集者すべてが、それをできているわけではないですよね。

加藤:それはまず、刊行点数のノルマがあるケースが多いからだと思います。ダイヤモンド社は幸いなことに売上でのノルマだったんで、僕は手がけた点数がけっこう少ないんですよ。『もしドラ』の時は1年くらい他の本を出していないですし。出版社は、編集者のノルマは売り上げにしたほうがいいと思いますね。

あと僕、将棋がとても好きなんですけど、いまだに将棋の本を作っていないんですね。立場上、だいたいなんでも作れたんですけど、でも10万部売る企画を思いつかなかったからやらないんです。

――趣味ではやらないということですね。

加藤:趣味でもいいんですけど、売れる企画である必要はありますよね。ただ、cakesで今度やろうと思ってるんです。なぜかと言うと、今なら10万いける将棋の企画ができると思っているんです。ニコ生でも電王戦とか盛り上がってるでしょ。「見る将棋ファン」が、最近少しずつ増えてきているんですよね。将棋って、やりますか?

――いや、僕は基本的なルールを知っているくらいで、そんなにはやらないです。

加藤:将棋ってちょっとわかると、ものすごくおもしろいんですよ。こういう手が良い、こういう手が悪い、という一般的なことがわかると「こういう作戦だな」とか「なんかすごい無理してるな」とか、その無理してかなり辛くなってるところに「こうゆう切り返しができたのか、すごいな」って流れがわかってくるんです。たとえば羽生さんっていますよね。彼は、ものすごい天才なんですよ。江戸時代の天才が指した将棋って今でも残っていて、200年たっても観られているんです。羽生さんの指した将棋もそうなると思います。200年後に自分の仕事が残っている人はなかなかいないですよね。

――そうですね。

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加藤:そのくらい彼は天才で、それを自分が同時代に生きて、ある程度わかって見れるっていうのはものすごく幸せなことだなあ、と僕は思っていて。本当に感動する手を指すんですよ。天才が死にものぐるいで考えた手ですよね。だから、それをみんなが自分でわかるようになったら、すごく楽しいと思うんですよね。

――そう聞くと、その本はとても読みたいですね。

加藤:でしょう。だから、今なら将棋の本で、10万部が狙えると思います。そういうふうに数を多くしようと考えると、必然的にデザインとか使うべきタイトルとかが全部変わるんです。これはドラッカーの言葉ですが、まず顧客を定義するといいんだというんですよ。そうすると製品が勝手に決まってくる。そこに尽きると思いますね。で、その中でできることはすべてやる。僕は細かいので、読んでわかりにくいところは、全てつぶしてなくしていくんですよ。柿内さんとか佐渡島さんもたぶんいっしょです。顧客のことを死に物狂いで考えて、やるべきことを全部やれば、それは大体売れますよ。

「第5回:加藤貞顕(cakes) 5/5」 に続く(2013/06/28更新)

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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。

編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 橋本亜弓


PROFILEプロフィール (50音順)

加藤貞顕

編集者/株式会社ピースオブケイク代表取締役 1973年新潟県新潟市生まれ。1997年横浜市立大学商学部経済学科卒業。2000年大阪大学大学院経済学研究科修了。同年アスキー(現:アスキー・メディアワークス)に入社し、雑誌や単行本の編集に携わる。2005年ダイヤモンド社に入社。単行本の編集や電子書籍の開発などに携わる。2011年株式会社ピースオブケイクを設立。おもな担当書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『われ日本海の橋とならん』『評価経済社会』『スタバではグランデを買え!』『投資信託にだまされるな!』『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』『マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝』『英語耳』『コンピュータのきもち』など。