INTERVIEW

これからの編集者

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第5回:加藤貞顕(cakes)3/5|インタビュー連載「これからの編集者」(cakes)

「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第5回は、「cakes」を運営している、株式会社ピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕さんです。

※下記からの続きです。
第5回:加藤貞顕(cakes) 1/5
第5回:加藤貞顕(cakes) 2/5

「パーソナルソーティング」がキーテクノロジー

――さっきの「雑誌なのか書店なのか」という話と少し関連してくるかとは思うんですけれども、cakesが実装している「パーソナルソーティング」の仕組みについて、あらためて説明していただいてもよろしいですか。要は、使っているうちに個人向けにおすすめされるようになってくる、ということですよね?

加藤:そうですね。ネットでコンテンツを売るときの大きな問題のひとつとしてあるのは画面が狭いことによる制約なんですよね。

――それはよく仰っている「売り場が狭い」ということですか?

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加藤貞顕さん

加藤:そうです。ネットの売り場って、本来、リアルより広いはずなんですけど、結局はみんな画面から買うし画面から読むので、画面の広さが売り場の広さなんです。なので、iPhoneアプリなんかはランキングに入らないと話にならないわけですよ。しかもランキングを見ればわかりますが、5個しか表示されないんですよね。ここのランキングに入ってるか入ってないかでは売り上げが全く違ってくる。

これだと、構造的に安売り競争するしかなくなってくるんですよね。いまの電子書籍がまずいなって思った大きな理由のひとつはそこなんです。

――安売り競争に入ってしまうからですか?

加藤:AppStoreもそうだったし、Kindleもなんですけど、システムとしては、ランキングしかマーケティングの手段がないんですよ。今後、なにか他に出てくるかもしれないんですけど、今のままだと、ランキングの中で安売り競争になることと、先ほども言ったように、パッケージ化されちゃうからマーケティングしにくいということと、この2つがはっきりとわかったので、版元による電子書籍にはそんなに明るい未来が描けないなと思ったんです。実際に今、これはiPhoneアプリの話ですけど、僕がやっていたころはたとえば『もしドラ』を800円で売ってたんですけど、今見るとブックカテゴリの有料ランキングの上位はほとんど全部85円ですからね。

――本当ですね……。

加藤:例外的に『女医が教える最高のセックス』が350円ですけど。

――これ、まだ売れてるんですね。すごいな(笑)。

加藤:こういうネタは強いんですよね(笑)。そしてKindleでも、これに近いことがすでに起こっています。

――そうですね。

加藤:こういう85円の電子書籍を作っているのは、ほとんどが個人とかウェブ制作会社とかで、要するに、これまでの出版社ではないんです。この金額で売ってもうかる規模感って、出版社がやるようなビジネスではないんですよ。たとえばこれで1位になると何百万かはもうかるんですけど、1位になって何百万円じゃ出版社としては辛い。でもいま1位になっているこのアプリはたぶん2人くらいで作っているはずで、であればこの人たちにとっては大丈夫なんですよ。電子書籍の未来はこうなっていくのかなというのが危機感としてあったんです。結局これもiPhoneアプリの世界でしかないから、世界としては狭いじゃないですか。究極のことを言えばKindleもそうで、KindleではAmazonのユーザーしか使えないですよね。本当の売り場はもっと広いはずで、このウェブすべてのユーザーを対象にした場所が必要じゃないかと。

それが発端で、マーケティングが難しいならどうすればいいのか、ってことを考えたんです。あともうひとつ、コンテンツをマッチングする仕組みとしては検索っていうのもあります。検索というものは能動的に探したものしか見つからないですよね。今までの本の買い方っていうのは、書店をぶらぶらして「あ、これおもしろそう」という形なわけですよ。検索エンジンではそれができない。でも、それをしないと話にならないだろう、それをデジタルでやるには、と考えるとパーソナルソーティングに行きつくんです。

個人向けに好きなものを学習して、好きそうなものを上にあげるという仕組みなんですけど、利用者からみると利便性になる。一方、コンテンツホルダーとかをクリエイターから見ると、マーケティングになるんですよね。正直なところを言うと、まだ記事が2千件くらいしかないので、まあまあ有効に機能してるかな、くらいのレベルではあります。でも日々データを取って改善もしているので、ノウハウの蓄積は進んでいます。これは今後のキーテクノロジーだと思っているので、かなり力を入れてる部分です。リコメンドは記事内の下のほうでもやってますが、ここも相当重視していて、置き方なんかもかなりいろいろテストしてます。

――なるほど、そうなんですね。

加藤:どのデザインが一番効果的であるかとか、実はこの9ヶ月は、そのあたりの蓄積が一番大きいですね。インターフェースにおけるデータの分析・蓄積ですね。それに合わせてデザインも変えたりとか、いろいろ試しています。

もうひとつさっきのパーソナルソーティング以外で言うと、その人が知らないおもしろいコンテンツに勧誘するのも大事じゃないですか。そのためにいろんな仕組みをいっぱい増やしていくつもりです。いかにまだ見ぬ自分好みの記事にたどり着いてもらうか、この9ヶ月データを大量に取りながら試行錯誤してきてるところなんです。

これまでコンテンツは勘でつくられていた

――ひとつ、パーソナルソーティングの弊害として想像できるのは、自分の好みが把握されるということは逆に、自分の好みのものしか届かなくなる、幅が狭くなるっていう問題がありますよね。本屋さんに行って回遊することのよさというのは、全然自分が好きでもなかったもの、無意識の中で興味を持っていたものに対して「これは何だろう? おもしろそう」というような、偶然の出会いを生み出すことにあるのではないかと思うのですが。

加藤:そうですね。確かに行き過ぎると問題なんですよ。まずひとつとしては回遊です。それから、今はまだ検証を始めたばかりなので確定したデータにはなっていないんですが、リコメンドの中にランダム性を出すのはありだろうなと考えています。

――やはりランダム性ですか。

加藤:どうやってやると一番いいか、あるいはうまくいったときの検証をどうしたらいいかというのを試している段階ですね。とはいえランダムのほうがいいのか、別の工夫をしたほうがいいのか、その辺りも統計学者の西内さんと一緒にやり方を詰めているところですね。

――単なるランダム以外で「別の工夫」というのは、具体的にはたとえばどんなことですか。

加藤:コンテンツの読まれ方についてのデータを結構取っています。そもそも、意識してかなり幅広いコンテンツを置いてみているんですよ。そうすると、コンテンツの消費の仕方はかなりセグメント分けされてきていて、ある一つを見ている人はもう一方を見てないし、みんな違うところを見ている。同じアニメ好き同士でも見てるところは全然違うってことですよね。それくらい、セグメント化されてきている。セグメント分析でだいたい20個くらいセグメントが分けられて、ひとりの人が2つか3つくらいのセグメントを見ているという結果になるんです。まずはそのセグメントに近い、隣り合わせまで推薦するということが可能になるんですよね。

――なるほど。たとえば、AセグメントとBセグメントとCセグメントを一緒に見ている人が多かったら、AとDとEを見ている人に、BとCも勧めるみたいな。

加藤:そういうことが可能ということです。そのランダム性の入れ方って、いろいろあり得るんですよ。「これからの編集」ということでいうと、一番今までと違うのは、リコメンドだけじゃなく、すべてにおいてデータが取れるということですね。

コンテンツって究極的には、今までは勘で作ってたんですよ。

――勘ですか!

加藤:テレビも本も全部、勘ですよね。もちろん後からハガキが返ってきたりとか、視聴率が出たりとかっていうのはありますが、それは結果的にわかる数値であって、中身を変えたら数値が変わることもあるんだけども、本当にそれが理由で変わったのかどうかは、検証がしきれないわけですよ。ところがデジタルだと、かなり細かいところまでデータが取れるので格段に推測しやすくなるんです。読んで1秒で閉じたのか、3秒は読んだのか、10秒読んだのかも全部わかるし、どういう導線でこのコンテンツに来たのか、これが好きな人はこれも読んでいるとか、あらゆるデータが取れます。もちろんそれをうまく使わないと話にならないですけど、それに関しては西内さんというかなり強力なパートナーがいるので、一緒にデータを見ながら作っていってます。それによってサイトのユーザーインターフェースの作り方も変わるし、コンテンツの作り方も変わりますよね。エンジニアリングとコンテンツとデザインと統計的なことが、全部が絡み合ってる。作り方が変わってくるなって思いますね。

最近、「編集・ライター養成講座」で教える機会があったときに、「なにか覚えたほうがいいことありますか」と聞かれたので、「とりあえずHTML5とCSS3を覚えましょう」と話しました。

――それはすごいアドバイスですね。

加藤:昔はQ数や歯送りを覚えたように、こっち側でなにができるかを全部知っておくことが、コンテンツの中身にも関係してくるので。余裕があったらJavaScriptも覚えたほうがいいですね。

コンテンツではなく技術の会社

――ちなみにcakesの社員は編集の方も、そのあたりは詳しいのでしょうか。JavaScriptが書けたりするのですか?

加藤:全員が書いたりはしないですが、こんな本を読みなよってことは言ったりしてます。もちろんHTMLのことは、だいたい理解していると思いますよ。

――そうなっていって欲しい気持ちはあるんですね。

加藤:そうですね。あと、そもそもcakesは今、エンジニアの方が多いんですよ。

――社員が、ですか?

加藤:はい。エンジニアとデザイナー、ウェブディレクター部門の人が社員の半数以上を占めています。

――ちなみに社員は9人とおっしゃっていましたけど、どういう割合なんですか?

加藤:デザイナー含むエンジニアが4人。それから非常勤のエンジニアが3人関わってますね。7人くらいがエンジニア周りでいて、僕を編集に入れるとすると、編集は4人ですね。最近、版元から転職してきた編集担当が1人増えましたが、ついこのあいだまで編集は2人だったんですよ。あとは経営企画が1人で、シンガポールとベトナムにも開発チームがいます。だから我々ピースオブケイクは、コンテンツというより技術の会社なんですよ。ソフトウェアの技術で課題を解決する会社、という側面が非常に大きいです。

「第5回:加藤貞顕(cakes) 4/5」 に続く(2013/06/27公開)

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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。

編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 橋本亜弓


PROFILEプロフィール (50音順)

加藤貞顕

編集者/株式会社ピースオブケイク代表取締役 1973年新潟県新潟市生まれ。1997年横浜市立大学商学部経済学科卒業。2000年大阪大学大学院経済学研究科修了。同年アスキー(現:アスキー・メディアワークス)に入社し、雑誌や単行本の編集に携わる。2005年ダイヤモンド社に入社。単行本の編集や電子書籍の開発などに携わる。2011年株式会社ピースオブケイクを設立。おもな担当書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『われ日本海の橋とならん』『評価経済社会』『スタバではグランデを買え!』『投資信託にだまされるな!』『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』『マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝』『英語耳』『コンピュータのきもち』など。