「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第5回は、「cakes」を運営している、株式会社ピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕さんです。
本作りだけが編集者の仕事だとは思わない
――いまcakesに在籍されてるのは何人でしょうか?
加藤:6月1日時点で社員が9人ですね。パートナーのような形で出入りしている人も入れれば10人以上が常に事務所へ出入りしています。ライターさんとかの外部の編集関係者を加えるとさらに人は増えますね。
――cakesを立ち上げてからはどれくらい経ったのでしょうか。
加藤:2012年の9月11日にオープンしたんですよ。なので、ちょうど9ヶ月ですね。
――cakesを立ち上げた当初のインタビューでは、「出版社を敵にまわすビジネスをはじめると思われている」とお答えになられていたのですが、その後、まわりの認識はだいぶ変化したのではないでしょうか? おそらく、さすがにもう誰もcakesが「出版社を敵にまわすビジネス」だとは思っていないと思うのですが。
加藤:そうですね。最初からいろんな出版社の方に協力していただいていて、それが広がってるのが現状ですね。そもそも、僕は本を作ることだけが編集者の仕事だとは思っていないんです。消費者へのメッセージをより広く伝えることが編集者の仕事だと思っているんですよ。紙の売上が落ちている中で、cakesが伸びている場所はやはりネットやスマートフォンですので、その部分で読まれる仕組みを作ることが、僕がいま編集者として手がけていることなんです。それを説明していくと、まわりのみなさんが理解してくださる感じがします。
加藤貞顕さん
具体的にcakesから本が作られて売れる事例も出ていて、一番わかりやすい事例が『統計学が最強の学問である』です。あの本自体はダイヤモンド社の横田さんが編集したものですが、著者の西内啓さんは統計学者としてcakesのコンサルティングをしてくださっていて、リコメンデーション・エンジンやアルゴリズムの監修をしてくださっているんですよ。
――なるほど、そうだったんですね。
加藤:以前から西内さんのことをネットで拝見していて、「あの人おもしろいですよね」って話をたまたま横田さんにしたら、「ちょうどこれから本を作るんですよ」ということだったので紹介してもらいました。その原稿をcakesで連載してみませんか、と提案をしたら快諾していただいたんです。本の原稿を作る過程をcakesに載せて、それが本になってベストセラーになっている。これは前倒しして、クリエイティブとマーケティングを同時にやっているのと一緒ですよね。もちろん著者の西内さんと編集の横田さんの力が大きいのですが、ひとつの成功事例にできたので、「cakesでやると本が売れる」という認識を少しは持ってもらえているのかなと感じています。
他にも『ケトル』のような雑誌の原稿も連載してもらっていますし、「星海社新書」は逆のパターンで、既に出てる本の内容を細切れにして、連載にしているんです。それによって火がついて発売後から売れるという事例も出てきています。そうしたこともあってか、結構いろんな出版社の方から「うちもこういうことがやりたい」というお声がけをいただきつつありますね。
作家さんからお話をいただくこともあります。平野啓一郎さんの小説『空白を満たしなさい』の場合であれば、冒頭部分の試し読みと、平野さんのインタビューとを、cakesに掲載しました。つまり、どうやって本を売り伸ばすかというツールとして使っていただける。最近では阿部和重さんの本もやらせていただいていますが、これはコルクと協力してやっています。cakesが、本を作ったり、売ったりするのにいい場所だという認識は、おかげさまで広がっているようには思います。
プラットフォームとしてのcakes
――本当にそうだと思います。出版社や業界の人たちにはそのことがだいぶ伝わってるようには思うのですが、しかし一方で一般読者の方には、cakesがそうしたプラットフォームであるということは、まだあまり理解されていないような気がしているんです。cakesって雑誌のようでもあるし、書店のようでもあると思うんですよ。
加藤:そうですね。まさしくその通りだと思います。
――どちらでもあり、どちらでもないと言えると思いますが、雑誌も書店も、メディアであると同時にプラットフォームであると言えるものじゃないですか。そういう第3のものが立ち上がっているということは、もしかしたらユーザーや出版社にもまだまだ理解されてないのではないかと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか?
加藤:難しいところなんですが、現状でもcakesにあるコンテンツの7割は、ぼくらが自分で作っています。最初はもっと比率が高かったです。そうすると、単なる「有料ウェブマガジン」に見えるんですよね。
――見えますよね。たぶん実際の購読者の中にも、そう思っている人がたくさんいる。
加藤:そう思われてしまうのはある意味仕方がないと思っていて、僕自身も難しいことが通じにくそうな場所では「有料のウェブサイトみたいなものです」と説明することもありします。内沼さんのおっしゃるようにcakesは、雑誌でありながら書店でもあるというコンテンツの新しいディストリビューションとマーケティングの仕組みなんですよ。その点は、段々と理解が定着していけばいいのかなと思っています。
人って、物理的に存在する物に関しては実感があってわかりやすいんですよ。本とか、書店のように。いろんなメディアやクリエイターのコンテンツが増えてくれば、また印象は変わってくると思っています。
――あとどのくらいで、そうなりそうというようなビジョンはありますか? 以前「Business Media 誠」のインタビューで、「まずは1万人。その次に10万人」とおっしゃっていますよね。10万人にいけば、「上位の書き手はcakesへの執筆だけで、かなりお金をもうけることができるように」なるともおっしゃっています。現状、実際のところ週150円払っているユーザー数は何人くらいなんでしょうか。
加藤:「一度は購読したことがある」という人数であれば、1万人にけっこう近づいているのですが、現在、購読中ということになるとそこまでまだいってませんね。
――なるほど。
加藤:そういうことがやりやすく作っているのですが、一時期読んで止める、という人もけっこういます。柔軟にコンテンツを楽しんでもらうための場所ですから。ただ、あとで説明しますが、無料で見せるための仕組みも充実しているので、会員以外のかなり多くの人に読んでいただいているんですよね。
――なるほど。購読者数を伸ばしていく戦略はどのように考えられているのでしょうか?
加藤:いろいろ統計をとってはっきりとわかったことは、会員数増につながる一番大きなファクターは新規連載の数なんです。僕らが作っているコンテンツだけではなかなか大変な面もあるんですが、人が増えたこともあって、これから作るコンテンツの量は増えます。それだけで1万人に達する余地は十分にあるんですけれども、プラットフォームであるためには版元や作家さんが直接持っている著作も含めて、cakesにドッと流れ込んでくる状況を作っていかなければならない、という風に考えています。
先日、iPhoneアプリを出しましたが、あそこからの流入がかなり増加しています。いまAndroidアプリも用意しているので、そっちも期待していますね。
――改めて伺いたいんですが、「プラットフォーム」の一番わかりやすい例は、iTunes Music Storeみたいなものじゃないですか。
加藤:そうですね。
――コンテンツがあり、その売上がいろんな関係者に分配されていくというのが、プラットフォームとしてわかりやすいひとつの要素だと思うのです。加藤さんは以前、売上の60%をクリエイターに還元するモデルで、そこには原稿料とページビューのインセンティブとマーケティングフィーの3つがあるとおっしゃっていましたが、この仕組みは変わってないですか?
加藤:変わっていません。というか、基本はページビュー原稿料とマーケティングフィーの2つなんです。で、我々が発注して書いてもらう原稿には、最低保証として原稿料をお支払いすることもあります。で、ページビュー原稿料のインセンティブが最低保証を超えたときはそっちに切り替える仕組みになっています。出版社における印税のアドバンスと同じやり方ですね。
――前払いするということですよね。
加藤:はい、そうです。それでもし最低保証を下回ったらこちらの判断ミスなので。今、週1程度で書いて、ページビュー原稿料による原稿料で一番稼いでいる人で、月額10万円くらいですかね。
――10万円。結構いってますね。
加藤:紙の週刊誌の連載と考えても遜色のないレベルです。あくまで一番多い人の場合ですけどね。少ない人は限りなく少ないので、そこはシビアと言えます。
クリエイターが使いやすい仕組み
――techwaveの記事に出ていた、お金を分配を設定する画面があるじゃないですか。あの画面を見せていただくことは出来ますか?
加藤:もちろんです。
――「税制上の処理も自動化する力の入れようだ」と書かれていて、これはすごいシステムだなと思っていたんですよ。
加藤: こういうの、CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)というんですけど、ここにはかなり力をいれています。いずれはオープンに使ってもらう前提なので、なるべくきれいに、使いやすく作ってあります。たとえばここで「チーム編集」を選んで人を追加すると、招待メールが送れるます。
――すごいですね。招待された人は、そのコンテンツを一緒に作る。そして、自動的に売上が分配されるということですね。
加藤:そうです。「著作権者」など割り振りも決めて表示しています。招待メールを受け取ったクリエイターは、規約を承認しないと入れないので、いわば契約がその時点で済むんです。たとえば、この連載にページビュー原稿料が10万円分割り振られたとしますよね。仮にチームメンバーが2人いて、分配設定が3割と7割だったら、3万円と7万円がそれぞれ翌月末に支払われるという仕組みです。
チーム管理:状態確認 の画面
――支払通知書もダウンロード出来るんですね?
加藤:はい。毎月の金額データも確認できますよ。
支払い額・成果確認 の画面
――すごいなあ。これを見せれば、プラットフォームであるということの意味が、誰にでもわかると思います。
加藤:マーケティングフィーは、TwitterやFacebookなどで人を呼んでいただき、その分の金額をお支払いするという仕組みです。今はキャンペーン期間中なのでちょっと高めで、購読者ひとりあたり300円。100人購読者が増えれば3万円入ります。Twitterでフォロワーが結構いるような人は、わりと普通に100人呼んだりしますね。
――そうですよね。週150円ですから、つまり最初の2週間分の購読料を、その購読者を連れてきてくれた著者にすべて払うということですよね?
加藤:そういうことです。最初に読者を連れてきてくれるということは、とてもありがたいことです。本来は1週間分を支払う設定ですが、今はキャンペーン期間中です。
――何分間って設定して、その間は無料で読める、というツイートができるようになっているじゃないですか。それでつぶやいて入ってきた会員分に対しても、マーケティングフィーは支払われるんですか?
加藤:そのリンクから入ればそうなります。クリエイターアカウントのみに「このページを宣伝する」というボタンが表示されるので、そこから無料のページ付きでつぶやけるようになってます。アプリでも同じことができるよう作っているので、非常に便利なんですよ。
――著者側が使うアプリですか?
加藤:そうです。クリエイターがアプリにクリエイターのアカウントでログインすれば、FacebookやTwitterと連携してつぶやけるのですごく便利です。たとえば今度、堀江さんの連載が始まるんですよ。
――先日発表されていた「堀江貴文ミリオンセラープロジェクト」ですね。ものすごく豪華なメンツです。
加藤:それです。堀江さんのような著者が、なんのストレスもなく使ってもらえるツールにするのはすごく重要だろうと思っていて。ソーシャルに敏感な著者さんはみんなTwitterでつぶやくことが多いですよね。でも、ふつうはつぶやいても著者にメリットはさほどない。マーケティングは本人がやるしかなくなるという話をいろんなところでお話しさせていただいてるんですけど、実際そうなりつつありますよね。
余程強力な人じゃない限り、マーケティングをする人としない人の差が、現れつつあると感じています。cakesでもそれはっきりと現れていて、同じ人気度合いだとしたら読まれるのはやはり、よくつぶやく人。だからそういう、やるべきこととお金の流れを一致させることは、かなり意識してシステムを作っていますね。
有料なのでペイウォールがある分、口コミしにくい。それをいかに避け、著者がつぶやきやすくすることで、みんなに広げやすくする。その2つを満たす方法として作ったというのもあるんです。
――ちょっと細かいお話なんですが、無料で読める記事って、ページビュー原稿料のフィーに影響がでるんですか?
加藤:いい質問ですね。無料で読める記事ですが、会員じゃない人が読んでもお金の配分には影響しません。でもその記事を有料会員が読んだ時は配分が替わります。
――それは良心的ですね。クリエイターにやさしい仕組みになっているということがよくわかりました。
「第5回:加藤貞顕(cakes) 2/5」 に続く(2013/06/25公開)
「これからの編集者」バックナンバーはこちら
プロフィール
加藤貞顕
編集者/株式会社ピースオブケイク代表取締役
1973年新潟県新潟市生まれ。1997年横浜市立大学商学部経済学科卒業。2000年大阪大学大学院経済学研究科修了。同年アスキー(現:アスキー・メディアワークス)に入社し、雑誌や単行本の編集に携わる。2005年ダイヤモンド社に入社。単行本の編集や電子書籍の開発などに携わる。2011年株式会社ピースオブケイクを設立。おもな担当書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『われ日本海の橋とならん』『評価経済社会』『スタバではグランデを買え!』『投資信託にだまされるな!』『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』『マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝』『英語耳』『コンピュータのきもち』など。
インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 橋本亜弓
COMMENTSこの記事に対するコメント