マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]。10人目のゲストは、リイド社で「トーチweb」の編集長を2014年8月の創刊から務める関谷武裕さん。近年マンガを扱うウェブマガジンが林立する中、劇画タッチの作品や時代劇コミックといったこれまでの同社のイメージを覆すようなコンセプトのウェブマガジンを立ち上げ、様々な仕掛けを試みる関谷さんが思い描くこれからの編集者像や未来のマンガについて語り合いました。
【以下からの続きです】
1/8:「いつかは自分と同じ年代の人に向けてモノを作りたいという想いは常に持っていました。」(2015年5月18日公開)
2/8:「独自のシステムで経済を回して、“イケてる”ウェブマガジンに。」(2015年5月18日公開)
3/8:「『売れてるのが正義』とは違うマンガのあり方を誰かが提示しなきゃいけない。」(2015年5月19日公開)
4/8:「スマホをいじるちょっとした時間で、どこまで遠くに行けるか。」(2015年5月20日公開)
5/8:「僕らは書店を這いずり回って、1冊の本を一生懸命売り続けていくしかない。」(2015年5月22日公開)
イベント「トーチ五輪」は大盛況
山内:リアルのイベントとして渋谷のアップリンクさんで開催された「トーチ五輪」[★]は、僕は行けなかったんですけど、どうでしたか? 音楽が入るってことで、どう融合して連動しているのか、すごく気になるところではありました。
★2015年1月と3月にアップリンク・ファクトリー(東京・渋谷)で2夜にかけて開催された「トーチweb」企画の音楽やマンガの融合イベント。当日の様子は「トーチblog」にも詳しい
関谷:アップリンクさんから声かけてもらったんですが、僕もイベントはずっとやってみたくて。そもそも普段からライブハウスとかクラブに遊びに行ったり、大学の友人たちと運営している高円寺の「asoko」というスペースで展示やイベントを企画したりしていて、プライベートでの遊びを仕事につなげていきたい気持ちがありました。
僕は主にマンガを編集している人間ですが、マンガと同じように映画や音楽が好きだし、食事をすることも好き。寄席や演劇、展示に足を運ぶ。内容の好みこそありますが、それらは僕にとって全て同じレイヤーでヒエラルキーがない。そのことをそのままイベントで試してみて実際どうなるかを見てみたかったんですよね。
イベントの出演者はトーチ編集部の誰かしらが面識があって、なおかつトーチやマンガとの文脈がある方々。例えばカクバリズムに所属する鴨田潤(イルリメ)さんは『ユースカ』という自主制作マンガ誌に寄稿されていたり、泊(とまり)という歌謡曲デュオは「あれよ星屑」(KADOKAWA/エンターブレイン)を連載中のマンガ家の山田参助さんがヴォーカルをつとめています。ENJOY MUSIC CLUBも某マンガ家が所属しているラップグループ。フライヤーのデザインは『ユースカ』を主宰するデザイナーの森敬太さんといった具合で、本を作るのと同じように編集しています。
お客さんは目当てのマンガ家さんや音楽家がいたり、「トーチ」が好きだからということで来てくれた人がいたりとさまざま。イベントのタイムテーブルは前半がマンガ家さんによるトークショーや紙芝居、最後が音楽でした。前半部は言葉、後半部は言葉じゃないものを出演者とお客さんとが共有して、できれば感動してもらって帰ってもらいたいという気持ちで企画していました。規模はそんなに大きくなかったんですけど、結果的に2日間とも満員で、立ち見客も出ましたね。本や原画、CD、Tシャツなどの物販も盛況でした。
山内:マンガ家さんは、こういうイベントにどういう気持ちで出るんですかね?
関谷:どうなんでしょうね!? 田中圭一さんとドリヤス工場さんなんかは、もうすごく楽しんでいて、2人でイベントを定期的にやりたいと言っていたくらい(笑)。トーチのマンガ家さんって多彩な方が多くて、しゃべりがおもしろかったり、紙芝居が上手かったり、ラップグループやってたりとか(笑)、いろいろなことができるので。マンガ以外の活動も一緒に見てもらうっていうのはあまりない機会だったんじゃないでしょうか。あとはやっぱり、出演者もお客さんもお互いの顔を見られるのって嬉しくないですか? 「これ描いてるの、この人なんだ!」って。そこに行けばサインをもらえるし、握手もできるし、しゃべれるし、恋だって生まれるかも……。
山内:以前は、マンガ家も編集者も読者にとってはすごく遠い存在だったじゃないですか。でもTwitterが出てきて、結構近い存在になってきてるから、知りたいものが増えてますよね。
関谷:近いですよね。暮らしぶりまでわかりますもんね(笑)。今は村田雄介さんの作画風景を映像で生で見られたりしちゃうわけじゃないですか。食生活とかも「見えちゃうの!?」っていう。飼っている猫のことまで……少し前までは、ちょっと考えられなかったですよね。
山内:「トーチ五輪」、第3回目の開催はもう企画してるんですか?
関谷:まだしてないんですけど、単行本が出るのでそのタイミングで、とは思っています。8月以降かな。
今の30歳前後は「つなぐ世代」?
山内:そういうリアルな場所に行くことに対してお金を払う気持ちって強いなと思っていて。僕も連載の他の回でも言及したんですけど、マンガ家さんが表現できる範囲もマンガだけにとどまらなくなっているし、編集者さんも編集できる範囲って相当広がっているから、こういう空間とかイベントみたいなものを編集できていくと、それが「次世代の編集者」ということになるのかなって思います。
関谷:次世代の編集者像ですね。僕、最近20代前半くらいのネット世代の人たちのインタビューを読んだんですけど、もう、ぜんぜん違うんですよ。発想が最初から。だから僕の世代って多分……
山内:「つなぐ世代」ですよね。
関谷:そうなんですかね? 上にはネットを整備していった世代がいて、下には小さい頃からネットを使っていた世代。僕はそのどちらでもなく……、上も下も見てバランスをとっている感じ。
山内:でも、その世代がいないと断絶しちゃうんですよ。だからちょうどいいところかなって気がする。僕たちの世代って、インターネットが手に入ったのがちょうど大学くらいからでしたよね。基本的に調べものをするときは大変だし、がんばって覚えるじゃないですか。でも今の人は覚えないで、その場で調べちゃうから、その世代との断絶はありますよね。だからリサーチとか、総意を集約するのが得意な編集者さんが20代に出てくると思います。だけど一方で、良し悪しだったり、感覚的に「イエス・ノー」を考えられる編集者が減っていくかもしれない。マンガを作ることだけを考えるのなら選択肢の幅が少ないからイエス・ノーが判断しやすいんだけど、空間やイベント、場所も作るってなってくると不確定要素が増えてくるから、そのときにイエス・ノーを直感的に暗黙知から言うのはなかなか難しくなるかなって。今の30歳前後の人たちの強みはそこで、ちょうどインターネットのない時代とある時代の両方を経験してるってことじゃないですか。
関谷:そうであってほしいですね。僕らの世代の編集者が老人になるまで生きていくには?ってことはいつも考えてます。大ヒットを出す以外に、新しい仕組みをデザインするとか……
山内:その大ヒットは、きっと単行本の売上だけじゃないんですよ。方向性が新しい場所を作って、その場所が盛り上がったら、それは編集者像のヒットした形だと思うし、そこに囚われない編集者というのが出てくる。
関谷:山内さん嬉しいこと言ってくれますね! そういったイケてる編集者になりたいものです。
[7/8「脱サラなんかしなくても好きなことはできるし、おかしくて愉快な人生は送れるはず。」に続きます](2015年5月25日公開)
聞き手・構成:二ッ屋絢子
(2015年4月27日、リイド社にて)
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