マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか、その可能性を綴ったDOTPLACEの連載コラム「マンガは拡張する」。これまでの全10回の更新の中で著者の山内康裕が描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく第2部「マンガは拡張する[対話編]」、しりあがり寿先生に続いて二人目のゲストは、近年オンライン・コミック・マガジン「電脳マヴォ」の運営に精力的に取り組む、編集家の竹熊健太郎さんです。
【以下からの続きです】
竹熊健太郎×山内康裕 1/3「マンガ家は、“食えない商売”になりつつある。」
竹熊健太郎×山内康裕 2/3「編集者の顔が、もっと見えてきていいはずなんです。」
大手出版社でも編集者が独立していく
山内:キュレーターだけではなく、エージェントとしての側面はどのように考えていらっしゃいますか。講談社から独立して「株式会社コルク」を設立した佐渡島庸平さんのように新しい動きも出てきています。
竹熊:「電脳マヴォ」はホップ・ロウという会社が運営母体なんですが、「作家エージェント」ではなく「作品エージェント」という立場です。「電脳マヴォ」に掲載した作品に限定したエージェント。作家エージェントは作家の身柄を拘束することになります。その場合仕事保証、例えば1年間の拘束ならその間の仕事を保証しないといけない。それは難しいので作品エージェントという形で関わって、その代わりに作家の連絡先をサイトに載せている。作品は「電脳マヴォ」がしっかりエージェントとして扱って、出版社が作家と他の仕事をしたい場合は個別に連絡が取れるようにしてある。ただし、すべての作品と契約しているわけではありません。
今までのマンガ家と出版社の契約は、拘束規約はあっても仕事保証がなかったんです。一般的にこんな契約はあり得ません。これまでは出版社の力が強くてマンガ家も文句を言えなかったけれど、雑誌や単行本の売上が下がっている今ではもうその契約は通用しなくなりつつあります。
山内:最近はさすがに出版社も契約に寛容になってきていると聞きます。
竹熊:出版社の若手・中堅社員が独立する動きも重要です。大手出版社でも30歳くらいの社員には独立を考えている人がそれなりにいると思います。長崎尚志さんという編集者がいらっしゃいますが、彼は原作者として独立したと同時に、浦沢直樹さん専属編集者です。小学館で『ビックコミックスピリッツ』の編集長を勤められたあと退職されてフリーランスになった。大手出版社の編集長ということで、当時でもかなりの年収があったはずですが独立された。長崎さんは優秀な編集者であるとともにタフ・ネゴシエーターなんです。マンガ家にとっては強力なエージェントでもあります。
山内:大手出版社からでも独立してフリーの編集者になるのは、今は一つの流れになりつつあるのかなと思います。
竹熊:長崎さんの例があるから、それを目指す若手編集者は増えているのではないでしょうか。ただし売れっ子作家を個人的に捕まえることが前提ですね。担当マンガ家の中から「これは!」という人物を見いだして一緒に会社を作ったり。業界で有名な人が里見英樹さん(よつばスタジオ代表取締役)。彼は元からフリーなので独立ではないですが、あずまきよひこさんと組んで「よつばスタジオ」を設立した。彼も編集者・プロデューサーとしてとても優秀です。
山内:最近も、「よつばとダンボー展」という企画展示を全国でやっていましたが、それはあずまさんのワークスタイルの展示なんですよね。グッズ展開にも積極的で、キャラクタービジネス、ブランディングがうまいですね。
竹熊:これは聞いた話ですが、あずまきよひこさんは出版社との打ち合わせも里見さんにお任せしているみたいですね。出版社の担当編集者でもなかなかあずまさん本人には会えないとか。それをあずまさんが望んでいるからそうなっているのでしょう。作品に集中したいとか、人付き合いや交渉が得意ではないとか。だから、マンガ家さんも自分に合ういい編集者さんに出会えたら、専属で他の仕事をお願いしたいんじゃないか。日本の編集者とマンガ家の関係性は密接ですから、これはマンガ家にとっても理想的じゃないでしょうか。
山内:最近は一人のマンガ家が複数の出版社で連載を持つことが多いですし、その面からもマンガ家専属編集者は増えそうですね。
竹熊:今は出版社も経営が厳しくて簡単に社員を増やせませんから。こうなってくると社員編集者は編集長、スタッフは外部のフリー編集者、という編集部の形態も一般的になるかもしれません。
新人マンガ家にこそエージェントが必要
山内:一方で編集者の役割も変わってきていると思います。マンガ業界では編集者とマンガ家の関係は密接ですが、韓国式の「COMICO」の編集は異なるでしょうし、マンガ以外でもWebメディアを編集している人など、編集の領域が広がっています。それをどこまで編集者と呼べるかわかりませんが。
竹熊:まさにそれが「属人的キュレーター」ということなんじゃないでしょうか。その概念はマンガだけではなくて、いろんなジャンルに応用できるはずです。例えば演劇や映画。
山内:コンテンツを“選んで”、“文脈を付けて紹介する”仕事ですね。
竹熊:例えば映画なら町山智浩さん。あの方がネットで映画雑誌を編集して、映画だからYouTubeへのリンクを貼って映像が見られるようにすればウケるんじゃないかな。ほとんど「電脳マヴォ」と同じやり方だけど(笑)。
「電脳マヴォ」もYouTubeがあるから、(映像作品をマヴォに掲載する時に)すごく助かってます。ここ数年のネットサービスの発展があったからこそ、「電脳マヴォ」ができたということもありますね。
山内:やはりネット参入のハードルは下がっていますね。DeNAが運営する「マンガボックス」が作品をSNSやメールでシェアして次号分を先読みできるシステムを導入するなど、新しいシステムをうまく活用している事例もあります。
その中で一つ懸念されるのは契約問題です。今までの紙の出版とは異なり、ネットサービスでは新しい契約が求められます。例えば出版社の場合は単行本を売るために契約を結ぶわけですが、DeNAだったらソーシャルゲームで版権キャラクターを使うために契約を結ぶこともあり得ますよね。そこではマンガ家の売り込み方も変わってきます。
竹熊:それはキュレーターではなく、エージェントの仕事ですね。さっき話した長崎さんや里見さんは大御所マンガ家のエージェントでしたが、私は新人であればある程エージェントが必要だと思っています。要するに新人は業界のことがわからないから。従来の出版社との契約の結び方だと、条件以前に「仕事をもらえてありがとうございます」という立場ですから、いくら出版社に悪気がなくても、そこには圧倒的な力関係の差があります。マンガ家には福利厚生も退職金もないですし。
山内:マンガ家は個人事業主、出版社は大企業ですからね。
竹熊:だいたい新人には「自分が個人事業主である」という意識すらあまりないですよ。デビューを就職と錯覚している新人作家もいます。契約すらかわさないケースが多いですし、ひどい契約を結んでしまって、気がついたときには仕事がなくて路頭に迷うことになる。だからこれからはまずエージェントがいて、エージェントの実績を見ながら新人作家が出版社より先にエージェントに売り込むというパターンが望まれますし、増えていくと思います。
山内:「電脳マヴォ」はそういう役割を担おうとしているんですか。
竹熊:現段階では「そういうメディアになれたらいい」というところでしょうか。これだけ国内の出版産業が落ち込んでくると、海外での出版も含めていろんな橋渡しの方法を考えないといけない。
「マンガ」のマネタイズ
山内:最近では大手出版社もWebマンガサイトを運営しています。他の出版社の動きはどのように捉えていらっしゃいますか。
竹熊:他の出版社の動きはほとんど参考にしていないです。ビジネスモデルが違います。既存の出版社ビジネスモデルは最終的に単行本にして利益を出すモデル。雑誌は大赤字が通例です。マンガ雑誌の中には原価率300%、400%のものもありますからね。普通はあり得ない、そんなものは商品じゃない(笑)。それでも単行本の売上と連結決算で利益が出れば良い、という考えでやっている。私の推論ですが、そういうビジネス形態になったのはオイルショックがきっかけなんです。その頃から雑誌単体ではなく、単行本で収益化するモデルになってきた。
山内:昔は単行本にならない作品もたくさんありました。一定以上の販売部数が見込めないと単行本にしないという考え方だったようです。
竹熊:昔ある大手編集者に単行本にする作品の目安について聞いてみたところ、「発行部数が2万部に届かないものは単行本にしない」と平気で言っていました。でも今は5000部でも単行本にしますよね。そういうことから考えても、やはり日本のマンガは薄利多売のビジネスモデルなんです。今でこそ日本全体がデフレ経済と言われていますが、マンガ業界は70年代からえんえんとデフレをしているんですよ。そんな中で昔は2万部だった単行本の最低発行部数が今や3000部になってしまった。
山内:薄利多売は、経済成長が前提の考え方ですよね。
竹熊:そうですよ。経済成長が止まって薄利多売のシステムだけが残ったら絶対にやっていけない。そこで一番困るのはマンガ家です。今も20年のキャリアがあるようなマンガ家でも仕事がない人がいます。とても厳しい状況ですね。
山内:マンガ家のマネタイズのモデルも変わっていくんだと思います。コミックマーケットを利用して単行本を売るマンガ家さんもいますし、渋谷にある書店「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」では、マンガ家のウィスット・ポンニミットさんと組んで少部数の限定リトルプレスを作っていました(『渋谷の嵐』SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS、2013年)。
竹熊:マンガの作り方も変わってくるでしょう。まず長期連載は減らすしかない。私は長期連載がマンガ界の基礎体力を奪ったと考えています。昔のマンガは少ないページ数でもとても中身が濃い作品が多いですが、80年代からマンガはキャラクター商品になっていったからだと思います。表紙はキャラクターが飾り、キャラクターが活躍する話が続く。今のマンガはストーリー以上に、キャラクターを売っているんです。だから話は長い方がいい。ダラダラと続いていても、終わってもらっては版元が困る。ストーリーよりキャラクターが活躍していることが重要になる。もちろんそういうマンガがあってもいいですよ。今の問題は、そればかりになっていることです。
山内:2000年代はドラマ化の影響も大きかったですね。気さくにまとめ買いしやすい10巻前後の時にドラマ化で盛り上げて、20巻くらいで完結する。大人買いできる量は1万円以下、20巻程度が限界ですから。『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子、講談社)などはそのパターンで成功しました。
竹熊:山内さんとしては、DOTPLACEの連載(「マンガは拡張する」)で書かれたようなことをマンガの将来像として考えているのかな。
山内:そうですね。マンガは他の業界とつながった方がマネタイズできるんじゃないか、という考えですね。例えばマンガを体験できるリアルな場所を出版業界だけではなくて建築業界も入って検討するとか、DeNAのようにIT業界から参入するとか。出版業界だけでお金を回すのではなく、他の業界からお金を持ってきていいものを作っていく。既存のマンガの概念を拡張することに可能性があると思っています。
竹熊:「電脳マヴォ」でもこれからメディアの海外展開を積極的にやっていこうと思っています。実験的にやってみないとわかりませんが、あまり海外に展開していないジャンルのマンガもある。そこを狙えないかと。
山内:そうですね。今は日本でヒットしたマンガを海外に輸出するというモデルがほとんどです。それは確かにヒットするかもしれないけれど、ファンの裾野は広がらないですよね。裾野を広げる方法として、今まであまり海外展開していないジャンルを輸出することも可能性の一つだと思います。
竹熊:日本では過去の売上や作家の実績を見て商品展開するやり方が普通ですが、例えばフランスでは純粋に作品の内容で判断される。フランスでマンガを売る時には、日本国内の売上はあまり関係ないんです。だからまずは「電脳マヴォ」で翻訳マンガを公開していく。そこで海外から注目されれば、海外でマンガ出版をやりたいと思っているところはまず「電脳マヴォ」に連絡してくれる。もしこの1年で「電脳マヴォ」が収益化できたら業界の大事件ですよ。出版業界全体があまりにも尻すぼみになっていて、このままではいずれダメになる。私もずっと業界に対して言いたいことを言ってきましたが、これからは「電脳マヴォ」という行動で示すことにしようと思います。
――「電脳マヴォ」の今後、楽しみです。竹熊先生、今日はありがとうございました!
[マンガは拡張する[対話編]02:竹熊健太郎 了]
構成:松井祐輔
(2014年3月1日、3331 Arts Chiyoda会議室にて)
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