マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]。10人目のゲストは、リイド社で「トーチweb」の編集長を2014年8月の創刊から務める関谷武裕さん。近年マンガを扱うウェブマガジンが林立する中、劇画タッチの作品や時代劇コミックといったこれまでの同社のイメージを覆すようなコンセプトのウェブマガジンを立ち上げ、様々な仕掛けを試みる関谷さんが思い描くこれからの編集者像や未来のマンガについて語り合いました。
【以下からの続きです】
1/8:「いつかは自分と同じ年代の人に向けてモノを作りたいという想いは常に持っていました。」(2015年5月18日公開)
2/8:「独自のシステムで経済を回して、“イケてる”ウェブマガジンに。」(2015年5月18日公開)
「今売れてるマンガが正義」みたいな考えだけじゃなくてもいい
山内:マンガ家さんのラインナップの中には、田中圭一さんのようなベテラン作家の方もいれば、ウェブマガジンやTwitterで人気が出ているような作家さんもいたりとか、幅がありますよね。言い方が良くないかもしれませんが、「マンガ家になろう」という場合、昔はヒエラルキーが決まっていたから、「『少年ジャンプ』で1位取って、尾田(栄一郎)先生とか鳥山(明)先生みたいになる!」っていうのが目的で、成り上がっていこうという人たちが上を目指してきたじゃないですか。でも今は「comico」みたいなものや、「トーチ」もある。だけど、「どう食べていくか」っていうレベルで考えた場合、正直「トーチ」で「ONE PIECE」みたいな作品を輩出するのは難しいじゃないですか。
関谷:いきなり「ONE PIECE」は難しいですよね。
山内:その中で僕が思っているのは、マンガというものがもっとインフラ化すべきだということなんです。今までのマンガ業界の流れでは、「ヒットする作品を当てていこう」みたいな部分があるじゃないですか。それはそれでいいんだけど、今はコミケでも50万人近く集まるし、絵が描ける人もすごく多い。しかも国民は、マンガの読み方がわかる人がほとんど。そんな国って日本しかないんです。だから、「いい作品」を出して売って感動を与えるってだけじゃなくて、例えば自分でマンガを描くとか、絵が好きだから日記をマンガで描くといった、そういう意味での「マンガの懐の深さ」があるのかなって思っていて。その延長線上に「トーチ」のようなウェブマガジンがあったり、「comico」があったり。そういう時代が来るのかなって気がしてます。
関谷:あらゆるものがどんどん多様化しているので、マンガだって多様性があってしかるべきだし、そのアプローチは無限にあると思います。「今売れてるマンガが正義」みたいな考えだけじゃなくてもいい。そりゃ会社としては「『ONE PIECE』作ってくれ!」っていうのが当然かもしれないし、僕だって作れるなら作りたいですけど(笑)、そうじゃないマンガのあり方っていうのを誰かがやっていかなきゃいけない。そこからマンガも更新されていくと思うし、価値があると思っているので。
例えば「トーチ」では、これからBLをやりたいなって思ってるし、それこそジャンプマンガみたいなのもいつかやりたいです。読者が目当ての作品があって、その横にはまったく別の価値観の作品がある。そういうものを事故的に見てしまったときに、「なんじゃこりゃ!」ってなるのが、一番豊かな体験なんじゃないかなって思うんですよね。雑誌的な体験。そういう多様性・雑多性みたいなものは意識しているし、だから逆に「これはやっちゃいけない」っていうのもないですね。ただ現状でいうと、新人の作家の「なんじゃこりゃ!」作品が多いので、徐々に実績のあるマンガ家さんにも声をかけて、間口をどんどん広げていきたいです。
山内:新人作家を育てていくといった部分もマンガ編集者の役割の1つとしてすごく大きな割合を占めていると思うんですけど、トーチならではの新人育成の仕方を新しく打ち立てようと意識することはありますか?
関谷:育成したいっていう気持ちではやってなくて、仕事をお願いしているマンガ家さんに対して担当している編集者はみんな「このヒトは絶対評価されるべきだ!」っていう思いでサポートさせてもらっています。育成の仕方があるとすれば、その作家さんの才能というかいいところを伸ばしていくということ。そのヒトが持つ作家性をいかに発揮してもらうか、そしてその作品を社会と接続させるのが編集者の仕事。
作家のキュレーションは編集者としての「勘」で
山内:「トーチ」を始めてから半年が過ぎたところで、手応えとしてはどうですか?
関谷:単行本とかを出していない今は、サイトへのアクセス数をKPI(重要業績評価指標)としています。始める前はどれくらい人が見に来てくれるのか想像できてなかったですけど、現状、単月のUU(ユニークユーザー数)で10万くらい、月間PV(ページビュー)が120万くらいです。立ち上げる前に思っていた数字より良い数字で、読んでもらえているっていう手応えですね。上を見ればキリがないんですが、もっとたくさんの人に来てもらいたいというのが本音です。そのためにコンテンツを増やしたり内容を充実させていかないと……。それと8月から、「トーチ」の単行本が出ていく予定ですので、マネタイズを本格的に考えていくというところです。
山内:読者からの反響はどうですか?
関谷:反響は、TwitterとかSNS的なところからしか見られないんですが、少なくないという印象。ただこの「少なくない」ということをボジディブに捉えています。まだ価値が定まっていない「トーチ」のマンガを、読みに来る人が意外といるってことに救いを感じています。
山内:作家さんの方は「トーチ」に対してどういう認識なんでしょうか?
関谷:どうなのか僕も聞いてみたいです(笑)。でも作家さんに会うと、「トーチ読んでますよ」って言ってくれたり……、売れているマンガ家さんでもSNS上で言及してくださっているのは確認しています。そういった反応はやっぱ嬉しいですね。
山内:関谷さんが出てくる作品もありましたよね。
関谷:ああ、谷口(菜津子)さんの「人生山あり谷口」ですね。あれ恥ずかしい(笑)。初回は谷口さんの家で連載の打ち合わせしたときのことが描かれていて、なんか友だちの家にいるみたいな感じでしたもんね。あの日は、手料理までごちそうになって……。
山内:作家さんのラインナップに関して、最初に作家さんに声をかけられたとき、「この人はおもしろい作品が描けそう」というアテみたいなものがあって選ばれたんですか?
関谷:これに関しては、編集者の勘なんです。自分がおもしろいなと思っているものが、その時はマイナーでも3年後とか5年後におもしろいと認められているという感覚。自惚れかもしれませんが、その感覚を信じています。今おもしろいと思えているものに関しては、将来なんとかなるだろうと。まあ、編集者としては普通だと思うんですけど(笑)。
山内:そうあるべきですよね(笑)。
関谷:そういう勘と、その作品に対して編集者の情熱があるかどうか。もちろんマーケティングしたり単行本実績とかの数字も見てますが……。
作家さんとの出会いは出張編集部で参加している「コミティア」の文脈もあれば、「pixiv」から探して声かけたり、Twitterで見てっていうのもあるし、マンガ家さんの知り合いのマンガ家さんだったり……。最終的にGOサインを出すのは、僕がおもしろいと思うかどうかですね。
もちろん担当編集はその作品にかかる予算をちゃんと把握しているので、それをどう回収するのかを認識しながら、みんなそれぞれの作品を担当していると思います。
[4/8「スマホをいじるちょっとした時間で、どこまで遠くに行けるか。」に続きます](2015年5月20日公開)
聞き手・構成:二ッ屋絢子
(2015年4月27日、リイド社にて)
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