昨年10月から12月にかけて放映されていた石原さとみ主演のドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ)が話題となり、これまでその存在を知らなかった層にも広く認知され始めた校正・校閲のお仕事。昨年11月に下北沢のB&Bで開かれたトークイベント「校正・校閲というお仕事」に現役校正者4人が集結し、自身の働き方や日ごろ感じていること、“校正あるある”話など、赤裸々に校正トークを繰り広げました。立ち見も出るほど大盛況だった当日の様子をレポートします。
ドラマで脚光を浴びた校閲という仕事。
大西寿男(以下、大西):みなさんようこそお越しくださいました。こんなにたくさんの方に来ていただけると思っていなかったので、すごくドキドキしています。大西です。よろしくお願いします。フリーの校正者で、文芸書を中心にやってきました。今回B&Bさんから「校正者の座談会をやりたい」とお話をいただいたときに真っ先に浮かんだ、牟田さん、奥田さん、そして寺田さんという、僕の最高に大好きな校正者の方に集まっていただきました。
今日こういうふうに集まるきっかけになったのは、ドラマの『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』がかなり大きな役割を果たしていると思うんですけど、主人公の河野悦子(石原さとみ)が配属させられたところが文芸書の校閲部門で、ドラマの中ではファッション雑誌の編集部の対極にあるものとして描かれています。私たちは本当にその、文芸書の校閲をメインにずっとやってきている比較的めずらしい生き物だと思うんですね(笑)。だから今日は、河野さんが日ごろ働いている仕事の現場のリアルな一面を、私たちの話から感じ取ってくださったらとてもうれしいです。
では、牟田都子さんです。
牟田都子(以下、牟田):よろしくお願いいたします。私はこの仕事を始めたのが遅く、30歳を過ぎてから始めて、今は総合出版社の校閲部の契約社員です。(ドラマの)河野さんがいるような校閲部で、うちは地下ではないんですけれども(笑)。今は文芸誌の校正を担当しています。月の半分は個人で仕事をしていて、そっちでは結構いろんなものを校正してます。
私はたまたま夫が同じ仕事をしてまして、それこそ河野さんがあれほど憧れている女性ファッション誌の校閲も経験しているんですが、「どう?」って聞いたら黙り込んでしまいました(笑)。ドラマの第9話でも出てくるようでしたが(イベントは第9話の放映直前の11月27日開催)、やっぱりファッション誌にはファッション誌の、文芸誌には文芸誌の大変さがあるんですね。
何年経っても自信はつかない。
大西:では、奥田泰正さん。奥田さんとはある出版社の忘年会で出会いまして、仕事を手伝っていただいたりとか、一緒にトークイベントを開いたりとか、すごく親しくさせていただいています。
奥田泰正(以下、奥田):奥田泰正といいます。よろしくお願いします。フリーで校正をやってます。今回お話をいただいたとき、僕はてっきりみなさんの側に座るほうで、「イベントあるから来てね」というお誘いだと思ってたんです(笑)。あんまり偉そうなことを言えるほどキャリアはないんですが……。
牟田:どれくらいなさってるんですか? ちなみに、私はまだ10年に満たないんです。みなさんはずっとキャリアが長いと思うんですけど。
奥田:フリーになって10年ちょいですね。その前を含めると14年くらいです。
大西:10年もやったらベテランじゃないですか。
牟田:吉本隆明さんが「10年やってモノにならなかったら、オレの首をやるよ」という名言を残されていてですね……。いまだにあたふたしてる私、10年目指してがんばります(笑)。
奥田:ずーっとあたふたするんじゃないですかね。
牟田:ガーン(笑)。
奥田:精神的にはよくない仕事だと思います(笑)。
一同:あははは!
牟田:今、すごく会場内の同業者が笑ってる感がありましたね。
奥田:「よっしゃー! できた~、納品だ!」っていう達成感がないんですよ。
大西・牟田:うんうん。
奥田:何年経っても「これでいいのかな~?」っていう状態で編集者の方にお渡しする。で、帰りの電車とかで「あっ! しまった、1つ見逃してた!」って気がつく(笑)。
牟田:ありますか、やっぱり。
奥田:ありますね。
牟田:私も胃がキリキリしながらメールを打ったことがあります。「すみません、先ほどのゲラで……」って(笑)。
大西:与えられた条件の中でベストを尽くして、できることは最大限やるんだけど、渡すときって本当にそうですよね。
奥田:なので、もし目指されている方がいたら、そのへんはちょっと覚悟が必要かなと! 最後に、夢はNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に呼んでもらうことです。
一同:あはははは!
1人平均月9冊担当します。
大西:では、寺田恵理さんですね。寺田さんは河出書房新社の校正課の課長代理をされています。校正者は圧倒的にフリーランスが多いんですが、河野悦子さんみたいに社員の校正の方のお話もすごく聴きたかったので、どなたか話してくださる方はいないかと思いまして。最初は「無理!」って言われたんですけど、無理無理お願いしました(笑)。
寺田恵理(以下、寺田):はい、一度断りました!(笑) すみません。河出書房新社の、製作部の校正課に勤めております、寺田と申します。よろしくお願いいたします。勤めて20年が過ぎてますが、ほとんどやってることは変わらないなと思っています。何をやってるかというと、牟田さんの旦那さんと同じような仕事(窓口)をしてるのかなと。
牟田:ドラマの茸原部長(岸谷五朗)のような役割ですよね。ゲラ(校正刷り)をみんなに配って歩くっていう。
寺田:そうですね。ただ、うち(河出書房)の場合は、最初は「手の空いてる人から積まれたゲラを上から順にやりましょう」っていう感じだったんですけど、だんだん各編集のクセがあることに気がつきまして、ある程度は編集者ごとに校正の担当を決めています。『校閲ガール』の原作では、初校は社内でやって、再校を外(=外部の校正者。外校[そとこう]とも)に出していますが、河出では初校・再校とも外に出します。外の方にじっくりと見ていただいて、社内では河出のルールに則って、字体のモレがないかどうか、体裁を含めてキレイに整えていくということを主にしていますので、正直なところ一冊一冊時間なくやっております。
牟田:どれくらいの冊数を並行してなさってるんですか?
寺田:担当する編集部のものが月に何冊来るかで決まるのでムラがあるんですけど、平均して1か月1人でだいたい9冊くらいやってます。ツライのは、どんな本でも一冊は一冊と考えるので、全部が薄い本ではないっていうところです(笑)。なので、こちらとしては「月の中で分けて持ってきてくれ!」って思うんですけど、まぁいっぺんに来るものなんですよね。最近は2段組の500ページくらいの本を、泣く泣く4日間でやりました……。
大西:うわぁ……。ハードですね。
奥田:ちなみに、外校さんの持ち時間ってどれくらいなんですか?
寺田:モノによるんですが、一字一句の引き合わせで、300ページで2週間くらいですかね。
奥田:結構いただけますね。
牟田:私、「短い!」って思いました(笑)。
寺田:そこですよね! それを長いって考えるか短いって考えるか。あとは、素読みだけでなくファクトチェック(事実確認)がとても重要な場合、例えば200ページのものでももうちょっと時間が必要だということで、約束の日程よりさらに1週間くらいかけたりもします。もちろん社内の方でも気がついたことは確認しますが、調べる時間は限られてきてしまいますので、初校、再校で可能な限りじっくり見てもらうことに力を入れよう……というか、入れてもらうしかないという状況なんです。
校正者とゲラのマッチングが大切。
牟田:(『校閲ガール』の)「景凡社」はいいですよね。河野さん、しょっちゅう自分で外に調べに行っちゃうから。あのゆとりがほしい。
寺田:なかなかないですよね(笑)。しかも定時で帰るって、考えられないですよね。
牟田:「おつかれさまでした~♡(ハート)」って……私たちはこれから仕事ですよ!みたいな(笑)。
寺田:17時半までは外校さんとか印刷所(DTP=DeskTop Publishingの略。パソコンでの出版物制作システム)とかの手配をして、じっくりゲラ(校正刷)を読めるのは正直言ってそれ以降ですね……。
牟田:(進行管理をされる社員の方は)昼間は電話取って、電話かけて、(ゲラを)受け取って、伝票書いて……でつぶれちゃうって聞きます。
寺田:そうですね。あとは、編集の方とのスケジュールを合わせたりとか、そういうことで暮れてしまいますね。
大西:そうか、じゃあ寺田さんがお仕事の電話をくださって、僕が「すいません、スケジュールが合わなくて……」って断るとき、そこでものすごく時間が無駄になるわけですね(笑)。
寺田:いやいやいや(笑)。みなさん抱えているお仕事があるわけですから。手元を見て、無理なときは、無理と言ってくださる判断は大切です。タイミングってありますから。やっぱり出すタイミングが合っていい校正を外の方にやっていただけると、社内で作業するときにすごくはかどるんです。初校・再校でバッチリやってあることがわかるので、ある程度こちらは走っていける。だから、とにかく外の校正者さんとゲラがマッチングするといいなあと毎日考えてます。でも、うまく相性が合うかと思っても合わなかったりとか、著者の方と合わなかったりとかもあります。
牟田:えっちゃん(河野悦子)もよく揉めてますね(笑)。
質問したい、相談したい。
大西:牟田さんは外校の方が見たゲラを、そのあと見ることはあるんですか?
牟田:私は「2人目に読む」役は基本的にはやってないんです。会社では、私たちみたいな契約社員やフリーランスの人がまず1人目で読んで、社員さんが2人目に読んで点検する。うちの会社ではそうやって、初校なら初校で、再校なら再校で1回につき最低2人が目を通してるんですけど、私はだいたい1人目で、2人目の人に「これが落ちてるよ」「これどうなってるの」って叱られて、「ごめんなさい」と言う役です(笑)。
大西:でも、会社で仕事をされているわけですよね?
牟田:月の半分は会社に机をお借りしてやってます。
大西:そうすると、隣にいろんな仲間というか、同僚や先輩がいますよね?
牟田:はい、ドラマのあの画(え)を思い出していただければ。
大西:在宅で1人でやってると、相談する人もいない世界なんですよ。「これ、どうだろう?」って、その場でぱっと尋ねることもできないし……。あれはちょっとうらやましいなって思います。
牟田:そうですよね。「この言い回し、いいのかなあ?」とか、辞書では調べきれなくて、人に相談したい、聞いてみたいことってありますよね。
大西:「『てにをは』はこれでいいんだろうか?」から、「これは差別表現じゃないだろうか?」とか、いろいろあります。
牟田:「イマドキの女子高生の言葉遣い、これでいいの? 私、ついていけてる!?」とか(笑)。私は夫が同じ仕事なので、帰ってきたら質問攻めにするんですよ。
大西・寺田:あははは!
牟田:嫌そうな顔されますけど(笑)。
寺田:じゃあもう、一日中校正の話になっちゃうんですね。
牟田:なっちゃうんです。でも、会社にいても家にいても、最後はゲラと向き合って1人でする仕事じゃないですか。だから、他の人はどうしているのかが、はたからはわかりにくいので、そういうのをもっと聞いてみたいなっていう気持ちが常にあります。
[2/4「最初に校正した『僕』と同じ校正者でいられるかどうか。」に続きます]
取材・構成:二ッ屋絢子
編集協力:中西日波
(2016年11月27日、本屋B&Bにて)
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