Illustration:Luis Mendo
★前編からの続きです。
システムをハックせよ
だけど、それで満足していてどうする?
「目立つ」、「アイコン的」、そして「文字が大きい」というのは、表面上の特徴に過ぎない。そこで、表紙の背後にあるシステムをハックしてみてはどうだろう?
このエッセイを完成させるために、ぼくは昔の三つのエッセイ——「The Digital←→Physical(形のないもの←→形のあるもの)」「Post-Artifact Books & Publishing」そして「Books in the Age of the iPad(「iPad時代の本」を考える)」——に立ち戻り、デザインし直して、再投稿した。
これが、そのとき作ったもの
ハックしたキンドルの表紙
それぞれの表紙の下部にある小さな文字がトロイの木馬——「ハック」にあたる。
手間をかけず、ほとんどコストゼロで流通できるのが電子出版の大きな特徴の一つだ。いくらでも本を更新できる。表紙がもう視覚的マーケティングのツールでないのであれば、その流通システムを利用して、表紙を通知のツールとして活用してみてはどうだろう?
新しいエッセイを出版する際に、これまでのエッセイの表紙を更新する。どれか一つでもエッセイを購入していた人たちには、通知が届く——「Books in the Age of the iPad(「iPad時代の本」を考える)が更新されました」。☆12 表紙は変更され、そこには最新エッセイのタイトルが組み込まれる(例えば、赤でハイライトされて)。洗練されたやり方とは言いがたいが、表紙を伝達装置として使うことで、KindleのプラットフォームにiOSスタイルの通知を組み込むハックが可能になる。表紙を通知のシステムとして使用するのだ。
iOSスタイルの通知をハックしてKindleのプラットフォームに組み込め。
これが理想的? もちろんそんなことはない。これはハックだ。E-InkのKindleを読んでいるかぎり、更新に気付かないこともあるだろう。でももしかすると、iPadやKindle FireやiPhoneでなら。
もっと洗練された方法はあるかって? もちろんある。でも今の電子出版やそのツールを進化させたいなら、今実現可能なギリギリのことを押し進める方がいいだろう。
こうしたハックが浮き彫りにする問題は、KindleやiBooksといったプラットフォームに現れた、著者と読者の間に横たわる広く不自然な溝があるということだ。著者の側は、こうしたプラットフォームを、著者と読者のコミュニティをうまく育てるものと捉えているだろう。もしかしたら読者間のコミュニティも育てるかもしれない。たぶんそうなるのだろう、いつかは。
本の中身
ぼくが紙の本をデザインするとき、究極の目標としていたのは伝統的な美学を備えた表紙をつくることだった。機能的な表紙。はがれない表紙。カバンに本を投げ入れても安心できる表紙。本の中身にまで血を通わせる簡素な表紙。
そうした表紙は、本の他の部分から独立してデザインされているのではない。全体を構成する一つの部分なのだ。表紙は読者を物語へといざなう。本のトーンを作り上げる手助けになる(表紙がトーンを作るとは言わない)。本にアイデンティティを与えるのに必要だが、決定的に重要ではない(ということが決定的に重要)。表紙は大きなデザインシステムの一つのピースなのである。
実際、ぼくとしては、表紙をデザインすることよりも、本の内装をデザインすることのほうがずっと楽しい。内装 —— それは本の一番おいしい部分だ。表紙とは違い、内装を誇るということは少ない。だけどそんな誰も意識していない部分に楽しみは広がっている。内装で読者と心理戦を行うのだ。トーンを変える。意味を揺さぶる。テキストに命と形式を与える。
下の四つはぼくがデザインした本だ。表紙を見ずにこれらの本を開いたとしても、独特ではっきりした外見上のアイデンティティがあることに気付くだろう。文字デザインやイラスト、そしてレイアウトを使って、表紙から内装まで共通したテーマを貫いている。そうすることで、表紙は、言うなれば、どの部分にも生きている。
■電子本の内装のあり方
フランク・キメロの『The Shape of Design(デザインのあり方)』☆13 は、見事で独特なデザインを表紙から内装まで貫いた電子本として、最近のぼくのお気に入りだ。
『SHAPE OF DESIGN』内装
フランクの電子本の適当なページを開いてみる——各章の冒頭には画像があって、そのどれもが表紙になり得る。彼は、最もベーシックなレベルで——そして現代の電子本のシステムの制約内で——どこを見ても表紙とでもいうような本を作り上げた。
iBooksは選択できるタイポグラフィが少ないにもかかわらず、フランクの本の、章扉、見出し、字間や行間は紙の本とほとんど同じだ。彼は総合的なデザインシステムの上にテキストを築き上げ、『The Shape of Design』を紙と電子の中間メディアに仕上げた。
『The Shape of Design』布製の表紙
インターフェースに包むこと
電子の世界では、総合的に本をデザインするというクラシックな美学が求められているのだと思いたい。本の一部をデザインするのではなく、本の全体をデザインするという美学。
電子本の表紙は、声を張り上げる必要はない。商売する必要はない。だってさ、表紙はなくなってしまうだろうから。今は、本全体が表紙のように扱われる必要がある。電子本では、読書の開始点がはっきり決まっていないけれど、それはますます曖昧になって行くだろう。ネットの読者は机に置かれた本に出くわすということは少ない。でも彼らは、電子本と出会うチャンスには触れ続けている。友達がツイートしたある文章——そこにはリンクが付いていて、直接、その章にアクセスができる。
ぼくはこの現象を「A pointable we(指し示す私たち)」というシリーズエッセイに書いている。そこでぼくが説いているのは、電子テキストが人に知られていく過程を理解することが重要な理由、そして電子テキストを誤ったインターフェースに包んでしまうと何が起こるか、ということだ。
-
プラットフォームという観点の欠落こそが、多くのiPadの雑誌アプリをダメにしている。紙の雑誌よりも良い地位を占めることはないだろう。雑誌アプリには内容に直接アクセスできる道が用意されていないのである。ここ、と指し示すことができない。結局、どこに行くにも「入り口」を通って行くことになる。そしてその入り口も大体数百メガバイトあって重く、開くのも腹が立つほど難しいのである。
本全体を表紙のように扱うということはつまり、表紙の文字やデザインに注がれる愛を、すべてのページに注ぐということだ。書体の選択。イラストのスタイル。余白やページのバランス。
もう一度、『The Conference of the Birds』を見てみてほしい。
もしくは、これを。☆14
■すべての表紙たち
死んだのだ! そう、たしかに。ペーバーバックを綴じる糊と同じように。本に取り付けられたしおりと同じように。電子のページも、電子の糊で綴じられている。けれど、紙の糊とは違う。Kindleの「ページ」にもしおりを付けられるが、紙の本のしおりとは違う。
もちろん、電子本にも内容を表す固有の画像——「表紙」——はあるだろう。だがその画像は大きくなるよりもむしろ小さくなっていき、その他の、より強力なデータと競い合っていくことになるだろう。
電子本の表紙に対するかつての考えは、本のファビコン(お気に入りアイコン)を作るというようなもので、テキストの「入り口」になるというものではなかった。表紙は、よくても大きなデザインシステムの一部になるもので、最悪の場合は、存在しないも同然の状態となっている。
■受け継ぐこと
そういえば前に「受け継ぐ」とか言ってなかったかって? デザイナーやエンジニアたちは、コンテキストを意識した継承の道を探らなければならない。『The Conference of the Birds』に見事に引き込まれたように、電子本にも引き込まれるようでなければならない。
画像やグラフ、もしくは詩などの「明確な形態を伴う」コンテンツを含んだ紙の本には、視覚的コンテキストというDNAが一定量組み込まれていて、電子本でもそれを保たなければならない。そしてただの文章のような「形を問わない」本であっても、紙と電子との連続性は要求される。読者はどの部分から読み始めるかわからないとしても。
■ツール
読者がそのテキストへどうやってたどり着くか、以前にも来たことがあるか、何を求めて来たのか、そうしたことがわかるツールや場所があれば、読者にも著者にも利点があるだろう。ウェブデザインとよく似てる、と感じたならばそれはその二つ——電子本のデザインとウェブデザイン——が、ある程度、近いものになっているということだ。
残念ながら、今の電子本作成ツールはまだ、そうした電子本を作りたいデザイナーの手助けになるものではない。Nook(訳注:アメリカの書店チェーン、バーンズ・アンド・ノーブルが開発した読書端末)やKindleは全くデザイナーの手を受け付けない。iBooks Authorがようやく、その実現に向けぼくたちを動かし始めている。
Retinaディスプレイのタブレットでは、文字がとても美しく見える。デザイン側の欲望にハードウェアは追いついて来ている。責任は今、デザイン側のビジョンを実現させることができないソフトウェアにある。
責任は今、ソフトウェアにある。
あの喜びを
計り知れないデジタルの洪水は——表紙の死!死!そして死!は——表紙についての考えを再検討するきっかけを与えてくれた。ノスタルジーから脱却するきっかけを。いや、もしかしたら、次なるノスタルジーの土台を築くきっかけを。
けれど最も重要なのは、こうした試みは、現状を喜んでいない読者に喜んでもらうチャンスだということだ。ぼくは初めて紀伊國屋に行ったときのことを思い出す——あの喜びを——そしてその感情を抱きしめる。
読者のことを考えろ——配慮のたりない電子本を苦労しながら読み進める読者のことを。考え抜かれた表紙というものを見たことがない読者のことを。理にかなったサイズで、心地よく親しみが湧くよう丹念に作られていて、十分な余白、インクの跡、そしてぴったりの情報量。そんな本に——電子の本であれ紙の本であれ——まだ出会ったことがない読者のことを考えよう。
[ぼくらの時代の本 第2回 了]
Note
★12│実装にあたっての技術的な詳細をいくつか。通常、更新された本は、更新後の購入者の目にしか触れない。それ以前の購入者にも更新内容を伝えたければ、Kindle Direct Publishingにメールを送り、重要な更新があったと購入者に通知してもらわなければならない。KDPは、メール受信許可設定をしている購入者に、本の更新があったとメールを配信する。ハイライトやメモのデータは失われる可能性がある。本文でも言ったように、これはハックだから。
★13│フランク・キメロ The Shape of Design(デザインのあり方)
★14│グーテンベルク聖書。ありがとう、Wikipedia。
表紙をハックせよ ――すべては表紙でできている
(オリジナル執筆:2012年5月)
http://craigmod.com/journal/hack_the_cover/
クレイグ・モド 著
樋口武志 訳
−−−
彼らのための電子本を作るのだ。あの喜びを。まずは表紙から、ハックを始めよう。
このエッセイの草稿にあたるものが、Codex Magazineの創刊号に掲載されている。
もっと知りたい方には、こちらの記事をお薦めする。
■Has Kindle Killed The Book Cover? (Kindleは本の表紙を殺したのか?)
ベッツィ・モライス、「アトランティック」、2012年4月16日
■Scan This Book! (本をスキャンしろ!)
ケヴィン・ケリー、「ニューヨーク・タイムズ」、2006年5月14日
■The End of Authorship(著者の終焉)
ジョン・アップダイク、「ニューヨーク・タイムズ」、2006年6月25日
−−−
クレイグ・モド 訳:樋口武志 大原ケイ 美しい紙の本/電子の本 ボイジャーより発売中 電子版 本体900円+税 印刷版 本体2,000円+税(四六判240頁・縦書) |
COMMENTSこの記事に対するコメント