1980年代後半以降に生まれた〈ゆとり世代〉の若手編集者へのインタビューシリーズ。久々の更新となる今回は、特別編として『N magazine』の編集長をつとめる島崎賢史郎さん(1991年生まれ)にDOTPLACE編集長の内沼晋太郎が自ら公開取材を敢行。第一線のクリエイターやモデルを多数起用した異例のクオリティで話題になったハイファッション誌を過去2号、ほぼ一人で編集してきた島崎さんですが、今春からの某広告代理店への就職が決まり、最新号には「来年は出せるか正直分かりません」という意味深な巻頭言を残しています。そこに込められた真意や、大学卒業を間近に控えた“現役大学生編集長”の等身大の声を探ってきました。
★2014年1月7日、本屋B&B(東京・下北沢)で行われたトークイベント「〈ゆとり世代〉の編集者 ~『N magazine』のつくりかた」のレポートです。
※「〈ゆとり世代〉の編集者」バックナンバーはこちら
【以下からの続きです】
1/4「別に“島崎賢史郎”を見てほしいわけじゃないんです。」
メール一通じゃやる気は伝わらない?
内沼晋太郎(以下、内沼):『N magazine』は、編集部のような形で同級生の仲間と一緒に作ったりはしていないんですか?
島崎賢史郎(以下、島崎):書店との交渉とかで協力してもらっている子はいるんですけど、編集自体は一人でやっています。
雑誌を作る上では、一人でやった方が良いんじゃないかなと思いますね。例えば誰か二人で作っていて、完全に同じ考え方で「この内容でいこう!」と意気投合できるならいいんですけど、そうじゃない限りは本当に自分なりに突き詰めたいものはできないんじゃないかなと思います。大学のサークルで『ADD Magazine』というフリーペーパーを作っていた時も、個人的に全然面白くないと思っていた企画が通っちゃったりして……その時に「やっぱり自分一人でやろう」と思ったんです。
時々、「『N magazine』の◯◯に共感しました」とか「一緒に『N magazine』の編集やらせてください」という内容のメールももらうんですけどね。
内沼:そういうメールにはどう返してるんですか?
島崎:基本的に返さないです。でも、3回ぐらい送ってきたら返します。
0号で水原希子さんに出てくださいってお願いする時も、1回だけじゃなくて何十回何百回と事務所に電話を掛けて、ようやく出てもらえた。そのぐらい、根気良く何度もメールを送ってくる人にはちゃんと誠意を持って対応しようと思いますけど、1回のメールだけじゃ送り手のやる気ってそこまででもないのかなって……しかもメールですしね。サイトにも雑誌にも携帯番号だってちゃんと載せてるんだから、メールじゃなくて電話してくればいいのに、って思うんですよね。
内沼:逆に、1号目が出て話題になった後、仕事の誘いとかも来たんじゃないですか?
島崎:ありましたね。でも、なんというか……『N magazine』以外で何か一緒にやろう、という話だと「考えるのめんどくせーな」と思ってしまうというか。「あんまりやりたくないことは、社会人になって会社に入ってからやればいいかな」って思うんです。もちろん、面白そうな話だったら食いつきますけどね。
普通、みんなはそこまで頑張れない
内沼:島崎さんの同年代で雑誌を作っている人は他にもたくさんいると思うんですけど、その中で興味があるとか、共感できるような人はいますか?
島崎:一つの街に住みながら、その街を取材して編集していく方式の『TOmag』はすごく面白いと思います。あとは小田明志さんの『LIKTEN』とかも。
内沼:小田明志くんとは、ぼくはわりと前から友人なんです。彼のことはどのあたりが面白いと思いますか?
島崎:直接会ったことがないのでわからないんですけど、どこかのインタビューで書かれちゃったことに対して「僕、そんなこと言ってない」みたいな反応をしていて、「ああ、共感できるな」って(笑)。あとは、自分の雑誌の中で政治のことにも言及していて、自分の意見を持っているところとか。自分は頭も良くないし、できないなと思って尊敬します。
内沼:彼のつくっているものは、メッセージ性が強いですよね。『N magazine』は人が客観的に見てクオリティの高いものを作ろうとしている――つまりいわゆる「雑誌」を作ろうとしていると思うんですよ。だけど明志くんは「自分の作品」という感覚で『LIKTEN』を作っていると思うんですよね。本人も「「雑誌」というよりは、「ストリート・キッズのための教科書」みたいなものを作りたいなと思った」と言っていて、もともと「雑誌を作ろう」みたいな発想から考えていない。「こんなやつを作ろう」と思ってできたのがたまたま雑誌だった、みたいなところがあると思う。僕から見て、明志くんと島崎さんが大きく違うなと思うのはその点です。どちらが良い悪いではなくて、島崎さんの場合は自分にとって共感できるファッション誌がなかったことをきっかけに「自分だったらこういうのを作りたい」と思って作っているのが『N magazine』という雑誌なんですよね。
というか、バイトで200万円を貯めたりしてまで雑誌を作りたい、という島崎さんの強いモチベーションは一体どこから来てるんですか?
島崎:それ、色々な人に訊かれるんですけど、ないんですよね。ただ単純に、フリーペーパーをやったりいろんな雑誌を見ているうちに「作りたい!」と思って。
内沼:これは話を聴いてきて思ったことなんですけど、空手の型を練習したり、厳しい部活でトロンボーンをやったりと、ストイックなことを島崎さんは子供の頃からずっとしてきていて、その中で“頑張るクセ”みたいなのがついていたんでしょうか? 普通、みんなはそこまで頑張れないと思うんですよね。
島崎:そうなんですかね……(笑)。
内沼:なんとなく「カッコイイな、作りたいな」と思ったぐらいじゃ、コンビニで夜勤して、昼はスタバでバイトして、インターンにも行って……みたいなことはできないような気がするんです。
島崎:いや、作りたいと思ったら――更に言うと人間だったら、誰でも全然できると思いますよ。
内沼:もちろん「やればできる」っていう意味でなら、誰にでもできるとは思うんですけど(笑)。さっきおっしゃっていたように、モデルの事務所にいきなり電話したり、色々なプロのクリエイターにアタックしたり、そういうことって多くの人は、初めてやるときは萎縮してできないと思うんですよね。島崎さんのその物怖じのしなさは昔からなんですか?
島崎:いや、物怖じしまくってますよ、全然。電話するのが本当に怖くて怖くてダメな時は、ビール飲んで「怖えええ!」とか言いながらメールしたりしてましたし(笑)。
内沼:でも、水原希子さんの事務所には何十回も電話するんですよね?
島崎:一度電話すると大丈夫になるというのはあります。何回か電話していると、あっちもだんだん「また君か」みたいになってきて、仲良くなったりして(笑)。
自分はまだ学生だし、失うものは別にないなと思っていて。これが社会に出て企業に入ったらその会社の看板を背負うことになっちゃいますけど、“素人の大学生が急に電話をかけてきた”ぐらいのことなので、先方から「協力しないよ」って言われたらそれまでですし、何回も電話して協力してくれることになったらそれでOKですし。その時の勢いだけで話に乗ってくれていた部分も今までたくさんあったのかな、と思います。
この人の“作り方”が知りたくて
島崎:こんなことを言ったら印象悪くなるかもしれないんですけど、業界の中で仕事をしているクリエイターの方々は、気合でのし上がってきている人たちなので、自分も気合さえ見せれば引き受けてくれるんじゃないかな、とも少し思っていて。
0号の時に、あるスタイリストの方に水原希子さんのスタイリングを依頼したら「今はそのモチベーションがないのでやりません」と断られてしまったんですが、次の号を作る時もやっぱりその方にお願いしてみたかったんです。そこでどうしたかと言うと、その方が東京ミッドタウンにあるスターバックスによく来るっていう噂を聞いていたので、そこに0号を持って1週間くらい張りこんだんです。そこに本当に現れたところをつかまえて0号を渡したら「ああ、君があの時に連絡くれた子か」と言って、1号では引き受けてくれた。
世の中にはクリエイターがごまんといますから、そのうちの何人かは応じてくれるんじゃないか、という思いはありますよね。雑誌をたくさん見て研究していた時期に「この人の写真は好きだな」とか「この人のスタイリングは好きだな」と思った人たちをリストアップして、声を掛けていったんですけど。
内沼:意地悪を言うつもりはないんですが、それって、島崎さんが何を作りたいわけでもないようにも聞こえてしまうんですよね。「この人じゃないとダメだ」というのが先にあるんじゃなくて、プロのクリエイターにとりあえず端から当たっていったという風にも見えるというか……。
依頼する理由の大半が「その人の仕事を見て、好きだと思った」からですか?
島崎:そうですね。最初に作った0号の時は、純粋にそういう理由で依頼していました。
その一方で、作品を見ながら「この人はどうやってこの作品を作っているんだろう」とか「そこに自分の考えを入れてみたらどうなるんだろう」ということが知りたかったというのもあって依頼していました。
『N magazine』って、まず企画のしかたから違っているんです。普通の雑誌は、カメラマンに何をしたいかを訊いたりすることはなくて、「こういうモノをこういう風に撮ってほしい」と言ってオーダーする。だけど自分は「クリエイターが本当にやりたいこと・面白いと思うことって何だろう」ということに興味があるんですよね。
0号の表紙を撮ってもらった時も、『世界で一番美しい元素図鑑』(セオドア・グレイ著、創元社、2010年)をカメラマンさんのところに持って行って「今回『元素記号』がテーマなんですけど、好きな元素ってありますか?」と訊くところから始めたんです。そしたら「水素、良いですよね」って。
内沼:そんな依頼が来たら、嬉しいような気もするけど、戸惑う人もいる気がしますね(笑)。
島崎:確かに、そのカメラマンの手腕が問われると思います。でも、僕としては「何にもないところから面白いものを作っていきたい」と素で思っていて……。
内沼:そういうクリエイターとのやり取りとか、ぶつけ合いを島崎さんは体験したかったんですよね。カメラマンさん達も、普段は雑誌側の色々な都合や制約の中で作品を作っている。だけど『N magazine』では完全なゼロから作れるようにする、というのがコンセプトになっているということですよね。
島崎:そうですね。
内沼:1号目が完成した後、どこかのインタビューで「反省点もたくさんある」といったことを話されていたと思うんですけど、具体的にはどういう部分なんですか?
島崎:1号目では、正直良くないなと思っていた写真も妥協して採用したりしていて……。撮影している時は楽しいんです。だけど、写真として上がってきた時に「これ、微妙じゃないか?」みたいなものを都合上入れてしまった。あとは、文章がダメだったり、企画自体が面白くなかったり、色々と反省点はあります。「いつか見たことあるような写真ばっかりになっちゃったな」とか。
1号目と2号目とのギャップ
内沼:これは答えられる範囲でいいんですが、『N magazine』の最初の号はすごく話題になって増刷もかかったりして、非常に売れたと思うんですけれど、その時の利益はそこまで手元に残らなかったんですか?
島崎:利益はゼロです。赤字ですよ。バイトして貯めた200万円は最初にあったんですけど、それでも足りない分は借金してるので、それをやっと返せたくらいです。創刊号は合計で350万円ぐらいかかっていたと思うんですけど、そのうち150万円ぐらいはお借りした感じですね……。
内沼:150万円を借金!?
島崎:そうです。
内沼:ハードなことしてますね……。じゃあ、その借金は2号目が売れないと返せないということなんですか?
島崎:そうですね。
内沼:去年(2013年)の12月に2号目が発売されて、今のところ売れ行きはどうですか?
島崎:悪いです(笑)。0号の時は「大学生が編集長」「水原希子が表紙」「有名クリエイターが多数参加」みたいな触れ込みでメディアに取り上げられたので、「何だ何だ?」という感じで盛り上がった。表紙だけを見て買う人もたくさんいたのでAmazonを中心に結構売れて、「やったぜ、しめしめ」と思っていたんですけど、今回の2号目となると、別に話題にもならないですし、メディアの露出も1号に比べるとかなり少ないので、実感としては「全然売れないな」という感じですね。(※編集部注:2014年3月21日現在は「8割は捌けたな、という感覚」とのこと。島崎賢史郎さん談)
あとは、こういう雑誌を買いたいと思う人が、今あんまり日本にはいないのかな、と思って……。
内沼:でも、自分では「これがいい」と思って作っているわけですよね。「なんでみんな買わないんだ?」とは思わないんですか?
島崎:そういう感じでもないですね。『N magazine』って、わけのわからない雑誌といえばわけのわからない雑誌ですから。単に「面白いことがしたい」っていう自分の思いだけでやっていますし。
もちろん、見た人にも何かしら考えさせるということは意識してます。だから載っている写真に一つ一つ説明を入れるようなこともしていない。それは見た人がそこから何かを想像してもらったり、受け取ってもらえたらいいなと思っているからなんです。
載せている写真は、自分ではすごく良いと思っているんですけど、人によってそれが微妙だと思っても仕方ないかなと思う部分はあって……そういう意味では、『N magazine』は“読者に丸投げ”なんですよね。
内沼:通常の雑誌だったら、読者のターゲット設定をすると思うんですけど、この雑誌ではそういうことは特に考えていないですか?
島崎:一応してます。美大生や芸大生といったクリエイターの卵や、アート・ファッションの好きな人。
内沼:でもおそらく、“そういう人たちが好きそうなもの”を作ろうとしたわけじゃないと思うんですよね。「そういう人に届いてほしい」と思っているだけで。
島崎:そうですね。
内沼:普通、その次に考えるのが「そういう人たちは今、何に興味があるんだろう」といったことで、それに合わせて作っていくのが「ターゲットを設定する」ということだと思うんですよ。
島崎:あ、そうなんですね。あんまりわかってなくて……(笑)。確かに、マーケティング的なことは何もしてないですね。
[3/4に続きます](2014/3/27更新)
構成・編集:後藤知佳(numabooks)
編集協力:安倍佳奈子、松井祐輔
[2014年1月7日 本屋B&B(東京・下北沢)にて]
COMMENTSこの記事に対するコメント