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ドミニク・チェン 読むことは書くこと Reading is Writing

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第9回「読み手と書き手の非対称性② ――プログラマーと作家」

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第9回 読み手と書き手の非対称性② ――プログラマーと作家

前回からの続きです

“Moleskineh” by Amir Kuckovic[CC:BY-NC 2.0]

Moleskineh” by Amir Kuckovic[CC:BY-NC 2.0

 これまでのオープン出版の取り組みにおいては、読み手と書き手はどのような関係を結んできたのでしょうか。
 ローレンス・レッシグの『CODE』 *1 は、90年代末に刊行された当時、政府はインターネットを規制できないと主張していましたが、2000年代に入ってから政府によるネット規制が行われてきたことに対して内容を更新するために、Wiki *2 上で全文を公開し、誤記・脱字などの校正や、紹介事例の更新や追加といった作業を広く募り、その成果は『CODE 2.0』という新しい刊行物に結実しました *3 。その後も、2012年10月まで更新され続けていること *4 は特筆すべきでしょう。
『Code 2.0』のホームページ

『Code 2.0』のホームページ(スクリーンショット)

 
 
 また、O’Reillyから刊行されたCouchDBというデータベースソフトウェアに関する技術書は全文をウェブページ上でCC:表示ライセンスで公開し *5 、GitHub *6 上でソースを公開して読者からのフィードバックを募り、複数の言語に翻訳されていきました。現時点でドイツ語、フランス語とスペイン語で完訳されており、未完ですが日本語のフォーク(分岐)も確認できます。

 こうしたネット上での読者による翻訳や校正といった作業は、本に対する分かりやすい貢献の仕方だと言えるでしょう。また、最終的に『CODE 2.0』の印税はCreative Commonsに寄付されたので、参加者の一部は賛同する理念を掲げるNPO団体に対して、金銭ではなく労働力を寄付する意識を持てたとも言えます。そして、校正プロセスに著者や出版社以外の人間を招き入れることは、オープンソース型ソフトウェア開発におけるリーナスの法則「監視する目が多ければ間違いは減らしやすい」 *7 に似た合理性を持っています。同様に、他言語への翻訳はソフトウェアを新しく分岐(フォーク)させ、異なる作動環境に最適化したりする行為に似ています。それでは、どうしてそもそも読者はこのような労働を自ら無償で引き受けるのでしょうか

 オープンソース型協力モデルの構造については多くの論者が明らかにしようとしてきたことです。社会的な名声、倫理感の充足、著名な人物とのつながりを感じることのできる喜び、そうした金銭では測ることのできない報酬があるからだと指摘されてきました *8 。経済的要因としては、業界で有用だと評価を受けるソフトウェアの開発プロジェクトに参加した実績がネット上に記録されることで、就職や転職に有利に働いたり、フリーランスとしても仕事の受注につながる可能性が生まれたりすることが挙げられるでしょう。原理的には、書籍の世界においても、多くの本の校正作業に参加した実績がGitHub上で記録されれば、編集の仕事に就くことに有利に働くというキャリアパスが生まれることは非現実的ではないでしょう。
 ソフトウェアの世界においてはこの協力モデルが、「プログラムが読まれることはプログラムが書かれること」の循環を生み出すことに成功してきました。しかし、それをそのまま「本」という媒体に当てはめることはできません。最大の理由は、プログラムの読者と本の読者の性質が大きく異なるからだと言えます。プログラムの読者の99%はプログラマーであるといっても過言ではないでしょう。つまり、スキルの差こそあれ、作者と読者は同じくプログラマーであるケースがほとんどです。しかし本の読者の99%は逆に本を書いたことのない人でしょう。例えば『CODE 2.0』のケースでは、この本の分野に関心の高いであろう50名程度の人たちが編集に参加 *9 したに過ぎませんし、CouchDBの本も各国のエンジニアが翻訳を行っています。こうして考えてみると、本の読者はプログラムの読者と比較して、圧倒的に「執筆」経験が少ないということも、オープン出版における創造の循環がオープンソースの場合と比べて規模も小さく、事例も少ない要因の一つとして考えられるでしょう
 しかし、ここで注意したいのは、プログラムの読者がプログラマーであるからといっても、大半の人はまだ自分で書き上げたプログラムを公開する経験がないということです。つまり大半のプログラマーは、短い文章は日々書いていますが、本というボリュームを一人でまとめあげ、しかもそれをオープンソースの形で公開するという経験を持っている人は少ないでしょう。そういう意味でいえば、本でいうところの一般的に想起される「著者」として認知されているプログラマーは全体から見たら少数ではあります。ただ、本の読者と比較した時には、圧倒的に「執筆」体験がある程度豊富な人が多いという比較は覆らないと考えます。

 もちろん、プログラムと自然言語の文章は目的が大きく異なります。プログラムは「機能」というある明確な目的を実現しなければならないため、論理的破綻は許容されない世界です。対照的に、自然言語の文章はたとえ論理的に整合していない場合でも、強いメッセージ性や感情提起がみとめられれば十分成立するものですプログラムは散文よりも自由度が圧倒的に低いのです。その意味では、プログラムのバグを潰す方が、文章の齟齬を指摘する場合よりも、原作者と指摘者の合意形成が容易 *10 ですし、前者はプログラムの改良(エラーを起こさなくなるので機能性に寄与する)という指摘する側にとってもメリットとなる分かりやすいゴールが見えている分、具体的なメリットが見えづらい後者よりも参加に対する報酬の期待値が大きいと言えるでしょう。
 このように、他者のプロジェクトに小さい貢献をすることで大きな学びや達成感、そして人々の役に立っているという社会的充足感を得るために、プロフェッショナルなプログラマーの人の多くがDIY的な「日曜プログラミング」を趣味としてることも首肯しやすいと思います。他方で、プログラムを評価する基準は実現している機能や効果などある程度明確に(つまり定量的に)合意が取れるものですが、文章を評価する客観的な体系はなかなか共有しづらいことは、文章を書くことの方がプログラミング言語で書くことよりも敷居が低い反面、文章の協働制作はプログラミングの場合よりも難しいことの原因になっているとも考えられます。

 しかし、こうしたプログラムと本という成果物の本質的な差異はあれど、「本」においても書き手と読み手の非対称性を埋めることは様々な方法で可能なのではないかと思います。そしてその可能性にこそ、「書籍の電子化」の本質的な意義が隠れているのではないかと考えています。書き手と読者の関係性から、より多くの読者が潜在的な作者になるための施策を考えるために、ソーシャルネットワークの潮流が現在、パブリック(Facebook的)からクローズド(LINE的)に移行していることがヒントとなると考えています。次回は、クローズドなネットワークで読み、書かれるものとして本を再定義してみて、そのことがもたらす「編集」の意味について考えていきます。

[読むことは書くこと Reading is Writing:第9回 了]

 
 

*1│『CODE』
Lawrence Lessig, “Code and Other Laws of Cyberspace”, Basic Books, 1999
 

*2│『CODE』全文が公開されたWiki
URL: https://www.socialtext.net/codev2/
 

*3│ローレンス・レッシグ『CODE 2.0』
URL: http://codev2.cc/
 

*4│『CODE 2.0』編集履歴
URL: https://www.socialtext.net/codev2/?action=revision_list;page_name
 

*5│『CouchDB: The Definitive Guide』
URL: http://guide.couchdb.org/
 

*6│『CouchDB: The Definitive Guide』への読者からのフィードバック(GitHub)
URL: https://github.com/oreilly/couchdb-guide/issues/
 

*7│「監視する目が多ければ間違いは減らしやすい」
エリック・レイモンドによる定義を参照。リーナス・トーヴァルズ本人による定義は、参加の動機付けとして、個人的な欲望以外に社会性の追求や、ただ楽しいから、という要因が重要とするものです(Wikipedia: リーナスの法則)。
 

*8│オープンソース型協力モデルの構造に関する考察
Pekka Himanen: “The Hacker Ethic: A Radical Approach to the Philosophy of Business” (2002), Yochai Benkler: “The Penguin and the Leviathan: How Cooperation Triumphs over Self-Interest” (2011)や、直近ではGabriella Coleman: “Coding Freedom – The Ethics and Aesthetics of Hacking” (http://codingfreedom.com/, 2013)が参考になります。
 

*9│『CODE2.0』編集参加者一覧
URL: https://www.socialtext.net/codev2/?action=workspace_membership
 
*10│原作者と指摘者の合意形成
文章の「てにをは」や誤記などは分かりやすいですが、句読点の打ち方などの表現にかかる部分についてはどちらが良いという客観的指標は確立しづらいでしょう。


 
 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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PROFILEプロフィール (50音順)

ドミニク・チェン(Dominick Chen)

1981年、東京生まれ。フランス国籍。博士(東京大学、学際情報学)。NPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者。主な著書に『電脳のレリギオ』(NTT出版、2015年)、『インターネットを生命化する〜プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013年)、『オープン化する創造の時代〜著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論』(カドカワ・ミニッツブック、2013年)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック〜クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社、2012年)。 [写真:新津保建秀]


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