「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第1回は、講談社から独立して、エージェント会社「コルク」を設立した佐渡島庸平さんです。
※下記からの続きです。
第1回:佐渡島庸平(株式会社コルク 代表取締役社長) 1/5
第1回:佐渡島庸平(株式会社コルク 代表取締役社長) 2/5
才能とは、観察力と努力
——少しまた、話を変えさせてください。編集者が発見する、作家の才能についてです。さきほど「超一流を見て学んでから、山のように新人を見ると、いろいろなことがすごく良く分かる」とおっしゃっていました。佐渡島さんの場合、たとえば小山宙哉さんは無名時代から担当されていて、文字通りその才能を発見されたのだと思うのですが、この人に才能がある、というのは、どうやって見つけるのでしょうか。
佐渡島:漫画家にとっての才能は、観察力です。観察力があるどうかを、まず原稿で見抜きます。その次に実際に本人に会って、努力できる人間かどうかを見抜く。才能も磨かれなければ光らない。磨かなければ世に出られない。結局、毎日毎日どれだけ努力するかなんです。1ヶ月に1回磨いたらむちゃくちゃよくなる才能、なんてないんですよ。前日の自分を否定して、一歩でも先に進もうとしているか、そのあがきの回数がどれだけ多い人間なのかを見ている。だから、二十歳前半で才能があっても、あがいた回数が少なければ意味がない。あがく努力があって、観察力がある人は、作家になれます。
佐渡島庸平さん
——あがいているかどうかは、どうやって見極めるんですか?
佐渡島:まずは、自分に対して飽きやすい人間で自己否定があるか。自己否定がない人間は前に進もうとしない。自分がイケてると思って努力しない。その自己否定のあり方も重要です。自己否定が強すぎると気持ちが打ちひしがれてしまって努力をしない。正しい自己否定をしているかどうかを見ます。
——それは会話して分かるものですか?
佐渡島:結構わかりますが、一回だけでは分かりませんね。会社の面接と同じで、面接のときはみんな努力しますって言うわけですから。ネームをどう直してくるかで、才能が分かります。ネーム直しの打ち合わせで、こちらの会話を理解して、期待を超える物を作れるかどうか。その小さい直しの回数が、一年間に1000回なのか、100回なのか。その努力の仕方は寝ないで頑張る、みたいなこととはまるで違います。時間では解決しない。きちんと思考を切り替えて前に進めるかどうかであって、労働時間とは関係しません。
——それは生まれ持った物ですか? それとも努力すれば得られるのですか?
佐渡島:ある種、生まれ持った物と努力の組み合わせです。僕は努力の仕方をアドバイスする。人のこういうところを見るんだよとか……。例えば、内沼さんの顔と、僕の顔は違う。実はアゴの形で人の気性が出る。内沼さんのようなアゴの丸い人物をせっかちに描いたらリアリティーがないんですよ。それを観察することの大切さを僕は新人漫画家に説明します。
——あーそうですか。
佐渡島:漫画家は、その「あーそうですか」というセリフも生み出さないといけないんですよ。
——なるほど、観察力ってそういうことですね! 僕の顔を描いたら「あーそうですか」と言わせられないといけないんですね。
佐渡島:内沼さんの顔を描いて「そうそうそうそう!」と言わせたらダメ。そういうことは、よく見ていれば分かることです。だから、電車の中で「あの人の顔を見てどういうしゃべり方をするか想像してごらん」とアドバイスする。
——作家に練習メニューを与えるのが編集者なんですね。野球のコーチみたいですね。
佐渡島:そこがポイントです。コーチは試合に立てない。ストーリーを書く時は作家個人の心との戦いだから、そこには立ち会えない。ですから一人で戦えるように、新人の時にストーリを作る上で必要な基本的な事をいくつかアドバイスするんですよ。
——良く分かっていないと、良いアドバイスができないですよね。
佐渡島:良いアドバイスとは、良い作家から学んだ物のことです。超一流の作家から教えてもらった事を、どのように引き継いでいくか。
——コルクの新人は、まずは安野モヨコさんや、小山宙哉さんと一緒に仕事をすることで学んでいくのですね。
佐渡島:顔には性格が現れているっていうのは、漫画を描くなら絶対に気にすべき、かなりしっかりとした法則なんです。ほかにもいくつか、全部に当てはまる絶対的なルールってのがあって。それをコルクに入ってきた人間に教えるわけです。
——観察力があるかと、努力できる人間かという以外に、見極めるポイントはありますか?
佐渡島:すべて、その2つに集約できますね。観察力がある作品が、面白い作品です。どんな作品でもそうだと思います。
——たとえば漫画の場合、才能かどうかはわかりませんが、絵の上手い下手という話がありますよね。
佐渡島:みんな、きれいな絵が好きなんです。でも僕は、観察力がある絵が好き。きれいな絵と観察力のある絵は違います。
——でもそれは、佐渡島さんの好みですよね。例えば、きれいな絵を書く才能を発掘したいという新人編集者は、コルクに必要ですか?
佐渡島:そこはすべて自由。僕の好みにはこだわっていません。僕は、社員が、僕が小山宙哉さんや、安野モヨコさんに賭けるのと同じくらい本気かどうかを確認する。社員が本気なら挑戦すればいい。僕がその社員を採用したのは、その才能や趣味を認めたからです。僕の手足となる人間を採用したわけではありません。多種多様な人間がいてこそ、たくさんの作家をサポートできると思っていて、コルクはたくさんの作家をサポートしたいです。
——才能が発掘できたとき、次に編集者がやることは企画ですよね。企画力の鍛え方については、どのようにお考えですか?
佐渡島:自分の心がワクワクしてない時に、自分はワクワクしてませんと正直に言うようにしていくと、企画力がつきます。コンテンツを世に出す時の努力の仕方が、まあ良いと、すごく良いとでは、その結果は1と100ほど違ってくる。企画をすごく良くなるまで持ち上げられれば、その後が楽になって良い結果が出る。結局、自分の作品が売れないと、望まない仕事をしてお金を稼ぐことになる。それよりも、企画を考える最初の時に、本当に心がワクワクするまで練り直し続けて、周りの人に納得して協力してもらえるまで説明を尽くすことが大切です。もちろん、ワクワクする企画を生み出す「心のセンサー」を大切にしておくことも重要です。
時代を手繰り寄せる力
——編集者が企画を立てる際に「時代の雰囲気を掴む」ということがよく言われます。時代の雰囲気を掴む力は、編集していくために必要だとお考えですか?
佐渡島:雑誌の場合は必要ですが、作家やクリエーターは時代とか関係なくこれがやりたい! と考えていることが多い。価値がある物とは、時代の空気と関係なく価値があるはずなので、作家に惚れ込んだのなら、この作家のために時代を手繰り寄せてこの時代を変えてやる! くらいの気概を持って欲しいですね。例えば、「宇宙兄弟」は、宇宙ブームに上手く乗ったと思われがちです。しかし、宇宙の話題はニュースにならない時期がつい最近まであった。でも「宇宙兄弟」で興味をもつ人が増えて、それがニュースになり、さらに「宇宙兄弟」に興味をもつ人が出て、今度は宇宙の話題がニュースになっていく。僕は「宇宙兄弟」と一緒に時代を手繰り寄せることができたと感じてます。
——時代を掴むのではなく、時代を手繰り寄せる。かなり難しいことのように思いますが、どうすればできるんですかね。
佐渡島:まず、しっかりとプロモーションをして部数を出す。そして、興味を持つ人を、世の中に増やしていく。だから、作品は時代に合っていなくてもいいかもしれないけれど、プロモーションの方法は、時代に合わせないといけないですね。例えば、ネット上で話題を作りたかったので、宇宙兄弟では、ユニコーンとコラボして映像をつくり、YouTubeにアップしました。
——そうすると編集者も、時代に合ったプロモーションの方法などには、アンテナが高い人がいいですね。ちょっとネットは苦手で……みたいな人は、コルクには向いていないでしょうか。
★この続きは、DOTPLACEの書籍レーベル「DOTPLACE LABEL」から発売された
『コルクを抜く』からお読み頂けます。
「第1回:佐渡島庸平(株式会社コルク 代表取締役社長) 4/5」 に続く(2013/06/01公開)
「これからの編集者」バックナンバーはこちら
インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成: 清水勝(VOYAGER)
編集協力: 宮本夏実
COMMENTSこの記事に対するコメント