COLUMN

【リレー連載】 本についての本について

【リレー連載】 本についての本について
第1回 円城塔・評『ツール・オブ・チェンジ 本の未来をつくる12の戦略』

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本/本屋をテーマにした新刊が続々と出版される昨今。DOTPLACE編集部が気になる「本についての本」を、毎回さまざまなゲストに紹介していただきます。第1回目は、作家の円城塔さんの登場です。

本のつくり方を、本で伝えることができるのは何故でしょうか?

[評者]円城塔

今回の「本についての本」
TOCcover-1ツール・オブ・チェンジ 本の未来をつくる12の戦略
オライリー・メディア(編)、秦隆司(訳)、宮家あゆみ(訳)、室大輔(訳)
[ボイジャー、2013/11/1発売]

本のつくり方を、本で伝えることができるのは何故でしょうか?

一見なぞなぞのようにも見える問いですが、これは将来の本の形にとって本質的な問いです。もしも何かを作る方法を、文字メディア以外の形で適切に伝えることができ、そちらの方がより高い効率性を誇るなら、本という形式が好事家の趣味以上のものとして残ることはほとんど期待できないからです。
実際のところ、とりあえず編み物をはじめてみるときなどは既に、入門用の本を買うよりも、手近の端末から動画を見に行った方が早いわけです。全てのリッチコンテンツ化が進んだときに、文字情報とせいぜい図版によって構成されている本なるものはどれほど対抗できるものなのでしょうか。
素晴らしく調整され、とてつもない性能を持った、何か本ではないメディアが登場したとします。その製品を目の前にすると、もう本の未来はない、という気持ちになるかも知れません。しかし製品の見かけというのは本当に一面的なものにすぎません。まず第一に生産コストの問題があります(その製品をつくるのに地球を一個消費しなければいけないような製品などは問題外です)。新しいメディアをめぐる法的な問題も生じるでしょう(たとえばその製品が、人工的に生産された人間そのものであったりしたら?)。そうしてこれはつい忘れがちなのですが、製品を更新していくのに必要なコストというものもあります。
幸か不幸か、まだ当面技術革新が続くことは避けられません。もしあなたが手持ちの本の重さにうんざりし、「自炊」と呼ばれるスキャニングデータの保持を試みたことがあるならば、次のことを是非比較してみて下さい。過去にスキャンしたデータと、現行のデジタル技術で手に入るデータの品質。自炊にかかった費用と、現在そのデータを入手するのにかかる費用。そうして、あなたが自炊したデータと現在手に入るデータにアクセスしている頻度。自炊になじみのない方は、デジタルカメラで保存しておいた旅行の写真などを比べるのでもよいでしょう。
いかがでしょうか。多くの場合、その後の技術革新の速度が、過去の行為を一息に凌駕しているのではないでしょうか。
何かの製品を評価するには、収益、価格、権利だけではなく、イノベーションをも考慮に入れなければならないわけです。
そうした視点から眺めてみると、文字情報、あるいは本というものは大変安定的なメディアであると言えます。この安定性は、文字情報さえ同一性を保てるならば、実現のされ方は問わないという事情に多くを依ります。つまり実現される技術が更新されていこうとも、基盤は同じものを使い回すことができるわけです。これはイノベーションが進行していく中での大きなアドバンテージです。かつて一世を風靡したコンピューターゲームへのアクセスが困難になり、たとえアクセスできたとしても、ノスタルジアを満たす以上のものではないという事実に比べ、文字情報の持続性は圧倒的です。
文字情報で可能となるのは、コストを低く抑えることと、比較的安定的な情報の伝達です。編み物を学習するのに動画を参照するのはとりかかりとして便利ですが、実際に手を動かしていく段になると文字情報での参照の方が有利になります。編み図の読み方や、編み方の種類を伝えるのに動画はそれほど高い性能を持たないからです。
ですから、何かのつくり方を伝える場合に、文字情報がなくなることはないでしょう。つまり、本のつくり方を本で伝えることはとても自然なことなのです。

本書に収められているのは、電子書籍をめぐる考察のあれこれというか、とりかかりとしての短い考察たちです。思いつき集ということもできるでしょうし、もっときちんとした議論を望む人もいるでしょう。しかしここで行われているものは、既に最適戦略ができあがったものの解説ではありませんし、教科書的な説明でもありません。急速にイノベーションが進行中の分野で日々交わされている議論の一部です。最前線にいる人々からすれば当たり前すぎる話でしょうが、膨大な情報から必要な情報を取り出す技術の革新を日々願う視点からすると、ジャングルを縫う獣道のような有用性がここにはあります。あるいはとりあえずの概観を掴むのに有用な戯画化された地図として使うこともできるでしょう。少なくとも、落とし穴を避ける注意は多すぎて困るということはありません(ほとんどの先行者は落とし穴に落ちたきり這い上がれずにいるわけですから)。
この本を有効に利用することができる読者は以下のような人々でしょう。

・この文章のようなオライリー風文章を読むのが苦痛ではない人。
・タッチパネルだけではなく、キーボードを備えた端末をメインに作業している人。
・読書中に気になった箇所や単語をすぐ検索しなければ気が済まない人。
・読書中の思いつきを実現するために、必要となるスタッフをすぐ探しはじめるような人。
・この本に補足する文章をすぐネットに上げられるような人。
・これから先へ進もうとする人。

[本についての本について:第1回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

円城塔

1972年北海道札幌市生まれ。東北大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2007年、「オブ・ザ・ベースボール」で第104回文學界新人賞受賞。2010年、『烏有此譚』で第32回野間文芸新人賞受賞。2011年、第3回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞受賞。2012年、「道化師の蝶」で第146回芥川賞受賞。