第4回「日本でのオープン出版の実践④」
前回までに拙著『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』で実践したオープン出版の取り組みについて振り返ってきました。ここでは反省と将来への見通しについて書いてみたいと思います。
まず、PDFというメディアの妥当性は、2013年末現在では再考する必要があると思います。PDFの利点としては、様々なブラウザやOSで標準対応されており、スマホでもブラウザからローカルのディスクや、専用リーダーに容易に保存することだったり、紙版と同じレイアウトを表示することができるといった点が挙げられますが、欠点としてはデータが重いことに加え、特にスマホでの可読性が悪い、というのが問題だと個人的に認識しています。端的にいえば、ePubのように文字のリフローができないので、手動でタップやピンチ操作を行ってズームをしなければならず、スクロールの便が悪いということだと言えます。
商業出版と直接的には関係しないですが、このPDFの問題は、東日本大震災以降、日本でも活発に議論されるようになってきたオープンデータの問題ともリンクしている気がします。官公庁が発信する様々な統計データや文書がPDFで公開されると、例えば別のウェブサービスで自動的に読み込んで別の形式で表示するといったマッシュアップを行うことや、統計データの集計や分析が困難になることが具体的な問題として挙げられます。
一言でいえば、1人のユーザーとして考えた時にも、PDFというファイル形式の利便性が薄れてきているということに尽きるかと思います。個人的には、学術論文のPDFをアノテーションを付けて読むために初代iPadを購入しましたが、そのような専門的な用途以外では、Amazon上でのKindle版タイトルが増えるに連れてKindle形式で読むことが増えてきたこともあり、デジタルでPDFを読むのはノートPCかiPadのようなタブレット端末のみになってきました。
1人の著者として改めて考えると、次に自分の本でオープン出版を行うとしたらPDFは選択肢の一つとして検討するかも知れませんが、ePub形式をメインでプッシュするかと思います。しかし、それはあくまで「読書」をターゲットに据えた話であり、オープン出版は読書体験を提供するだけの概念ではありません。
ここからようやく本連載のタイトルの核心の話になります。オープン出版とはそもそも、ただ著作権を柔軟にして、より多くの潜在的読者にリーチするための、いわばマーケティングの方法だけではありません。いわゆるフリーミアム・モデルを採る出版マーケティングはこれまでも多数あり、最近も増えてきていますが、その観点から見ればこれまで話題にしてきたオープン出版とは、確かに「無期限のフリーミアム」として捉えられるかもしれません。しかし私はオープン出版を従来のそうした商業出版の目的として見てしまうと、その可能性を矮小化してしまう危険性があると考えます。
オープン出版は、何よりも著者に対してのインセンティブ設計であるべきだと考えます。確かに、従来の出版社の販促経路に止まらず、著者自身もネットを活用して自由に書籍のデータを発信して新たな読者を得る、というのはオープン出版がもたらす功利の部分として議論されるべき点だとは思います。しかし、オープン出版が真に革新的になるのは、それが執筆のプロセスに影響をもたらし始めた時だと思います。つまり、読者を執筆のプロセスに巻き込むことに成功できた時に初めてオープン出版のレベルが一段高くなるのではないかとイメージしています。
次回以降では、オープン出版の概念を拡張することで、どのように新しい出版を考えることができるのか、ということを考えていきたいと思います。
[読むことは書くこと Reading is Writing:第4回 了]
読むことは書くこと Reading is Writing:第3回「日本でのオープン出版の実践③」 by ドミニク・チェン is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.
COMMENTSこの記事に対するコメント