第3回「日本でのオープン出版の実践③」
前回はオープン出版を実践する前段階について書きましたが、今回は実施した結果と振り返りを行ってみます。
拙著『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』の刊行に際して、非営利に限定した自由な複製、共有、そして改変を許可するCCライセンスを付けたPDFを無償提供するということに著者である私と版元のフィルムアート社で合意した後に具体的に行ったこととしては、この目的を実現するための既存のアプリケーションが存在しなかったため、私自身でシステムを書きました。
まずは本に付録するダウンロード用のユニークな12桁のコードを初版部数の2倍程度分、自分で書いたプログラムで作成して、印刷用のcsvデータとして整形しました。次に同じデータセットをウェブアプリケーション用のデータベースに格納し、アプリケーション側ではその中でコードを入力するとダウンロードが開始する、というインタフェースを作りました。一つのコードで一定回数(この場合は2回)までダウンロードを許可したり、またPDFのファイルURLが見えないように高速にPDFを出力する仕組みを使ったりしています。このアプリケーションは専用ドメイン*1上で展開するウェブサイトとして、本の推薦文や目次紹介を行うランディングページとしても機能させました。読者はこのサイトのダウンロードセクションにアクセスし、本の袋綴じに表記された12桁のコードを入力すると、アクセスしている端末にダウンロードされます。
結果としては、『フリーカルチャー〜』の場合は販売開始から1年半弱経過した現在で363回のダウンロードが計測できました。実販売部数の正確な数字は把握できていないのですが、この数字は実販売部数の15%程度だと思われます。この数が多いのか少ないのかは見る人によって評価が分かれると思いますが、個人的にも決して多いとは言えない感覚はあります。ただ、PDFに表示−非営利−継承のCCライセンスが付いているため、ダウンロードした人は自由にシェアすることができるので、購入していなくてもPDFを閲覧している人の数は確実にもっと多いでしょう*2。著者としては、このような一見大胆な取り組みを行っても、発売から2ヶ月後に重版が決定し、その後も同出版社の類書と比較しても遜色のない売上ベースを保てたという実績を日本の出版界で残せたことは、今後のオープン出版の可能性を考える上でも決して意義は少なくないと考えています。
著者の観点からは、共有が許可されているPDFを提供したことにより、TumblrやTwitterなどで抜き書きをしてもらったり、大学の授業で学生の課題として使用されたり、またブログでPDFを配信する人も現れたり、言及される機会を直接目にする機会が多かったという実感があります。この本のどの部分が興味深く思われたのか、ということを目にすることができるのは著者にとっての大きなモチベーションとなります。また、本のPDFデータがあるので、著者自身も知人に自由に配布して、より多くの人に自分の裁量でリーチすることが出来たのは嬉しいことでした。一番実感できたこととしては、PDFを読んでもらった方からの招待講演やメディアの取材が刊行後にすごく増えたことです。改めて刊行後から半年間以上に渡って数えてみると、この書籍に関係するイベントやインタビューなどが39件ありました。言うまでもなく、私のように何万部も売れる本を書いている訳ではない人間としては、これを機に新しく出会った人たちとの関係性も含めて、このように多様な場所で発言の機会を頂けること自体が本を書いた最大のリワードであると考えています。
さて、上記の取り組みを通して色々と課題や改善点も見えてきたわけですが、次回は技術的なことも含めて書き連ねてみます。
[読むことは書くこと Reading is Writing:第3回 了]
注
*1 │ http://www.openfa.jp/(OPEN FILM ART)
*2 │ 実際にPDFがネット上でどれほど流通しているのかという計測はもっと精密に行う方法は模索できそうです。例えばPDF中にAmazonページへのリダイレクトを含む自サイトへのリンクを挿入すれば、その回数はひとつの指標になりそうです。
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