第2回「日本でのオープン出版の実践②」
前回に引き続き、オープン出版の実践について書いていきます。
無事、出版社とも『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』の本にCCライセンスを付けて何らかの形式で本のデータを提供するという合意に至った次に、「無償デジタル版」をどのように提供するかという議論がありました。主には、全文をHTMLページにしてウェブサイトで見られるようにすることと、ePub形式かPDF形式の配布という選択肢を出版社と話しました。
HTML化については、最終的な本の仕上がりと異なる体験をウェブ上で与えることを回避したいという話をしました。ウェブページで読むために書かれていない長さと密度のテキストをHTMLで提供したところで、読書の利便性が担保できないと考えました。ePub形式については、そもそも電子書籍販売の予定がなかったので、ePub化の作業そのものが追加コストとなってしまうということが問題になりました。また、2012年当時はKindle(ハードとアプリ)のようにePubを便利に読める環境が普及していないことも気になりました。なので、最終的に印刷所に入稿するPDFデータを購入者特典として提供するという形になりました。
この時、純粋にオープンライセンスの観点のみに立って、CCライセンス付PDFを公式サイトで無償配布して、読者による自由なシェアを促すことでバイラルの広がりに期待するという路線も当然検討しましたが、それで果たしてCCライセンスの意味がより伝わるのかという疑問も生じました。つまり「オープンライセンスの本」ということよりも、「無料でダウンロードできる本」という認識が広まってしまうことへの懸念がありました。
本来、フリーカルチャーのフリーとは無料のフリーではなく自由のフリーを意味するということを、私だけではなく大勢の人が機会がある度に言及してきましたが、私はここでいう自由度(freedom)は0か1ではなく、グラデーションがあると考えています。その意味で、自分の本にCC:表示-非営利-継承ライセンスを付けたのは、購入者には自分の判断で自由に本の内容を抜き書きしてTwitterやTumblrに投稿したり、もしくは本そのものを知人宛のメールであったり、広くブログ記事等でシェアしてもらっても構わないし、また非営利に限るなら本を翻訳したり、違う形にリミックスしてもらっても構わないという考えからでした。
1人の著者としては、より多くの人に自分の書いたものを届けたいという思いがあるのと同時に、300ページ超の本は未だ電子端末よりも手に取る紙の本の方が可読性が高いので、PDFを見て読み進めようとする人の多くに対しては紙の本の購入への導線として機能するはず、という考えを持っていたので、出版社的にも損はないと考えていました。
同時に、書籍や商品の購入者にデジタル版を無償で提供するという動きについて、米マーベルコミックスによるiOSアプリと連動したコミック本販売の形態や、レコード盤にmp3版のダウンロードリンクが付いてくるというアメリカの音楽業界のトレンドなどが先行して存在していたことを知ったということも影響しています。
また、オープンブックスという2003年から展開しているプロジェクトを通して、新著や絶版本にCCライセンスを付けたり、インターネットアーカイブ上でデータを公開しているオライリーメディア社CEOのティム・オライリーが2007年に、CCライセンス付のPDFの無償公開を行ったものと、普通に販売したもの2冊の類書の売上を定点観測したところ、前者については特に売り上げが通常と比べても変わらないにも関わらず、ネット上での言及数は10倍ほどの差があったと報告していることや、本書で取り上げた複数の海外の事例の報告(実際に米国では、ローレンス・レッシグ、ダン・ギルモア、ヨハイ・ベンクラー、コリー・ドクトローといった多くの著者が、自著のPDFを無償公開するということを行っています)からも、出版社にとって危険な行為ではないという認識を持っていました。
次回は拙著のオープン出版の実践の結果と振り返りを行いたいと思います。
[読むことは書くこと Reading is Writing:第2回 了]
読むことは書くこと Reading is Writing:第2回「日本でのオープン出版の実践②」 by ドミニク・チェン is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.
COMMENTSこの記事に対するコメント