COLUMN

水野祐+平林健吾 Edit × LAW

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第2回「六法」

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第2回「六法」

平林健吾

はじめまして、シティライツ法律事務所の平林健吾と申します。代表の水野がまたライブに行ってしまったので、本日は代表に代わりまして平林が「六法」について書かせていただきます。

六法とは、法令集のことです。六法全書、という方が馴染みがあるかもしれません。現在、様々な六法が刊行されています。いくつか例を挙げてみましょう。まずは、有斐閣の『六法全書』。大御所です。どのくらい大御所かというと、ちょっと画像の角度を変えて、はい、こちら。一瞬、どちらの面が背表紙なのか分からないほどの厚さです(中身は2分冊になっています)。三省堂の『模範六法』もポピュラーです。ネーミングに、我こそが模範的な六法であるぞ、という自信がみなぎっています。携帯性を追求した『ポケット六法』というのもあります。ちょっと大きすぎてポケットに入らないのは仕様です。それから『デイリー六法』。何かとリスキーな現代社会、毎日のお供に。この他にも、まだたくさんの六法が刊行されています。

さて、しばらく前のことになりますが、岩波書店が六法の刊行を終了すると発表しておりました*1

岩波書店と聞いて私が真っ先に思い浮かべるのは、ミヒャエル・エンデ作、大島かおり訳、山吹色のハードカバー、『モモ』です。私が『モモ』に出会ったのは小学校2年生の時でした。学級担任の青木先生が、ラジオドラマの『モモ』*2をダビングしてきて、給食の時間にクラスのみんなに聞かせてくれたのですが、これが大変おもしろくて、それで両親に本を買ってもらったのです。まだろくに漢字も読めなかった当時の私にとって、360ページもある字だけの本(私は、幼いころ、大人たちが読んでいる絵本以外の本を「字だけの本」と呼んで畏怖しておりました。)を読むというのはかなりチャレンジングだったわけで、最後まで読みきったときの達成感は大変なものでした。思い返してみると、『モモ』を読み通したという一種の成功体験が、私が本を読むという行為を好きになる一つの契機だったように思います。それから、私はエンデの大ファンになりまして、『はてしない物語』やジム・ボタンシリーズに出会うわけです。けれども、これは別の物語、いつかまた別のときに……。

だいぶ話が逸れましたが、このように思い入れのある岩波書店が六法の刊行を終了するというので、少しセンチメンタルな気持ちなりました。と同時に、私は、ある驚くべき事実に気付かされてしまったのでした。

紙の書籍の六法、もう使ってない。

そう、私、ここ数年、業務で法令を参照する際に、紙の書籍の六法は使っておりません。では、私が、現在どうやって法令にアクセスしているかというと、ネットの法令集を使っています。紙の書籍の六法を使うよりも、ネットの法令集を使う方が生産性が高いからです。

まず、紙の書籍の六法よりも短時間で条文にアクセスできます。Googleで法令名を検索すれば、たいてい、検索結果のトップに、総務省のイーガブに収録されている法令データへのリンクが表示されますので、リンク先に遷移してページ内検索(⌘+F)で条文番号や条文の一節を検索します。すると、探している条文が見つかります。また、網羅性も紙の書籍の六法よりも優れています。現在、日本には約8000の法令が存在します。総務省のイーガブには、これらの法令がほとんどすべて収録されています。これに対して、紙の書籍の六法ですが、『六法全書(平成25年版)』で910、『模範六法(平成26年版)』で398と、ずいぶん収録されている法令が限られています。最新性もネットの法令集に軍配が上がります。総務省のイーガブの法令データが1、2ヶ月おきに更新されるのに対し、紙の書籍の六法は年1回の改訂です。こういった優位性から、私は、紙の書籍の六法ではなく、ネットの法令集を利用するようになりました。

かつて、紙の書籍の六法の登場は、革新的でした。それまでも、法令は、官報によって交付され、国民に公開された情報ではありました。しかし、一般市民が実際に法令にアクセスするのは容易ではなく、官報のバックナンバーや法令全書*3が所蔵されている図書館などに行って、読解困難なこれらの書物を調べるしかありませんでした。紙の書籍の六法は、官報や法令全書の膨大な情報の中から使用頻度の高い法令の情報を厳選し、読みやすさを高めるために改正の折り込み作業を施し*4、誰もが容易に入手できるよう書籍というパッケージにして、世に送り出されたものでした。紙の書籍の六法の登場により、一般市民が法にアクセスするための環境は飛躍的に改善されたのでした。

このように、法を我々市民にアクセス可能な情報とするために、欠くことのできない存在であった紙の書籍の六法ですが、より利便性の高いツールが登場してきた現代にあって、その役割を終えつつあるのかもしれません。少しさみしいような気もします。しかし、法を市民にアクセス可能な情報とする、という六法の志は、新たに登場してきたツールによって受け継がれていくのでしょう。

[Edit × LAW:第2回 了]



*1│六法の刊行終了にあたって


*2│ちょっとネットで検索してみたところ、意外にもたくさんの情報が見つかりました。どうやら、1985年にNHKラジオで放送されたもののようです。キャストが、語り:山崎努、モモ:宮城まり子、マイスター・ホラ:森繁久弥、ジジ:橋爪功などとされています。豪華です。さらに驚いたことに、某サイトで全部聞ける……ネットは広大だわ……。


*3│官報で公布または公示された事項を編集し、1か月ごとにまとめて発行される定期刊行物です。官報と同じく独立行政法人国立印刷局から発行されています。


*4│法令は制定された後に何度も改正されるのが一般です。この改正は、通常、「◯◯法の一部を改正する法律」という形式で交付されます。しかし、「◯◯法の一部を改正する法律」だけ見ても、改正対象となった「◯◯法」の内容は分かりません。なぜなら、たとえば、この「著作権法の一部を改正する法律」をご覧いただければ分かるとおり、「◯◯法の一部を改正する法律」は「◯◯法」の改正箇所が摘示されるだけだからです。改正の折り込み作業というのは、この改正箇所を、制定当時の「◯◯法」の条文に織り込んで、法律の現在の姿を一覧できるようにする作業のことです。

 
 
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Edit × LAW②「六法」 by 平林健吾、Kengo Hirabayashi is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.


PROFILEプロフィール (50音順)

水野祐+平林健吾

水野 祐(みずの・たすく) │ 弁護士。シティライツ法律事務所代表。武蔵野美術大学非常勤講師(知的財産法)。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。Fab Commons(FabLab Japan)などにも所属。音楽、映像、出版、デザイン、IT、建築不動産などの分野の法務に従事しつつ、カルチャーの新しいプラットフォームを模索する活動をしている。共著に『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション)、共同翻訳・執筆を担当した『オープンデザイン―参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン)などがある。 [Twitter]@taaaaaaaaaask 平林 健吾(ひらばやし・けんご) │ 弁護士。シティライツ法律事務所。Arts and Law。企業内弁護士としてネット企業に勤務しながら、起業家やスタートアップ、クリエーターに対する法的支援を行っている。近著:『インターネット新時代の法律実務Q&A』(編著・日本加除出版、2013年10月)。