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水野祐+平林健吾 Edit × LAW

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第12回「表現の自由の限界」

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第12回「表現の自由の限界」

平林健吾

シャルリ・エブドの襲撃事件以来、シャルリ・エブドの預言者ムハンマドの風刺漫画について「表現の自由といえども無制限に認められるわけでない」という言説を見かけます。

私も、預言者ムハンマドを風刺したというシャルリ・エブドの漫画をネットでいくつか見ましたが、とくににおもしろいとも示唆に富んでいるとも思いませんでした。むしろ、趣味が悪いと思った。心から信じているものをあんなふうに描かれたら真剣に腹を立てる人もいるでしょう。

しかし、私は、あの風刺漫画を描く行為が表現の自由の限界を超えるとは思いません。表現の自由の範囲内として、保護されてしかるべき表現だと思います。

ある表現に不賛成であるというのと、その表現を行う自由が(人に)ないというのとは、まったく別のはなしです。

ウジェーヌ・ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」

ウジェーヌ・ドラクロワ「民衆を導く自由の女神

というわけで、今回は、表現の自由の限界について書いてみます。

■人権としての表現の自由
「表現の自由」は、憲法などで保障される個人の権利(人権)の1つです。現在の日本でも、日本国憲法21条1項で保障されています。

    「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」
    (日本国憲法21条1項)

人権は、もともと国家権力による干渉を排除して個人の自由を守るためのシステムでした。このシステムは「個人主義」を背景に「個人の尊厳」を最高の価値とする思想に根ざしています。「個人の尊厳」とは、個人の人格を不可侵のものとし、個人を相互に尊重する理念です。これは、現在の日本でも採用されている考え方です。

    「すべて国民は、個人として尊重される。」
    (日本国憲法13条第1文)

■「人権には限界がある」の意味
とはいえ、「人権」も無制限に認められるわけではなく「公共の福祉」による制限を受けます。

    「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
    (日本国憲法13条第2文)

「公共の福祉」というのは、「国民の権利」(=人権)の制限を正当化する仕組みです。古くは、「公共の福祉」は、個人の人権よりも優先されるべき社会全体の利益を意味するものと考えられていました(一元的外在制約説)。しかし、この考え方は全体主義的国家観と結びつきやすく「個人の尊厳」を最高の価値とする日本国憲法の考え方には相容れないので廃れました。
その後、「公共の福祉」を、人権相互の矛盾衝突を調整する原理であって、人権に必然的に内在する制約と捉える考え方が主流となりました(一元的内在制約説)。つまり、Aさんの人権とBさんの人権が両立しない時に、どちらか(あるいは両者)の人権を少し制限することで衝突を回避する仕組みが「公共の福祉」であって、人権の制限は他の人権との衝突を回避する場合にのみ正当化されると考えられたのです *1

■人権の制限は法律 *2 で行う
いずれにせよ、「国家」は「公共の福祉」を根拠として「人権」を制限することができます。そして、個々の人権の制限は「法律」で実施することになっています。
なぜ、わざわざ法律で決めるのか。法律は、憲法が許す範囲で(法の支配)、民主的プロセスを経て成立するルールです。この法律というルールが、一人の偉人の賢明な判断とか、単に賛成が多いだけの意見とか、あるいは時の権力者の趣味嗜好とかいったものよりも、間違いを犯す可能性が低いと考えられているからです(立憲民主主義)*3

■表現の自由を制限している法律
現在の日本にも「表現の自由」を制限する法律が存在します。たとえば、以下のようなものです。

◯名誉毀損
不特定多数の人に向けられた表現行為の中で、ある人の名誉を毀損する事実を指摘すると、名誉棄損罪(刑法230条1項)や不法行為(民法709条、723条)の責任を問われます。最近では、元朝日新聞記者が従軍慰安婦報道の記事を捏造と書かれて名誉を毀損されたとして、ジャーナリストや出版社に損害賠償や謝罪広告を求め提訴した事例がありました *4 。名誉毀損は、表現の自由と名誉という2つの権利が衝突する典型的な問題です。

◯プライバシー権侵害
人には私生活上の事柄をみだりに公開されない権利(プライバシー権)があるとされています。他人のプライバシーを暴露する表現行為は、プライバシー権侵害として不法行為(民法709条)の責任を負ったり、差し止められたりすることがあります。表現の自由とプライバシーの衝突事例としては、「宴のあと」事件「石に泳ぐ魚」事件が有名です。

◯著作権侵害
著作権を侵害する表現行為は、著作権侵害罪(著作権法119条等)や不法行為(民法709条)の責任を問われます。また、著作権を侵害する表現は差止を受けます(著作権法112条)。例えば、漫画作品「ハイスコアガール」の事件は表現の自由と著作権とが衝突した事例です *5


◯わいせつ表現
わいせつな文書、図画等を頒布したり公然と陳列したりする表現行為は犯罪とされています(刑法175条)。最近では、漫画家のろくでなし子さんが女性器をスキャンした3Dプリンタ用のデータを頒布したりや女性器をかたどった模型を展示したことが同罪にあたるとして起訴されました *6 。表現の自由とわいせつ表現規制は、過去何度も衝突が繰り返されてきている分野です。

◯秘密保持
秘密を暴露する表現行為が規制されることもあります。たとえば、弁護士が職務上知った他人の秘密を明らかにすることは犯罪とされています(刑法134条)。国家公務員が秘密を漏らした場合にも刑事罰があります(国家公務員法109条12号)。近時、特定秘密保護法という規制もできました。例えば、尖閣諸島中国漁船衝突映像がYouTubeに投稿された事件は、表現の自由と秘密保持義務とが衝突した事例です。

■「表現の自由の限界を超える」の意味
ここまでお読みいただいた方はもうお分かりだと思いますが、「表現の自由の限界を超える」という意味は、法律によって表現行為が制限されている(もし、まだ制限されていないなら、新たな立法で規制すべき)ということです。
さて、シャルリ・エブドの預言者ムハンマドの風刺漫画を規制できる法律は、現在の日本にはありません。では、あのような表現行為は、新たに法律をつくって制限すべきでしょうか? 誰のどのような権利・自由を守るために?

また、現在、日本は国連からヘイトスピーチへの表現規制を行うよう勧告されています *7 。ヘイトスピーチは法律で禁止すべきでしょうか *8

[Edit×LAW:第12回 了]


*1│人権の制限が正当化されるとき
最新の憲法学では、対立する人権相互の調整(一元的内在制約説)以外にも人権の制限が正当化される場合があるだろう、という考え方が支配的です。もっとも、そこから先の議論は百家争鳴です。

*2│法律
ここでいう「法律」は「法の支配」の下で成立する“正しい”法律を意味します。「悪法も法なり」は通用せず、憲法に違反する法律は無効となります(違憲審査制、憲法98条1項、81条)。

*3│立憲民主主義
表現の自由の意義や立憲民主主義については、このブログ記事「民主主義と立憲主義のはなし」に、とても分かりやすくまとめられています。長いけれど、最後まで読んでほしい。

*4│元朝日新聞記者による従軍慰安婦報道をめぐる裁判
元朝日記者が文春など提訴=『慰安婦捏造』は名誉毀損-東京地裁」(2015年1月9日、時事通信社)、「元朝日記者が桜井よしこ氏ら提訴=『慰安婦捏造は名誉毀損』-札幌地裁」(2015年2月10日、時事通信社)

*5│「ハイスコアガール」事件
同事件に関しては、著作権法の学者や実務家から、表現の自由に対する萎縮効果を危惧し、刑事手続に反対する声明が出ています(「『ハイスコアガール』事件について ―著作権と刑事手続に関する声明―」)。

*6│ろくでなし子氏の起訴
ろくでなし子さん起訴――『わいせつとは何か』が最大の争点」(2014年12月24日、弁護士ドットコム)

*7│ヘイトスピーチに関する国連からの規制勧告
国連自由権規約委員会による日本政府報告審査における最終見解(2014年7月)及び国連人種差別撤廃委員会による日本政府報告審査における最終見解(2014年8月)

*8│表現の自由とヘイトスピーチ
表現の自由とヘイトスピーチ規制については、桧垣伸次「ヘイト・スピーチ規制論について――言論の自由と反人種主義との相克」、明戸隆浩「ヘイトスピーチ規制論争の構図――規制の『効果』と『範囲』をめぐって」が参考になります。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンスEdit × LAW⑫「表現の自由の限界」 by 平林健吾、Kengo Hirabayashi is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.


PROFILEプロフィール (50音順)

水野祐+平林健吾

水野 祐(みずの・たすく) │ 弁護士。シティライツ法律事務所代表。武蔵野美術大学非常勤講師(知的財産法)。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。Fab Commons(FabLab Japan)などにも所属。音楽、映像、出版、デザイン、IT、建築不動産などの分野の法務に従事しつつ、カルチャーの新しいプラットフォームを模索する活動をしている。共著に『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション)、共同翻訳・執筆を担当した『オープンデザイン―参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン)などがある。 [Twitter]@taaaaaaaaaask 平林 健吾(ひらばやし・けんご) │ 弁護士。シティライツ法律事務所。Arts and Law。企業内弁護士としてネット企業に勤務しながら、起業家やスタートアップ、クリエーターに対する法的支援を行っている。近著:『インターネット新時代の法律実務Q&A』(編著・日本加除出版、2013年10月)。