第2回「インターネットとマンガの現在(前編)」
連載コラムの第1回目では、拡張するマンガとその出会いについて述べた。出会うきっかけの媒体の中で存在感が高まっているのは、やはりインターネットだ。ネットの発達した今の時代、距離にとらわれない人と人の交流が、リアルの世界と並行して進む。ソーシャルメディアの広がりで価値観や趣味に関連する情報を共有する環境も劇的に発達した。その結果、マンガというコンテンツを個人のライフスタイルと結び付けることがより簡単になっているのだ。第2回は「インターネットとマンガの現在(前編)」として、出版社などが模索する、マンガ業界におけるインターネットを介した取り組みを体系化。第3回では「同(後編)」として、ネットを通じて個人とマンガをつなぐキュレーションについて言及する。
ウェブ上の連載マンガや電子コミックを読む――この習慣は、スマートフォンやタブレット端末の普及とともに急速に根付き始めている。調査会社のIDCジャパンによると日本におけるスマートフォンの普及率(2013年6月時点)は49・8%。ニュースサイトのインターネットコムと、gooリサーチが1085人のインターネット利用者を対象に2013年6月に行った調査によると、タブレット端末の所有者の3割が電子書籍や電子コミックを読むために使っているという。従来型の携帯電話向けにも電子書籍は配信されていたが、スマホやタブレットのおかげで、私たちは、マンガをコマごとではなく紙の雑誌のようにページ単位で「いつでもどこでも隙間時間に」読めるようになった。電車の中で紙の雑誌や書籍の代わりに、スマホやタブレットを見る人も目立つ。
もちろん出版社側が取り組みを強化しているという事情もある。1996年ごろからコミック雑誌の売れ行きが落ち始め、出版社は読者との次の接点を模索していたところだった。読者の感想がウェブ上の口コミで広がるという期待もあったのだろう。
その結果として現在ではマンガを楽しめる無数の「サイト」がある。ここでいうマンガを楽しめるサイトとは、ブラウザー上でマンガを読む「ウェブマンガ」とデジタルデータ化された電子コミックを販売またはレンタルする「電子書籍配信サイト」のこと。前者には、スマホやタブレット向けのアプリも含む。
配信サイトには「パピレス」(運営:パピレス)、「eBookJapan」(運営:イーブックイニシアティブジャパン)などがある。いずれもパソコン向けからはじめ、現在ではスマホやタブレット向けに進出している。いまでこそ出版社は自社内に電子書籍を担当する部署などを置いているが、力を入れ始めたのはここ数年。それ以前は、電子書籍配信サイトを運営する企業が各出版社から電子化を請け負い、配信していたのだ。
だがその出版社も今は自社でサイトを運営する時代だ。従来は旧作の紹介サイト中心だったが、各社は「となりのヤングジャンプ」(運営:集英社)、「裏サンデー」(運営:小学館)など新作発表を中心とするサイトを相次ぎ立ち上げており、単行本でヒットする連載作品も出てきている。
またこの分野では「ガンガンONLINE」(運営:スクウェア・エニックス)などマンガを手がける中堅出版社の活躍も見逃せない。大手ほど新作を発表できる雑誌を持たないからこそ、こつこつとウェブでの新作発表に力を入れてきた。
さらにこれまでマンガを手がけてこなかった出版社も参入してきている。ビジネス書や一般書を手がける中堅出版社、イースト・プレスはWeb文芸誌「MATOGROSSO」を運営し、熱狂的なファンの多い高野文子氏の新作を連載。マンガ家、九井諒子氏の同サイトでの連載をまとめた『竜の学校は山の上 九井諒子作品集』なども出版している。
スマホやタブレット向けアプリとの連携も進んでいる。
例えば集英社の発行する「週刊少年ジャンプ」の場合、「shonenjump.com」というサイトで情報を発信しつつ、専用アプリ「ジャンプBOOKストア!」で直接電子書籍を販売。さらに週刊少年ジャンプの「増刊」という形でアプリ「ジャンプLIVE」を立ち上げ、インタビューやマンガを配信している。「ウェブサイトの情報は無料」という意識が根強いパソコン向けに比べてアプリのほうがコンテンツを有料で販売しやすいという事情もあるのかもしれない。
このアプリという読者との接点をフル活用したのが、講談社のモーニング編集部が手がけた「Dモーニング」だ。これまでのサイトやアプリが作品ごとに読者の訪問を待っていたのに対し、「Dモーニング」はより従来の雑誌に近く、月額500円の定額料金で週1回、紙の雑誌とほぼ同じものをアプリを通じて配信している。その結果、出版社側は幅広い種類の作品を紙の雑誌と同様に読者に届けられる。一方読者側にも毎週発売日をチェックして雑誌を買いに行く手間が省けるメリットがある。
今読者が、インターネットを通じてマンガを楽しもうとするとき、十分なコンテンツはそろっている。だが読者がそこから自分に合う作品を選ぶには、コンテンツが多すぎる。読者はなにもマンガだけを読んでいるわけではない。活字の本を読み、テレビやニュースサイトも見て、ゲームもしているかもしれない。読者が作品を探したり読み続ける時間には限界がある。ゲームやソーシャルメディアなどマンガ以外のコンテンツとも「時間」を取り合うのだ。電車の中でスマホやタブレットを見る人も、全員がウェブマンガや電子書籍を読んでいるわけではない。話題のソーシャルゲーム「パズル&ドラゴンズ」やスマホ配信が決まった「ドラゴンクエスト」をやっている人もいるだろう。
時間の奪い合いが生じている今、次の課題はいかにネット上で読者と作品が出会うか、だ。この点はまだ十分ではないと思う。読者の方は「短時間で自分に合うマンガを見つけたい」と考えているのに、どのマンガを読めばいいのかわからない。マンガを発表する側も、自社サイトでの発表以外で何を使えばうまく読者に届くのか戸惑っているように見える。
この中で注目を集めるのが「キュレーション」だ。元は絵画や彫刻などのアート作品をどのように美術館などに展示するかを考えることだったが、最近はあらゆるコンテンツを個人の価値観やライフスタイルにあわせて編集することを示すようになっている。ソーシャルメディアを手に入れた個人が「面白いと思ったマンガを薦める」ことが以前よりも簡単になったことを踏まえ、後半ではマンガの分野のキュレーションの可能性について言及したい。
[マンガは拡張する:第2回 了]
(後編に続きます)
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