COLUMN

水野祐+平林健吾 Edit × LAW

水野祐+平林健吾 Edit × LAW
第1回「契約書」

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第1回「契約書」

水野祐

弁護士は、編集者である。
「キュレーション」とか「戦略的編集」などという昨今ありがちな意味で言っているのではない。弁護士は、旧来的な、いわゆる編集者と呼ばれる職能と同種の編集作業を日々行っている。

どういうことか。
弁護士の仕事の大きな割合を占めるのは、書面の作成という作業である。書面は、裁判用の書面、契約書、警告書などの内容証明郵便などから連絡書のようなレターまで幅広い。弁護士が作成するこれらの書面は、極めて機能的な書面であり、個々の書面には役割やテーマが明確に設定されている。弁護士はこの役割やテーマにしたがって、文字や数字を使って文章や表を作成し、それらを素材として配列(レイアウト)して書面を作成する。
裁判用の書面であれば、こちらの主張に理があることを裁判所に対しいかに説得的に論じられるか、という観点から作成する。契約書であれば、その契約で実現したい目的、契約当事者間の合意内容をいかに明確に、トラブルにならないような形で記載できるか、という観点から作成することになる。
契約書の大きな特徴の一つは、一方当事者だけでなく、契約当事者双方によって編集されていくことである。「契約書の文言って修正できるんですね! 一方的に提示されてそれにサインするものだと思っていました」と言う方に出会うこともあるが、契約書は契約当事者の合意内容を実現するためのコミュニケーション・ツールと捉えるのが正しい。契約当事者双方で修正を繰り返すと、Wordのコメント機能や削除履歴上で、契約当事者間の利害対立がアツいバトルとなって表れることも少なくない。だが、そのようなやり取りも、契約当事者双方が契約の目的にしたがって「あるべき形」に向かって編集を重ねていく共同作業と考えたほうがポジティブであるし、はるかに生産的であろう。

この契約書における編集という観点から興味深い美術作品がある。1999年に水戸芸術館で行われた「日本ゼロ年」展において、飴屋法水が出展した『契約公開』という作品である。
この作品は、会田誠、大竹伸郎、村上隆、横尾忠則といった作家と並んで「日本ゼロ年」展に出品した飴屋と水戸芸術館との間の契約(出品規程、出品制限、報酬など)や飴屋が過去に行ってきた活動において主催者側と交わしてきた契約書やFAXなどの書面のやりとりをそのまま公開したものである。契約書という書面が、契約当事者によってどのように修正が重ねられ、編集されていくのか、その過程を辿うことができる。それとともに、日本の現代美術界のあいまいな契約環境(実は海外も似たりよったりであるが)や、アートという文化的なふるまいとされる所作もビジネスと何らか変わらないということを浮き彫りにした作品だった。

最近公開されたNirvanaがSub Popとの間で交わした契約書 from Sub Pop’s Tumblr

最近公開されたNirvanaがSub Popとの間で交わした契約書。from Sub Pop’s Tumblr



人は、いざ契約書が自分の目の前に差し出されると、契約書の各条項の文言に飛びついてしまい、「文言の海」に溺れてしまいがちである。しかし、実は、契約書の具体的な文言を読む前に、「この契約書が、どのような視点から編集されているのか/されるべきなのか」と考えることは大切なことだ。
すでに述べたとおり、契約書には、当事者がその契約によって実現したい目的やテーマがあり、契約書はその観点から編集されている。契約書には必ず「編集者」がいるのだ。その「編集者」の視点に気づけば、契約書を迅速に、要領よくチェックすることもできる。
また、このような編集的視点で契約書を読み解く場合、昨今の議論では軽視されがちな前文や第1条に配置された目的規定といった条項(英文契約書であれば、「WHEREAS」で始まる冒頭部分)も、ぼくは大事なものだと捉えている。なぜなら、ここには契約書の「編集者」の視点が凝縮されているからである。

契約書をそのような編集的な視点で見つめてみると、ほとんどの契約書は「◯◯を●●円で購入したり、貸したりする契約」だったり、「◯◯という業務を●●円で依頼する契約」だったりという、シンプルな構造を持っている。もちろん、複雑な契約書になると、テーマが複数あったり、条項ごとにテーマがあったりするということもあるのだが、ほとんどの契約書は想像以上に単純な構造をしているものである。
「甲」や「乙」、「瑕疵」や「欠缺」といった難解な法律用語、ジャーゴン、そして「するものとする」、「ただし、〜はこの限りではない」などといった劣悪なレトリックに騙されてはいけない。冗談のような本当の話として、ぼくはかつて先輩弁護士に「できるだけ難解な用語や漢字を使うように」指導を受けたことがあるが、これらのほとんどは法律家の特権性を誇示したいがために使われているにすぎない。
1点留意しておかなければならないことは、素人や手抜きをした法律家が作る契約書については、上記のような「編集」が施されていないので、このような視点で読み解くことができないということである。

さて、本連載の第1回は、弁護士にとって卑近な契約書を題材に、「編集」という視点が契約書を作成する場面ばかりでなく、読み解く際にも重要なのではないか、という提案だったが、いかがだっただろうか。
今後この連載では、本、出版、デザイン、インターネット、そして拡張されゆく「編集」と「法」との関わりについて、ぼくとシティライツ法律事務所という法律事務所を共同で経営する平林健吾が、交代で、違った方向から、筆を進めていくことになるだろう。
「これからの編集」と「法」をめぐるささやかな(そして先の見えない)思考実験に、どうかお付き合い願いたい。

[Edit × LAW:第1回 了]

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Edit × LAW①「契約書」 by 水野 祐、Tasuku Mizuno is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.


PROFILEプロフィール (50音順)

水野祐+平林健吾

水野 祐(みずの・たすく) │ 弁護士。シティライツ法律事務所代表。武蔵野美術大学非常勤講師(知的財産法)。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。Fab Commons(FabLab Japan)などにも所属。音楽、映像、出版、デザイン、IT、建築不動産などの分野の法務に従事しつつ、カルチャーの新しいプラットフォームを模索する活動をしている。共著に『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション)、共同翻訳・執筆を担当した『オープンデザイン―参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン)などがある。 [Twitter]@taaaaaaaaaask 平林 健吾(ひらばやし・けんご) │ 弁護士。シティライツ法律事務所。Arts and Law。企業内弁護士としてネット企業に勤務しながら、起業家やスタートアップ、クリエーターに対する法的支援を行っている。近著:『インターネット新時代の法律実務Q&A』(編著・日本加除出版、2013年10月)。