COLUMN

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)
第5回 ドイツのブックアート

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第5回 ドイツのブックアート

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 本連載の中で、僕がどのようにブックアートに出会ってその世界の中に入り込んでいったのかということについても触れていますが、そこにも書いた通り、僕のブックアートの経験や活動はドイツと切り離せないものとなっています。こういう話をすると、「ドイツはブックアートが盛んなのか?」ということをよく聞かれるのですが、今回はドイツのブックアートについて、その特徴や現状などを見ていきたいと思います。

▼ドイツではブックアートが盛んなのか?
 NOです。日本のブックアートの現状と比べると相対的にたしかに盛んであると言えると思います。 ただ、世間一般の中でも、さらにはアートやデザインの世界の中で見ても、 とてもマイナーです。ですから、ドイツでも、ブックアートという前提がない場所で展示をしたり話をしたりすると、「ブックアートとは一体なに?」という質問が必ず出ます。
 しかし、マイナーながらも確実に根付いていると思います。歴史的な流れを見ても、実際に存在している活動を見ても、ドイツの中には確実にブックアートが存在しているように見えます。

▼ドイツでブックアートが生まれる必然性
 〈歴史的な流れ〉とさらっと言いましたが、これは本連載第4回で触れた、ブックアートを構成するさまざまな要素と深く関連します。ドイツにおけるデザインの歴史は、日本でも多くの方々が興味を持っていたり、よく見聞きするテーマだと思います。その中でもグラフィックデザインやタイポグラフィーへのアプローチは、これらがブックアートを構成する重要な要素であることからも、最終的な形としてブックアートが出てくることは想像に難くないと思います。
 また、グーテンベルクによる活版印刷技術の発明も、日本でもよく知られた歴史的な事実だと思います。印刷もまた、ブックアートを構成する大きな要素です。
 もちろん実際にはもっとたくさんのいろいろな状況があって生まれてくるブックアートだとは思いますが、ここで取り上げた大きな2つのテーマを見ただけでも、ブックアートが根付く根拠となる強烈な背景がドイツには存在しています。
 事実、ドイツのブックアート界の現状を見てみたときに、今日でもタイポグラフィーや印刷に重きを置いた作品は、数としては一番多いように感じます(統計を取ったわけではなく、あくまで僕個人の印象です)。

▼ドイツのブックアートを取り巻く現状:〈展示・フェア〉

フランクフルト・ブックフェア(2014年)の「ブックアート部門」。看板に「Artist Book」の表記

フランクフルト・ブックフェア(2014年)の「ブックアート部門」。看板に「Artist Book」の表記

 ドイツに存在しているブックアートの展示やフェアを見てみても、マイナーでありながら確実にその根強い存在感があることを確認できます。
 大きなところでいうと、まず本連載第2回でも触れたフランクフルト・ブックフェアとライプツィヒ・ブックフェアを抜きに語ることはできません。この2大ブックフェアそのものは、日本における「東京国際ブックフェア」と同じく、出版社などが出展する国際見本市といった性質のものなのですが、その中の一つの部門として、決してメインではない小さな部門ではありますが、「ブックアート部門」が存在します。これは大きなことだと思います。ただし縮小傾向であることは事実です。特にフランクフルト・ブックフェアは出展料が高く、アーティストが個人で自分の作品をプレゼンテーションする場所としては難しくなってきていることと、ブックアートのコレクターがだんだんと高齢化し、買い手が少なくなってきていることによると言われています。
 西と東の差で、ざっくりとした、場合によっては偏った見方かもしれませんが、ライプツィヒ・ブックフェアよりもフランクフルト・ブックフェアの方が作品が多く売れるというのはよく聞きます。一方でライプツィヒ・ブックフェアには、「Marktplatz Druckgrafik(印刷グラフィック市場)」というエリアがあります。ここはその名前の通り、印刷やグラフィックによる作品を扱ったブースが集まっており、ブックアーティストもブックアート作品を出展しています(今年の3月のライプツィヒ・ブックフェアでは、このMarktplatz Druckgrafikに僕も個人でブースを出しているので、そのご報告もどこかでできたらと思います)。

フランクフルト・ブックフェア(2014年)、ブルグのブース

フランクフルト・ブックフェア(2014年)、ブルグのブース

 また、先の2大ブックフェア全体と比べると、規模は非常に小さいですが、ドイツのいろいろな地方で、ブックアートに特化したフェアも存在します。フェア全体がブックアートに特化しているので、より純度の高い出展者と、強い関心を持った来場者が集まります。こういった性格のフェアを僕は日本では見たことがありません。
 東京で年に一度開催されている「TOKYO ART BOOK FAIR」は、名前の中に、「アート」と「ブック」と「フェア」が入っているので、なんとなく似た印象を持たれる方もいるかもしれませんが、これはまったく別物と言っていいと思います。ざっくりと違いを説明するならば、「ブックアート」と「アートブック」の違いに尽きると思います。この2つの違いは、それだけで大きなテーマになり得るので、また別の機会にお話ししたいと思います。ちなみに、ドイツにもTOKYO ART BOOK FAIRのようなアートブックのフェアもあります。違う趣向のものとしてそれぞれが存在しています。

ベルリンで開催されたブックアートのフェア(2013年)

ベルリンで開催されたブックアートのフェア(2013年)

ベルリンで開催されたブックアートのフェア(2014年)

ベルリンで開催されたブックアートのフェア(2014年)

ミュンヘンで開催されたブックアートのフェア(2014年)

ミュンヘンで開催されたブックアートのフェア(2014年)

▼ドイツのブックアートを取り巻く現状:〈アーカイブ〉
 ここまで、ブックアートの作り手や作品発表の場を見てきましたが、作品は作られるだけでも、発表されるだけでも成り立ちません。それを鑑賞する人、もっと言うと、購入してアーカイブする人がいます。アーカイブには大きく分けて2種類あって、先ほど触れたような個人のコレクターと、パブリックなコレクションとしてアーカイブする機関が挙げられます。個人のコレクターは、個人なのでもちろんそれぞれ違いますが、あるテーマのもとに作品を収集して、ときどきそのコレクション展を開催されていたりします。パブリック・コレクションでは、美術館や博物館のコレクションとして収蔵されることの他に、図書館のアーカイブの一部としてブックアートの作品が収集されています。
 ただ、先ほどの、個人のコレクターの高齢化に加えて、公立の収集機関の予算も年々縮小傾向にあり、これらの状況はブックアートにとって逆風とも言えます。
 作品をしっかりとアーカイブし、残していき、そして検証されていくことは言うまでもなく重要だと思いますが、 単純に、作品が売れることで作家が生きていくことができ、作品制作を続けていくことができるという側面もあり、その営みは軽視できません。
 このドイツにおけるブックアートのアーカイブは、日本ではなかなか見られないのが現状だと思います。僕が初めてブックアート作品に生で出会ったうらわ美術館(埼玉県さいたま市)は、ブックアート作品のコレクションをしていることで知られていますが、他には僕はブックアートをテーマとしたパブリック・コレクションを知りません(もしあればぜひ教えてください)。

▼ドイツのブックアートを取り巻く現状:〈教育〉

ブルグのアトリエの様子(※クリックで拡大できます)

ブルグのアトリエの様子(※クリックで拡大できます)

 僕がドイツの大学でブックアートと出会っていることから、「ドイツの美術大学はどこにでも一般的にブックアート科が存在しているのか?」と聞かれることもよくあるのですが、これも序盤に引き続いて、NOです。〈ブックアート〉という単語が大学や学科の名前の中に残っている大学はいくつか存在しているのですが、それらは大抵の場合、実質はコミュニケーションデザイン学科のようになっており、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ブルグ)のブックアート科 は、ドイツ国内で唯一、名実ともにブックアートに専念できる環境を有した学科だといえます。
 ブルグにはそういう自負もあり、例えばフランクフルト・ブックフェアなどでは大学としてブースを出しているところはとても少なくなってしまっているのですが、ブルグはそこでブックアートをアピールし続けなければならないという意気込みで出展を続けています。

ライプツィヒ・ブックフェア(2015年)、ブルグのブース

ライプツィヒ・ブックフェア(2015年)、ブルグのブース

 ドイツでブックアートが生まれてくる背景と、〈展示・フェア〉〈アーカイブ〉〈教育〉の3つの側面から、ドイツのブックアートを取り巻く状況を見てきましたが、ブックアートが一つの文化として根付いて発展していくためには、このように〈作り手〉〈鑑賞・アーカイブ〉〈教育〉がそれぞれ相互に関係し合って存在することが重要であると僕は感じています。どれか一つの要素だけが勝手にどんどん進んでいくということは考えにくいです。そして日本には、それぞれの要素のポテンシャルはあるように思います。日本の材料(特に紙)や道具、技術に対するリスペクトはドイツの中でもすごいレベルで、実際にそれは間違っていないと思えます。作品の背景となりうる独特の文化やオリジナリティもあります。それぞれの立場が意識的に一歩踏み出せば、独自性を持った、高いクオリティーの日本のブックアート文化が根付いていくはずでしょう。
 僕が今できることとして取り組んでいるのは、作品を作ること、そしてドイツを中心とした欧米でのブックアートの現状を知って、日本に持ち帰ることです。〈作り手〉ももちろんですが、〈アーカイブ〉や〈教育〉の面で日本のブックアートを一歩前に進めることに興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひ一緒に取り組んでいきましょう!

第6回「ライプツィヒ・ブックフェア2017」に続きます


PROFILEプロフィール (50音順)

太田泰友(おおた・やすとも)

1988年生まれ、山梨県出身。ブックアーティスト。2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリックコレクションとして収蔵している。平成28年度ポーラ美術振興財団在外研修員。 www.yasutomoota.com[Photo: Fumiaki Omori (f-me)]