DOTPLACE読者におすすめの新刊書籍の中で、読みものとしてそれ単体でも強い魅力を放つまえがき/あとがきを不定期で紹介していきます。今回は2回にわたって、ソウルのインディペンデント書店や出版のこの数年の活況を取材した内沼晋太郎+綾女欣伸 編著/田中由起子 写真『本の未来を探す旅 ソウル』(朝日出版社)のまえがき/あとがきをお届けします。
内沼晋太郎+綾女欣伸 編著/田中由起子 写真
[朝日出版社、2017年6月2日発売]
B5判変型(天地240ミリ×左右182ミリ)/本文224ページ/フルカラー
ISBN:978-4-255-01001-4/Cコード:C0095
本体2300円+税
Amazon / 朝日出版社 / 『本の未来を探す旅 ソウル』特設ページ
【内容紹介】
日本から飛行機で少しだけ先、韓国のソウルではいま
毎週のように本屋が生まれ、毎日のように個人が本を出版する。
その多様性を牽引するのは、1980年代生まれが中心の若い世代。
彼らはどんどん独立して、本を通じた活動を広げている。
どうしてこんなに面白いムーブメントが日本で知られていないのだろう?
そこには「本の未来」が転がっているかもしれないのに。
書店主や編集者など、本の現場で果敢に実験を挑む
新世代 20人を訪ねてまわり、ロングインタビューを行なった。
おわりに / Arrival
内沼晋太郎
●同書収録の「はじめに/Departure」(文・綾女欣伸)はこちら。
検索ができない。パソコンもスマートフォンも、そもそも入力できる設定にしていない。設定したとしても、構造も読み方も知らないから、どちらにしても入力できない。知らない人名、気になる店名、興味を持った出来事。言語がアルファベットの国であれば、すぐに検索ができる。意味がわからなくても自動翻訳で、ある程度まではわかる。なのにすぐ隣の国のことが、最初の入力で躓いてそのまま、わからない。僕たちは結局、必要なハングルをメモアプリを経由してコピー&ペーストすることでしのぐしかなかった。
いまソウルで本屋がブームである。ということを知っていた日本人は、出版業界でもほぼ皆無、いてもごくひと握りだったはずだ。そしてもちろん、僕たちがそれを知り、本書を上梓する幸運を手にしたのも偶然にすぎない。常時インターネットに接続され、検索エンジンを掌におさめ、あらゆるウェブサービスが自分にカスタマイズされるようになってからというもの、自分が関心のあるような情報は自然に入ってくるようになっているのだと、うっかり高を括っていた。そんなはずはないのだ。行ってみたら、まるで世界線の違う平行世界がこんなに近くにあったのかというくらい、新鮮さのあまり軽くめまいがした。僕たちは夢中になって、とにかく多くの共通点とささやかなズレが大量に詰まった人の話を聞きまくった。
けれど一方で、ソウルの本好きは、日本の本屋にとても詳しい。韓国の書籍全体の9%が日本語からの翻訳書(93ページ)であるということだけでは、作家に詳しいのはともかく、店のことにまで詳しい理由の説明にならない。とくにジョン・ジヘさん(144ページ)よりたくさんの本屋に行ったことがある人は、日本でも100人もいないのではないか。彼ら彼女らはみな口を揃えて、日本の本屋に学んだのだと言う。誇張でも自慢でもなく、事実、今回取材した人はほぼ皆が、僕の経営している本屋B&Bのことを知っていた。けれど彼ら彼女らも僕たちと同じように、日本語や日本の出版流通システムを正しくは理解しきれていない。だからこそ、自分たちなりに解釈し、咀嚼し、形にしてきた結果が驚くべき果実となっている。本書をここまでお読みいただければわかるだろう。なんということはない。検索できないのは向こうにとっての日本語も同じはずで、要は僕たちが怠慢で勉強不足なだけだったのだ。
ソウルの人たちがこれほど熱心に他国や他産業を研究し、アイデアにあふれた試みを積極的に展開しているのは、本をめぐる状況がより切迫している証でもある。そしてそれは近々日本にやってくる状況に、おそらくよく似ているはずだ。もちろん、本それ自体の未来は、実際に未来が訪れてみないと誰にもわからない。けれど旅をして、人の話を聞きながら、自分がこれから本とどう関わっていくか、未来を考えることはできる。本書に『本の未来を探す旅 ソウル』とやや大仰なタイトルをつけたのは、そういう意味だ。
「本の未来」という言葉に、電子書籍をはじめとするデジタルコンテンツの話を期待した人もいるかもしれない。IT先進国である韓国において、結果、ほとんど誰からもその手の話が出なかったこともまた、示唆に富んでいると言える。もっとも、そうした未来予測をすることは本書の目的ではない。あくまで、僕たちの興奮をそのまま追体験してもらうこと、そして本に携わる人に何らかの考えるきっかけを得てもらうことができていれば、編著者としてこの上ない喜びである。
3年半ほど前に『本の逆襲』という本を書いた。その韓国語版がきっかけとなり、本書が産まれるまでのいきさつは、綾女さんの巻頭言にあるとおりだ。その本は「未来を一緒に作っていく仲間が増えることを願って、この小さな本を終わりにしたいと思います。あなたも『本屋』に!」という一節で終わっている。
もちろん店を開くのは簡単なことではない。けれど、できないことでもない。あるいはより軽やかに、たとえば本業のかたわらでも、夜や週末だけでも、店を持たなくてもバーチャルなユニットでも、本のためにそれぞれの活動をすることはできる。そういう人が増えるほど、本の周辺の文化は多様になり豊かになる。そうした広義の「本屋」仲間を増やすための、一種のアジテーションのつもりで書いた本だった。その後、実際にはじめたい人に向けて具体的なアドバイスをする「これからの本屋講座」という私塾もはじめた。集まった人たちの背中を慎重に押していき、いくつかの店が開店し、さまざまな活動が生まれてきたことに、やっと手応えを感じはじめていたところだった。
ところがソウルに行ったら、若者がどんどんリアルな「本屋」をはじめていた。まずは物件を借りてみよう。屋号をつけて、手元の本を並べてみよう。とりあえず店主になることができた、さて、どうやって続けていこう。ソウルを代表するインディペンデント書店のTHANKS BOOKSのイさんですら、ブームに乗る無謀な若者を心配しつつ、自分も「やって駄目だったとしても良い勉強になったと考えよう」「授業料として創業資金を使えるだけ使おう」と考えて開業した経緯がある(13ページ)。まるでウェブサービスでもローンチするように、店をベータ版としてまず立ち上げて、あとはABテストを繰り返す。先行きはまだわからないと言いながら、失敗してもそれほど大きな問題ではないと言う。続けるためなら、本を売ることだけにこだわらない人も多いと感じた。みな積極的に、地域や特定分野のプラットフォームになることを志向し、その中で生き延びる道を見いだそうしている。
日本ではまだ、若い人が本屋をはじめるなどと言えば、出版業界は斜陽産業だからやめておけ、と言われる。だから僕は自分の講座で、綿密な準備と事業計画、確固たるコンセプトやアイデアの必要性を伝えてきた。もちろん、それも大事だ。けれど同じくらいに、まずやってみて、初めて分かることの大きさは計り知れない。当たり前のことだけれど、あらためてそれに気づかされる旅だった。そのスピード感やフットワークの軽さは、僕にはとにかく眩しく見えたし、皆にもきっと勇気を与えるといい。
「地続きの感覚で、海外に行くような気負いなしにソウルに来るのが面白い」と雨乃日珈琲店の清水さんが言うように(168ページ)、とにかくソウルは近い。本書は主に出版業界に関心のある人に届くだろうが、一風変わったソウルの旅のガイドブック、あるいはノンフィクションとして誤配されたいという微かな希望も持っている。本は言語の壁を越えにくいぶんガラパゴス化しがちで、個性があらわれやすいからだ。検索ではたどり着けないその面白さに味を占めた僕たちの次なる野望は、本書が売れて続編をつくることだ。近くて遠いほどいい。台北は誠品書店やVVGといった有名書店のおかげで、すでに日本でも注目されている。そこをさらに掘るのか? それとも、いろんな噂の聞こえる北京あたりを掘ってみようか。あるいは?
[『本の未来を探す旅 ソウル』(朝日出版社):おわりに/Arrival 了]
▶同書収録の「はじめに/Departure」(文・綾女欣伸)はこちら。
『本の未来を探す旅 ソウル』(朝日出版社)
内沼晋太郎+綾女欣伸 編著/田中由起子 写真
【目次】
・はじめに / 綾女欣伸
・街の文化空間を目指すセレクト書店のフロントランナー
THANKS BOOKS(サンクスブックス) / イ・ギソプ
・SNSを駆使して姉妹で実践する「ビールの飲める本屋」
BOOK BY BOOK(ブックバイブック) / キム・ジンヤン
・Schrödinger(猫の本屋 シュレーディンガー)
・ソウルの若者が憧れる「ひとり出版社」の本づくり
UU Press(ユーユー出版社) / チョ・ソンウン
・詩のブームを背景に若き詩人自ら経営する詩集の専門書店
wit n cynical(ウィットンシニカル) / ユ・ヒギョン
・The Book Society(ザ・ブック・ソサエティ)
・デザインの力で「作りたい本」を作り続ける編集作業室
workroom press(ワークルームプレス) / パク・ファルソン
・「独立出版物」のみを扱う韓国インディペンデント出版の中心地
YOUR MIND(ユアマインド) / イロ
・UNLIMITED EDITION(アンリミテッド・エディション)
・本の未来に対して熱いハートから提言する出版文化の研究者
本と社会研究所 / ベク・ウォングン
・Paju Book City(パジュ出版都市)
・ブランドの物語をドキュメントし続ける韓国発グローバル雑誌
Magazine B(マガジンB) / チェ・テヒョク
・「編集」の力で読者と本の距離を縮める人文系ネット書店
Aladin(アラジン) / パク・テグン
・Aladin中古書店ハプチョン店
・ホンデという街の時間層を記録し続けるローカルフリーマガジン
Street H(ストリートH) / チョン・ジヨン+チャン・ソンファン
・PACTORY(パクトリー)
・MYSTERY UNION(ミステリーユニオン)
・日韓の本屋をつなぐブック・コーディネーター、ついに自分の店を開く
sajeokin bookshop(私的な書店) / ジョン・ジヘ
・オチョダカゲ
・韓国語で本も書く日本人がコーヒーを淹れる文化の匂い立つ喫茶店
雨乃日珈琲店 / 清水博之
・cafe comma 2page(カフェ・コンマ2ページ)
・本屋 探求生活
・インプリントから独立し出版と学校を一体化させる「本のエンジニア」
book nomad(ブックノマド) / ユン・ドンヒ
・「ブッククラブ」で本を読まない人も取り込む読書会主体の書店
BOOKTIQUE(ブックティーク) / パク・ジョンウォン
・教保文庫光化門店
・1984
・個性的な店づくりでストリートを活気づけるソウル版「ヒップ」の体現者
Chang’s Company(チャン・カンパニー) / チャン・ジヌ
・一杯のルルララ
・デザインという視点から「独立出版」界を見続ける反骨編集者
PROPAGANDA(プロパガンダ) / キム・グァンチョル
・ソウルマップ
・おわりに / 内沼晋太郎
・私の好きなソウル(本書登場人物たちがおすすめするソウルのスポット)
【著者紹介】
内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)
1980年生まれ。ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。NUMABOOKS代表、下北沢「本屋B&B」共同経営者。著書に『本の逆襲』(朝日出版社)など。
綾女欣伸(あやめ・よしのぶ)
1977年生まれ。朝日出版社で編集職。内沼晋太郎『本の逆襲』ほか〈アイデアインク〉シリーズ、武田砂鉄『紋切型社会』、Chim↑Pom『エリイはいつも気持ち悪い』などを編集。
田中由起子(たなか・ゆきこ)
1980年生まれ。フォトグラファー。写真集に『R.I.P.』『写真会議録 BRAINSTROMING vol.3 嘘』など。
http://www.yukikotanaka.net
●この連載「Forewords/Afterwords」では、新しく刊行された書籍(発売前〜発売から3か月以内を目安)の中から、それ単体でもDOTPLACEの読者に示唆を与えてくれる読みものとして優れたまえがき/あとがきを、出版社を問わず掲載していきます。このページでの新刊・近刊の紹介を希望される出版社の方は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。
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