COLUMN

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)
第11回 日本に帰ってきました! ――新アトリエ作り(1)

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第11回 日本に帰ってきました! ――新アトリエ作り(1)

◯本連載のバックナンバーはこちら

 前回は、「日本に活動拠点を移します」ということで、ドイツでの活動をまとめつつ、これから日本に活動拠点を移す意気込みを書き綴ったわけですが、その後いよいよ本当に帰って参りました。
 この連載ではこれまで、時間を少し遡りながら僕の「ブックアートの旅」を辿っていったりすることも多かったですが、今回は、帰国直後のほぼリアルタイムな「ブックアートの旅」をお送りします。

ドイツ博物館(ミュンヘン)に展示されている、製本工房のミニチュア模型

ドイツ博物館(ミュンヘン)に展示されている、製本工房のミニチュア模型

▼帰国の大きな壁
 何度も日本とドイツの移動を経験してきている僕ですが、その度にいつも立ちはだかる大きな壁があります。それは引越しです。ブックアートの制作に関わる道具や材料の引越しにいつも苦戦します。基本的には、どこにいても自分の使い慣れた道具で制作をしたいので、例えば断裁機やプレス機といった大きな機械を除いて、全ての道具を移動させる必要があるのと、紙を中心とした、常に新しいものが増える材料のストックは、全てというわけにはいかないまでも、可能であればなるべく手元に揃えておきたいと思っています。
 しかし、これらと一緒に引越そうと思うと、いつもそう簡単にはいきません。
 まず、大事な作品や道具、材料を送るので当然ですが、途中で壊れてしまわないよう、梱包を工夫する必要があります。海を超えた発送をした際に、送ったものが行方不明になってしまったという話も聞いたことがあり(幸い、僕の身にはそのような事件は起きたことがありません)、それはなるべく善いことをして幸運を引き寄せる以外、なかなか防ぎようがないなとも思いますが、梱包に関しては自分の努力次第で、それなりに破損のリスクを下げることができます(ただ、残念ながらこれも100%というわけにはいきません)。この梱包に大変な時間がかかります。
 それから、こういった発送作業には必ず送料というものがかかるわけで、限られた予算の中でなるべく費用を抑えながら安全に移動させるために、不要だと思うものを判断して選ばなければなりません。おそらく僕の性格上、それから制作のスタイル上、これがいつも難しい。なるべく引越しぎりぎりまで制作をして、時間をかけてその判断をしたくなってしまうのですが、今度はそれが梱包の時間を縮めてしまい、命取りになりかねません。
 こういう理由から、引越しはいつも僕にとって大きな壁となるのです。そしてその都度、たくさんの人に助けられ、ここまでやってきました。

 今回、ドイツから日本に引越すにあたって、これまでの数々の苦い経験から、今までで一番慎重に、精度高く、引越しのプランを考えたつもりでしたが、それでもやはり簡単にはいかず、「これは、ブックアートをやっている以上、一生続くのだろうな」と思いながら、なんとかやり遂げ、今、日本にいます。

▼帰国後の新しい壁
 さて、そんなこんなでなんとか帰国したわけですが、一つ壁を超えたら当たり前のようにまた次の壁があるわけです。
 日本に拠点を新しく持つための最初の一歩は、制作の場所を持つことです。元々、ドイツに渡る前は日本で制作をしていましたが、持っている道具や材料、それから制作の内容も、ドイツにいる間に、以前と比べるとだいぶ規模が大きくなってしまいましたので、今回は全く新しく場所を探す必要があります。帰国した次の日から、新たなアトリエの場所探しを開始しました。
 そして今日、帰国してからもう少しでひと月が経ちますが、まだアトリエは決まっていません。色々な選択肢を見ながら、考えながら、僕の制作活動に関わってくださる方々から多くの貴重なアドバイスもいただきながら、一歩ずつ前進しておりますが、まだアトリエはスタートしておりません。そんなに簡単なことだとは思っていませんでしたが、それでも「思い描いていたよりもさらに難しいな」と最初はよく感じました。引越しに苦しみながら、普段の制作をできることがどれだけありがたいことか、これでもかというぐらい感じ、その気持ちを日本での制作のエネルギーに変えようと決意していましたが、まだ充電中です。それでも焦らず、じっくり着実に、新しいスタートに向かっていこうと取り組んでいます。

▼アトリエへの思い
 アトリエといっても、僕が今考えているアトリエは、ただ作品を作ることができればいいと考えているわけではありません。
 日本の大学の学部生だった頃、ウィリアム・モリスの『理想の書物』を参照しながら、これからの本づくりを考えていました。ウィリアム・モリスのケルムスコット・プレスのことを考えるときはいつも、工房というのはその制作活動の一つの重要なシンボルになるように感じました。「いつか僕も、自分の活動のシンボルとなる制作拠点を持つべきだ」と思いながらこれまでやってきたわけですが、今がその一歩を踏み出すタイミングなのではないか、どういう形でその一歩を踏み出せば良いのだろうかと、これまでにはないレベルの実感を伴って考えています。もちろん、いきなり全てが理想的に揃ったアトリエを構えられるわけはありません。この未開拓のブックアートで、ほとんど0からのスタートで、そんなに整った環境が容易に手に入ることはありませんが、これも僕のブックアートの旅。挑戦の気持ちを忘れずに、アトリエをスタートできたらと思います。

 では具体的にアトリエをどうしていきたいのか。まずは、これまでよりも人をお迎えできる場所にしたいと思っています。これまでも、作品にとどまらず、どんな環境で制作をしているのか見てみたいという方が少なからずいらっしゃいました。日本では、一番最初、四畳半の部屋で本づくりを初めて、その後、実家の一室で制作していた僕の小さな歴史があります。この第一アトリエと第二アトリエを見たことがある人は本当にわずかなのですが、次はもう少し人の訪れやすい場所にしたいです。作品と合わせてアトリエを見てもらえるのもいいなと思います。

2012年から2013年まで使用した四畳半の初代アトリエ

2012年から2013年まで使用した四畳半の初代アトリエ

2013年から2017年まで使用したブルグのブックアート工房(※クリックで拡大できます)

2013年から2017年まで使用したブルグのブックアート工房(※クリックで拡大できます)

2016年に渋谷ヒカリエ内、 Creative Lounge MOV のショーケース aiiima で開催された「太田泰友 公開制作」では、普段使用しているアトリエを引っ越しする形で公開した。

2016年に渋谷ヒカリエ内、 Creative Lounge MOV のショーケース aiiima で開催された「太田泰友 公開制作」では、普段使用しているアトリエを引っ越しする形で公開した。

 人が訪れることが可能になれば、本づくりのご相談なども受けやすくなると思います。これまで日本にいた頃は、どこかに出向くとなると作品やサンプルなど、持ち出せる範囲でしか持ち出せませんでしたが、来ていただくことができれば、あれやこれやと具体的に何かをお見せすることもすぐにできそうです。
 それから、以前にもこの連載で何度か触れていますが、日本にはまだブックアートのアカデミックな教育の場がありません(と、思います)。その課題にアプローチする最初の一歩として、ワークショップを開催したり、ラボとして機能する活動ができればという目論見もあります。

 思い描くよりも、それを実現していくことの方がはるかに難しいのは重々承知していますが、これからも積極的なブックアートの旅を展開していきたいと思います。
 そしてこれは現在進行形のブックアートの旅ですので、もしブックアートに対して思いを持つ方や、アイデア・ご意見をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ積極的に関わっていただけると嬉しいです。

 ブックアートの旅は続きます(次回はアトリエが決まっているといいな……)。

[第11回 日本に帰ってきました! ――新アトリエ作り(1) 了]

【本連載に関連したトークイベント開催決定!】
ブックアート A to Z
――ブックアーティスト・太田泰友マイスターシューラー号取得&帰国記念トーク

 
◎登壇者:
 太田泰友(ブックアーティスト)
 DOTPLACE編集部(吉田知哉[編集長]/後藤知佳[担当編集])
◎日時:2017年10月29日 (日) 15:00〜16:30
◎場所:虎ノ門ヒルズカフェ(虎ノ門ヒルズ森タワー2階/「Toranomon Book Paradise」会場内)
◎料金:500円(1DRINK付/当日現金払い)
◎お申込:
 Passmarket:
 https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01bcpfz6ry49.html#detail
 Peatix:
 http://peatix.com/event/316117
 
日本人で初めて、ブックアートにおけるドイツの最高学位「マイスターシューラー」号を取得した、ブックアーティストの太田泰友さん。根強い本の文化を持つドイツでの留学生活を経て、この9月に満を持して日本に帰国してきました。
太田さんのブックアートとの出会いから、約4年間にわたるドイツ生活のこと、今後の日本でのブックアーティストとしての活動のことなど、太田さんのコラム「2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)」連載媒体であるDOTPLACE編集部が聞き手となり、このたびの帰国を記念したトークイベントを、虎ノ門ヒルズで行われている2日間限りの本の祭典「Toranomon Book Paradise」会場内にて開催します。「ブックデザイン」のことはよく知っていても、「ブックアート」が何を指すのかイメージできない、そんな方もぜひお立ち寄りください。


PROFILEプロフィール (50音順)

太田泰友(おおた・やすとも)

1988年生まれ、山梨県出身。ブックアーティスト。2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリックコレクションとして収蔵している。平成28年度ポーラ美術振興財団在外研修員。 www.yasutomoota.com[Photo: Fumiaki Omori (f-me)]


PRODUCT関連商品

理想の書物 (ちくま学芸文庫)

ウィリアム モリス (著), ウィリアム・S. ピータースン (編集), William Morris (原著), William S. Peterson (原著), 川端 康雄 (翻訳)
文庫: 380ページ
出版社: 筑摩書房
発売日: 2006/02