COLUMN

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)
第10回 日本に活動拠点を移します

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第10回 日本に活動拠点を移します

◯本連載のバックナンバーはこちら

 この連載「2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)」は、僕がどのようにブックアートと出会ったのかというところから始まりました。それはほとんど、僕がどのようにドイツに渡って、ブックアートと向き合うことになったのかということで、そこから前回の連載で、いよいよドイツの最高学位マイスターシューラーを修了したところまできました。
 今、僕はまた一つの大きな岐路に立っています。マイスターシューラーを修了し、ここからドイツで制作を続けていくのか、または母国に帰って活動するのか、はたまた更に次の国に行くのか。いろいろな選択肢がある中で、時間をかけて考えてきました。ドイツで学生たちを指導するポジションに着きながら、自らの制作活動も進めていくという、また刺激的で新鮮な道も提示されながら僕が選んだのは、日本に活動拠点を移すことです。

▼なぜ日本なのか
 「今後どこで活動するのか?」これは本当に頻繁に聞かれることです。
 日本を拠点にして活動するつもりだと答えると、その後は大抵次のように続きます。「なぜ日本なのか? ドイツで活動を続ける方が良いのではないか?」。
 これは全くその通りで、僕の制作活動に関しては、ドイツで活動を続けることと日本に拠点を移すことでは、ドイツで続けることの方が無難というか、ハードルが低いというか、なんとかやっていける可能性がまだ高いように見えます。もちろんドイツでも簡単ではありませんが、マイナーでありながらもまだ土壌を持っているだけ、日本よりはやりやすいように見えます。しかし日本が持っているブックアートのポテンシャルを僕はどうしても諦められません。どんな分野においても素晴らしい技術があるし、本に使われる材料として優れたものが揃う。ゴロゴロと転がっている高いポテンシャルをブックアートという形に作り上げていき、そのブックアートの息づく土壌が生成されれば世界でもトップレベルのブックアート大国に成り得るように思います。実際に、日本に行ってみたいと心から強く願っていながら、それを叶えられていないドイツのブック・アーティストも少なからず存在しています(ただし、僕がこういうことを実感を持って感じられるようになったのは、ドイツで活動をしてからということも忘れてはならない重要な事実です)。

▼日本に拠点を移すことは、元に戻って島国に引き篭もることではない
 生まれ育った国からドイツに渡り、そこから生まれ育った国に戻るのだから「戻る」に違いないのですが、僕の中ではその意味が「戻る」ことではないことが明確になっています。
 今も僕のブックアートの作品制作において重要な基盤となっている「本に対する考え方」、少し言い換えると「物体としての本に対するアプローチ」は、基本的にはドイツに行く前と変わっていないように感じます。では何がドイツに行ってから変わったかというと、その「アプローチ」をどのように本のいろいろな要素と組み合わせていくかという自分なりの方法を身につけた点です。そして実際にその方法から生まれてきた作品を表舞台に立たせて、世に向かって発表することで、ドイツを中心に人や場所の具体的なつながりが現れ、その作品がどのように振る舞っていくのかという感覚を身につけました。結果として、根本にある考え方は同じでも、最終的に現れるブックアートの形としては変化があったと思います。
 それでは、ここから更に日本に渡って今度は何が起きるのか。ドイツで身につけた自分なりのブックアートの手法という武器を、ポテンシャル溢れる日本の環境の中でもう何段階か磨き上げてみたいのです。それができた時にはきっと、更に世界で通用するものになっているはずですし、日本のポテンシャルをブックアートとして目に見える形で見せながら、土壌を生成していくことにも自ずと繋がると考えています。極東の島国にいることは、一見、距離として戦いづらいところに位置しているようですが、独自のアプローチを可能にする面白い拠点なのではないかと感じます。そういう意味で、この位置取りが、遠く離れた島国に引き篭もるというよりも、より積極的な挑戦を実現する拠点になることを期待しています。

▼ドイツと日本、拠点としてのそれぞれの特徴
 ここまで、僕の野望のような感じで説明してきましたが、ここで一度、ドイツと日本、ブックアートの制作活動をする上でのそれぞれの特徴を整理してみたいと思います。

【ドイツ】
◎ブックアートに特化したフェアなど、作品発表の場が多くある。
◎伝統的なものから最新のものまで、印刷環境が優れている。
◯紙などの材料も、日本には及ばないが世界的に見ればトップレベルの環境で揃う。
◯古くから使われてきた道具が比較的簡単に入手できる。
◯新しい道具も手に入る。

【日本】
◎世界一と言われる紙の環境。
◯様々なものづくりのレベルが高い。
△ブックアートの既存の発表の場はほとんどない。
△国を越えた作品や道具の輸送に時間と費用がより多くかかる。
☆未開拓ゆえに未知の可能性が大きく残されている。

 こうやって並べてみると、ドイツの方が既にブックアートのための環境が整っていて、その中で勝負ができ、一方で日本は、整った状況ではないがここから大きく進化する可能性が大きく、より伸び代がある印象です。
 これまでにも少し触れましたが、ブックアートはこれから更に新しい時代を迎えると思います。伝統的なブックアートを引き継ぐだけでは、それを維持することが限界なようにも思える中で、新しい挑戦がまたブックアートの可能性を切り開くと感じています。そういう流れの中で、僕はせっかくだからまだ未知の可能性を持つ日本で挑戦してみたいと思うのでしょう。
 もちろん常に頻度高くというわけにはいきませんが、日本を拠点にしながら、ドイツを中心としたヨーロッパ諸国で作品を発表することも可能です。

ドイツで譲り受けたりしながら集めた、表紙装飾のための道具。

ドイツで譲り受けたりしながら集めた、表紙装飾のための道具。

1908年製。100年以上の時間を背負った道具がまだ使える状態で手に入る。

1908年製。100年以上の時間を背負った道具がまだ使える状態で手に入る。

 今回は「日本に活動拠点を移す」ことを書いてきましたが、今現在は、まだ具体的な場所もない状態です。そして、場所が変わるわけですから、新しく得られるものもあれば、一方でドイツでは当たり前のようにできていたことが、新しい環境では手に入らないものも当然出てくるわけです。例えば、印刷の環境などはこれまでとガラッと変わってくることになるでしょう。こういったことに不安がないと言えば全くの嘘になってしまいますが、国の外に出て初めて得られた挑戦権のようにも感じているので、この機会を存分に楽しみながら挑み続けたいと思います。ブックアートの旅はまだまだ続きます。

第11回 日本に帰ってきました! ――新アトリエ作り(1) に続きます


PROFILEプロフィール (50音順)

太田泰友(おおた・やすとも)

1988年生まれ、山梨県出身。ブックアーティスト。2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリックコレクションとして収蔵している。平成28年度ポーラ美術振興財団在外研修員。 www.yasutomoota.com[Photo: Fumiaki Omori (f-me)]