COLUMN

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)
第4回 〈ブックアート〉とは何か

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第4回 〈ブックアート〉とは何か

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 ここまでの連載を通して、僕がどのようにブックアートに出会って、どのようにその世界に入っていったかに触れながら、そして具体的な作品もご紹介しつつ、〈ブックアート〉とは何なのかという大きなテーマの周りを少しずつ廻ってきました。また、その間にも日本国内では初めてとなる僕の個展が開催され、この “2031: A BOOK-ART ODYSSEY” の読者の方にも、展示会場にお越しいただいて実際に作品をご覧いただける機会を持つことができました。このあたりで一度、その大きなテーマにもう少し近づくことに挑戦してみたいと思います。
 〈ブックアート〉という言葉は明確に定義されていないので、それぞれの人や分野や地域によって捉え方が異なるかもしれませんが、あくまで僕の考えや経験をもとにした、たくさん存在するかもしれない中の、一つの太田泰友流の〈ブックアート〉の意義を追ってみます。

▼〈ブックデザイン〉と〈ブックアート〉
 本は本当に様々な要素から成り立っています。テキストがあって、イラストや写真が入っていたり、それらを本の中でビジュアルとして体裁を整えるタイポグラフィーやグラフィックデザイン、エディトリアルデザインがあったり、それを紙に定着させる印刷があり、そういったコンテンツを全てまとめて一つの形に作り上げる製本があることはよく知られていることでしょう。また、材料という観点から見ても、本文紙や見返し、表紙、あらゆる部分に紙や布をはじめとしたいろいろな材料が使われています。これらの要素は、挙げていったらきりがないほどたくさんあるように思います。こういった無限の要素で成り立っていることからも、本が宇宙のように感じられるかもしれません。

 〈ブックアート〉という名前には馴染みがなくても、〈ブックデザイン〉または〈装幀〉という言葉は、その意味を多くの方がより身近に感じられ、より具体的に思い浮かべられるかと思います。メインコンテンツとなるテキストがあって、それに合わせた図版があり、それらの書物としての体裁を整え、そして表紙などのパッケージをすることがそれにあたるでしょう。場合によってはテキストはなくて、絵だけで始まるかもしれませんが、いずれにしても主となるコンテンツに適切な見た目と形を与えていくことが、多くの方々が思う〈ブックデザイン〉や〈装幀〉だと思います。
 それに対して〈ブックアート〉は必ずしもメインコンテンツがテキスト(もしくは先述の場合の絵)ではない。というより、メインコンテンツの体裁を整えて読者に情報を届けることを目的としていない、と言ったほうがわかりやすいでしょうか。もちろんテキストがあって、それを表現するためにブックアートという形をとっている作品もあるのですが、今のところまだその定義が曖昧な〈ブックアート〉に迫っていくのに、〈ブックデザイン〉と〈ブックアート〉を比較してみるのはわかりやすい方法だと思っています。

 それでは、この考え方の場合、〈ブックアート〉は何を目的としているのでしょうか。僕は、「あるコンセプトを表現することを目的に、本を構成する様々な要素が集合して、本の形式を持った作品となる」と考えています。最初に触れたように、本はたくさんの要素から成り立っています。それらが交わって本ができたときに、その作品のコンセプトが体現されるのが〈ブックアート〉だと思うのです。

▼制作手法に表れる違い
 〈ブックデザイン〉との比較をもう一度わかりやすく整理します。〈ブックデザイン〉が鑑賞者(読者)に届けたいのはテキスト(メインコンテンツ)で、そのために本としての体裁を整えます。〈ブックアート〉が鑑賞者に伝えたいのは作品のコンセプトで、テキストはその材料の一つとなります。それぞれにおける鑑賞者に届けたいもの、そしてそこでのテキストの役割を比べてみると、それぞれの特徴が掴みやすくなるかと思います。

ブックデザインの考え方

ブックデザインの考え方

ブックアートの考え方

ブックアートの考え方

 このような特徴から、制作の手法にも〈ブックデザイン〉と〈ブックアート〉の違いが出てくるように感じています。僕がもしブックデザインをするとしたら、元々存在するテキストを、より読者に魅力的に伝わりやすくするために、本としての体裁を整えていきます。最優先はテキストです。これに合わせて、文字を考え、レイアウトを考え、印刷を考え、紙を考え、表紙を考え……と、とにかくテキストが一番大事なポジションにあります。しかし、〈ブックアート〉を制作する場合は、その作品のコンセプトを実現するために、あらゆる本の要素を、優先順位を付けずに並列させて考えます。場合によっては、そのコンセプトを体現する交わりを作るために、テキストを変更することさえあるのです。

▼今、なぜ〈ブックアート〉なのか
 僕は〈ブックアート〉を追究する意義を大いに感じています。今こそ〈ブックアート〉だと思っています。
 本は元々、情報を記録し、伝えるために生まれた媒体ですが、情報伝達の速度やコスト面に強さを持つ電子書籍のような形式が存在する今日において、物体として存在する紙の本は、本来の目的のもとでは必ずしも最適な形とは言えなくなりました。しかし、それは紙の本よりも電子書籍のほうが優れているという話ではありません。技術の発達によって、本が二極化しただけだと思っています。では、情報伝達やコスト面を追求した本の形が電子書籍だとしたら、紙の本にしか追い求められない本の性質は何なのか。僕はそれが、本の持つ、〈物体としての魅力〉だと考えています。ボリュームを持った物体として存在し、質感を感じることができるということには、情報を情報のまま受け取るのとは違う付加価値があります。どうせ二極化しているのであれば、短所をなくそうとするよりも、長所をとことん突き詰めれば良いと思うのです。二極化したそれぞれの極が追究されればされるほど、〈本〉の魅力はさらに深く、新しいものとなっていくでしょう。2010年の電子書籍元年以来、紙の本はピンチだと言われてきましたが、これは大チャンスです。

 〈ブックアート〉は、物体としての本を追究した一つの形だと思います。本を構成する様々な要素を追究していくことは、物体としての本を追究していくことにかなり直接的にアプローチしているように見えます。
 本のことを毎日考えていた大学生のときに、電子書籍元年が到来し、かえって僕は〈物体としての本〉の魅力をより強く、意識的に感じるようになり、そしてそれが〈ブックアート〉に繋がっていきました。まだまだ〈ブックアート〉を通して追究していきたい〈物体としての本〉の魅力がたくさんあります。

第5回「ドイツのブックアート」に続きます


PROFILEプロフィール (50音順)

太田泰友(おおた・やすとも)

1988年生まれ、山梨県出身。ブックアーティスト。2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリックコレクションとして収蔵している。平成28年度ポーラ美術振興財団在外研修員。 www.yasutomoota.com[Photo: Fumiaki Omori (f-me)]