第8回 最高学位 マイスターシューラー(その1)
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僕のプロフィールに「マイスターシューラーとして活動中」とあります。ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(以下、ブルグ)のブックアート科、ザビーネ・ゴルデ教授の元、マイスターシューラー(Meisterschüler)として活動していて、この度、2017年7月の最終プレゼンテーションでマイスターシューラーとしての活動を修了し、学位としてマイスターシューラー号をいただくことが決まりました。
今回は、この「マイスターシューラー」について触れていきたいと思います。
▼マイスターシューラーとは
ドイツの芸術大学における、芸術家の最高学位です。日本でもよく「マイスター(Meister)」という言葉が聞かれますが、この「マイスター」と「マイスターシューラー」は実は違うものを指しています。日本でよく聞かれる「マイスター」は、ドイツ語圏における高等職業能力認定制度のことを指していて、特に手工業のマイスターを想像される方が多いと思います。日本語で「マイスター」と聞くと、「優れた職人」のイメージが強いように感じます。一方で「マイスターシューラー」は学位なので、先の「マイスター」よりもアカデミックな意味合いが強くなります。
マイスターシューラーよりも前の課程の「ディプロム(Diplom)」が、修士/マスターに相当する学位とされているので、その上の学位であるマイスターシューラーは博士/ドクターに相当すると考えられることもよくあり、わかりやすくするために日本で博士号と表記されている場面も見受けられますが、厳密には同じではありません。一番の大きな違いは、マイスターシューラーは博士論文を書いていないということです。ただ、マイスターシューラーは博士論文の代わりに作品を提出・発表しているので、芸術家バージョンの博士号と考えることは、わかりやすく理解する方法として間違っていないと思います。
このマイスターシューラーの位置づけは、英語表記の場合も簡単ではありません。「Meisterschüler」の英訳をネットで調べてみると、Master としている人の投稿がたくさん出てきますが、これは間違っているというのが僕の考えです。ドイツの独自の学位なので、そもそも一単語で言い換えることが難しいと思いますが、僕がこれまでに見てきた英訳で最も正しいニュアンスだと感じたものは、「Student of honor」です。というのも、マイスターシューラーというのは、それ以前の課程での実績を鑑みて、教授から指名されて審議会で決定され、マイスターシューラーとしての活動期間が始まるからです。他の学位と同様に「修了」というものが存在していますが、まだ修了していない、在籍の期間も「マイスターシューラー」なのです。つまり、指名された時点で栄誉ということです。その教授の名前を背負うことになるので、ある意味では責任もあるように思います。
▼マイスターシューラーへの道のり
僕は2015年に、マイスターシューラーと同様にディプロム課程の後のアウフバオシュトゥーディウム(Aufbaustudium、以下アウフバオ)という研究課程を修了していました。マイスターシューラーとアウフバオの違いは、確固たる最高学位として認められているものがマイスターシューラー、それと比べてどちらかというとディプロムの後の更なる積み上げの研究という認識がアウフバオで、これは学位ではなく課程の名前となっています。通常、アウフバオとマイスターシューラーは共にディプロムの後の課程であるため一般的に両方を修了することはないのですが、僕の場合はアウフバオでの成果を大変高く評価していただき、特例としてマイスターシューラーに指名していただきました。
本連載第1回、第2回で取り上げたのは、僕のアウフバオの時代の話です。当時、僕の教授はアウフバオとマイスターシューラーを重複させないと明言していたので、僕はマイスターシューラーというのは自分には関係のない話だと思い込んでいて、2015年の夏、アウフバオの修了のプレゼンテーションではブックアート科の仲間たちへの別れの言葉も入れていたのですが、教授による講評時にサプライズで僕を特例としてマイスターシューラーに指名すると発表されました。
マイスターシューラーとしての活動期間中、もちろんこれまで通り自分の制作活動や作品発表をしてきたのですが、マイスターシューラーとして特別に活動したこともありました。例えば、2016年の秋にウィーンで開催されていた、ザビーネ・ゴルデ教授の作品と教授の教え子たちの作品を集めた展覧会では、最終日のクロージングイベントとして僕が特別なプレゼンテーションをしたり、チューリッヒで開催されたブックアートのイベントで、ブルグのブックアート科の代表としてトークイベントに登壇したりと、外での活動に参加したり、ブルグの学生たちに向けてワークショップをしたりと、ブルグ内部での指導にあたったりしました。
▼マイスターシューラーとしての今後
ドイツ国内でもまだあまり知られていないブックアートを広めていくことは、僕個人の願いでもあり、またこれまでドイツでたくさんのチャンスや経験を下さった方々に対する感謝の気持ちもあり、こういったことにマイスターシューラーとして携われることはとても嬉しいことでした。
このような活動や作品の制作・発表を経て、最終的なプロジェクトのプレゼンテーションをし、学位としてのマイスターシューラーが認められました(この最終プレゼンテーションでの発表内容を、この記事の後半に日本語で特別に掲載したいと思います)。
この連載でも何度か触れていますが、ブルグはドイツ国内で唯一のブックアート科を持つ大学です。ゴルデ教授による現代ブックアートの体制ができてから約10年が経ちましたが、そのゴルデ教授の下でマイスターシューラーを修了したのは僕がまだ2人目です。1人目はドイツ人で、ドイツの重要な本の文化の中で育ち、さらには国外での経験も豊かな生え抜きの期待の星です。その次が日本で生まれ育ち、日本で学んできたものとドイツで学んだことからブックアートのスタイルを築いていった僕です。
貴重な機会をいただいた僕らには、ブックアートを新しい世代で引き継いでいく使命があると感じています。ドイツをはじめとしたヨーロッパではもちろんですが、日本でそれを実現していく使命も僕にはあると感じています。ゴルデ教授からも、最後の発表で、今後世界で僕の制作スタイルを見せていってほしいと励まされ、更に強い意気込みでこれからも挑戦を続けていこうと思います。
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