COLUMN

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)
第2回 ブックアートとの出会い(その2)

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第2回 ブックアートとの出会い(その2)

◯第1回 ブックアートとの出会い(その1)はこちら

▼背水の陣で挑んだドイツでの初展示
 実は学部の卒業制作の頃にうらわ美術館での展示で、初めて生で作品を見て、それ以降ブックアート自体への興味は持っていましたし、修士課程の時代も、「造本」にフォーカスしながらそれがブックアートの可能性を拡張するだろうと考えていたので、ブックアートは決して僕にとって遠い存在ではありませんでした。しかし、いざそれをメインに自分が取り組むとなると、果たしてできるだろうかという印象でした。

 ハレに来てから約半年の制作を経て、初めての展示を迎えることになります。ライプツィヒ・ブックフェアです。同じくドイツの国際書籍見本市であるフランクフルト・ブックフェアは世界最大のブックフェアとして知られていますが、出版都市としての歴史があるライプツィヒで開催されるこのフェアにも、フランクフルトと並んでドイツの2大ブックフェアとして毎年世界中から多くの人が訪れます。しかしその時僕は大きな問題を抱えていました。ドイツでの家賃などが計画していたものよりはるかに嵩んでしまって、その先の滞在が危ぶまれる状況でした。スーパーに行って、ちょっとしたものを買うのも渋らないといけない状況でしたが、とにかくこのドイツでの初めての展示だけはやりきらないといけないという気持ちでした。このブックフェアが終わって、もうだめだと思ったら帰国するしかないという思いで臨んだのをよく覚えています。

▼本に救われる経験
 決死の思いで迎えたライプツィヒ・ブックフェアの初日。会場を歩いていると、出展していた大学のブースの仲間から電話がありました。僕の作品を購入したい人がいるから、急いでブースに来いとのことでした。ブースに着くと、僕にとっての初めてのお客さんがそこに待っていました。初日の午前中のうちに、作品が売れたのです。
 それまでの日本での経験から、「『アート作品としての本』を作って売ることが難しい、というよりもほとんど不可能である」と思っていました。このブックフェアでは、一つでも作品が売れて、購入者とのやりとりが経験できたらいいという考えで、オープン直前まで格安の価格をつけていました。しかし、それを見た学科の仲間から、「こんなに安いんだったら、私が全部買い占めるわ。あなたの作品はもっと高く売れるはずよ」と言われて、オープンぎりぎりに価格を上げていました。それでも売れたことに驚きましたが、仲間や教授から祝福されているうちに、また続けて作品が売れました(その作品は『Die Forelle(鱒)』という作品で、本ページの後半部分で紹介します)。結果的に、この初めてのブックフェアで、僕が全く予想もしていなかった成果と反応があり、僕の手元には作品販売で得たお金も残りました。初めての展示で、その後もドイツで制作を続けられる結果を得たのです。ブックフェアが終わり、そのお金を握りしめて、すぐにミュンヘンに向かい、活版印刷工房での研修を受けながらの滞在制作を始めました。

第3回「ミュンヘンでの活版印刷研修」に続きます

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Yasutomo Ota’s Works
太田泰友作品紹介
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Photo: Stefan Gunnesch

Photo: Stefan Gunnesch

『Die Forelle(鱒)』

制作年:2014年/寸法:338×158×42mm/技法・素材:リノリウム版画、デジタル印刷、厚紙、糸/部数:10

 フランツ・シューベルトの歌謡曲『鱒』の詩を題材としたブックアート作品。詩と合わせてリノリウム版画を、オリジナルの構造の本に乗せた。歌詞は、クリスティアン・フリードリヒ・ダニエル・シューバルトによる。
 ページ1枚の構造は古代中国で用いられていた竹簡の構造を採っており、その構造から生まれる独特な動きは水や川の中での鱒の動きを連想させる。一方で、この作品の構造がもともとの竹簡と異なるのは、それら1枚1枚が束となって綴じられていることである。竹簡のアジアを連想させるイメージから一転、エジプトや西洋の伝統的な本の形を連想させるコプティック製本を応用した構造で竹簡構造が一つに綴じられている。
 竹簡はもともと中国で縦書きに用いられていたが、この構造にはドイツ語が乗せられている。ここにブックアート作品として、タイポグラフィのアプローチも兼ね備えさせている。本の背中にタイトルを縦長に入れる場合、英語は上から下に向かって読むように配置されるが、ドイツ語の場合、一般的には下から上に向かって読むように配置され、英語を読む場合とは逆向きに首をひねるようになる。このことを踏まえて、この作品での「鱒」の歌詞は、基本的には竹簡の短冊の中で下から上に向かって進行し、ページは左から右に向かって進んでいくようになっている。縦書き用のフォーマットにドイツ語のアルファベットを乗せることで、文字の進行方向を改めて強く意識させられる。
 また、この作品は、その独特な構造から、立ててプレゼンテーションできるところにも特徴がある。動きのある形の中から、状況や好みに合わせた形で立てることができる他にも、ブックフェアなどのような、たくさんの作品が並ぶような場所でも、パッと目を引いて手に取ってみてもらえるというメリットがある。ブックアートを鑑賞してもらうための入り口をどのように設定していくかということも、重要な一つの要素であるように思える。
 この作品の制作工程として特徴的なのは、1枚の竹簡状の構造が、3枚の紙から成り立っているという点だ。竹簡状の1枚のページの強度を出すことと、印刷の工程の問題を解決するためである。版画のページは少しの許容範囲があるが、文字の入るページにおいては、小さい文字が必ず竹簡の短冊の中心にこなければならない。8mm幅の短冊の中で、1mmでも中心がずれると大きな影響が出る。この問題を解決するために、それぞれの面を印刷した後に、自らの目と手をもって両面を合わせて貼るという工程をとっている。


PROFILEプロフィール (50音順)

太田泰友(おおた・やすとも)

1988年生まれ、山梨県出身。ブックアーティスト。ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ブックアート専攻 研究課程修了。これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリックコレクションとして収蔵している。平成28年度ポーラ美術振興財団在外研修員。 www.yasutomoota.com [Photo: Fumiaki Omori (f-me)]