INTERVIEW

「本のある場所、本を読む場所」をめぐって 建築家・中村好文×小説家・松家仁之

「本のある場所、本を読む場所」をめぐって 建築家・中村好文×小説家・松家仁之
前編:本のない建築はどこか物足りない

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2018年8月に箱根にオープンしたブックホテル「箱根本箱」は、出版取次の日販が展開する新事業として話題を集めた。「里山十帖」を生みだした自遊人・岩佐十良をプロデューサーに迎え、本を読むことを軸においたコンセプトは人気を博し、多くの来訪者が現地を訪れている。
箱根本箱では朗読会やトークショーなどさまざまなイベントを行ってきているが、2019年2月からは宿泊型のイベントもはじめた。その第1弾を飾ったのが、建築家・中村好文と小説家・松家仁之によるトークセッションだ。
中村好文は建築家・吉村順三に師事し、1981年に自身の事務所「レミングハウス」を開設。住宅建築を中心に活動し家具製作も行うほか、museum as it isや伊丹十三記念館の設計なども手がけている。執筆家としても知られており、『住宅巡礼』『意中の建築』『中村好文 普通の住宅、普通の別荘』などさまざまな著作を出版している。松家仁之は新潮社の編集者として活動し、海外文学の翻訳シリーズ「新潮クレスト・ブックス」、総合季刊誌『考える人』を立ち上げ、『芸術新潮』の編集長も兼任した人物。2010年に新潮社を退社後は小説家としてデビューし、これまでに『火山のふもとで』『沈むフランシス』『優雅なのかどうか、わからない』『光の犬』の4つの長編小説を上梓している。また2014年には雑誌『つるとはな』の創刊にもかかわった。
そんなふたりはそれぞれ異なる専門領域をもちながらも、互いの仕事に敬意をはらってきた旧知の仲だ。気の置けない関係だからこそ話せるトークの内容は、時間が経つほどに深まっていった。
司会は、本サイトで連載をもつ箱根本箱の事業開発を担当した染谷拓郎(日販/YOURS BOOK STORE)が担当。「ぼくらがブックホテルをつくる理由はどこにある?」番外編としてこのトークセッションの模様をお届けする。トークセッションは食事を挟んで前半と後半とに分かれておこなわれた。前半では中村好文が用意したスライドをもとに話題を展開、鴨長明の方丈とルネサンス絵画からはじまり、モダニズム建築の巨匠エリック・グンナール・アスプルンドが設計した図書館、アメリカ建築界の巨人フィリップ・ジョンソンのライブラリー、さらには自身が設計した自邸や、輪島の塗師・赤木明登の依頼で改修したゲストルーム、かつて師・吉村順三が設計し現在はミナ ペルホネンを主宰する皆川明の別荘につくったライブラリーなど、豊富な事例を紹介しながら「本のある場所、本を読む場所」をめぐる対話が重ねられた。

●「ぼくらがブックホテルをつくる理由はどこにある?」はこちら

本に囲まれて暮らしたい

染谷拓郎(以下、染谷):箱根本箱を運営している日販の社員で、箱根本箱の企画そして書棚の選書を担当している染谷といいます。今日はよろしくお願いたします。
このホテルは2018年8月に開業しました。これまでもさまざまなイベントをおこなってきましたが、トークセッションつきでの宿泊という形式は今回がはじめてです。その記念すべき第1回、小説家の松家仁之さんと建築家の中村好文さんをお招きし、「本のある場所、本を読む場所」をめぐって、さまざまなことを語っていただければと思います。

中村好文(以下、中村):今日は「本のある場所、本を読む場所」というテーマをいただいたので、思いつくままにスライドを用意してきました。それを紹介しながら、松家さん、染谷さんとお話をしていこうと思います。
最初にふたつの絵をお見せすることにしましょう。まずは鴨長明の方丈です。鴨長明という人は、平安時代のおわりから鎌倉時代を生きた歌人であり随筆家でもある人です。『方丈記』の作者といえば、知らない人はいないのではないでしょうか。その鴨長明が晩年に暮らした庵がこの方丈です。
方丈の広さはおよそ3メートル角ほど。この小さなスペースに、鴨長明は本と楽器の琴と琵琶を置いています。彼は音楽も非常に得意で、楽器はつねに身近にもっていなければならないと考えました。たった3メートル四方の小さな空間が、本と楽器によってすごく典雅な住まいになっている。もしここにそういう文化や芸術にまつわるものがなにもなく、生活の道具だけで満たされてしまっていたなら、こんなに優雅で典雅な感じはおそらくしないでしょう。つまり本と楽器が、この建物の品格をあげているわけです。

松家仁之(以下、松家):方丈のような、ほんとうに狭い小さな空間のなかで、心地よく本を読む空間をどうつくるかは、中村さんの腕が発揮されるテーマのひとつでもありますね。

中村:つぎにお見せするのは15世紀中頃、ルネサンス期のイタリアで活躍した画家アントネロ・ダ・メッシーナが描いた《聖ヒエロニムスの書斎》。これもおもしろいですよね。大きな建物のなかにわざわざ小さな空間をつくって本を置いている。これはジャイアント・ファイニチャー、要するに一種の家具なんですけれど、一段レベルをあげて特別な場所を設えています。とても居心地がよさそうだな、ここなら本を読むこともたのしいだろうな、この絵を見るといつもそんなことを考えさせられる、すごく気になる絵画です。
聖ヒエロニムスには、修道院に入っていたライオンの足に刺さったトゲを抜いたという伝説があります。彼自身は偉大な教父としてさまざまな著作をものし、ラテン語聖書の翻訳に尽力するなど、ローマ・カトリックの礎を築いた人物です。そのためレオナルド・ダ・ヴィンチやアルブレヒト・デューラーなど、おおくの画家が聖ヒエロニムスを題材にした絵画作品を残してしいますが、ライオンの逸話にちなんで彼をテーマにした絵画にはかならずライオンが描かれています。この絵のなかにもじつはライオンがいるのですが、わかりますか?
そしてさきほど気がついたのですが、箱根本箱には《聖ヒエロニムスの書斎》につうじる印象がありますね。入ってすぐのロビーは本棚に囲まれていて、この絵画を思わせられました。本に囲まれて暮らしたい。洋の東西を問わず、時代を問わず、人間は似たようなことを考える生き物ものなのかもしれませんね。

背表紙から生まれる書棚の表情

中村:つづいてヨーロッパの図書館をいくつか紹介します。これはダブリン大学トリニティ・カレッジにある図書館です。ここの特徴は、なんといってもこの奥行き。「The Long Room」と呼ばれていて、65メートルもの長さがあります。圧巻です。この空間をどうしても実際に見てみたくてトリニティ・カレッジまで足を運びましたが、ほんとうに圧倒されました。興味があれば現地を訪れることをつよくおすすめします。
この写真を見ていると、ぼくは本の背表紙に意識が向かいます。どの本も背表紙がいい。本の背表紙がゆるやかに統一されていて、気持ちのいいトーンを描いています。本のデザインについてはそれぞれみなさん好みがあると思いますが、ぼくはいくら中味がすばらしくても、背表紙が悪いと本の品格が下がる、そういう印象があります。

染谷:背表紙のこと、とてもよくわかります。この箱根本箱の棚をつくるときにあれこれ試行錯誤したのですが、天井まで届く本棚を新刊書籍ばかりで埋めたところ、背表紙が太陽光や照明を反射して目にうるさくなってしまったことがありました。

中村:古い新しいじゃなくて、色の問題なんでしょうね。いまの日本の新刊書籍だと、たとえば実用書などは背を派手な色、目立つ色で印刷していることが多いように思います。

松家:いまの話題でわたしが思い出すのは小説家の丸谷才一さんのことです。丸谷さんは箱入りのものでもカバー装のものでも、帯はもちろん函もカバーも全部剥がして、書庫の棚には本体だけの状態で並べていました。だから丸谷さんの書棚は、モノトーン中心の落ち着いた色調になって騒々しくない。丸谷さんは愛書家でも蔵書家でもないんです。とにかく本は読んで使うもの。たくさん傍線を引くし、付箋は貼るし、書き込みもする。そういう読みたおされた痕跡がいっぱいの書籍が並んでいて、書庫は丸谷さんの頭のなかに入ったような佇まいでした。
トリニティ・カレッジの図書館は天井のアーチもかなり急なカーブを描いていて、建築的にもおもしろいですね

中村:このアーチがあるから空間が生きてきます。中央廊下に対して蔵書棚が垂直に並んでいて、蔵書エリアの天井もまたアーチになっているから、それがまたリズムを生んでいますね。
同じように本に囲まれた空間としては、パリのサント・ジュヌヴィエーヴ図書館があります。フランスの建築家アンリ・ラブルーストによって19世紀に建てられた鉄骨造の建築です。ラブルーストは古代ギリシャ建築を実測研究した人物で、フランス国立図書館の設計も手がけています。
サント・ジュヌヴィエーヴ図書館の書棚は2階建てになっていて、その上部に外光を取り入れるための天窓が設置されています。窓は図書館をぐるりと囲むように設置されており、時間の経過にともない日の光が図書館をやわらかく照らしだします。屋内にいても外部の自然を感じられるように配慮されているわけです。ラブルーストは装飾もうまくて、とくに鉄骨の鋳物(キャスト)に特徴があります。ここのキャストもレースのようにキレイな仕上がりになっていて、すばらしい空間になっています。

本を読むたのしみを深いところから体験できる空間

中村:つづいて紹介するのはモダン建築の巨匠のひとりであるエリック・グンナール・アスプルンドが設計したストックホルム市立図書館。これもみごとな空間です。円形の建物で、ぐるりと本に囲まれる感じを出したかったことが、空間からははっきりと伝わってきます。この建築も上部が天窓になっていて、さらに書棚の上には壁にあてるかたちで間接照明が設置されています。

松家:1928年の竣工でしたよね。当時はまだテレビもありませんし、映画もやっとトーキーが始まったばかり。座ってたのしむ余暇といえば読書がいちばん、という時代です。つまり本がもっとも大事にされた時代に生まれた図書館といえます。

中村:ヨーロッパの人は、いまでもわりとよく本を読む印象があります。とくに北欧圏は冬の寒さが厳しいですから、当然、家にいる時間も長くなる。長い期間を屋内で過ごすとき、本は欠かすことのできない存在です。スウェーデンは1年の半分が冬といっても過言ではないので、室内で快適に過ごすためにもすごく豊かな本の文化を形成しています。やはり北欧が誇る建築家のアルヴァ・アアルトも、フィンランドのタンペレにメッツォ図書館というすごくいい図書館を残しています。
ちなみにストックホルム市立図書館には本を運ぶワゴンがあって、これがまたすごくいいんです。それもアスプルンドがデザインしています。

松家:アスプルンドは同じくストックホルム市内に、「森の墓地」という火葬場も設計していますよね。20世紀以降に建てられた建築としてはもっとも早く世界遺産に登録されていて、1900年代のはじめに設計されたにもかかわらず、いまでも色あせることがなく時代を超越した近代建築の傑作です。アルヴァ・アアルトやアルネ・ヤコブセンらに多大な影響を与えたアスプルンドが巨匠と呼ばれる理由がわかる気がします。

中村:ストックホルム市立図書館は導線計画もすばらしい。入り口から細い廊下を歩いて、いちど下がってから上へあがるような感じで、図書館1階の中央付近に出てくるようになっています。利用者は中央に出てきた瞬間に、わっと本に囲まれるような感覚を抱きます。しかもその廊下がパースペクティブにつくられているので、空間移動の体験としてはけっこう劇的な演出がされています。
中央にある方形のカウンターで手つづきなどはすべて済ませられるし、廊下の上に小さな橋を渡すことで人の流れが左右に自然と振り分けられる。日本ではあまりやられていない空間設計ですけれど、開架式の図書館で効率のいい導線計画を立てようとするとこういう形式になります。アアルトも図書館はほとんどこの形式で設計していますね。このあたりのことは、松家さんは詳しいんじゃないですか?

松家:ぼくは図書館が好きなだけです(笑)。ただ、アスプルンドの設計した図書館はとりわけ好きで、最初に書いた小説『火山のふもとで』でも少し触れています。アスプルンドの建築を実際に訪ねたことは残念ながらまだないので、いろいろ調べて書きました。

染谷:松家さんはそうおっしゃいますが、『火山のふもとで』の主人公・村井俊輔は建築家で、作中には建築についての考え方や見方についての印象的な文章がいくつも出てきます。アスプルンドやアアルトの建築について語る場面も多くて、わたしは建築についてはまったくの門外漢でしたが、その描写に引き込まれました。ストーリーも、「国立現代図書館」という建物の設計コンペを軸に、恋愛も含めた人間の心理と関係性を描くものです。
これまでもさまざまな建築家がさまざまな図書館を設計していますが、建築家にとって図書館というのはやはり特別な存在なのでしょうか。

松家:どの国であっても、どの時代であっても、人が言葉を介してコミュニケーションをとるかぎり、本は国の根幹をなす要素のひとつです。言葉を蓄える容れ物である本は、その国の文化を支えるものですし、文化の積層をさかのぼって時代の言葉を確かめる手がかりにもなる。つまり本は国の歴史を記録するものでもあります。だから本を納める図書館には予算もかけるし、その時代のもっともすぐれた建築家が全力をかけて取り組む価値のあるものなのだと思います。

中村:そのとおりですね。それと図書館はたんに本を収蔵するだけの場所ではありません。納められた本を読む人が訪れます。だからいい図書館は読書のための空間としても優れています。
この写真はストックホルム市立図書館のなかにある、子どものための読み聞かせの空間です。わざわざ部屋を暗くつくってある。読み手は中央奥の壁のまえにあるイスに座って、それを囲むように子どものための席が配置されています。このイスももちろんアスプルンドがデザインしていますが、おもしろいのは読み手が座るイスが大きいんです。わざわざふつうよりも大きくつくってある。そのイスに大人が腰かけて読み聞かせをすると、ちいさな子どもの目には、その状況そのものが童話の世界にいるように映ります。森のなかに巨人が現れて、イスに腰かけながら物語を話して聴かせる、そんな演出になっているんですね。薄暗い照明も含めて、そういう空間の演出がなされていることで、本を読むまえからドラマが生まれ、本を読むたのしみを深いところから体験することができるようになっています。子どもというのは未来の社会をつくるとても大切な存在です。そんな子どもたちが物語に興味をもって、本を読むことに自然と親しむようになる、そういう場所がある図書館なんです。

本棚が本棚として独立しているライブラリー

中村:つぎは舞台をアメリカに移します。紹介するのは建築家フィリップ・ジョンソンのライブラリーです。ジョンソンは100歳まで生き、いろいろなかたちのさまざまな建築をつくりつづけた、アメリカのモダン建築を代表する建築家です。彼はマンハッタンからハイウェイで1時間ほどのニューカナーンという街に、およそ19万平方メートルにもおよぶ広大な敷地を備えた自邸をもっています。19万平方メートルといわれてもピンと来ないかもしれませんが、ヘリコプターで上空にあがらないと敷地全体をとらえることができないほどです。敷地のなかには世界的に有名なグラスハウス、通称ガラスの家をはじめ、大小さまざまなジョンション設計の建築物が残されています。その建築群のひとつにライブラリーもあります。
この建物はイタリア南部アルベロベッロにある「トゥルッリ」と呼ばれる伝統家屋がモチーフになっています。ジョンソンは世界中のさまざまな建築のおもしろい要素を取りこんで自分のスタイルに変換するという建築手法を好んで用いましたが、これもそういう建物ですね。ライブラリーは「Library Study」と名づけられ、その名のとおり本を読むためだけにある空間になっています。
Library Study内部を覗いてみると、円錐形のファサードは天窓になっていて、そこから外光が落ちてきます。天窓は乳白色のガラスで、まったく影のない光が降り注いでくる。天窓の真下には仕事ができるように大きめのデスクが置かれています。本棚は壁面を利用してそれぞれに壁にはめこんであって、それとは別に外界を眺めるための大きな窓がひとつ設置されてある。各書棚の上部には小さな天窓が空けられていて、自然光が本を照らしだします。
ここで注目してほしいのは、本棚が床まで行かずに壁のなかにすぽっとはめこんであるところです。本棚が浮いているようで、本がぎっしり詰まっていても軽い印象になっています。これが床まで行ってしまっていると、このおもしろさは生まれません。どうしてか。本棚が床に属してしまうからです。いまの状態だと本棚は床に属していません。本棚を本棚として独立させることがジョンソンの狙いだったと思うんですけど、それがすごくうまくいっています。
書棚には『住宅巡礼』というぼくの本も差さっていました。ジョンソンはほんとうにいい本だけを集めていたというから、見る目がありますよね(笑)。冗談はさておき、ぼくはこの本のなかで彼のゲストハウスのことを書いているので、それで書棚に入れてもらえたのでしょう。

松家:フィリップ・ジョンソンについては、わたしが新潮社の編集者であった時代に、『芸術新潮』で中村さんに案内役をお願いして〈「建築家の究極の住まい フィリップ・ジョンソン邸へ行こう」〉特集を組みました。2009年6月号ですからちょうど10年以上前ですね。自分でいうのもなんですが、中村さんのおかげでたいへんすばらしい特集になりました。

中村:ジョンソン邸はもと農場ということもあって、新緑も紅葉もすごくきれいです。そのどちらも見てみたくて、松家さんにわがままをきいてもらって2度現地まで取材に行かせてもらいましたね。
ぼくはジョンソンのライブラリーが学生時代からすごく好きで、ずっと見てみたいと思っていました。ところがなかなか見学の機会がなくて、申し込んでは断られを繰り返していました。そういう状況だったのですが、2005年にジョンソンが亡くなったあと、ジョンソン邸は一般公開されるようになりました。ジョンソンは自分の死後に建築ミュージアムとして公開するように、生前に自邸を寄附していたのです。ぼくも早速見にいこうと申し込んだのだけれど、公開期間が4月から10月の末までと限られていることもあって、最初の年はもう予約が埋まってしまっていた。でも諦められなくて、空きがないかとしつこく尋ねたところ、パトロンツアーというものがあると教えてもらえました。パトロンツアーというのは、建物の管理・運営に5万円ほどの寄付金を預けると参加できるツアーです。けっして安い金額ではないけれど、20代のころからずっと見たかった建物でしたから意を決して行くことにしたら、事務所のスタッフもみんな行きたいとなって、最終的には10人の大所帯で参加することになりました。
パトロンツアーは3時間ほどをかけて、帯同してくれたフィリップ・ジョンソンの研究者の解説を聞きながら、ジョンソン建築をひとつひとつまわります。敷地が広いからどうしても駆け足になりますが、『芸術新潮』の取材では春と夏にそれぞれ3日間ずつ、完全に貸し切りの状態でじっくり見てまわることができました。ほんとうにすばらしい体験になりました。

空中に浮かんで読書する小さなベンチ

中村:ここからはぼくが設計した建物のなかから、いくつかの「本を読む場所」を紹介していきます。
最初は「久が原のすまい」、現在のぼくの自宅です。小さな集合住宅で4世帯が暮らしています。この建物はおもしろつくりで、最初は骨組みだけしかありませんでした。いわゆる人工地盤と呼ばれるものです。その人工地盤を借りて自分で建物を設計する。お店でいえばテナントのようなもので、20年が過ぎたらまたもとの状態に戻してオーナーに返し、あらたに開発します。こういう建物を「スケルトン・インフィル」と呼びます。スケルトン=骨組みを借りて、インフィル=内部を自分でつくる、ということです。
構造的には大きな4本の柱で建物の全体を支え、あとはがらんどう。3階と2階のあいだに床が渡されていますが、それ以外はすべて自由です。ほかに決まっているのは玄関の位置だけでした。この構造に沿って図面を引いていきます。ぼくが住んでいるのは2階部分です。アトリエ、納戸、寝室などがあって、書斎は玄関の右手にある1.2メートル×2.25メートルの小さな空間です。3階には居間と食堂と台所、それにテラスがあります。
この住宅のどこに本の場所があるのか。ひとつは書斎ですが、それ以外にもうひとつ本の場所があります。それは2階から3階へ上がってくる階段の脇、建物の外壁側にあるんです。ここは建物を支える柱と柱のあいだにあたる部分で、すごくつよい梁があります。だから構造的に梁を避けたところにしか階段がつくれないので、梁の上が奥行き40センチほど空いてしまうんですね。そこに本を載せることにしました。梁の上なので強度的にも問題はありません。
写真で見てみましょう。2階の書斎は「書生部屋」と呼ぶのがふさわしい、一畳ちょっとの小さな空間です。そして肝心の梁があるのが、玄関のすぐ脇にある部分です。3階へ上がる階段が壁から少し離れて架けられていますが、この部分に梁がある。ここが空いているので本棚をつくろうと考えたわけです。
さて、ここに本棚をつくるのはいいけれど、本棚の目の前は階段になっているので本を取りに行くことができません。そこで階段の上に空中廊下を架けられるようにしました。本棚の最下部に引き出しパネルを取りつけて、ここを引くことでパタンと廊下が出現する、そういう仕組みです。45センチくらいの幅の細い空中廊下をわたった先には腰かけられる小さなベンチもつけてあります。そのままそこで読書をすることもできるし、手前のパネルを畳んでしまえば中空に浮かびながらの読書もできる。ここを設計したあとに知ったことですが、江戸時代末期の国文学者・本居宣長は住まいの2階に書斎があって、ほんとうに落ち着いて本を読みたいときは2階にあがるための梯子を外したそうです。

吹き抜け構造を生かした2階建ての本棚

中村:つぎは能登で輪島塗の塗師をやっている赤木明登さんの「Guest House in NOTO」です。ゲストハウスはお客さんに泊まってもらうためのものですけど、ここは本を納めるための場所でもあります。赤木さんはもともと編集者という経歴の方で、たいへんな読書家でありまた執筆もされるので、家中に本があふれて困っていた。その蔵書をいっぺんに全部納めたいという相談をもらい、ゲストハウスとともに書棚の設計もすることになりました。
このゲストハウスは能登の築50、60年くらいの古民家を改修しています。予算の都合で1階部分にはほぼ手を入れず、2階をメインに改修することになったのですが、1階の玄関をくぐって進んでいった先に吹き抜けの空間を設け、そこをライブラリーとする空間構成を考えました。さきほどのアスプルンドではありませんが、空間に足を踏み入れるとぶわっと本に囲まれる、そういう演出です。2階には水まわりのついたゲストルームが2部屋と、雑魚寝ができる6畳をひとまわり広くした和室があるので、わりあいとたくさんの人が泊まることができます。
とにかく蔵書量が多いので、ライブラリーは2階の床を抜いて吹き抜けにして、2階分の高さのある本棚を壁際につくることにしました。2階へは螺旋階段であがっていきます。赤城さんは漆の作家なので、床は赤木さんが漆塗りで仕上げることに。ほんとうに全部漆で塗ってあるんですよ。すごいですよね。
建物2階分の高さの本棚なので、上のほうに入れた本は2階に架かっているブリッジを渡って取りにいきます。もともとあった梁はそのまま残して、これも赤木工房が漆塗りで仕上げています。ただ、これで十分収まるだろうと思って設計したのですが、すでにある蔵書を入れただけで本棚がほとんど埋まってしまいました。赤木さんの蔵書はたいへんなものですね。

屋根裏部屋のライブラリー

中村:つづいて紹介するのは長野県北佐久群にある「休寛荘」。これはミナ ペルホネンのブランド創設者でテキスタイルデザイナーである皆川明さんの別荘です。もともとは建築家の吉村順三先生が50年ほどまえに設計した別荘でしたが、皆川さんの手に渡ったときには増築された状態になっていました。吉村先生は、戦前戦後の日本に多くのモダニズム建築を残したアントニン・レーモンドに師事し、独立後は奈良国立博物館など大きな建築の設計を手がけましたが、とくに住宅設計を中心に活動され、「南平台の家」「軽井沢の山荘」「ジャパンハウス」などの手がけられました。ぼくは吉村先生の事務所に勤務して建築について学びました。つまりぼくの師匠にあたる人です。
皆川さんからこの別荘をミナ ペルホネンの社員も利用できる別荘として改修したいと相談されたとき、ぼくはまず増築部分は外してしまったほうがいいですねと伝えました。吉村先生のオリジナルの建築に戻すところからはじめたわけです。いってみれば減築したわけですが、もともと非常に大きな建物なので、十分な広さがあります。1階には寝室がふたつ、食堂と台所があって、10畳の和室にお風呂もふたつ備わっている。2階にはグランドピアノのある居間と寝室があって、この居間ではパーティを催すこともでき、そのためのキッチンもついています。さらに3階には屋根裏部屋があり、ここも寝室になります。この屋根裏にはもともと物置き部屋があるのですが、皆川さんとプランを相談するうち、異口同音にこの物置き部屋をライブラリーにしようということになりました。
せっかく屋根裏部屋というすごくロマンティックな雰囲気のある空間にライブラリーを設置するのですから、そこへ入っていくところから少し違った体験ができるようにしたいと思いました。ふつうの階段で上がっていくのではつまらない。階段を登る行為そのものを、なにかわくわくとした感じを得られるようなものにしたいと考えてたのです。そこでものすごく幅の狭い、直径1メートルの螺旋階段を取りつけることにしました。イメージしたのは童話『ジャックと豆の木』でジャックが登る、天空へとつづくツル。ああいう感じを狙って、ちょっと特別な感じにしています。
さて、物置き部屋をライブラリーにするにしても、窓もない空間では息苦しくてたまりません。そこでまずは外光が差し込む窓を設けました。またこの物置き部屋は天井が低く、おとなだとまともに立つことができないくらいの高さしかありません。そこに椅子を置いて座るとなると、頭がつっかえるような感じになってしまう。それだと居心地が悪くてしかたがないので、床に直接座って本を読めるようにすることにしました。とはいっても、いきなり床に座ってくださいと言われてもなかなか落ち着かないので、ライブラリーの奥側、ちょうど窓を設けたあたりで20センチメートルほど床のレベルを上げたんです。そうすることで同じ床でもレベルが上がっているところは異化されて、そのまま座っても心理的に落ち着くことができます。こういうところが建築のおもしろいところで、たった20センチのちがいが人の行動や心理に深く影響します。
ライブラリーの床は皆川さんオリジナルデザインのカーペットで仕上げています。一段上がった床はそのまま斜めに立ち上がって寄りかかれる壁になっている。この壁に寄りかかりながら本を読むと、上部に設置された書棚の下に頭部が収まるのでフードを被ったような状態になって、耳に入ってくる環境音がかなり少なくなる。本を読むことに集中しやすいようになっているわけです。
このライブラリーにはもうひとつ工夫がしてあります。それは窓の外の部分。窓をつくると、どうしてもそこから外に出てみたくなりますよね。このライブラリーの場合は天井が低いので、窓から外へ出ようとするとほとんどしゃがんだ状態で出ていくことになります。出ていきなり立ち上がるのでもいいのですが、それだと内と外がつながりません。内から外への移動にも空間のつながりをもたせるために、しゃがんだ状態で外に出てそのままそこに座ることができないかと考えてつくったのが、窓の外にベンチを設けてそこに座るという構造です。空中に浮いた状態で本を読む。ぼくは子どものころ、よく木に登って木の上で本を読んでいました。それがすごく気持ちよかったことを覚えていて、そういう体験がヒントになっています。

松家:中村さんは高校時代、棒高跳びの選手だったんですよね。だから高いところがまったく怖くない。

中村:高所平気症と自分では言っています(笑)。冗談はさておき、空中での読書を実現するためには、安全で安心な構造を考えないといけないわけです。それと高いところが苦手な人でも上がれるようにしたい。最終的にたどりついたのが、少し傾きをつけた書見台と丸太の足踏み場がついたベンチです。書見台が落下防止の安全柵の役割も果たしていて、これが案外怖くなく座れるようになっています。

松家:足の置き場があると安心感がまったく違いますよね。

中村:そうです。足をかけてつっぱれるだけで「地に足がついている」感覚に近くなります。これはほんとうにうまくいったと、手前味噌ながら思いますね。書見台にはグラスを置くことのできるくぼみもつくってあって、ここで本を読みながらビールを飲むのは最高なんです。

大切な本を納める窓上の小さな本棚

中村:Hanem Hut」は、ぼくが個展をおこなったギャラリー間と金沢21世紀美術館で展示した小屋です。湖畔の森のなかに丸太小屋を建てて2年間も自給自足の生活を送ったアメリカの詩人ヘンリー・デヴィッド・ソローや、冒頭でお話した鴨長明の方丈の現代版をやってみようということで設計しました。3メートル×4メートルの、ひとり暮らしができるサイズの部屋です。3メートル角は鴨長明の方丈のサイズで、ソローの小屋は4.7メートル角だったといわれています。そのあいだをとったようなサイズですが、鴨長明の家もソローの家も、水まわりやキッチンはなく暖炉で煮炊きをしていて、風呂場もトイレもない。ぼくの小屋にはキッチンをつくりシャワーブースをつくりトイレをつくり、リビングにはソファベッドを設えて寝られるようにして、クッキングストーブも入るようにしました。
この小屋は自然エネルギーだけで暮らせるようになっています。風車による風力発電と太陽光パネルによる発電を連結させ、雨水を地中に溜めてそれをポンプでこぎあげてタンクに入れて、タンクに落ちる水を使って生活する。オフグリッドの自給自足型の小屋ですね。
室内はおよそ7.5畳。床面積だけで捉えると狭いのだけれど、実際にできあがった空間はそういう感じを与えません。それは、おそらく三角形の屋根型のおかげでしょう。フラットではなく上へ向かって天井が高くなるつくりにしたことで、息苦しさを感じなくさせてくれています。この屋根型にしたことでロフトもつくることができました。
さて、ここで見ていただきたいのは窓の上につくった本棚です。どんなに狭い空間であっても、やっぱり本のない暮らしはぼくには考えられない。だから本棚をつくることは決めていました。ただスペースは限られていますから、どこに本棚を設置するかが問題です。どこの壁面にも収まらないので、窓枠の上部に板を渡して設えることにしました。
小さな本棚ですから収められる冊数はかなり限られます。そこで絶対に捨てない本、つまりいまでも自分が大切にしてる本を厳選して入れることにしました。そうした本を自宅の書棚から100冊ばかり選んでもってきたところ、たまたま偶然、ちょうど100冊でいっぱいになったんです。
この本棚にはもとになったアイデアがあります。昭和のはじめに早逝した詩人に立原道造という人がいます。彼はじつは建築家を志した人でもあって、若くしてなくなってしまったので実際の建築物はないのですが、自分のための小さな小屋をもちたいと考えて何枚も描いたスケッチが残っています。「ヒヤシンスハウス」と名づけられた小屋で、立原はこの小屋に小さな壁掛けの本棚をとりつけるつもりだったようです。立原の本棚はもっとぐっと小さなものでしたが、ぼくはそれを少し発展させるようなかたちでデザインしました。

本を読むための小さなゲストルーム

中村:つぎに紹介するのは北海道真狩村に建てた「JIN HUT」です。真狩村にある「ブーランジェリー ジン」というパン屋さんの敷地にあるライブラリー兼ゲストルームで、もともとはここのご主人が自分で建てたレンガづくりのパンを焼くための薪窯だったものを改修してつくりました。6年ほどここでパンを焼いていたのですが、自分でつくったということもあるし、なによりパンを焼くときの火力はものすごいので、さすがに傷んできていた。それでお店をあたらしく建て替えたいという設計依頼の手紙をもらったんです。その手紙がほんとうにいい内容だったので、ぼくもすぐに設計を引き受けました。そのとき、せっかく自分で建てた窯を壊してしまうのはしのびないので、これをどうにか別の用途いつくりかえることはできないかということになって、ぼくが提案したのがライブラリーとして改修する案だったというわけです。どうもぼくは困ったときの本だよりというか、つい本のある空間を提案する傾向があるみたいですね(笑)。お客さんを泊めるゲストルームがなかったので、その役割も担うライブラリー兼宿泊スペースとすることになりました。
もともとの薪窯は、レンガづくりの部分と増築したコンクリートの部分とで構成されていました。改修にあたってはこの構造はそのまま生かしています。真狩村はひじょうに寒い土地なので、コンクリート部分を玄関スペースにして、レンガづくりの部分に入るところにも引き戸を設けました。こうすることで冬でも室内の暖気を逃がさずに済みます。メインの空間にはソファベッドとデスク、それと奥に本棚を設けて、あとはいい椅子が一脚置いてある――そういうシンプルなスペースです。
ここには床暖房を入れてあります。お店のパン窯で発生した熱気をファンで誘導するんです。床を支える部材を根太(ねだ)といいますが、JIN HUTの根太は放射線状に組んであります。そうすることでパン工房から回した熱気が床全体を温めながら、壁ぎわのスリットを伝って部屋のなかもじんわりと温めてくれるシステムになっています。
外壁は木材に張り替えて、内側のレンガは白くペイントしています。もともとがオーナーが手づくりした空間ですから、ところどころ仕上げに甘い部分はあるのですが、それがいい味を出している。表面がそろっている、ラインがきちんととれていることも大切かもしれませんけど、この空間はそのふぞろいさがいい感じのテクスチャ、質感になっています。

松家:ぼくはここを訪れたことがあります。比較的寒い時期だったのですがほんとうに温かくて、この小さな空間で本を読むのは至福の体験でした。この小屋ごとほしい、と思ったくらいです。オーナーの方が読書家でいらっしゃったので、書棚の本の並びもすばらしくて。

自然を感じながら本を読む京町家のライブラリー

中村:つぎに紹介するのが最後の作品になります。皆川明さんと一緒に仕事をした「京の温所」です。京都には築100年から200年の町家がたくさんあります。町家は京都の文化を伝える空間として知られていますが、一方で深刻な老朽化にも悩まされていて、取り壊しが進んだり、あるいは海外の資本家に土地ごと買われて手がつけられなくなっていたりして、京都の街並みが急激に変化する要因となり景観問題になってもいます。
京の温所もそんな京都の町家のひとつですが、下着メーカーのワコールが借り上げてそれを宿泊施設として改修したものです。ワコールは京都で成長した企業で、京都になにか恩返しがしたいと考えて町家問題の解決に取り組まれている。土地を買っているわけではなく建物を借りているので、10年なり15年なり、契約期間が過ぎたら建物をオーナーに返却するのですが、そうすることでまたつぎのあたらしい借り手を探すことができ、町家を使いつづけることにつながっていきます。その仕事の依頼が皆川さんのところに来たんです。皆川さんが全体のデザインをディレクションするなかで、ぼくが建物の改修を担当しました。
改修にあたって、まずは現地を視察しました。町家の門構えには伝統と風情があり、とても雰囲気があります。外観にそれほど傷んでいる様子はないのですが、実際になかを調べてみるとやはりものすごく傷んでいる。京の温所も、改修前の状態はよく建っていられるなと思うほどでした。でも、たたずまいはほんとうにいい。だからできるだけこれを残すようにこころがけました。
町家の構造としては通り土間が特徴です。もともとの空間を生かして、なるべく風通しがよくなるように要素を配置しました。また土間を抜けたさきにある庭の壁際はもともとトイレだったのですけれど、それをライブラリーにすることに。玄関から入ってキッチンと食堂を抜けたその庭先にライブラリーがある、そういうつくりです。
ここのライブラリーは引き戸になっています。引き戸を開けると2名が腰かけられるベンチが取りつけられていて、その周囲が本棚になっている。選書はBACHの幅允孝さんがやってくれています。ベンチに腰かけると目の前に庭が見えます。街のなかにあっても小さな緑に囲まれて読書をたのしむことができる。晴れのときもいいのですが、雨の日に、雨音の響くなかで本と向きあうのも格別の体験です。

足踏みミシンの下にある小さな小さな空間

中村:こういった小さな空間以外にも、ひとりで本を読む場所も設計してきました。少しだけ紹介すると、自然光が入るタタミ一畳の読書スペースや、縁側渡り廊下の壁一面を本棚にしてそこにひとり用のベンチをつけたものなどがあります。
これまで紹介したものも含めて、こうした本を読むための小さな空間というものに対する自分の感覚の原点がどこにあるのかと考えると、それはおそらく子どものころ、6歳のときの経験だと思います。当時、ぼくは実家の足踏みミシンに新聞紙をかけて、そのなかでよくラジオを聴いていたんですね。いまでも覚えているのですが『紅孔雀』という物語で、北村寿夫の『新諸国物語』を原作とするラジオドラマ。内容は子ども向けの冒険譚です。ぼくはその物語を、なぜかミシン台の下に潜り込んで、まわりを新聞紙で囲って、薄明かりのなかで座って聴くのが好きでした。そこで本を読んだりもしたのですが、新聞紙越しにほんのり部屋の灯りを感じる、そういう小さな小さな空間です。そのことが、自分のつくってきた空間にもなにかしらの影響を与えているのかもしれないですね。
松家:今日こうしてご紹介くださった中村さんの設計された空間を見ていると、本を読むスペースで読書をたのしむためには、どんな環境が必要になってくるかが具体的に伝わってきますね。あらためて中村さんは本好きの建築家なんだなあと再認識しました。本を収納するスペースのない建築はどこか物足りない、さびしい空間になってしまうだろうなと思います。

染谷:箱根本箱にも、じつはひとりで読書をたのしめる小さな空間がたくさん用意されています。それは廊下の曲がり角にだったり、本棚の奥にだったり、あえて少しわかりにくい場所に設けられています。ぜひ施設内を探索して自分にとっての「本のある場所、本を読む場所」を見つけてみてください。
それとここをオープンしてから気がついたことがあります。みなさんが集まるラウンジスペースでも、それぞれ本を読むことをたのしまれていると、人はたくさんいるのにとても静かになって、そこが「本のある場所、本を読む場所」に変わるということです。ぼくはそういうシーンを見るたびにとても美しいと感じます。
中村さん、松家さん、ありがとうございました。これから食事を挟んで、後半はラウンジに場所を移して引き続きおふたりのお話をうかがっていきます。

後編に続きます。

[「本のある場所、本を読む場所」をめぐって 建築家・中村好文×小説家・松家仁之:前編 了]

構成:長田年伸


PROFILEプロフィール (50音順)

中村好文(なかむら・よしふみ)

建築家、そして家具デザイナーとしても活躍中。設計事務所「レミングハウス」を主宰し、「ジーンズのような流行に左右されない、普段着の定番みたいな住宅や家具が理想」といった居心地のいい住まいを提唱。1993年「一連の住宅作品」で第18回吉田五十八賞特別賞を受賞。また『普段着の住宅術』、『意中の建築(上・下巻)』(新潮社)など、数多くの著書もあり、幅広く活動。

松家仁之(まついえ・まさし)

1958年、東京生まれ。編集者を経て、2012年、長篇小説『火山のふもとで』を発表(第64回読売文学賞受賞)。『沈むフランシス』(2013)、『優雅なのかどうか、わからない』(2014)につづき、『光の犬』は四作目。編著・共著に『新しい須賀敦子』『須賀敦子の手紙』、新潮クレスト・ブックス・アンソロジー『美しい子ども』ほか。